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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
22/40

22:椋と新橋

招待状は至って簡潔。

日付と時刻。自室にて待つ。

たったそれだけなのに、琥珀の心をかき乱すのには十分すぎる代物だった。

震える手を、浅葱が握り締めてくれる。


「嫌なら私が断りを入れてくるけど」

「…一人で行っちゃダメ」

「どうして?」

「…椋の、真紅の目的は、あーちゃんだから」

「どうしてあの女が私に執着を見せる」

「わからない」


けれど、真紅…今は椋という名ではあるが、彼女は前回こう言っていた。


『籠守として浅葱を指名したら既に指名されていると言われた』

『お前が選んだんだろう?卑しい女』 

『自分の欲で実の家族を引き離して、何が楽しいの?』

『返して、私の所有物あさぎを』


…彼女は、浅葱を求めている。

一人で行かせたら、きっと。浅葱は帰ってこない。

もう、二度と。

そんなことになるぐらいなら、琥珀がとる選択肢はただ一つ。


「…だけど、椋が、真紅があーちゃんを狙っているのは事実。一人で行かせるぐらいなら、私も行く」


震える声では説得力が無い。

この先に待つ時間を考えたら、心臓が握り潰されたように感じるほどの痛みを覚える。

怖い。けれど、もっと怖いのは…。


「大丈夫、私がいるから。呼吸を整えて」

「…うん」


浅葱が、側からいなくなる時間の方だ。


◇◇


指定された日付。

浅葱と琥珀は互いに目配せをした後、透明な扉の先へ進んでいく。

椋だけに、無垢。無色透明な扉なのだろう。


「……」


廊下を進む中、浅葱と琥珀に会話はない。

事前に、声を出さない普段通りの方針でいこうと話あった。

権能を使えるほど、体力が回復しきっていない体で行こう。

計画を練り、有事のプランも作り上げている。

ここまでやって何事もなく終わる、と言うことはないだろう。


少し後ろを歩く浅葱の表情を、琥珀は伺っておく。

今まで以上に無表情。

何一つ動くことない浅葱の変化は、その歩く姿にある。

苛立ちも、不快感も何もかも綺麗に内包できているのに、“歩く音”だけは、真紅への殺意を隠せていなかった。


部屋の扉の前に到着する。


そこで浅葱が「自分が先に扉を開ける」と琥珀に合図し、自分が前に立った。

琥珀にノックをさせた後、部屋の中から返事がしたと同時に、浅葱が扉を開けると…。

扉の先から、ナイフが押し出されてくる。

ナイフが狙うのは、浅葱の胸元より下の位置。

金糸雀で言えば、喉元を狙う位置に放たれた。

しかし、狙った先には何もない。

ナイフの持ち主が一瞬よろめいたのを、浅葱が見逃すわけがない。

対象の腕を掴み、抵抗できないように地面へと押さえつけた。


「ずいぶんなおもてなしですね」

「…お前が、浅葱か」

「如何にも。ところで貴方、どちら様です?お会いしたことありましたか?」

「お前という女は…っ!」


浅葱とこの籠守に面識は一度も無い。

新米時代も、未踏開拓軍時代も、同じ場所にいたわけではない。

けれど彼女は知っている。自身が崇拝する彼女が欲しがる女であり、自分が代用品となってしまった浅葱のことを、嫌というほど知っている。


新橋しんばし

むく様」

「戻っていらっしゃい。今の貴方は、私の浅葱に傷をつけかねないわ」

「…は、い」


新橋の身を案ずることよりも、浅葱の心配。

落胆し、更に恨みを募らせる新橋が控えた先に待つ、不思議な色をした少女。

光の反射で数多の色を映す髪と瞳を持つ、極光のような少女。

その顔つきは、浅葱と瓜二つ。


「久しぶりね、浅葱。やっと自分の居場所が分かったのかしら」

「久しぶりですね、クソ女。残念ですが、自分の居場所は既に見つけています。お前みたいな腐敗臭を漂わせる女の側ではないことは確かですよ」

