9:根源
それからも一行は港周辺を探索する。
珍しいものに目を輝かせ、事あるごとに浅葱におねだりする琥珀の後ろで、浅葱が悔しそうに職員札を出す様に鳩羽は腹を抱えて大笑い。
それを何度か繰り返し…そろそろちゃんと帰ろうかと話題に出た頃だ。
「ぐぬぬ…ツケ払いをしないと決めていたのに、くーちゃんの甘フェイスの前では敗北せざるを得ない…」
「完敗だったね、君…しかしなんでツケ払い嫌なの…?」
「鳩羽様知りません?かつてツケ払いを容認した店が、客に代金を踏み倒された挙げ句、借金まみれで廃業したって話。店主のお爺さんは過労で亡くなって、遺された家族は借金から逃げるために離散したそうです。怖いですよねぇ。一家全員死んだ身としては離散とか嫌すぎます」
「げぇ…それはなかなかきつい話だね…しかもそれ」
「未踏開拓軍時代、帰還したら必ず通っていた店だったんですよ。馴染みの店の話です」
「へぇ…食堂かい?」
「いえ、骨董品屋です」
「…なんで帰還したらそんなところに」
「商品自体はなかなか面白いものを取り扱っていましてね。くーちゃんが好きそうな感じの」
「ああ…」
少ない時間でも、琥珀が骨董品や珍しい品物が好きなのは鳩羽でも理解した。
小さい頃からこんな感じだったのだろう、とも。
「でも、基本は仕事ですよ。補充の必要があったので」
「補充というと」
「遠征の度に、何人か死にますからね。その骨董屋、奴隷商の仲介もしていまして…そういうことです」
未踏開拓軍が奴隷を求めたと言うことは、軍で奴隷を運用していたのだろう。
浅葱の顔も、鳩羽の顔ももれなく重かった。
「…君、なかなか難儀な仕事をしていたんだねぇ」
「調査も兼ねていましたので。ま、空振りでしたけどね」
「なんの調査だい?」
「元々私はご存じの通り、主にくーちゃんを探しにここに来たんですけど…他の恩寵を受けし者に関する情報も集めていたんですよね」
「ふむ」
「その骨董屋、娘が恩寵を受けし者って噂を聞きつけましてね。本名でも探って将来脅しの材料にでもしようかと…ま、意味のないことでしたけどね」
「何てことを考えているんだい…」
本名を探って脅しの材料にする案は無謀だ。
本名を暴いて損するのは籠守側のみ。
恩寵を受けし者に影響は何もない。
「でも、通い詰めたことで…店主のお爺さんには可愛がって貰いまして。葬式も唯一参加しました」
「ああ。家族離散しているんだったね…」
「で、ここからが本題なんですけど」
「唐突に来たね…」
「その娘さんの名前は教えて貰いました。煤竹というそうです。店主の真似をして一人称は「儂」」
「骨董屋の娘で…煤竹…」
鳩羽は恩寵を受けし者になる前の光景を思い返す。
色に詳しいわけではないが、煤のような色と言うことは華やかな色ではなく…濃く、渋みのある色のはず。
あの場に集められた面々で、その色に該当する少女は一人。
「その子が誰になっているか予想はついたけど、断言はできないね」
「私も同様です。できれば、鳩羽様には煤竹の正体を突き止めてほしい」
「…なぜ?」
「お爺さんの遺書を預かっているんですよ。少なからず関わりがあった方の依頼です。該当者が確定できたら、連絡をください」
「承った」
流石の鳩羽もこの依頼は引き受けなければならない。
独り身の鳩羽には、大事な人とのつながりと言うものはよく分からない。
だけど、思いは大事にすべきだと…理解している。
気持ちを通じた人は勿論、友人にも、そして…。
「見つけたわ、あなた!」
「ああ。彼女が金糸雀様かな」
「え、あ…あの…」
浅葱と鳩羽が話し込んでいる隙にうろうろしていた琥珀は、見知らぬ男女に囲まれた。
困惑する彼女の前に浅葱が素早く入り込み、夫婦を睨み付ける。
鳩羽もその後を追いかけるが…近づく度に、動悸を覚えた。
嫌な予感がする。
「失礼。貴方たちは?」
「ああ。籠守の方でしたか。私は鬱金と申します!家内の名は伽羅といいまして…」
「はあ…」
「恩寵を受けし者の一人、鴉羽の親に相当します!」
「…鴉羽様ということは」
かつて撫子が言っていたことを思い出す。
鴉羽は、白藤の妹。
つまり目の前にいる鴉羽の両親を名乗る二人は…白藤の両親でもあるのだ。
「白藤のご両親でもありますよね。お会いできて…」
「誰ですか、そいつ」
「私達の娘は菖蒲…鴉羽一人です」
「あんな出来損ない、知りませんよ」
「家族ではありません。他人です」
妙に勢いのある夫妻は、白藤の名を聞いた瞬間…感情を消失させる。
その反応に琥珀は怯え、浅葱も恐怖を覚えた。
浅葱は少なくとも、鴉羽という人物がどういう存在かは知らない。
けれど、白藤のことは少ない時間でも知っている。
面倒見がよく、優しくて聡明な籠守。
そんな彼女の親が、これだと浅葱は受け入れることができなかった。
「あんなゴミの事はどうでもいいじゃないですか!」
「どうでもよくないだろ…」
「娘は、娘はどう過ごしていますか?」
「健康でいますか?あの子、一人で生活できないから、籠守の皆さんが総出で世話をされているんですよね?」
「な、なんで…実の娘相手にそんなこと言えるの?」
「むしろそうであるべきだ。あの子は大事にされるべき存在!」
「親である私達が側にいられない分、丁重に…」
「まさか、あの出来損ないが世話をしているわけではないよな!」
「あんなのが一緒だと菖蒲の教育に悪いわ!今すぐ引き離して頂戴!」
「あのの出来損ないが…余計な事ばかり…」
「言われたこともこなせず、私達に恥ばかりかかせて…今もどこかで恥を晒しているのかしら。ああ、おぞましいったらありゃしない」
「早く死んでくれたほうがいいんだがなぁ」
「殺すのはねぇ。罪に問われるのは嫌よ」
「野垂れ死んでほしいんだがなぁ」
「だから面倒を見るのもやめたのに、台所のゴミを食べて生きていたのよ?」
「穢らわしいな…」
つらつらと当たり前の様に述べられる、白藤への暴言。
浅葱も琥珀も、親から沢山の愛情を受けた自覚はある。
数多の感情を与えられた自覚も、ちゃんとある。
でも、こんなものは知らない。
親から敵の様に恨まれ、呪いの様に刻まれる言葉の数々。
ここに白藤がいなくてよかった。
…いや、違う。
これを毎日、白藤は聞かされていたんだ。
その答えに、浅葱と琥珀の二人が辿り着くのに時間はかからなかった。
これ以上。
これ以上聞いていたら、おかしくなりそうだ。
「金糸雀様…正直言うと、私は貴方に権能を使ってほしくない。けれど、これは———っ!」
「分かってる。これ以上は聞くに堪えないから…!」
涙を流しながら、琥珀は権能を行使する。
「鬱金、伽羅。私達が立ち去るまで口を閉ざして…!」と———。
その様子を、鳩羽は遠目で眺めることしかできなかった。
そして空間が静寂に包まれた後に、悔しさで歯を食いしばった後、ゆっくりとその先へと進む。
白藤が受けた呪いの根源と、向き合うために。




