29:専属の籠守たち
翌日。
仕事に復帰した浅葱は、朝食の準備を終えた後…籠守の間で行われる定例報告会に参加するため、地下の集会室に向かっていた。
「もう少し寝ていた方が…」と、不安げに引き留めてくる琥珀を振り切ってここにいる。
仕事が好きというわけではない。
子供の頃の浅葱は人との交流が苦手だったが…今は必要なものだ。
他の籠守や恩寵を受けし者と関わることは、情報を集めることと同義。
恩寵を受けし者が救われる方法を探さなければいけないのだ。
誰が何を知っているのか、探っておく必要がある。
一番手っ取り早いのは、色鳥と会話できるらしい椋を脅して色鳥当人から聞き出させる…のだが、今の浅葱は椋と接触することは不可能だ。
別方向からアプローチをかける必要があるだろう。
最悪一年で逃げるにしても、他の籠守へいい顔をしておいた方がいい。
最悪、自分が認識していないだけで、自分達を追跡できる籠守がいれば…逃亡計画もご破算だ。
やるべきことは沢山ある。
琥珀の助言通り、休みたい気持ちはあるが…ゆっくり寝ている時間はないのだ。
「「あ」」
集会室に向かう途中で、浅葱は一番会いたくなかった籠守と遭遇する。
まだ腕を三角巾で吊っている籠守———新橋は、何事もなかったかのように隣を歩き出した。
「…なぜ隣を歩く」
「近況報告をしようと思ってな。知りたいだろう?」
「いや、別に…。真紅のことなんて、興味ないし…」
「念の為に確認しておくが、真紅というのが椋様のかつての御名前なのか?」
「ああ。私の双子の姉だよ」
「全く似ていないな」
「褒め言葉だね」
浅葱と真紅は姉妹とは思えないぐらい、何もかもが真逆だ。
浅葱自身、毛嫌いしている真紅と似ていないと言われるのは、むしろ褒め言葉だった。
「ちなみにあれから椋様は指先一本も動かせていない。世話のし甲斐があって楽しいぞ」
「…お前の趣味はどうなっているんだ」
「椋様に尽くせることを最上の喜びだと思っている!」
「代用品だと言われても?」
「椋様は自由になるため、いつかはお前を忘れなければいけない。忘れられなくとも、私が介護する生活は今後も続く。忘れても、忘れられなくても、私はいつか本物になれる。お前の代用品ではなくなるんだ」
「そうか」
この狂人に深く関わってはいけない。
淡々と、それでいて当たり障りのない言葉を返し、会話を続けていく。
「腕の完治はもう少しだ。治れば今以上に尽くさせて貰うよ」
「今、不便はない?腕を折った手前、部屋の前まで荷物を運ぶ程度ならやらせてもらうけど…」
「それは助かる。完治するまで、部屋の外に置いてある汚れ物を運ぶ役を担ってくれないか。片腕では重くて、洗濯係のところに運ぶのに時間がかかるんだ」
「衣服?」
「布団だ。ほぼ毎日取り替えている」
「どうして?」
「椋様は今、自力で動けないから厠へ自力で迎えない。私に助けを求める頃には大体ギリギリで、粗相をしてしまうんだ」
「…」
「情けなく泣かれる姿は、とても愛らしいぞ。早くお前を忘れたら、金糸雀様の権能効果もなくなる。こんな生活から解放されるのにな」
「そうか」
笑顔で告げる新橋の言葉に、悪意は一切存在しない。
それが逆に怖いが、もう一つだけ聞いておきたいことがある。
「…お前は、なぜあいつに心酔するんだ?」
「あの方は覚えていないが、かつての私はあの方に救われている。鳥籠の存続に関わるような失態を擦りつけられた事があるんだ。私の首だけじゃなく、三親等まで仲良く処刑されるような」
「聞いていいのか、その擦り付けられた罪」
「瑠璃様の食事に毒を混ぜた疑いだ。それを椋様に晴らして頂いている。あの時から私は、椋様について行くことを決めた。勿論私の家族と一族も同様だ。全員椋様に命を救われているからな!」
「色々気になることはあるが、丸く収まって良かったね」
「流石椋様と言うべきだろう。だが、それも重要ではあるが、恩寵を受けし者を暗殺しようと企む間者は少なからず存在している。お前も気をつけろ。金糸雀様は、私にとっての椋様…大事な存在なんだろう?」
「…ああ」
「椋様と金糸雀様の一件は色々思うことはあるが、どう転んでも私には美味しい結果だ。金糸雀様の不利になることはしないし、必要であれば手を貸してやる」
「…助かるよ」
頼れる存在が増えても、素直に喜ぶことはできない。
自分に利益があると思えば、最上の主人の命令さえ察せないフリをする女だというのは、浅葱も理解している。
使いどころが難しい戦力ではあるが、どこかで頼れる部分はあるだろう。
心からの信用は、流石にできないが。
「あ、新橋と浅葱じゃないっすか。二人とも元気っすか?」
「萌黄殿」
「久しいな、萌黄」
「そうっすね。新橋は…腕、骨折したんすか?」
「事故だ。もう少しで治るよ」
