15:逃げ回っても、行き着く先は常に同じ
「しかし、君ほどの技術者が躊躇してしまうというのは…なかなかの代物ではないかい?」
「そうですね。この際ぶっちゃけると、私や整備班の面々でもこれを作ることは出来ませんよ」
「やはり色鳥的な超常現象が」
「でしょうねぇ…。我々は現状維持こそ出来ても、修理まではできませんので。設備を使った騒ぎだけは起こさないでくださいよ」
幼くして整備士長を務めていた彼女が言うほどだ。
ここはきちんと忠告として受け入れておくべきだろう…。
「わかっているよ…と、いうか君はいつから鳥籠に?」
「六歳の頃からですけど…」
「なんでそんな若さから」
「私の祖父が先々代の整備士長だったので。当時は両親も多忙で、姉と兄…産まれてからは妹と弟達も一緒にここへ預けられていました」
「…君の両親タフというか、なんか…」
「大好きな両親が出張から帰る度に弟か妹を預けられた姉の気持ちを思うと、滅茶苦茶複雑ですよね…祖父も多忙なのになんというか、滅茶苦茶な人達です。ただ、一度も喧嘩をしているところは見たことがないし、何不自由なく、愛情深く育てて貰った事は子供六人全員自覚しているので」
「良いご両親…なのかな」
「そうですね。自慢の両親です」
そんなに愛情深く育てて貰ったのに、君みたいな狂信者が…。
いや、親姉弟全員狂信者化していたんだったか。
…確か、それに関わる事件は…あれだろうか。
「しかし、身内を鳥籠に置くなんてそんな事が許されるのかい?」
「妻子を鳥籠側の職員居住区に住まわせていた人は何人もいましたよ」
「そんな場所もあるのかい?」
「恩寵を受けし者には知られないように出入り口が設けられていますので。そこに住まう人間も、職員以外は恩寵を受けし者とは接触しないように言い聞かせられています」
「そこの人間は…」
「許可さえ取れば鳥籠に入れますよ。私も祖父のお手伝いをしたいと申請したら通りましたので、ある程度の年齢に達した子供は簡単に入れるみたいですね」
「すげー…」
「そのおかげで私は祖父のサポートを通じて技術を得て、居住区の子供が「二世職員」になれるように養育する機関で育ち…」
「初等教育が終了する十二歳の時に整備士としてここに入ったという訳か」
「そうなります。後は十五歳で整備士長をさせていただき…」
「十七歳で籠守に、か」
「そうなります…なんで私の身の上話に?」
「いいじゃないか。それで、籠守になった理由は…やはり瑠璃暗殺未遂事件がきっかけかい?」
「…そうですよ。詳細はご存じですか?」
「あの騒ぎだったからね。詳細は月白から聞かされている」
「…貴方、どこまで」
「現在の籠守の経歴は全員把握していたよ。君の身の上話も、事実確認が出来た感じ〜」
「…そこまで知られている上に情報を吐いたんです。せっかくです誰が一番凄惨か教えてください」
「なんで」
「面倒事には関わらないのが一番ですからね。関わったらいけない人間を教えてくださいと言っているんですよ」
「趣味悪いな。露草だよ」
「花鶏様のところの新人ですか?」
「外に出なければ知らないのか…。彼女は元未踏開拓軍隊長だよ」
「浅葱の上司か…。とんでもない過去が出てきそうだ。見かけても関わらんとこ」
「…」
判断が早すぎる。もう少しこう、思案とかしないのかい、君…。
まあ、言ったところで彼女の性質を変化刺せること何て出来やしないだろうけど。
「そういえば君、浅葱の素性は…」
「本人から聞きました。貴方も知っての通りでしょうから」
「ああ、深夜の家事養成所ね」
「…あいつホント何も出来ない上に、金糸雀様が出来るならいいじゃないか!とか言い出すし」
「それはそれで大問題だねぇ」
「不出来な同僚がいては、私も同じ扱いを受けるでしょうからね。しっかり籠守らしく最低水準は満たして貰う必要があると考えています」
「面倒見が良いねぇ」
「自分の為です。籠守になれなかった職員に知られたら、後々面倒なのはわかるでしょう?」
籠守は色鳥社の職員の中でも選りすぐりの存在が選ばれている。
月白や白藤のような優秀さを体現した者も、今代の中では新橋や露草のように別分野で成果を出している者もいる。
猟犬や怪物のように不名誉そうな二つ名をつけられて悪い意味で有名な存在もいれば、撫子や山吹のように噂を聞かないほどに影が薄い存在もいる。
それでも全員、優秀な籠守になれた存在。
十人の役目は恩寵を受けし者の世話だけでは無い。
恩寵を受けし者を世話する者として相応しい振る舞いを心がける必要がある。
彼女達は職員の抑止力を兼ねている。尊敬の対象であり続ける必要がある。
侮蔑の対象となっては…あれ?
