25:黄金色のきらきら星
夢を見る。
「お父さん、お父さん。松ぼっくり拾ってきた。あげる」
「…浅葱は本当に松ぼっくりが好きだなぁ。なんでこんなに好きなんだ?」
「なんか可愛いと思う」
「謎に可愛さを見いだすところは、母さんそっくりだなぁ…」
まだ、何も変わらない。どこにでもいる子供の暮らしをしていた頃の夢。
私と真紅を一人で育ててくれたお父さんの膝の上で、拾ってきた松ぼっくりを吟味する。
なぜあれがあそこまで好きだったのかは覚えていない。
だけど「お母さんそっくり」と言われるのが、心のどこかで嬉しかったのは覚えている。
私が似ていたのはお父さん。色は異なるけれど、同じ青系の髪と瞳を持っていた。
お母さんは真紅の様に赤髪に赤い瞳を持っていたらしい。
外見は全然似ていなくとも、中身だけでも似ている部分があって…嬉しかった。
夢という名の、追憶を続ける。
初等学校に入学する年齢。
真紅の周囲には沢山の子供が群がっていた。
姉は昔から、人が望む理想像を作り出すのが上手かった。
…だから、新橋とか引っかけるんだろうなぁ、とも思わされるけど。
けれど私はその真逆。
社交的な性格とはほど遠く。人と関わるのが苦手で、一人でいる時間が多かった私に声をかけたのが、彼女だった。
「一人で遊んでるの?」
「ん」
「一人で寂しくない?」
「全然」
「でも全然笑ってない」
「…そう?」
地面にお絵かきしていた時、誰かが私に声をかけてきた。
その子は真紅と共に二大人気者をやっていた女の子。
人が沢山いる眩い世界で生きている女の子だ。
「双子のお姉さん、真紅ちゃんだっけ。一緒じゃないの?」
「一緒にいると息が詰まる。すぐベタベタ寄りつくから」
「双子だからって全部一緒じゃないんだね」
「双子でも、私達は二人の他人だからね」
「そっか。ねえ、一緒に遊んでいい?貴方と友達になりたいの」
「私より姉といた方が楽しいよ」
「私は貴方がいいから声をかけたの。友達になろう!」
「いいけど、あんた誰」
「クラスメイトの名前ぐらい覚えていてよ…琥珀だよ。浅葱ちゃん」
「ふぅん」
横目で見たのは、黄金色のきらきら星。
眩い世界で生きている琥珀と私が出会ったのは、どこにでもある日常の中だった。
夢の時間はまだまだ続く。
あの日遊んでから、琥珀は私によく話かけてくれるようになった。
それに面白く思わない真紅と取り巻きに嫌がらせを受けたりしていたけれど、何事もないように無視し続けていた。
私は真紅に何度も「いじめをやめろ」と言い続けた。
真紅は「琥珀と離れて私と一緒にいるなら辞める」と、できない条件を突きつけてきた。
いや、簡単にできたんだ。
琥珀から離れて、真紅と一緒に過ごす。
琥珀と出会う前と同じ生活。それに戻るだけ。
けれど私はできなかった。
「あーちゃん。お手紙書いた!読んで!」
「いいよ。うわ、字汚っ」
「きゅうっ!?」
「ねえ、くーちゃん。これ何て読むの?」
「あーちゃんの名前…」
「私、こんなミミズじゃないけど、読めるように頑張るね」
「そ、そういうあーちゃんは」
「こんな字を書きます」
「うわ凄く字が綺麗」
「いっぱい練習した」
「…あーちゃんが私の代わりに文字を書けば、私の字が汚くても問題なし。全部解決だと思っちゃった」
「諦めずに練習しようね、くーちゃん」
「はぁい」
真紅と共に過ごすだけの生活に戻りたくなかったのもあるけれど、何よりも手放したくなかったんだ。
自分に手を差し伸べて、友達になってくれた琥珀の隣を、失いたくはなかったんだ。
まだ、夢を見る。
琥珀の趣味を教えて貰えたあの日の夢だ。
「くーちゃん。凄く歌が上手。よっ、未来の歌手!」
「あーちゃん、言い方がおじさんみたいだよ…。もう少し年相応な部分が見たいなぁ」
たたえる言葉は冗談ではない。
彼女の歌は、とても良かった。
優しい声音で心を撫でる、軽やかな音色。
一度聞けば虜になる。実際、私が虜になった。
「でも上手かったのは本当。将来歌手になるの?」
「なれたらいいなぁって、思う」
「じゃあ私がファン一号ってことで、くーちゃんの夢を応援するね」
