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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
12/40

12:時が止まった鳥籠の中

「あの、金糸雀様」


夢と再会の幸福。その余韻に浸っていた金糸雀に、浅葱は申し訳なさそうに声をかけてくる。

何事かと、顔を覗くと…彼女はおそるおそる、あることを口にした。


「昨日は瑠璃様より浄化を賜ったので、汚れとかが残っていることはないのですが…」

「?」

「入浴が、済んでおりません…。今から入られますか?」


一瞬時が止まる。

昨日、吐いてからの記憶がない。

瑠璃様、浄化…色々と聞きたいことはあるけれど、そんなことよりも。


「〜〜〜〜〜〜!」

「わ、わかりました!すぐに準備を!」


声にならない声をあげ、真っ赤になった顔を押さえながら、浅葱に急いで湯を準備して貰うように頼む。


慌てているようには見えなかっただろうか。

体調のこともある。入れない日は多々あった。

けれど、入れる時は…否、ここ最近は浅葱に「何か匂いますね?」とか「汗臭い…」「汚い」等、言わないだろうけど、思われたくなかったので積極的な入浴を心がけていた。

衣服に滅多につけない優しい香りのコロンをつけたり、浅葱から心をへし折られるような発言をされないように心がけていたというのに…。


「……」


昨日の私は何をしでかしたというのだろうか。

何も覚えていない。何があったのかすら分からない。

頭を抱える中、あることを思い出す。

覚えている唯一の情報。

それが残っていないか確認しなければ。浅葱に臭いと思われてしまう。


「……すんすん」


真っ赤な顔は真っ青へ。

自分の全身をできる限り嗅ぎ回り…胃酸特有のツンとした臭いが残っていないか確認しておく。

…一応、残っていないようだ。自分でわからない状態であればおしまいだが…。


「ほっ…」


一安心して、やっと金糸雀は周囲の音を聞き取れる。

部屋の扉、廊下も全て開けられたまま。

中央広間の声まで通るようになったその部屋まで、聞こえてくるのは叫び声。


「ちょっと浅葱!?中央広間を全力疾走するなんて危ないじゃない!」

「すみません白藤殿!しかし私には!」

「果たすべき命令があるっすよねぇ…。わかるっす」

「あはは。それって逆らえないだけだよね〜」

「浅葱!あんた水道全開でほっつき歩いてんじゃないわよ!?至る所が水浸しよ!?」

「止めてくれた?」

「止めたに決まっているじゃない!」

「流石撫子。頼りになる」

「全くよ!貴方は本当に手がかかるんだからぁ!」

「ふふっ、本当に貴方は面白い子ねぇ。いつでもどこでも厄介事の渦中にいるんだから。露草がここにいなくてよかったわね。「おもしれ〜」って更に場をかき回していたわよ」


浅葱を中心に、色々な人の声が聞こえてくる。

仲が良さそうに話しているし、同じ籠守の面々だろう。

特に、撫子と名前を呼んでいた少女とは仲が非常にいいらしい。


「……?」


少しだけ、胸の奥が重くなった。

胸に違和感を覚えた金糸雀は、無言で胸を何度か撫でてみる。

けれど、重さは消えない。

昨日吐いたのは、やはり体調不良の前触れだろうか…と、見当違いの思考を巡らせつつ、金糸雀は浅葱が戻るのを静かに待った。


◇◇


「準備できました、金糸雀様」

「……」


しばらくすると、浅葱が部屋に戻ってくる。

頭にたんこぶが二つできあがった浅葱は、ささっと金糸雀を持ち上げて…浴場へと向かう。

ちなみに浴場は中央広間から地下に進んだ場所にある。恩寵を受けし者と専属籠守で共用だ。


「……!」

「あっ、金糸雀様。私の頭は今、滅茶苦茶敏感なので…触らないでください」


触るつもりは、なかったと言えば嘘になる。

金糸雀は昔みたいに「いたいのいたいの飛んでいけ」をしたかっただけなのだが…触れたら痛むのであればやめよう。

伸ばそうとした手を引っ込めて、彼女の腕の中で揺られていると…。


「あら、浅葱。反省文は書き終わったの?」

「書き終わったさ。だから今、お風呂に連れて行くんだよ。そういう撫子こそ、どうしたの?」

「鴉羽様が好きにしていていいっていうから、中央広間でのんびりしていたの。せっかくだからついていこうかしら。貴方がちゃんと仕事をできるかどうか見ておきたいしね」

「できるし」

「あの惨状を見せられたら、疑いたくなる気持ちを理解して欲しいわ…」

「めんご〜」

「謝るならきちんと謝った方が身の為よ、浅葱」


ふざける彼女を、撫子が諫める。

かつての琥珀の立ち位置に、撫子が収まる。

浅葱と長い間友達だったのは、彼女達の間にある無遠慮な空気で理解できる。

かつて自分たちだけが持っていた、二人きりの空気。


「……」


その仲睦まじい光景は…腕の中で揺られる金糸雀の心を重くするのには十分すぎる代物だった。

悪いものではない。

自分がいなくなった後も、浅葱の世界はちゃんと存在した。

気を許せる友達ができて、頼りになる上司がいて…。

金糸雀が知らない人生を、九年間、一人で歩いてきている。

金糸雀が、鳥籠の中で立ち止まっていた間も…。


「それから、そろそろ紹介していただきたいわ」

「ああ。そうだった。金糸雀様、ご紹介が遅れました。こちらは」

「…離れて」

「…はい」


無意識に発せられた金糸雀の権能を纏った言葉は、浅葱の隣にいた撫子に響く。

金糸雀の声ともに出ていった光の粒子は、撫子を包み、彼女の中へ溶け込んでいく。

その瞬間、撫子は踵を返し、中央広間への道を折り返していった。


浅葱はこの粒子と同じものを、昨晩見ている。

瑠璃が権能を使用した瞬間に。


「金糸雀様…」

「やっぱり、お風呂はいいかも。今日は一緒に横になって。手を握っていて」

「…はい」

「私が権能を使ったこと、明日になったら…忘れて…」

「…はい」


最後の指示は、振り絞るような声で果たす。

光の粒子が触れる前に、浅葱は撫子と同じように金糸雀の声に従った。

金糸雀は浅葱の胸に寄りかかり、重い心のまま二人も部屋へ戻っていく。


今まで、どんなことがあろうとも…この力を授けられてから金糸雀は一度も権能を使用したことがなかった。

けれど使ってしまった。

一番使いたくなかった浅葱に、浅葱の大事な友達に…権能を使ってしまった。


どうして離れてなんて言ったのか。

どうして、浅葱に権能を使ったことをバレないようにしてしまったのか。

何一つ理解できないまま、金糸雀は再び誰も来ない優しい部屋ゆめの中へ戻っていく。

二人きり。誰にも邪魔されることなく、ずっと一緒にいられる、時間が止まった鳥籠の中へ。

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