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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
14/40

14:鳥籠の金糸雀

部屋に戻ってから、しばらく。


「……」


何度も、重ねてしまった。

部屋に戻って、ベッドに行って、そこから次の朝を迎えるまで眠っていて。

今日の事を忘れるのも、忘れずに。


穏やかな寝息を立てている浅葱の顔を覗き込みながら、金糸雀はため息を吐いた。


一番使いたくなかった。

無理矢理命令を聞かせたくなかった浅葱に、何度も命令を重ねてしまう。

自分の身勝手な行いに、胸を痛ませ続ける。

籠守達の会話を聞いた時よりも、撫子と会った時よりも痛い。


「どうして、こんなことしちゃったんだろう」


村で琥珀として生きていた時も、金糸雀として過ごした時間でさえも…こんな痛みを覚えることはなかった。

浅葱が来てから、再会してから…感じた事の無い感情があふれ出て、止められなくて…頭が全然追いつかない。


浅葱と再会できて嬉しい。

けれど、浅葱が他の誰かと話している姿を見ると、モヤモヤして。

ずっと部屋の中で、私だけを見ていて欲しいと思ってしまう。


「…私だけ?」


言葉にすると、胸の中が少しだけ軽くなる。

答えを見つけたような感覚を忘れないように、声に出して繰り返す。


「…私だけを、見ていて欲しい」


ああ。そうか。そういうことなのか。

すっと軽くなった胸を撫で下ろし、自分の中の答えと向き合う。

浅葱に、自分だけを見ていて欲しいのだ。

あの日、歌を歌っていた時の様に。

他の誰かじゃなくて、自分だけをまっすぐに見つめていて欲しい。

それが、私の抱いた気持ちで。

抱いてはいけなかった、醜い感情だ。


「……」


でも、そんなことはもうできない。

村にいた時のように、浅葱に近づく子供が琥珀だけということもない。

浅葱には、琥珀の知らない世界がある。

村を出て、撫子と過ごした新米時代が。

新米時代を終えて、露草と仕事をした時間が。

新米籠守として、白藤と過ごした時間が。

他にもきっと、沢山ある。


九年間、引きこもって過ごした金糸雀とは違う。

金糸雀が鳥籠にいた時代も、浅葱は広い世界で羽ばたいていた。

その風切り羽を、自分と同じように切り落とすわけにはいかない。

飛べなくするのは簡単だ。金糸雀には権能がある。

人の心は意のままに操れる。例え浅葱の心だって、その気になれば自由自在なのだ。


「…いっそのこと、あーちゃんを選ばなきゃよかった」

「…それを言うのは酷くない?」


眠っていたと思っていた浅葱の目がゆっくりと開かれる。

権能の効果が出ているはずなのに、浅葱は普段通りに振る舞っている。

なぜ、どうして、理解が追いつかず、口をパクパクさせている金糸雀に、浅葱は上手くいったと言わんばかりに満足げな空気を纏わせた。


「…驚いているよね?私も驚いているよ。ちゃんと声、出せたんだね」

「…なん、で」

「なんで権能が効いてないのかって?まあ、詳しく話せば長いけどコツがありまして」

「…嘘。そんなこと、あんな一瞬で」

「私をここに呼び寄せた月白殿から聞いたんだよね。それに、瑠璃様のこともあるし対策は割と容易だったかな」

「そんな、あり得ない…」

「あり得ないと思われることを、成し遂げることを要求された。私がここに来る条件の為にね」


浅葱はひょいっと起き上がり、金糸雀へ向き合う。

権能を使ってしまった罪悪感は、効いていなかったからとは言え薄れることはない。

浅葱に顔向けできない金糸雀は、彼女の目を見ることができなかった。

しかしそれに気づかないほど、浅葱も鈍感ではない。


目を逸らした先に、顔を持って行き…絶対に自分と目を合わせる。

金糸雀も何度か抵抗したが、衰弱した引きこもりと元軍人。体力の差は歴然である。

すぐに諦める羽目になった金糸雀は、ベッドに倒れ込み、荒い呼吸をゆっくりと整えようとする。

しかし彼女を休ませる時間を浅葱は設けたりしない。

浅葱は琥珀に覆い被さり、抵抗できないように琥珀の細い両腕を自分の手で押さえ込む。

未踏開拓軍時代に相手をしていたような凶暴な魔物はいない。けれどここは立派な戦場だ。一瞬の油断をものにしなければ、敗北を喫する環境なのだから。


「私は君に、何をされたって怒らない」


優しい声音は、抱いていた罪悪感を溶かしかけた。

崩れてボロボロになりそうだったそれを必死にかき集め、固めなおす。

それは籠守だからでる台詞だ。

親友同士でも、許されない事なのだ。


「…私は、あーちゃんに権能を使った。この声で命令した」

「効いてないから無効だよ」

「籠守だから許すんでしょう?」

「親友だから許すんだよ。こんなことをさせてごめんね。月白殿の命令なんて無視して、ちゃんと君が君であることに気づいたと伝えるべきだった。私の判断ミスだ」


「…いつ、私だって気づいたの?姿も、何もかも違うのに。貴方が綺麗だって褒めてくれた神も、目も、黄色になっちゃったのに」

「バードブルーのぬいぐるみ。名前が書いてあったからね、琥珀。今も大事にしているんだ」

「…うん」


こんな状況なのに、浅葱に名前を呼ばれて心が弾んでしまった。

嬉しいのか、申し訳ないのか分からない涙を静かに零すと、浅葱は黙ってその涙を拭ってくれる。


「話は戻るけどさ…どうして、私に権能を使いたくなかったの?」

「嫌われたくなかった。人に何でも命令できる力なんて…気味が悪いでしょ」

「琥珀は何も悪くない。昔と変わらず、優しい女の子のままだよ」

「優しい女の子は、権能で人に命令したりしない…」

「必要性を感じたら、命令するんじゃないかなぁ」

「そんなの、ここにいたら一切無いよ」

「外に出れば、必ず機会があるはずだよ」

「…私は外に出られない。この身体だし、ご飯も美味く食べられないし、体力も無いし、残り一年で、死んじゃうんだから」


死ぬのは怖くない。浅葱の前から真紅を消せるのだから。

琥珀は帰郷を恐れていない。けれど浅葱はどうだろうか。

琥珀は帰郷の儀に関することを、ストレートに述べてしまったことに気がついて、目を逸らしてしまう。

口を塞げていたら、間抜けな顔を浅葱に見せることはなかっただろう。


けれど今、彼女が腕を押さえているから…琥珀の口を遮るものはない。

琥珀は知っている。自分達が恩寵を受けし者になる前に…先代の恩寵を受けし者として選ばれた浅葱の母は、帰郷の儀で色鳥の元へ還ったことを。


命を、奪われていることを知っているのに。


またやってしまった。また、浅葱を傷つけてしまった。

けれど浅葱は琥珀の意とは異なり、何も感じてはいなかった。

———否、別の思いを募らせていた。


「帰さないよ。あんなクソ鳥の元に。やっと再会できたんだ。もう絶対に離すもんか。例え世界が壊れようとも…君が嫌がっても、私は君を逃がさない」

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