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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
18/40

18:翡翠と萌黄

抹茶がかつて見繕っていた衣装の中から、軽くて動きやすそうなものを選び、身につける。

新雪の様なドレスは琥珀の無垢さと華奢な肢体を美しく魅せてくる。

…が、やはりまだ痩せ細った不健康の様相が目立つ。


「歩けそう?」

「できるだけ。ゆっくりと」

「了解」


琥珀の歩きたい意識を尊重し、浅葱は彼女の背に手を回し…支えて歩く。

各部屋から中央広間までの廊下は長いものではないが、いつもの倍以上の時間をかけて歩くことになる。


中央広間に到達し、近くの椅子に腰掛けて休息を取る。

ここまで歩くだけで息を切らすほど、琥珀の体力はないに等しくなっていた。


「ふぅ…」

「お水、いるかな」


小さく頷いて、返事をする。

外に出たら、琥珀は声を抑える。

今はまだ、制御下ではないのだ。むやみやたらに声を出して、権能を使うわけにはいかない。

水を取りにいった浅葱と入れ替わるように、誰かがこちらにやってくる。


「萌黄、部屋に到着する予定時刻から二分経過している。急ぎたまえ。儂の時間を無駄にするでない」

「たかだか二分じゃないっすかぁ…。もうちょっと余裕もって生きるべきっすよ、翡翠様」

「儂にそんな時間が…おい、萌黄。待て」

「どうしたっすか」

「予定変更だ。あそこに腰掛けている女の下へ」

「いいっすけど…誰っすか、あの子。見たことないっすよ」

「儂も見るのは久々だ。ここに来た時以来だが、生きていたんだな」

「…翡翠ひすい


萌黄に背負われた、その名の通りの髪と瞳を持つ少女。

しかし九年前とは異なり、髪には白が混ざり、目も霞んでいた。

金糸雀の隣に座らせるよう命じられた萌黄は、翡翠をそこに下ろし、自分は近くに待期した。


「声を出していいのか?お主の権能は、声に関するものだろう」

「少しぐらいは。翡翠はそれ、どうしたの?」

「ああ。権能の効果が出てなぁ。価値を見る権能は、対象の記憶を遡らなければ真価を知る事は叶わない。夢中になって価値を覗き続けた儂は、気がついた頃にはもうこれでな」

「その、翡翠は、権能でそうなったの?」

「ああ。一つの価値を覗くのに、儂の時間を一日分進めてしまうんだ。だから今は確か…萌黄」

「今の翡翠様の精神や細胞はもうおばあちゃんとどっこいっす。八十代後半っすね!」

「と、いう具合だ。身体も見た目は若いが、中身は衰えている」

「この成りで十六歳っすよ。見えないっすよね〜」


萌黄が暗い空気を晴らしてくれるおかげで、琥珀もそこまで重い気持ちになることなく話を進められた。

その中で、驚いたのが…。


「翡翠、私より年下だったの?」

「そういうお主はいくつなんだ?」

「この前、二十歳になった…」

「そうは見えないな…お主もお主で色々あったんだろう。今度、落ち着いて話をする機会を設けよう。後日、萌黄に招待状を預けよう」

「いいの?」

「勿論じゃ。お主は儂がここに来てから初めてできた友人だと思っている。同時に初めての依頼人。後一年、儂の場合はもう少し早いかもしれないが、終を迎えるまで大事にしたい存在なんだ」


初めての友人。翡翠は金糸雀のことをそう思ってくれていたらしい。

九年間会えない間も、その関係を大事に覚えていた彼女に心の中でお礼を言いつつも、一つだけ琥珀の中で渦巻く罪悪感に対する問いを投げかけた。


「…私が依頼したから」

「そんなことはない。あれのおかげで、価値を見る喜びを知る事ができたのだから」

「金糸雀様、水を…あ」

「浅葱!」


水差しとコップをお盆に載せて、二つ持ってきた浅葱が戻ってくる。

そんな浅葱の姿を見つけ、翡翠は嬉しそうに彼女の下へ駆け寄った。


「たんこぶ大丈夫っすか?」

「萌黄殿。ええ、今は落ち着いています」

「それならよかったっす。浅葱がいるということは、この方が金糸雀様っすね。翡翠様紹介してくれなかったから…」

「言わなかったか?」

「言ってないっすよ」


「それよりも萌黄。なぜ金糸雀の籠守が浅葱だと教えてくれなかった!」

「聞かれてないっすもん」

「聞いたと思うのだが?」

「聞いてないっすよ。で、なんで浅葱を?翡翠様面識あるんすか?」


琥珀に手招きされた浅葱は、翡翠の前で膝を立てる。

霞んだ目は、どこまで見えているかわからない。

翡翠は手探りで浅葱を探し、彼女の頬へ手を添える。


「お主が、浅葱か」

「はい」

「儂は翡翠。恩寵を受けし者の一人。かつて友人である金糸雀に、お主に関わる代物の価値を見て欲しいと依頼された事がある」

「私に関わるもの、ですか?」

「父親が遺した小箱だ。お主は中身を知っているか?」

「…姉に遺したものを、私は手元に残していましたので、中身は。学舎に入れるだけの学費に換金できる宝石と、手紙ですよね」

「ああ。お主のおかげで、誰かが未来に託したものの価値を知ることができた。権能と共に過ごす人生を過ごせた。ありがとう、浅葱。父上にも、そう伝えて欲しい」

「ええ、必ず」


翡翠に浅葱の父…淡藤が死んでいることを伝える必要は無い。

ただ、一人の男が自分亡き未来の先を生きる娘を思い、残した一つの小箱が一人の少女をここに導き、一人の少女にものの価値を…託された想いを知る喜びを与えた。

それだけでいいのだ。


「箱の中身は姉と共通かもしれないが。手紙の内容は異なるはずだ。後で自分宛のそれを見せて貰うといい」

「はい」

「では、また予定が合う時にゆっくりと語らおう。萌黄、おんぶ」

「はいっす。それじゃあお二人とも、また今度!」


翡翠と萌黄の背を見送った後、浅葱と琥珀は散歩を続行する。


「そういえば、翡翠様。金糸雀様のことを友達だと言っていましたね」

「うん」

「よかったですね」

「うん…!」


こんな場所でも、自分を友と呼んでくれる人がいたことに琥珀は喜びを噛みしめながら歩いて行く。

次は、誰と巡り会えるだろうか。

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