19:とっても簡単な「断ち切り方」
鴉羽の頭の中には、今回の件と類似した事案が三つほど並んでいる。
それを元に、今回を改めてどう処理するか考えた。
一つは和解、一つは接触禁止。
そして最後の一つは———。
「浅葱」
「なんでしょう」
急に先行し始めた鴉羽にそれぞれがついていく。
その中で、歩きながら声をかけられた浅葱は一足早く彼女の背後に控えられるよう、足を速めた。
「今、僕の撫子が金糸雀のところにいる。鳩羽に頼まれたんだ」
「…なるほど」
「一つ。撫子の代理を務めろ。籠守の臨時的な入れ替わりを適用する。が、僕は君にあの子ほどの頭は期待していない。通常業務は背後に控えていろ」
「はい」
「…が、今回に関しては、君が適任だ。期待している」
「…どうするか、決められているんですね」
「ああ。先に告げておく。申し訳ないが、此度は手を汚せ」
「承りました。しかし、いいのですか?私としても同意見ではありますが」
「ならわかるだろう。あれはこの世にいてはいけない」
「例え、血の繋がった親でも?」
「親だからだよ。家族の尻拭いをするのは子の役目だ」
「…撫子みたいな事言うなぁ」
さりげなく呟いた小言に、鴉羽の視線が動く。
先程までは前しか見ていなかったのに、浅葱へ視線を向けていた。
「…撫子も、同様なのか」
「あの子の家庭環境はあまり良くないですよ。今社会問題的な方向で流行している「親子供と子供親」ってやつです」
「…親が親らしくなく、子供らしく振る舞い」
「逆に子供が親らしく振る舞ってしまう。十年前でしたっけ?人柱で増えた社会問題ですね」
「現行親世代の親が子供を守るため、自ら人柱を選んだからな。守られた世代は子供返りを起こしているのだろう。厄介な問題だよ…それでいてガキをポコポコ産むからな。どういう神経をしているのだろうか。まともに育てられないなら産むなよ」
「すげぇ物言いだけどわりかし納得できるのが憎いな…」
撫子だけでなく、白藤鴉羽の家庭環境を聞いた今、浅葱的には割と自分は恵まれていたんだろうと感じる。
母親は定期的に会いに来ていたし、父親は最期どころか自分の死後まで娘の身を案じてくれた。
父親が亡くなった後も、琥珀の両親が自分を実子のように育ててくれた。
本当に、恵まれている。
「今度、子供の出生に制限をかける法でも作るか〜。バカから生殖機能が失われた頃に解除するようにしとこ」
「手軽に法が作れてこわ〜い」
「鼻水をかんだ後のちり紙のように作れるぞ?君の所望する法でも作ってやろうか?」
「遠慮しておきます…」
「じゃあ君は何を所望する?」
「…はて、なぜそんなことを?」
「いや、一応…今回は汚れ仕事を任せることになる。報酬を要求しても、咎められることは無い」
「別に。未踏開拓軍時代はよくあるあるでしたし。介錯とか何人もしてきましたよ」
「それとこれとは違うだろう」
「結論とやっていることは一緒だと思いますが。異なるのは、課程だけです。その人間に罪があるか否かも問われますかね」
「…確かに、そうだな」
「今回、鴉羽様のお考えの通りに事が運び…報酬を授けてくれるというのであれば、一つだけ、私が鴉羽様にお願いする権利とか頂けると」
「…私の自害と裁量を越えるもの以外は認める条件付きでなら構わないが、それはなぜ?」
「将来、恩寵を受けし者を処罰する可能性があるもので。お慈悲を賜りたく」
「…鳩羽か?鳩羽なら指示するぞ?」
「あの人はほど遠いですよ。噂が多い方々です」
なぜ真っ先にその名前が出てくるのだろうか。
…何か、やらかしているのだろうか。
浅葱が思案しても、ここで答えは出るはずもない。
