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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
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1:浅葱と金糸雀

虚無の空間に、色鳥が誕生した。

色鳥は、自身の羽根を使って世界を織り…地上を創造した。

地上を作り上げた後、力が弱まった色鳥は「この状態だと世界を管理することができない」…そう感じた色鳥は、己の権能を十に切り分け、自身が選別した人間へ授けた。

その人間こそ「恩寵を受けし者」


「…ここで暮らす人物たちを指す名称ですね」

「ええ。基本知識は大丈夫ね」

「当然です。この世界では常識なのですから」

「そうね。まあ、その常識も改めて振り返る必要がある重要事項だから———面倒でも付き合って頂戴」

「はい」


二人の女は、石で作られた橋を歩きながら重要事項の確認を行っておく。

この橋を渡った先は、この国で最も大事な場所なのだ。

あの場所に住まう方々に些細な不安を与えた瞬間、一役人である彼女達の首はあっという間に胴体と切り離される。

それほどまでに重要で、危険な場所なのだ。


「入る前に…改めて。ようこそ、新米籠守さん。歓迎するわ」

「ありがとうございます。籠守長」

白藤しらふじよ。名前で構わないし、敬称や役職名は不要よ」


そうは言われても、新米の彼女にとって白藤は先輩であり、上司に相当する。

本来であれば、白藤籠守長と呼ぶのが正当だろう。


「それは、流石に…」

「そうなるわよね。一応、理由を聞いておいてもいい?」

「白藤殿は上司であり、先輩です。敬意を持たなければいけない存在です」

「そうね。普通ならそれが当たり前よ。でもね、ここでの上は恩寵を受けし者の皆様。下はそれ以外。下の間に上下関係はないってことになっているの」

「ふむ…」

「だから、今みたいに「下」だけならそういう話し方でも構わないわ。けれど、他者の目があるところでは…よろしく頼むわよ」

「承りました、白藤」

「それでいいわ」


鳥籠の中には、妙な規則が他にも存在している。

普通の環境では見ないような規則ばかり———おかしいものも存在する。

しかし、それを遵守して過ごさなければ…籠守である二人の命は風に吹かれた紙の様に飛んでしまうのだ。


「さて、貴方のお名前は…ええっと」

浅葱あさぎと申します」

「浅葱ね。これ、貴方の通行章。それから腕章ね」


鳥籠の紋様が彫られた記章と、色鳥社の紋が刻まれた腕章。

白藤から受け取った後、浅葱は空いていた職員札のケースに通行章を、左腕に腕章を素早く着用した。


「ばっちりね。その二つは鳥籠直属の籠守である証明にもなるわ。制服着用時は忘れないようにね」

「はい」


「それから、新しい職員札ね。私服行動中は勿論だけど、休暇中でも身につけて頂戴」

「その理由は?」

「鳥籠職員は恩寵を受けし者である皆様の代わりに買い出しへ出向くこともあるわ。これを市街地のお店で見せたら、融通して貰えるから」


「融通、ですか」

「ラスイチの商品を確保して貰えるとか、色鳥社のツケ払いにして貰えるとか」

「あまりそういうのは好きではないのですが…」

「気持ちは分かるわ。でも、品を確保できず、殺されるよりはずっとマシだから。この前も一人殺されたわよ。新発売のおもちゃを確保できなかったからって理由でね」

「…恩寵を受けし者の皆様は、過激ですね」


つい、ぽろっと口に出た言葉。

浅葱は「しまった」と口元を抑えるが、白藤は笑みを絶やしていなかった。


「今はまだ大丈夫よ。でも、この先では注意してね」

「申し訳ありません…」

「構わないわ。不安でつい本音が出ちゃっただけ。新人さんにはよくあることよ」

「…」


「貴方みたいな見た目が堅物そうな子でも、緊張やうっかりってあるのね。ザ・冷静!って思っていたけれど…」

「…昔、色々あって。表情が変わりにくくなっています。なので、顔に変化がなくとも、動揺はしますし」

「緊張もしちゃうのね。ごめんなさいね、第一印象で決めつけちゃって…」

「構いません。よくあることなので」


表情の変化で誤解されることは多々あった。

いつものことだと諦めているのだが…今回は、少し違う。


「体調不良とか、わかりにくいのかしら」

「そうらしいです。自分でもよく分からなくて…」

「目視の確認は難しいみたいだから、週三で面談をしましょう。そこで貴方の変化に気づけるよう、私頑張るからね!」

「ありがとうございます。しかし、白藤は平気なのですか?」

「平気って?」

