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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
24/40

24:あの日から、二週間

椋の茶会から、二週間が経過していた。


中央広間に、コツコツと足音が響く。

軽快とは言えない。リズムは一定ではなく、時々外れる。

それもそうだ。その足音を奏でる少女は杖をつき、ふらつく身体を支えながら歩いているのだから。


「あ」

「……(貴方が、瑠璃さんと東雲さんですか?)」


瑠璃と東雲は、初めて見る少女を前に足を止めた。

その少女は二人を見るなり、記憶からある結論を導き出す。


そして持っていた手帳の中に、自分の言葉を一生懸命書き連ねるのだ。

しかし、少女の字は異様に汚い。

それでいてペンを握る練習を始めたばかりだ。筆圧も弱々しい。

「ミミズ」を超えた未知の代物を見せられた瑠璃と東雲は、困惑しつつ首を傾げることしかできなかった。


「何て書いてあるか読めないんだけど、瑠璃様分かる?」

「…すみません、私にも何も」


「…貴方が、瑠璃さんと東雲さんですか?」

「あ、喋った」

「貴方、喋れたのですね…あ、いえ。そう言った意味ではなく…」

「気を抜いたら、権能の効果が出るので…会話はあまり」

「だから筆談って言っても、これじゃじゅも」

「東雲」

「…さーせん」


自分でもある程度の自覚はしていたのだが、やはり浅葱以外には読めないらしい。

文字の汚さを指摘しようとした東雲に瑠璃は睨みを利かせ、黙らせる。

その光景を見たら、嫌でも自覚する。自分の字は汚いのだと。

これでは筆談での会話もままならない…。


「改めて、金糸雀と申します。以前、お世話になったとのことで…お礼を申し上げるのが遅れてしまい、申し訳ありません」

「お気になさらず。回復した姿を見られて何よりですわ。改めて私は瑠璃。こちらは籠守の東雲ですわ。ところで金糸雀、不調の原因は取り除かれましたか?」

「ええ。二週間前に。色々ありまして…今はこうして一人で外出できる程度に回復できました。倒れた時に瑠璃さんから尽力を頂いたと、浅葱から聞いたのですが…」

「偶然居合わせた縁で権能を少々。私の権能は万物の浄化ですから、病原菌や汚物も消すことができます。私は自分にできる最善を行っただけですわ」

「それでもです。あの時はありがとうございました。私にできることがあれば、いつでも。お力にならせてください」

「では、いつか貴方の力をお借りしなければならない時にお力をお借りさせていただきますわ」


「そういえば、浅葱はどこにいるの?仕事さぼり?」

「いえ、そういうわけではなく…少々、不調で。部屋で寝ています」


少々どころじゃない。かなり不調だ。

椋…真紅との一件以降、自分の表情が動いた出来事を気に病み…部屋に戻ったら倒れてしまった。

今も意識は戻らない。ずっと眠ったまま。

時折浅葱の様子を伺いに行くが、彼女は常に魘されている。

休む間もなく、苦しみ続けていた。


「東雲…」

「いや、悪気があったわけじゃ…その場の冗談で和ませようと」

「私たちにできることはありますか?」

「…お気持ちは嬉しいのですが、精神的なもので」

「精神的なものって何?」

「浅葱は元々父親が亡くなってから表情が動かなくなっていたんです。ただ、先日…ある方に、人を傷つける時に笑っていたことを指摘されて」

「ショックで、寝込んだってところ?」


金糸雀は小さく頷く。

原因はおそらくこれだ。

周囲からしたらその程度の事かもしれない。

けれど浅葱にとっては何よりも気にしてしまうことなのだ。


今まで変化がなかったそれに変化を与えるのが、最低な行為を行った時であると知ったときの彼女の取り乱しようは見ていられなかった。

今にでも泣き出したいほど苦しいのに、涙は流せなくて。

痛みで顔を歪ませたいのに、歪まなくて。

だけど、その原因を取り払おうと決めたら、笑みを浮かべる。

誰かを殺す瞬間に、笑ってしまう。

そんな自分に嫌気がささないわけがない。


あの時、琥珀だけを見つめさせることで、浅葱の暴走を一時的に止めることはできたものの…彼女を完全に救えた訳ではない。

彼女はまだ、苦しんだまま。


「なるほどねぇ。しっかし、金糸雀様、浅葱の事情詳しすぎでしょ」

「…昔からの知り合いです。私を追ってここまで来てくれました」


浅葱と金糸雀の関係性を知った瑠璃と東雲はあんぐり口を開ける。

最初にその口を閉じて、楽しそうにはしゃぎ始めたのは…東雲の方だった。


「愛じゃん。愛だよ、瑠璃様。瑠璃様にはこれっぽっちもない愛だよ」

「わっ!私とて愛情ぐらい持ち合わせています!」

「じゃあ、具体的に今回の状況、どうしたらいいか答えてくれる?」

「それは…」

「愛情深い瑠璃様は、困った金糸雀様と浅葱を見捨てないよねぇ〜」


東雲が金糸雀に向かって、小さくアイコンタクトを送る。

口には出さないが、先程の冗談、そして浅葱の話に発展してしまった彼女なりのお詫び。


「ん…私の権能が使えるのであれば楽なのですが、今回はそういう事態でもありませんから…まずは浅葱を起こすところから…ですわね」

「外部からショックを与えるとかどうかな?月白殿呼んで来よっか?」

「浅葱が最悪死んでしまうと…」

「逆に命の危機を察して飛び起きるとかないかな〜って。私は前、そんな経験あったからさぁ」

「…?」


「まあ、これは最終手段として。外部から何か影響を与える方針として、私は音楽を聴かせるとか、声かけを続けるとかを提案してみます!」

「音楽…」

「方針は定まりましたか、金糸雀?」

「少し。あーちゃん、昔、私の歌を好きだと言ってくれたので。これに懸けてみます!」


「「あーちゃん」」


「っ!こ、これは聞かなかったことに!助言ありがとうございました!実行に移します!」


慌てて部屋に戻る金糸雀の背を見送りながら、瑠璃と東雲は互いに顔を見合わせる。


「金糸雀様、上手くいくといいね。るーちゃん」

「…早速やってくると思いましたわ」


金糸雀の背中が見えなくなるまで、彼女を見送った瑠璃と東雲は再びゆっくり歩き出す。

金糸雀の成功と、浅葱の無事を祈りながら。


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