「…椋と朱鷺か」
「…特に椋は貴方の言葉を借りるのであれば、家族の尻拭いは私の仕事という奴なもので」
「君もなかなか難儀な立ち位置らしいな」
「ええ」
「その件に関しては、報酬関係無しに守れるように整えておくよ…」
「いいんですか?」
「ああ。正直今代は歴代よりも被害件数が多くてな。手を下してくれるのであれば全力で保護する。ここでは口約束だが、後で正式な書面の下、契約を交わそう」
「あざーす」
「ただ、条件を一つ」
「なんでしょう」
「…姉様と撫子は巻き込むな」
「…勿論です」
友人として、少々厄介な恩寵を受けし者の籠守となった撫子の心配はしていた。
今日は水路で水分補給をしようとしていたらしい。生活能力は壊滅的な物であり、要介護であることは確かだろう。
それでいてこの職務に携わる立ち位置。
気難しそうな恩寵を受けし者で、撫子は気苦労が絶えないだろうと考えていたが…。
こうして身を案じられる程度には、良好な間柄を構築していたようだ。
「さて、世間話は終わりにしよう」
「豚の小屋は開けますか?」
「開けるわけないだろう。罪人の檻を開けるのか、お前は」
「殺す時は、開けるでしょうね…」
「鉄砲はないのか鉄砲はぁ!」
「…追いついた」
「歩くのが速いわ、二人とも」
「ぜぇ…はぁ…ぜぇぜぇ…ひゅーひゅー…」
やっと追いついた新橋と小豆は息を切らさず、浅葱と鴉羽に追いつく。
雀だけは、浅い呼吸を繰り返して…胸を押さえていたが。
しかし、彼女の心配をしている暇は浅葱にも鴉羽にも無い。
新橋は二人の背を傍観する。彼女はまだ安静にしておく側だ。
雀は小豆に任せ、二人は…。
「ああ、鴉羽。鴉羽だ」
「菖蒲、お母さんよ。わかる?九年も会っていなければ…」
———人の姿をした化物達と、向き合うことになる。
浅葱はいつでも手にかけられるよう、腰の銃に触れながら様子を伺う。
そして、鴉羽は思案し続ける。
ここで自分が娘だと公表するのは簡単だ。
しかし、かつての事象を思うのであれば…それはとても生ぬるい。
肉親であることを認めてしまえば、裁くのも難しくなる可能性が出る。
彼らは許されてはいけない。
許されない状況に持っていくために、最善なのは…。
「確かに鴉羽だが、その名前に心当たりは無い」
「…嘘よね、菖蒲」
「私は鴉羽。恩寵を受けし者の一人。最初からそうで、最後までそうある存在だが…まさかお前達、私を人の身分に落とそうと?」
「記憶が、ないのか…」
「嘘でしょ菖蒲!そうだ!白藤!白藤の事は分かるでしょう?あの役立たずでも、貴方の支えになっているでしょう?そうだ!白藤を呼びなさい!貴方が私達の娘だってちゃんと証言して貰うの!会いたかったお姉ちゃんの言葉なら受け入れられるでしょう?!」
白藤の名前を聞いて、小豆と新橋の表情に変化が生まれる。
勿論、籠守達は恩寵を受けし者達がかつての記憶を持っている事を知っている。
鴉羽だって他の恩寵を受けし者達と同様だ。
菖蒲、白藤。私達の娘、貴方の姉。そこまでの情報を並べられて、何も知らない振りをできる程、二人は愚かでは無い。
浅葱と雀は事情を知っている分、目を逸らすだけ。
視線をそちらに向けたら雀は恐れを隠しきれなくなるし、浅葱は襲いかかってしまうだろうから。
「…浅葱が私達を外に出して隠したかった事は、鴉羽様の血縁関係ね」
「…それだけじゃないだろ。白藤への言い草からして」
「そうね」
小豆は一年、新橋は五年以上白藤との関わりがある。
彼女が沢山努力をしてきたことも知っているし、それを周囲が認めても…なかなか受け入れない状況に腹を立てたこともある。