「あ、いや…。ここにいる籠守ということは…白藤も、そちらの方、ですかね」

「そちらの…?」

「左の…」


怪訝そうな声を出した白藤は、ゆっくりと左側に視線を向ける。

その先には、浅葱と同じぐらいの身長を持つ、紫髪の女性が立っていた。


「やあ、白藤」

「相変わらず顔が近いしうるさいわね、鳩羽はとば

「新人教育の最中かい?」

「分かっているのなら、邪魔をしないでくれる?」

「僕は邪魔なんてしていないよ。白藤が籠守長に就任して初めての新人教育を見守りに来ただけさ」


「…余計なことを。ごめんなさいね、浅葱。先に紹介するわ。こちら、私が専属でついている恩寵を受けし者…鳩羽様よ」

「うちの白藤がお世話になっているね。ところで白藤、この子はどこに?」

「…部屋の前で話す予定だったけど、仕方ないわね。鳩羽、この子は浅葱。今日付で金糸雀かなりあ様の専属に就任する子よ。よくしてあげて頂戴」

「暇な時ならいいよ〜」

「いいんですね…」


あの恩寵を受けし者が暇な時だけとはいえ、手を貸してくれる。

その事実に萎縮しきる前に、浅葱はふと我に帰った。


「あ、あの、白藤籠守長。いいのですか、それで!?」

「ああ、態度のこと?鳩羽は堅苦しいのが嫌いだから、これを要求してくるの。貴方も軽くていいわよ。敬称だけは外さないようにね」

「と、言うわけだ。今後もよろしくね、浅葱」

「は、はい。よろしくお願いします…鳩羽様」

「そうだ。ついていっていい?面白そうだし」

「部屋に帰れと言っても、ついてくるでしょう?」

「うん」

「…大人しくしていなさいよ」

「分かっているよ。これが終わったら市街地探索ね!」


子供の様にはしゃぐ鳩羽を交え、三人は石橋を渡り終え———衛兵に通行証と腕章を見せ、鳥籠の中へ立ち入る。

鳩羽は勿論、何も要求されない。


「もうお戻りですか、鳩羽様」

「うん。白藤を迎えにきただけだからね。だから門までの外出にしただろう?」


衛兵に手を振りながら挨拶する鳩羽を、白藤は頭を抱えながら追いかける。

自分の主が自由奔放に振る舞う中、それでも浅葱を置いていく真似はしない。


「ごめんね。鳩羽様が自由すぎて…。きちんとついてきてね」

「はい」


廊下を進む中、部下を気遣う心も忘れない。

表情には出さないが、優しい上司に当たった喜びで浅葱は満ちあふれていた。

そんな上司にできることをしたいと、浅葱は鳩羽に声をかけた。


「あの、鳩羽様」

「何かな、浅葱」

「せっかくの機会なので一つ質問をよろしいでしょうか」

「構わないよ。何が聞きたい?」


少しだけ、鳩羽の歩幅が緩やかに、そして狭くなる。

歩行する速さが落ちた事で、早歩きをしてついて行っていた白藤の歩行も自然と緩やかになった。

白藤は浅葱と鳩羽より小柄な女性だ。全力の早歩きでも、浅葱と鳩羽の足取りについて行くのはかなり大変だったらしい。


「…相変わらず我が儘を言わないねぇ」

「鳩羽様?」

「いや、なんでも。それで、何を聞きたいのかな」

「恩寵を受けし者の方々は、基本的に鳥籠の中で過ごされると伺っています。外出許可というものは存在するのでしょうか」

「あるよ〜」

「軽いですね」

「そりゃあ、許可を取るのは楽勝だから」


一瞬、鳩羽は全てを諦めたような目を浮かべた。

けれどそれは一瞬で、背後にいた籠守の二人は気づかない。


「鳥籠だけじゃない。この世界では恩寵を受けし者である僕達は絶対の存在。僕たちが願えば、何だって成される」

「…恩寵を受けし者の特権」

「そうだね。世界で一番強く、そして退屈な特権だよ」


そこから先、出会った時から賑やかだった鳩羽は一言も喋らなかった。

ただ、無言で過ぎ去る時間。

白藤は浅葱に視線を向けられる。

彼女は相変わらず無表情だが、手の震えや目の動きで今、どんな感情なのかぐらいは分かる。

なんなら、顔に出さないだけでわかりやすい。


「大丈夫よ。貴方の問いに鳩羽の機嫌を損ねるようなものはなかったわ」

「でも、無言に…」

「あの人、鳥籠に来たのが十六歳の時だから。何でも言うことを聞いて貰える環境に違和感があるみたいでね」

「ああ…なるほど」

「さ、もう少しで中央広間に到着するわ。ステンドガラスが天井についていてね、凄く綺麗なのよ」


空気を切り替えるように、別の話題を用意する頃には、目的地の中間地点である「中央広間」に到着した。


太陽光がステンドガラスに通り、地上を煌びやかに彩る。

色鳥の紋様を中心に、数多の色が差し込むその空間には、浅葱達が入ってきた入口に通じる道の他に、十一本の道が用意されている。


「綺麗な場所ですね」

「中央広間は庭園のように作られているんだ。外みたいに澄んでいるだろう?」

「扉がついていない部屋は地下に繋がっているわ。地下には清掃係や調理係…籠守以外の世話係が常駐しているの」

