20:鳩羽と白藤
恩寵を受けし者の一人「鳩羽」
彼女は恩寵を受けし者の中では最年長である二十五歳。
ちなみに、籠守の最年長は露草。二十七歳。
次点で月白。二十五歳。
先程まで話していた人にすぐ足を出す女と、現在進行形で浅葱に情けなく泣きついてくる女。
まさかの同い年なのである。
冗談であって欲しいと思っても、事実なのである。
浅葱の腹に顔を埋め、泣きじゃくる鳩羽を琥珀が無言で睨み付ける。
穏やかではない空気を感じ取り、浅葱は琥珀を宥めつつ…鳩羽の話に耳を傾けた。
「鳩羽様、お母さんはどこにいるんですか?」
「白藤とは喧嘩した」
「一緒に謝りに行ってあげますよ」
「なんで同伴して貰わないと謝れない子供扱いをされているんだい?」
「一週間関わって、何となく鳩羽様という方がどういう方なのかは理解したつもりです」
「間違った方向に理解していないかな…?」
「さあ、どうでしょう。ところでなにをやらかしたんですか?」
「僕がやらかした前提なんだね!?」
「白藤殿が何かやらかすイメージがないものですから…」
「まあそれはわかる。けれどね!白藤だってやらかすときはやらかすんだよ!」
「じゃあ何をやらかしたと言うんですか」
「話せば長いんだけど」
「話すんですね」
◇◇
一昨日の話。
僕は白藤と共にいつもの日課を終えた。
日課というのは、鳥籠の外にある市街地の探索だ。
僕の権能は「周囲に溶け込む」権能。
権能を使用している間、僕は恩寵を受けし者の鳩羽ではなく、ただの鳩羽として住民になれる。そんな能力だ。
いつものように住民と会話して、困っていることを聞き、解決の為に案を出す。
それが僕の生活。鳥籠の外で数多の人と交流を持ち、生活を送っていた。
市街地の探索を終えた夜。白藤と晩ご飯を食べていた時だ。
僕らは行きつけの店に入り、今日は何を食べようかとメニューを眺めていた。
「ど、れ、に、し、よ、お、か、な。し、ら、ふ、じ、の」
「言うとおりにしなくていいから。自分で決めなさい」
「そういう白藤は、さっきっから本日のおすすめしか見てないね」
「…こだわりとか、好みとかないもの。選ぶ時間も惜しいし、おすすめでいいかなって」
「相変わらずだね君はぁ…わかった。店員さん、本日のおすすめに書かれている料理とお酒を二人前」
ささっと注文を終えたら、目の前には目を丸くしていた白藤がいる。
僕自身、お酒はそこまで得意ではないというか、弱くてね。普段はあまり飲まないようにしている。
だけど、今日は白藤が飲みたそうにじっとメニューを眺めていたから、特別だ。
お互い一杯だけと決めて、お酒を飲んだんだ。
けれど僕は案の定酔っ払って…そこからの記憶がない。
次の日の朝、目が覚めると…一糸纏わぬ状態で白藤とベッドインしてたんだよね。
何を言っているか分からないと思うけれど、僕も理解できなかった。
何度も目の前の光景を夢だと思って瞬きを繰り返して、目をこすったさ。
目の前にある光景は、紛れもなく現実だったんだ。
◇◇
「白藤と一夜を共にした後、白藤が覚えている範囲でどうしてこうなったのか聞いたら…淡々と事務的に答えてきた。僕に「ふへぇ…しらふじぃ、こんやはねかさないぜぇ…」と、命令されたからだと」
「それ命令になるんですか…?」
「僕が発した言葉は、どんなに崩れていようが全て命令だって…白藤が」
「すみませんが、私だったら聞こえなかったことにしますね。認識できないから聞けませんという体です」
「普通はそうだよ」
「それに、この手の命令であれば籠守側にも拒絶する権利が生まれます。恩寵を受けし者であろうとも、人の尊厳を穢す真似は許されないのだから」
「そうだね。ちゃんとルールがわかっているね、浅葱」
浅葱が鳩羽と話すのは、右も左も、鳥籠のルールでさえも把握しきっていなかった時期だ。
一週間でしっかり籠守をやれている浅葱に、鳩羽は嬉しそうに微笑んだ後…影を落とした。
「でも、あの子は…絶対聞いちゃうんだ。あの子は、僕の頼みで砕けた態度を取るけれど、始まりは全て命令。それだけは九年間、一度も逆らったことがないんだ」
「…白藤殿がそうする理由に、心当たりはありますか?」
「あると言えばある。あの子の家庭環境は、妹を中心に回っていた。白藤の妹は今、恩寵を受けし者の一人として、得た知識を活用して世界を動かす立場についている。そんな逸材を両親は愛し、ただの優秀な子供だった白藤のことは、存在すら認識しなくなった」
「…それは」
「あの子は大好きな親に必要とされなかった子供として過ごしてしまった過去があるから、色々と歪んでいてね。自己評価が異様に低い。新米時代は酷かったよ。窓辺にほこりが残っていた程度で「失敗は許されない事だから、死んで詫びます」と言ってね…止めるのに苦労したな…」
「…一人にして大丈夫なのですか?」
「絶対ヤバいから帰る!」
「…じゃあ早く帰って」
「おや、金糸雀。君喋れたのかい?」
「…あれ?」
「どうしたんだい、目を丸くして。権能が効いていないことに驚いているのかい?」
「…」
琥珀はすっと、浅葱の背後に隠れ、鳩羽の様子を伺う。
早く帰って。その言葉を発したと同時に、光の粒子が周囲に舞ったのだが…光の粒子が鳩羽に触れても反応が一切無い。
発動条件は、満たしているはずなのに。
「そうかそうか。君はまだ知らないんだねぇ…よし。話に付き合って貰ったお礼をしよう。金糸雀、僕の名前を呼んで権能を使ってみてよ」
「…鳩羽、早く部屋に帰って」
今度は言われたとおりに、権能を行使してみる。
けれどやはり鳩羽に効く様子はない。
「じゃあ、次…」
「それ、教えていいの?」
「耳打ちならいいだろう。それに君は口が堅いだろう?」
「まあ、喋らないから…そうなっているだけだもの。どうしてここまでするの?」
「全て白藤の為だよ。その為なら僕は過去や知識を君に売る。そして君にいつか、恩を返すことを期待する」
「…」
「とりあえず、言ってご覧」
「……、早く、部屋に帰って。部屋についたら、意識を取り戻して」
鳩羽と琥珀が耳打ちで何かを話した瞬間、先程まで反射していた光の粒子が鳩羽に溶け込んでいく。
あの時の撫子のように、ふらりふらりと紫色の扉に向かい…その先進んでいく。
「…権能、効いてるの?さっきは効いていなかったのに」
「うん。あの人、自分の身体を張って、とんでもないことを伝えてくれた。あーちゃんにも、詳細は内緒。まだこの場にいる恩寵を受けし者の大半には効かないけれど、もしもの時に使える切り札にしておきたいから」
「うん。まあ、くーちゃんがそう言うなら…」
この情報は、将来使える貴重な手段。
金糸雀が権能を仕える相手は限られている。
しかし、今回の一件で琥珀はあの人物に確定で権能を与えられる。
その確信ができただけでも大収穫だ。
今回はお礼を言う前に帰らせてしまった。
次、会った時、今度は彼女が望むように、力となろう。
鳩羽が願うのであれば、金糸雀は白藤を止める手段として機能しよう。
そう、心に誓いつつ…浅葱に手を引かれ、琥珀は自室へと戻っていった。




