11:金糸雀の夢
夢を見る。
私が私じゃなかった頃の夢。
何度も縋った、幸せな日々の記憶。
「おはよう、琥珀。よく眠れたかい?」
「おはよ、パパ。ぐっすりだよ」
「おはよう、琥珀。今日は貴方の好きなベーコンと卵のサンドイッチよ」
「おはよ、ママ。やったぁ、大好きなんだよねぇ」
パパとママに朝の挨拶をして、いつもの定位置に腰掛ける。
左利きの彼女の腕に当たらないよう、彼女の右側へ。それが私の定位置。
「おはよう、くーちゃん」
「おはよ、あーちゃん。今日も元気?」
「元気だよ」
「起こしてくれたら良かったのに」
「ぬいぐるみを抱きしめて、よだれを垂らして眠るくーちゃんを起こせる程、私も鬼じゃない」
「それ、パパとママの前で言わなくたっていいでしょ?」
「一緒に寝なくなった今、お二人はこういうの聞きたいですよね?」
「「もっと聞きたい」」
「ほら」
「そういうのいいから〜!」
朝の時間。四人で一緒にご飯を食べて、それぞれの生活を始めて行く。
大好きなご飯。大好きな両親。大好きな浅葱。
大好きなものに囲まれて、毎日を過ごす。
そんな毎日がとても幸せで、これからも続くものだと思っていた。
まだ、夢を見る。
今度は色褪せたぬいぐるみの夢。
大好きな絵本のキャラクター。バードブルー。
作戦時は冷静沈着なんだけど、普段は天然で、バードレッドを振り回すお茶目なキャラクター。
どこか浅葱に似ていて、昔から大好きなキャラクター。
幼少期から一緒の浅葱。双子のお姉さんのことは、いじめてくるから苦手だけど…浅葱のことは本当に大好きで、ずっと一緒にいられたらいいなと思っていた。
ぬいぐるみの受注があったのは、浅葱への好きを自覚した頃。
パパとママに沢山ねだって、お小遣いとかいらないし、我が儘ももう言わないからと駄々をこねたのを覚えている。
家族のように大事にしてほしいと願われ、両親から買って貰ったバードブルー。
しかし、長年どこへ行くにも一緒だったから色が褪せてしまった。
「これじゃあバードブルーじゃなくて、バードスカイだね」
「どうせ色が変わるなら、あーちゃんの髪色みたいな色だったらよかったのに」
「ブルーとグリーンが合体したらできるんじゃない?」
「あ、何かそれっぽいかも」
両親に相談して、染色の許可を貰い…一緒にお店へ持ち込んだ。
色はどうしますか?元に戻るようにしますか?
そう聞かれたけれど、私は…。
「あーちゃんの髪色みたいな、綺麗な色がいい」
そう、お店の人に頼んでいた。
この時知ったのだが、浅葱は色の名前だと言うこと。
浅葱色。藍色に緑を混ぜた色合いであるそれに染まったバードブルーは、私の宝物になった。
まだ、夢を見る。
小箱を浅葱から預けられた時の夢だ。
「この箱、なあに?」
「近所の人が預かってくれていたもの。もしも自分が死んだら、私とあいつに渡して欲しいって、お父さんが頼んでいたらしいの」
「淡藤おじさんが…そっか」
「一つあげる」
「えぇ…でも、これ、あーちゃんの」
「私にはもう一つあるから。それは、くーちゃんに何かあった時の為に持っていて」
「…わかった。大事に持っておくね」
箱の中身は、浅葱への手紙と、色とりどりの小石が入った袋。
金糸雀になった後、翡翠に鑑定を依頼したら、小石は全て宝石で…売れば色鳥社が新米育成の為に開いている学舎へ入学できるだけの金額はあるだろうと言っていた。
身寄りが無い二人が、自分を失ってもどうにかやっていける手段を見つけられるように、淡藤おじさんはちゃんと考えていたようだ。
浅葱がここにこられたのも、真紅に渡されるはずだった箱の中身を使ったからかもしれない。
そうだった方が、おじさんも喜ぶと思う。
まだまだ、夢を見る。
「ら〜」
「よっ、くーちゃん。歌手目指せちゃうね。マジ最高」
「照れちゃうな〜」
声を出せていた頃は、歌うことが好きだった。
観客はいつも一人。近くの森で、大好きな歌を歌って、過ごす時間。
「そういえばさぁ。この前、首都から歌手がやってきたんだって」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「くーちゃん、風邪引いてたし…」
「ぐぬぅ…」
「だから私が聞いてきた」
「どんな歌だった?」
「え?私が聞いたのは、歌い方の練習のコツとか、喉のケアとか、歌を歌う時の道具とか。職業の事を調べてるって体で…」
「そっち!?」
「だって、くーちゃんはもう絶対に歌手になれるぐらい歌上手いから、今からでもできる練習とか、喉を守る術とか知った方がいいかなって」
「あーちゃん優し〜!」
浅葱は私の家に住んでいた時にはもう、表情を動かせなくなっていた。
けれど、楽しそうなのは分かるし、心から喜んでくれているのは声のトーンで伝わってくる。
「で、その歌手のお姉さんがさぁ。歌手にはマイクが必要なのよって」
「まいく?」
「ん〜メガホンみたいなものだよ。マイクは機械だから、メガホンよりも遠くに音を伝えられるんだって。こんな感じの形状らしいよ」
「松ぼっくりと木の枝で自作したの…?」
「手は器用だと自負しているよ。歌手のお姉さんにも褒めて貰った。同じだねって」
「そ、そうなんだ」
浅葱から、松ぼっくりを枝の先端に括り付けた棒を手渡される。
後にマイクという存在を知った今、似ている似てないの次元ではなく、別物。
今は枝をどこかに落としてしまったから、松ぼっくりだけだけど…浅葱が作ってくれた、かつての夢の結晶は今も側にある。
「くーちゃん、いつものあれ歌ってよ」
「いいよ〜」
大きく息を吸い込んで、声を出そうとしても…私の声は出てこない。
声を出すことを、頭で拒絶しているから。
「……」
目を開けば、そこはいつもの現実だった。
顔元に、浅黄色のバードブルーがいて…枕の上には松ぼっくりと小箱が置かれている。
けれど、いつもと違うのは…。
「お目覚めですか、金糸雀様」
側に、浅葱がいる。
かつての面影はほんの少しだけしか残っていないけれど、かつてと同じように優しくて、温かい人が側にいる。
「……」
「あ、すみません。手を握っていまして。すぐに…」
離さなくていい。離さないでいて。
そう伝えたくても伝えられない。
けれど、手を握り締めることはできる。
「…では、もう少しだけ。手を握っていますね」
小さく頷いて、笑みを浮かべる。
こんなところで再び始まる、私達が一緒に過ごせる日々。
残り一年。それでもいい。
浅葱と再会できただけでも十分だ。
後は、この幸福を噛みしめて一年を生き抜き———。
———浅葱を守るために、真紅共々帰郷を果たす。
私だけを見ていて、浅葱。
そうしたら、貴方が憎くて仕方がない女はいなくなるから。
私もいなくなるけれど、そうなったら貴方は自由になれる。
だから、その時まで待っていて。
あーちゃん。
私は最後まで、貴方を守り抜いてみせる。
あの女の、魔の手から。
誓うように、手を握り締める。
浅葱の手は変わらず、温かかった。