「わかるけど、東雲って色々な意味で大丈夫そ?」
「あいつはサボり癖込みで評価されているので大丈夫では?ふらふらしてても戦闘訓練は常に負け無しですし、瑠璃様のハードお薬スケジュールを覚えるほどには地頭もよさそうなので」
「まあ、そうだね。うん」
「「職員に聞いた!専属になりたくない恩寵を受けし者」…その第三位の瑠璃様相手にここまでやれているんですから、尊敬は一定数抱かれていますよ。むしろサボり癖もあそこまできちきちに詰められたスケジュールにストレスを感じない筈は無い。息抜きだとポジティブに受け入れられていますし…」
「…よかったね」
「私もそう思います」
「ちなみに僕は何位?」
「よかったですね、九位です」
「僕が下から二番目!?誰が一位なの!?」
「そりゃあ白鳥様でしょ」
「納得の一位だった」
「先代の話になりますが、部下達の間では麗しく、お優しい方だったと。先々代を知る者も「恩寵を受けし者の理想を体現したような神々しさを持つ女性だった」と評価していますので、さぞ高尚なお方なのでしょうね」
白鳥…恩寵を受けし者の一人で「万人の理想を叶える」権能を持っている。
あまり部屋から出てこないから、どういう人物か僕でさえ知らない。
鴉羽や雀ように表立った活躍も聞き及んでいない。
本当に、何もせず引きこもっている存在だ。
しかし…先代先々代の評価が同じなのが気になるな。
今代も同じだったりするのだろうか。
彼女の籠守を務める山吹ともなかなか接触できていないし…ここも謎が多いな。
「ところで、私が言うのもなんですが…話、脱線しすぎでは?」
「それもそうだね!」
「開き直らないでください…とにかく、話を月白の過去に戻しますよ」
「へーい」
「恩寵を受けし者は皆女ですよね。そういう事態があったものだから、当時の瑠璃様と雀様が酷く怒り、男の籠守や裏方が全員解雇したのが、先代の任期中に起きた大きな事件の一つになります」
「月白の時は本当に急な人員編成が発生したんだよね。人員不足で困ったこととかあった?」
「そうですね…人手が全然足りなくて…整備組まで帰郷終了後の後処理を担いました」
残り一年。帰郷の儀を控えた僕達にもその後の流れは伝達されている。
恩寵を受けし者として役目を果たした御身は、色鳥と側にあるため…この鳥籠の地下墓地に埋められ、毛髪の一部と遺品のみがかつて人だった時代の僕らを育てた者へ送られるらしい。
今代に関してだと、僕と椋以外は全員遺族に遺品が渡るはずだ。
鴉羽は渋々白藤が受け取るだろうけど、浅葱は受け取った直後に捨てるだろうからね。
花鶏は…案外露草が引き取ったりしてね。
「じゃあ、君は…遺族に送付されている遺品の整理も…」
「やりました。ここはあまり思い出したくないので…」
「じゃあ、詳細は聞かない。君が担当したのは誰だったんだい?」
「私が所属した組の担当は…奇しくも金糸雀様でしたね。髪は勿論で、箱に入れて…普段身につけていた品とかも…先代金糸雀様は変わった方でしたから、下々に優しいわ、松ぼっくりに目がなかったり…」
「凄く変わったお人だったんだね…送付先は?」
「ええ。送付先は確か…そうそう。夫の淡藤宛てだ」
淡藤。僕でもその名前には聞き覚えがあった。
一回目は月白がつけているピアスの作成者。先代金糸雀の夫として。
二回目は資料の中。
浅葱の父親として、資料の中に名前を刻んでいた男。
…世間は狭いものだね。まさか先代金糸雀が浅葱の母親だったとは。
「出身地が出身地だし…名前的に、その。凄く言いにくいのだけど…」
「なんですか?」
「僕は月白から、その男性の名前を別の情報を得た際に聞いている」
「誰のですか?」
「浅葱のお父さんとしてだよ。彼女がここに来たのは父親が死んだ原因になった椋を追ってだからね」