「そう言ってくれるの、凄く嬉しい!あーちゃんは?」
「私?」
「あーちゃんには夢とか」
「ないよ」
「ないの?」
「うん。強いて言うなら、安定した職に就いて、安定した生活を営み、平均寿命ぐらいで死ぬかな」
「それは将来の夢じゃなくて人生設計だよ」
「そうかなぁ…」
「いいんだよ。世界征服とかでも」
「じゃあそれで」
「あーちゃんには自分がないの?」
「別になんていうか、お父さんを泣かせる人生じゃなきゃいいかなって」
「あーちゃんはお父さんのこと、大好きだね」
「うん。お父さんは、唯一の家族だから」
「真紅のこと、嫌い?」
「うん。最近、ますます何考えてるかわからなくなってきた…」
琥珀には流石に言えなかったが、これぐらいの時期から真紅が必要以上にベタベタしてきて、触れられたくないようなところにも触れてくるようになった。
お父さんに相談したら、深刻に事態を受け止めてくれた。
「話してくれてありがとうな」
「お父さん、浅葱が嫌な事をされないように、ちゃんと守るから」
お父さんは琥珀の両親と相談して、いっそのこと私だけでも琥珀の家に何回か「お泊まり」という形式で避難してはどうかと話も出てきたぐらいだった。
それぐらいお父さんは私がのびのびと生きられる方法を模索してくれたし、琥珀の両親も手を貸してくれていた。
結果として、お父さんはこの一件で真紅の恨みを買い…あの日、殺される事になったと思うとやるせなささえ覚える。
私が我慢をしていたら、お父さんは死ななくて済んだのだろうか。
そして…。
「何があっても、私はあーちゃんの味方だから!」
「ありがとう、琥珀」
私に関わり続けたからこそ、これまた真紅に恨みを買っていた琥珀が苦しむ九年間も、なかったと思うと…。
私はずっと一人でいるべきだったのではないかと、考えてしまうのだ。
足場が消えて、どんどん深層へ落ちていく。
意識が最後まで降り立った先に、その記憶はあった。
「金糸雀様、到着いたしました」
「わぁ…懐かしいわぁ。八年経ってもほとんど変わっていないわ」
「確か、ここが金糸雀様の」
「ええ。私が金糸雀になる前の出身地!行きましょう、月白!」
「はいはい、まずはお仕事をこなしてからですからね。この村にやってきたのは」
「分かっているわよ。夫と娘達に会いに来たの。ついでに歌手金糸雀の巡回公演」
「逆です。自分の正体を伝えるのは規則違反ですので、やめてくださいね」
「月白のいじわる」
「構いませんよ、いじわるで。近い将来私も、その気持ちを味わうことになるのですから」
「…ごめんなさい」
「謝ることはありません。私は貴方のそういう無遠慮なところが好きなんです。この事態を深刻に受け止め、私達を守ってくれた貴方の籠守になれて、幸せですよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。さあ、早く村に入って休みましょう。今の貴方に必要なのは休息と栄養よ」
「籠守が主に守られてどうするんですか…」
「今はいいのよ。誰の目もないわ」
浮き足だった金糸雀らしい女性と、今より若い月白殿は私達が住んでいた村へと足を踏み入れる。
その先には…。
「お父さん。あの人誰?」
「金糸雀様だよ。この世界を作った神様の代わりに、世界を守る仕事をしている恩寵を受けし者の一人だよ。今は、歌手として人々に癒やしを与えているんじゃなかったかな」
「歌を聴いて癒やされるほど、私はチョロくはないよ」
「琥珀ちゃんの歌ですぐに寝ちゃう子はどこの浅葱ちゃんですかねぇ…」
「くーちゃんの歌は特別だもん」
お父さんが生きている時間。
私が籠守に、琥珀がまだ金糸雀になる前の記憶。
じゃあ、今目の前にいる金糸雀は…先代の金糸雀。
どうして私の記憶に彼女がいるのだろう。
「ところで、あの人歌手なんだよね」
「ああ、そうだな」
「じゃあちょっと質問攻めにしてくる」
「あ、ちょ!?浅葱!待ちなさい!」
お父さんと繋いでいた手を離し、先代金糸雀と月白殿が向かった先へ駆ける幼い私。
もう少しだけ、現在は過去を追いかけることにする。
目覚めの時間は、まだ遠い。