「なるほど」

「残りの道はそれぞれ恩寵を受けし者である皆様の部屋があるわ。扉の色と扉に彫られている鳥で判別して頂戴」

「例えば、扉の色が紫で、鳩が彫られている扉は…」

「僕の部屋に通じているよ」


鳩羽色というのは、紫を差す言葉だ。

正直なところ浅葱自身、色名に詳しいわけではない。

自分の名前も色であることは知っているが、どんな色なのかは分かっていない。


周囲を見るだけでも、紫の他に黄色、青、薄赤、茶色、黒、白、緑、橙…最後に、硝子張りで透明な扉がある。

後で白藤から扉と名前の表を貰おうと心に誓いつつ、今必要な扉の先だけを確認しておくことにする。


「では、黄色い扉の先が…金糸雀様のお部屋に通じている道なのですね」

「ええ。早速向かいましょう。鳩羽、貴方はどうする?」

「久々に金糸雀の顔を拝みたいって気持ちはあるけれど、初めましては当事者同士と仲介役だけがいいだろうからね。僕はここで待つことにするよ」

「そう。大人しくしているのよ」

「白藤は僕を何だと思っているんだい」

「大きな幼児」

「そんなぁ…」


中央広間の椅子に腰掛け、鳩羽は黄色の扉に進む二人を見送った。

扉の先に、浅葱が仕える恩寵を受けし者———金糸雀が待っている。

扉を開いた先に、籠守としての生活が待っている。

そして、目的に最も近い場所に立てる。


やっとここまで来ることが叶った。


安堵と期待、そして決意を胸に扉を開いた。

眩い扉の先は、一寸の光も存在しない暗闇だった。


◇◇


昼間なのに真夜中のような闇に包まれた空間。


「これが、部屋…なのでしょうか」

「まだ廊下よ。はい、ランタン」

「ありがとうございます」


白藤が気を利かせ、明かりを持ってきてくれる。

内包された火の揺らぎを眺めている内に、平常心を取り戻した浅葱はゆっくりと前に進み出した。


「どうして、この場所は暗いのですか?他の部屋も?」

「他の方は自ら明かりをつける生活をされているわ。金糸雀様は、自ら明かりをつけることがないの」

「暗闇が好きな方なのでしょうか?」

「いいえ。明るいとか、暗いとか…あの方にとって全てがどうでもいいの。自分も、他人も、生きている世界でさえもね」


そんな金糸雀は毎日目が覚めたら椅子に腰掛け、ぼんやりと毎日を過ごしている。

多少は憧れる退屈な一日。けれど実際に行うとなると、気が狂いそうな一日。

それを金糸雀は、毎日の様に過ごしている。


「逆に言えば、身の回りの世話や身だしなみ等最低限の世話をしていたら、色鳥社からも文句は言われないわ。楽と言えば楽なのよ」

「でしょうね…」

「それから金糸雀様は、権能の効果が出てしまうから声を出せないわ。文字も異様に汚いし、文字も読めない。意志疎通は難しいわ」

「…ふむ」


「難題どころを押しつけて申し訳ないわ。けれど、貴方の配属は金糸雀様の希望なのよ」

「私が金糸雀様の専属になったのは、彼女の指名なのですか?」

「ええ。前任者が辞めた時に、今いる七人と、異動予定だった貴方の元上官、そして新人の二名の経歴書を渡して…金糸雀様に選ばせたの」

「貴方は誰となら意思疎通をしてみようと思いますか…的な?」

「そういう目的もあったわ。実際に経歴書を見せたら、金糸雀様は貴方の経歴書に何度も指を押しつけたの。この人がいいって言うようにね」


「変わったお人ですね…私がいいだなんて」

「そんなことないわよ。先代も貴方が欲しくて上層部の配属会議で暴れてきたらしいし」

「えぇ…」

「貴方は優秀で、求められる人間だということを自覚するべきよ」

「…そういう言葉は、白藤に相応しいと私は」

「そんなことないわ。とにかく、そういう事情で貴方を金糸雀様の専属籠守へ任命したの。貴方ならきっと、私達が知らなかった彼女に辿り着けると思うから」


暗闇を進んだ先に存在した木目の扉。

どこの家庭にもありそうな素朴なそれを開いた先に、金糸雀は待っている。


「さて、準備はいいかしら」

「大丈夫です」


返事を聞いた後、白藤は扉を数回叩き———部屋の中に立ち入った。


「金糸雀様。本日より貴方の専属を務める籠守を連れて参りました」

「はじめまして。本日より金糸雀様のお世話を担当させていただきます。浅葱と申します」

「……」


真っ暗な空間。ランタンに照らされた先に待っていた金色の妖精。

足下まで伸びた金糸を床に垂らし、ぼんやりとした黄金色の目をこちらに向けた幼さが残る、この世の存在とは思えない少女。


金糸雀は、悲しみを帯びた目で浅葱を一瞥した後…ゆっくりと、椅子から立ち上がった。

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