「…そういえば、浅葱は椋様に対して、父親を嘘で騙して死なせたと言っていましたが…」
「言葉の通りだよ。浅葱と二人になりたくて、邪魔だった父親を暴漢男に仕立てて、鳥籠の衛兵に殺させたそうだ」
「…そんなことを」
「君はそれでも椋を盲目的に信仰できるかい?」
「さあ…最近はよくわからなくなりましたが、それでも私がかつて椋様に救われたのは事実なので」
「瑠璃暗殺未遂事件だね。思えば、なぜ君が疑われたんだい?」
「それこそ鳥籠の設備を使用した犯行だったので。私が最後に点検を行ったからという理由でスケープゴートに仕立てられました」
「それは災難」
「…部下じゃ無くてよかったので幸運な方ですよ。しかし、恩寵を受けし者相手の暗殺未遂ですからね。私だけじゃ無く、親姉弟の首まで危なかったんで…あの時は本当に命の危機を覚えましたね」
「しかも身に覚えのない罪でねぇ…で、そこを椋に救われたんだ」
「ええ。本当に偶然だったんです。偶然あの日、椋様が私の作業を見てくれていたおかげで…仕事以外は行っていないことが証明できて…無罪放免です」
「それから君とその家族は椋を信奉していると」
「命を救われたら皆そうなりますよ。あの時は本当に、彼女が神に見えましたので」
「…なるほどねぇ。その後、瑠璃とは」
「顔を会わせる度に申し訳なさそうにされるので、用がある時以外は姿を見せないようにしています」
「…大変だね。君」
◇◇
それから軽く雑談をして、その日は解散した。
少しずつ、鳥籠の闇に足を踏み入れている気がするが…これも何もかも白藤がその先に進まないための防波堤。
だけど、僕がいなくなった一年後はどうなるのだろうか。
彼女は自ずと僕が引き留めている先に進んでしまうだろう。
その時に彼女の側には僕はいなくて、別の誰かが立っているだろう。
その誰かは、白藤を危険から遠ざけてくれる存在になってくれるだろうか。
「鳩羽?」
「…」
思考を先延ばしにして、本題から目を逸らした先。
どう足掻いても、僕の前には必ず二つの問題が立ち塞がる。
一つは白藤を救う方法。
白藤に巻き付いた呪縛は強固だ。
彼女を救う手段はいくらでもあるだろう。
だけどその全てを使っても、彼女を救うことは出来やしないだろう。
それは手段だ。正解もあれば間違いもある。
今回はその手段の全てが、間違いなだけ。
そしてもう一つは、僕の帰郷。
一年後にはもうこの世にいない僕が何をしようとも…何も意味は無い。
何も成せない。何も意味を持たない。
それは僕であり、権能のような存在。
一時的に存在感をただ消してしまうだけの権能。
存在感が永遠に消える日は、もう遠くない。
僕は君を救う手段を持ち合わせてはいないし…。
これから先の未来もまた、持ち合わせていない。
莫大な貯金があろうとも、この世界の最高権力があろうとも…僕は本当に欲しいものを手に入れる事なんてできやしない。
君とこれからも過ごす未来も、白梅として生きる時間も。
お金では決して、買えやしない。
本当に…無意味ばかり。
それこそきっと、僕の存在に対する名前なんだろうな。
…どうして僕は名前を持っていたんだろうね、東雲。
初めて出会った時…共にあの廃村にいた君には、与えられた名前がなかったのにね。
…その東雲という名前は、どこから拾ってきたんだい?
君はどこから、存在価値を拾ってきたんだい?
そこには、この存在価値を捨てた存在がいたんだろう?
そのやり方を、教えてくれよ。
こんな名前さえなければ、僕は本当に無価値で無意味な「名無し」になれたのに。
白梅なんて半端に名前がついているから、自分に価値を見いだしてしまう。
存在を示したくなるのは…なぜなのだろうね。