「貴様!椋様に無礼だぞ!」

「新橋、控えなさい。久々の再会だもの。姉妹水入らずにして欲しいわ」

「しかし…!」

「はぁ…所詮は浅葱に似ているだけの女。使いにくいわね。黙ることすらできないだなんて」


「む、椋様、私は…」

「代用品風情が、私と私の浅葱の世界を穢さないでくれる?世話はこれからもさせてやるから、黙って背後で控えていて」

「…はい」


椋の背後に回り、指示通り静かに待期する新橋。

見えないところで浅葱への憎しみを隠さず、腕に爪をめり込ませ…血を流すほどの恨みを見せる。

椋への異常な執着を見せる新橋と、そんな彼女を代用品と罵る椋。

常軌を逸脱した関係性に、琥珀は恐怖を覚えた。


「金糸雀様、私の後ろに」

「なんでそいつを守るのよ!私を守りなさいよ!貴方の片割れよ!?」

「私の実の家族は既に死んでいます。今は彼女とその両親が私の家族です」

「実の家族はまだ生きているじゃない!わからないの、浅葱。私が真紅よ?貴方の双子の姉よ?」

「父を嘘で殺させた女など、存在しなかったことにしています」


「…だってあいつ、気持ち悪かったじゃない。八歳になった娘と一緒に風呂に入ろうとする男よ?」

「心配だっただけです。かつての私が風呂で寝て、溺れかけたから」

「なんで私を頼らないの?」

「お前が気持ち悪かったからです。子供とはいえ、他者の局部に手を触れようとする精神とかおかしいと思わないんですか?」


「双子なんだからいいでしょう?私達はお互いがお互いよ。卵は元々一つだったじゃない。同一人物ともいえる存在よ?」

「今は別々です。元々一つでも、私達は個であり、他者だと思いますが。父もその異常さに気づいて、できる限り私とお前を一緒にしないように工夫してくれていましたが…その行動が、あの日の蛮行に繋がるんですよね」


「…死んで当然よ。私達を引き離そうとした男なんて死んで当然なの!」

「自分の父親をそんな理由で殺させたのかお前は!?」

「ええそうよ。私達が共にいる運命を壊そうとした男だもの!」


「…恩寵を受けし者になって、離れた九年にはどう理由をつけるつもりだ?」

「九年は試練よ。再び巡り会うとき、私達は一つになって、神を殺してこの世界を牛耳るの!元々死にかけの神だもの!殺すのも容易!一生二人の世界を作り上げましょう、浅葱!」

「馬鹿もここまで来たら、笑いが出てきますね…」


歪んだ解釈、都合のいい考え方。

何もかもが恐ろしくて、琥珀だけでなく浅葱もこの場から逃げ去りたかった。


恐れを見せる琥珀を見た浅葱は、息を呑む。

何があっても琥珀だけは、無事に帰す必要がある。

自分にそう言い聞かせ、無言で彼女へ更に近くへ寄るように指示するが…それを真紅が見逃すわけがない。


「何浅葱に寄ってんだ!」

「「っ…!」」


狂った言葉を吐き続けても、優雅さだけは最後まで崩さなかった椋が怒号を放つ。

それに浅葱と琥珀だけでなく、新橋も恐怖を見せたのは言うまでもないだろう。


そういえば、と琥珀は思い返す。

茶会の時は、新橋は自室に籠もるように指示をしていた。

だから彼女は知らない。

金糸雀の前で、浅葱に対する醜い嫉妬を見せる椋が…醜悪であることに。


「親友とかそういう他人だけの人間が、私の浅葱に寄りつくの、辞めて貰えない?」

「…あっ」

「私達の特別は他人に干渉されてはいけないの。昔からお前がいるから、浅葱は私の側から離れていく!私よりお前を大事にする!お前さえいなければ!浅葱は私を見てくれた!」

「…例え彼女がいなくとも、私はお前を見ることはないだろう」


逆鱗に触れると分かっていても、正論を吐くことでしか浅葱に抵抗できる手段は残されていない。

まだ、最終手段は残されているが…出すわけにはいかない。

けれど“それ”をいつでも出せるように、腰部分に左手を回しておいた。

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