「あまり自分を謙遜しすぎるな。お前は立派にやっている」と、不器用ながら年下の先輩の背を叩き…。
「白藤なら籠守長でも納得よ!手伝えることがあったら何でも言ってね!小豆は白藤の部下で同僚で大事な籠守仲間なんだから!負担は分け合いましょ!」と長年籠守を勤めた彼女の出世を自分のことの喜んで、慕った事も。
いつまでも自分に自信がなかった。結果を出しても謙遜を続けた。
その原因を、やっと垣間見た。
小豆も新橋も、とっさに出そうになる手を抑え、大人しく立ち続ける。
彼女達が動けるのは、指示があってからのみ。
「新橋、貴方…」
「もしもの事があっても問題ない。室内でも不意を突かれないようにしているよ」
「浅葱から手痛くやられたのが効いているのね」
「折られるほどに痛かったさ…それよりも、どう思う?」
「…白藤と鴉羽様の身に何があったかはわからない。浅葱の前でなにがあったかも」
「…」
「だけど、ここだけ聞いていても、とってもとっても不愉快だわ!」
「奇遇だな。私もだよ…もしもがあれば私が囮になる。頼めるか?」
「貴方、そう言いながらも「なる気」はないでしょう?」
「…まあな」
二人が影で会話する前で、檻の中の夫婦は…二人の前に立つ鴉羽へ罵声を浴びせ続ける。
「貴方ねぇ!誰が育ててやったと思っているの!?貴方がそこにいられるのは私達のおかげなのよ?!」
「親の顔を忘れるような記憶を育てた覚え無いぞ!権力を持った瞬間に恩人を切り捨てるとは良い度胸だな!反抗したらどうなるかは分かっているだろう!?今すぐここを開けろ!しつけをしてやる!」
「…バカな奴ら」
「…鴉羽。これはそういうことで処理するつもりでいいのか?」
「ん。雀、君が証人で良いな?」
「ああ。貴様らはわかっているのか、ここがどこで、目の前の俺たちが何者なのか」
「恩寵を受けし者に無礼を働いてはいけないと法で定められているだろう?初等学校入学直後に学ぶ事じゃ無かったか?」
「娘に対する言葉だ!恩寵を受けし者への言葉では無い!」
「それが通用する場所だと思っているのなら、お花畑にも程があるぞ」
鴉羽は思いきり檻を蹴る。
激しい金属音に伽羅は怯むが、鬱金は檻の中からブーツを掴んで鴉羽の動きを阻害しようとする。
「…もー!」
———が、それは小豆の蹴りによって阻止される。
檻はひしゃげ、鬱金の腕がそれに巻き込まれる。
奇妙な音を立て、彼の腕はブラン…と垂れた。
「おっと…」
「大丈夫ですか、鴉羽様」
「遅い。撫子ならもっと早く僕を安全に受け止めた」
「…へい」
「ああっ…」
「もー!お話聞けないの?」
「あ、貴方ねぇ…!」
「小豆は籠守。恩寵を受けし者を守る仕事をしているの。貴方達が鴉羽様に危害を加えようとしたから、ちゃんと仕事をしただけ。咎められることはしていないわ」
「…あ、貴方が菖蒲の?」
「違うわ。小豆は雀様の専属籠守!」
「じゃあなんで…!そいつだけを守っていたらいいだろう!?」
「恩寵を受けし者は皆等しく恩寵を受けし者であり、籠守にとって守るべき存在だ。私達は誰が相手でも最大限仕事をこなす」
「専属専属言うなら、私が代わりに手を下す。今は鴉羽様専属籠守と仕事を入れ替えているからな」
「と、言うわけだ。これ以上の粗相は手だけじゃ済まないぞ?」
「あ、小豆…二人とも落ち着いてくれ。鴉羽もあまり挑発してくれるな…」
狼狽える雀を横に、籠守三人と鴉羽は檻の中の獲物を見下ろす。
対照的に二人は項垂れた。
目の前にいるのが菖蒲では無く、恩寵を受けし者である鴉羽と籠守達であることを…。
逆らってはいけない存在だと、二人はやっと理解した。
そう、全員が思った。




