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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
2/40

2:対面

「……」


ふらりふらりと立ち上がった金糸雀は、ゆっくりとした足取りで光の下へ向かってきた。


「白藤籠守長。部屋の明かりはどこに」

「私が探すわ。貴方は金糸雀様を」

「お願いします」


白藤が照明の電源に向かう中、浅葱は薄明かりの中を覚束ない足取りで進む金糸雀を抱き留めた。

その瞬間、照明が室内を照らした。


「金糸雀様」

「……」


声をかけても、ただ彼女は震えるだけ。

それもそうだろう。彼女の身体は浅葱が想像していたよりも細い。

精巧な硝子細工の様な肢体に、透き通るような白い肌。


声をかけても、ぼんやりと浅葱の顔を覗き込むだけ。

その見てくれは、俗世を知らない崇高な姿と言えば納得せざるを得ない。

しかし浅葱の目に映った金糸雀の全貌は、かつて毎日見ていた死にかけの病人の様に映った。


「椅子にお運びします。お体に触れますが、どうかお許しを」

「…!」


ふらついているのは、歩くことや立って過ごすことに慣れていないからだろう。

疲れを見せた金糸雀の身体をひょいと持ち上げて、腰掛けていた椅子に運ぶ。

高級感のある布地越しに感じるのは、肉ではなく堅い骨。

これも、少し力を込めたら砕けてしまいそうな脆さを感じた。


「……」


金糸雀は、腕の中で呆けた顔を浮かべる。


「金糸雀様、降ろしますね」


その瞬間、金糸雀の首が全力で横に振られた。


「嫌、なのですか?」

「…」


瞬時に首が縦に揺れる。意思疎通が難しいと聞いていたが、会話は通じるらしい。

今度は震える指先をベッドに向ける。

小さいが身振り手振りで自分の思うことを伝えてくれる。


「ふむ。ベッドに移動ですね。そこで降ろすようにしたらよろしいでしょうか」


金糸雀の頬が、餌を大量に詰め込んだリスの様に膨れ上がる。

会話の流れからすると、多分これは彼女なりの怒り…なのだろうか。


「私も、腰掛けてよろしいですか?」


頬がシュッと元に戻り、再び首が縦に振られる。主人の寝床に腰掛けることが許されたらしい。


「浅葱」

「はい、白藤籠守長」

「本来であれば、私の紹介後に設備等の説明をして任務開始となるのだけど…」

「……?」


金糸雀は白藤の視線を感じ、浅葱の胸の中で軽く小首を傾げる。

彼女は知らない。浅葱と白藤———籠守達にとって、恩寵を受けし者の言動は何よりも優先させるべき事象だ。

金糸雀が浅葱に興味を抱いている行動をしている今、白藤はそれを邪魔することはできないし———浅葱もまた、白藤との仕事を優先させることはできない。


例え金糸雀が「いつも通り」に進むだろうと思っていても、二人は本来の流れを再開することはできない。


「併設してある小部屋に、今後の生活に必要な資料一式を置いておくわ。後で一読して頂戴」

「承りました」

「では。私はここで失礼いたします」

「…?…?」

「金糸雀様、如何なされました?」

「……」


口を何度かパクパクさせつつ、金糸雀は上手く回らない頭で思案する。

浅葱の問いに答えるのは簡単だ。自分の疑問を浅葱に伝えるだけで終わる話。

けれど、金糸雀にはできない。

この世で一番手っ取り早い意思疎通方法が、彼女には禁じられているのだから。


「……」


疑問を飲み込んで、浅葱の身体に力なくもたれかかる。

分かっている。これも金糸雀にとって「いつも通り」の事なのだから。

いつも通り、最初は友好的で。

いつも通り、意思疎通ができなくて。支障が出始めて。

いつも通り、自分の世話を任された籠守は不安を覚え、心を病んで…姿を消す。


でも、浅葱は。


昔から変わらない浅葱だけはきっと、最後まで一緒にいてくれるはずだと金糸雀は信じている。


白藤の退出を見送った後、浅葱はゆっくりと、安定した姿勢を崩さないままベッドの方へ向かってくれる。

その間、金糸雀は浅葱の制服をただぎゅっと握り締めたまま…俯いていた。


「ええっと、金糸雀様。ベッドに到着しましたが…」

「……」


短い時間ではあるが、浅葱の中で何となく「金糸雀とどう会話すべきか」か…何となく、答えは出ていた。

後はそれを実践するのみ。


「このままで、よろしいですか?」


再び首が縦に振られる。小さい動作だが、見落とすような動作ではない。

自分が仕える事になる主人は会話ができない。

仕方が無い。権能が関わっていれば、そういうことも自然と存在している。


浅葱は金糸雀を抱き上げたままベッドに腰掛け、彼女が一日の大半を過ごす場所の様子を確認した。

ふわふわで、布団やシーツはとろとろ。間違いなく最高級品だ。

彼女の脆く、衰弱しきった肌には…きっと優しい。

高そうなもので構成されたその場所には、異質なものが三つ置かれていた。


一つは鍵付きの小箱。金糸雀が大事にしているものをしまっているのだろう。


もう一つはボロボロになった鳥のぬいぐるみ。

額に「弐」と書かれている。子供時代に、同世代で流行っていた「カラーバード戦隊」のバードブルーのぬいぐるみのようだ。

随分大事にしている様子が窺える。


しかし、それは浅葱が知っているそれとは色が異なる。

随分色褪せてしまっていたのを見かね、誰かが染色したのだろう。

しかし、間違えた色でそれを染めてしまったらしい。

バードブルーのぬいぐるみは、設定通りの鮮やかな青ではなく浅葱の髪色の様な、青と緑が混ざり合った色をしていた。


そして最後に、まつぼっくり。

なぜかまつぼっくりがぽつんと枕元に置かれている。

しかも小箱やバードブルーより丁重に扱われている。


浅葱もこればかりは動揺せざるを得ない。

一見したら何てことはないそれはきっと、金糸雀がここに来る前に大事にしていたものなのだろう。


丁重に扱うことに心に誓うと同時に、浅葱の制服が引かれる。

それを行った本人は、心配そうに浅葱を見上げていた。

否、どんどん制服をたぐり寄せ…身を持ち上げては浅葱の顔と距離をつめてくる。


「……」


金糸雀が楽しそう、そして嬉しそうなのは、気のせいではないようだ。


「あの、金糸雀様。何かご用命でしょうか?」


問いかけても、金糸雀は首を横へ振るばかり。何もないらしい。

しかし、彼女は楽しく浅葱の顔へ手を伸ばしてくる。

何度も冷たく、細い指先が頬を撫でた後———髪へ手が伸びた。

浅葱の、青緑色の髪を何度も掬う。


揺れている光景が楽しいのだろうか。

バードブルーと同じ色だから、見ていて楽しいのだろうか。


浅葱は見当違いな事を思案するが、金糸雀はそんな事は何一つ思っていない。


「当たり前だけど、十年前より髪が伸びている」としか———思っていない。

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