「よかったっす。最近、怪我とか体調不良が多いらしいんで、二人とも気をつけるっすよ!浅葱はもう二度と風邪を引かないようにっす!」
「が、頑張ります…お二人は親しいのですか?」
「親しいっすね。同い年で同期。昔っからこうだから、新橋は私以外の友達いないんすよ」
「へ、へぇ…」
「椋様への崇拝はちょっと怖いなって思うっすけど、理由はなんとなくわかっているっす。いい子っすから、浅葱もこれからよろしくしていただけると嬉しいっす」
「嫌だね」
私も心からお断りっすね…、と浅葱は無表情かつ心の中で返事をしておく。
「もー!なんで距離をつめてくれた子を拒絶するんすか!」
「私は望んでいない」
「もー!」
「と、ところでお二人はいくつなんですか?同い年と言われていましたが…」
「年齢?二十三歳だ」
「二十三っす。そういえば、浅葱は?」
「十九です」
「誕生日はいつっすか?籠守はこういう環境にいるでしょう?家族や友達とお祝いって難しいんで、籠守同士で祝いあうっす。教えてくれたら嬉しいなっと」
「二月の二十七です」
「私は五月の六。新橋は七月の一日っす。時が来たらお互いよろしくっす〜」
萌黄と共に流れで新橋から離れようとすると、その新橋から引き留められる。
まだ逃がす気はないらしい。
「…浅葱」
「なんでしょう」
「椋様の生誕日も同日か?」
「双子ですが、私は産まれるのに日を跨いだので…真紅は一日早い二十六になります」
「そうか。一日前に有給を取り、家族で前夜祭を…聖誕祭は私一人で盛大に執り行うとしよう…。椋様二十歳の聖誕祭、楽しみだぁ…」
「そうですか」
早足で集会室に向かう新橋の足取りは凄く浮かれていた。
半年以上先の出来事にあそこまで浮かれられるほど、椋に心酔している新橋に改めて恐怖を抱きながら…浅葱は彼女の後を追った。
◇◇
定例報告会は淡々と行われる。
進行役は月白殿。
花鶏様の旅に同行している露草殿と、体調不良の白藤以外が集まっていた。
手慣れた月白が取り仕切るそれは、淡々と進んでくれる。
新人の浅葱や撫子でも発言がしやすい環境で、短い時間で花鶏と鳩羽以外の恩寵を受けし者の状態を共有することができた。
勿論であるが、浅葱は金糸雀が話せる現状をあえて口にしなかった。
月白もそれに追求することはなかった。勿論、それを知る面々も…誰一人口にすることはなかった。
知っている人間が知っているだけでいい。
「…他に、何か報告しておくことがなければ、今日は解散ということでいいかしら」
全員がこれ以上の報告をない旨を伝え、定例報告会は終了する。
それぞれが部屋を出ようとする中、私はしばらく会えていなかった彼女に声をかけに行く。
「撫子」
「浅葱…元気そうね。体調は平気?悪かったと聞いたけれど」
「今は平気」
「金糸雀様は…どう?」
「その件で、金糸雀様の部屋に来て欲しくてね。時間があるのなら…」
「私が行ってもいいのかしら。その、貴方を取られたとか、怒ることは」
「ないけど…」
「だって、権能…」
「ああ、あれは気にしなくていい。もう絶対に起こらないから」
「そう…。じゃあ、早速今から伺うわ。こういうのは、早いほうが悩まずに済むもの…!」
「撫子のそういう潔いところ、とてもいいと思うよ」
「はいはい」
久しぶりに話した撫子はいつも通りで、浅葱も少し安心する。
権能を使われた影響もないらしい。
早速、撫子を連れて金糸雀の部屋に向かおうとした浅葱の肩を誰かが叩く。
後ろを振り返った先には、見慣れない二人の少女。
「貴方達、新人よね?」
「そう、ですね。今月の頭から…」
「小豆達、先輩なんだけど」
「小豆ちゃん…!籠守に先輩後輩もないよぉ!」
「そうだけど〜。やってみたいじゃん、先輩後輩の圧って」
「…それってパワハラだよ。訴えられても庇わないからね、小豆ちゃん」
「小豆、山吹の正論ぶつけるときだけ真顔になるところ、凄く怖いと思うなぁ」
「な、何なのこの子達…浅葱、どうする?」
「え、ええっと…とりあえず謝っておこう。ことは穏便に…先輩の機嫌をとるのも新人の仕事だ」
「「挨拶が遅れて申し訳ございません?」」
「うんうん!今年の後輩はよくできているわね!」
「…去年は私達が入ってきたばかりだから、初めての後輩だよね、今年もとかないよね。それを言うなら、鴉羽様の専属さんは同年代だとしても、金糸雀様の専属さんは絶対年上だよ。目上の人にはちゃんと敬意を払おうよ、小豆ちゃん」
「ひぃ…わ、わかったから落ち着いて、山吹。ふざけた小豆が悪かったから…」
「大丈夫、怒ってないよ!」
「と、ところでお二人は…」
「小豆は小豆。雀様の専属!」
「や、山吹と申します。白鳥様の専属を務めさせていただいております…」
小豆と山吹。
浅葱がまだ会ったことがなかった残り二人の籠守と、やっと対面することが叶った。




