6:金糸雀と鳩羽
鳩羽は鳥籠の外に出るため、金糸雀を連れ、鳥籠の門前に向かう。
彼女を始め、恩寵を受けし者の外出には条件が二つある。
一つ目は許可を取ること。鳩羽はこれをクリアしている
二つ目は籠守の同行。専属でなくてもいいので、とにかく籠守を同行させることが必須だ。
金糸雀はまだ許可を取っていないので、自分の外出許可と共に浅葱が申請してくると駆けていった。
今は、彼女の帰りを二人で待っているところだ。
「しかしいいのかい、金糸雀」
「いい、とは?」
「君、出歩けるようになったとはいえ…外は広いよ。杖をついている現状で、外出は問題ないのかなと思ってね」
「たまには、外の空気を浴びたくて。ごめんなさい、我が儘を聞いて貰って」
「構わないよ。外の空気を浴びるのは君の体調にもいい影響を与える。この程度、我が儘の一つにも入らないさ、お嬢さん?」
「…鳩羽様は」
「敬語も敬称はなくていいよ。年上ではあるけれど、僕らは同じ立場だからね。あの時だって敬語なしに呼び捨てだっただろう?」
「それでも…ええっと、あの時は…鳩羽さん」
「君の譲歩ラインはそこか。いいよ、それで。どうしたの?」
「鳩羽さんは、男性みたい。振る舞いとか、言動とか…所作も、男性を意識しているの?」
「そうだよ。僕が以前、過ごしていた環境ではこの方が楽でね。それに今も仕事をする上では、男装の方がいいんだ。よくわかったね、金糸雀」
「昔、よく見ていたから」
「以前は社交の場に出ることが?」
「一応、田舎村だけど、村長の娘という立ち位置だったから」
「いいところのお嬢さんなんだね」
「そんな。普通の家庭…」
「両親が揃って、屋根のある家で、食事に困らず暮らせる。君にとっては普通だろうけど、僕にとってはとてもいい家庭だよ」
「…確かに、そうかも」
「嫌味に聞こえたらごめんね」
「いいえ。確かにその通りだと思う」
金糸雀は目を伏せて、いつも隣にいる彼女を思いながら言葉を紡ぎ続ける。
「身近な人は、産まれてすぐにお母さんと引き離されて、お父さんは…死んじゃっている。両親が揃っていること、私の無事を今も願っていること…全て、幸せなことだと思うから」
「…浅葱のことかい?」
「そう。あ、そうだ。あの時はありがとう。権能の…お礼を伝えていなかったから」
「構わないよ。その様子だと、上手く使えたみたいだね」
「うん。あの…私に情報と本名を教えてくれたのって、浅葱が取引相手の」
「それもあるけれど、あの時言ったとおりだよ。僕は将来君に恩を売っただけ」
「何か、困っているの?」
「…ふむ。そう見えたかな」
「今日の買い物だってそう。貴方には白藤がいる。それなのに、浅葱に頼った。彼女にサプライズって空気でもない」
「どうしてそう言い切れるのかな」
「今の貴方の顔は、過去の私と同じだから。大事な人が側にいなくて、寂しげな顔…」
「…本当によく見ている」
「図星?」
「ああ」
「白藤は、貴方にとってどんな人?」
「大事な人。君にとって、浅葱のようなね」
「…」
金糸雀の顔が、真っ赤に染まる。
その愛らしさに鳩羽も笑みが零れるが…今の白藤の様子を思い返すと、素直に笑うことができなかった。
「できること、あったら言ってね。権能で動きを止めたりとかできるから…」
「もしもの事があれば、よろしくお願いするよ」
「うん。失いたくないもんね。大事な人なら、なおさら…」
金糸雀は目を伏せ、静かに鳩羽へ向き合う。
彼女が何をしたいのか、あの時はわからなかった。
自分の本名を、情報を売ってまでしたいことは…白藤を——―大事な人を守るため。
それがわかれば、金糸雀が抱いていた鳩羽への疑念は消えていく。
そして同時に、彼女に助けられたように…自分も鳩羽の為に何かをしたいと願えた。
「琥珀」
「ん?」
「私の本名。琥珀。教えて貰ったのに、私が教えないのは不平等でしょう?」
背中を押すように、風が吹き渡った。
新しさを運ぶ風は、金糸雀にも、鳩羽にも等しくやってくる。
「取引は、平等じゃなくっちゃ。そう思わない?」
「そうだね。その通りだ」
「く、金糸雀様。許可摂れたよ。出発できる」
「ところで、浅葱が呼んでいたくーちゃんって…」
「こはくのくーちゃん」
「なるほどね。でも、これは二人の呼び方かな?」
「そんなところ」
「特別なのはいいねぇ。僕も白藤のこと、しらちゃんって呼ぼうかな」
「それじゃあ貴方もしろちゃんにならない?」
「それもそうだね…名前が似ていると厄介だな…」
「二人で何話してるの?」
「「うちの籠守は可愛いなって話」」
「照れるなぁ〜。と、いう冗談は適当に受け流して、出発しよう。疲れたら言ってね、金糸雀様」
「うん」
外での呼び方に切り替えた浅葱は、金糸雀の手を取りながら門の外に出る。
鳩羽と浅葱からしたら、数日ぶり。
金糸雀からしたら九年ぶりの外へ、足を踏み入れた。




