女と男と銀行強盗
恩名くんは男で、音子ちゃんは女だった。そして、その時銀行を襲っていた強盗は、晴木さんという名前だった。
銀行強盗の晴木さん。銃を構えて、皆に怒鳴る。
「動くな!」
そんなに大きくもない銀行の支店。人もそんなにいなかったから、その声は必要以上に店内に響き渡った。
「手を上げろ!」
テレビを観ての、なんとなくの見よう見真似。晴木さんはそう命令した。銀行にいた人々は、なんだかテレビみたいだと思いながらもそれに従う。
次に晴木さんは、誰が人質に相応しいかと店内を物色した。か弱そうな女か子供が良いのは言うまでもない。そして、晴木さんは店内の隅にいた音子ちゃんに目を付けた。背が少し小さめで、腕も細くて気も弱そう。いかにも抵抗しなさそうな感じで、それに何より可愛かった。どうせなら、可愛い方が良い。晴木さんはこう言った。
「おい! そこの女。前に出ろ」
そう言われて、驚いたのは恩名くん。偶然に、彼は音子ちゃんの前にいたのだ。なんで自分の名前を知っているんだ?と不思議に思いながらも前に出る。もちろん、音子ちゃんも前に出たのだが、恩名くんの後にいたものだから、彼はそれには気が付かなかった。
普段なら、どういう事なのか分かっていたかもしれないが、その時の恩名くんはパニック状態で正常な判断力を失っていたのだ。
その行動に、銀行強盗の晴木さんはもちろん戸惑う。
「違うだろ。そこの男! なんで、お前まで前に出るんだ?!」
そう怒鳴った。
そう言われて、驚いたのは音子ちゃん。恩名くんの行動に戸惑っていた事も合わさって、彼女はどうして銀行強盗が自分の名前を知っているのだろう?と不思議に思いつつも、後に下がってしまった。彼女もパニック状態で、正常な判断力を失っていたのだ。もちろん、恩名くんも同時に下がる。銀行強盗は明らかに混乱した様子で、怒鳴り声を上げる。
「そうじゃないだろう? なんで、女まで下がるんだ?!」
そう言われて、恩名くんと音子ちゃんはまた前に出た。銀行強盗はまた怒鳴る。
「おい、そこの男。ふざけてるのか?!」
ふるふると首を横に振る二人。
その時、ゆっくりと銀行強盗の晴木さんの後ろに男が忍び寄っていた。男は空手をやっている。子供の頃、正義の味方に憧れて、習い始めたのだ。そしてそれ以来、彼はこんな機会がないかといつも思っていたのだった。
かなり距離を縮めると、空手男はこう叫んだ。
「オレは正義の味方だ!」
後からそう声を浴びせられ、驚いたのは銀行強盗の晴木さん。なにぃ、俺の味方だと? 普段なら直ぐに分かったかもしれないが、その時は恩名くんと音子ちゃんの異常な行動で彼は軽く混乱していた。それで、一瞬の隙が生まれてしまっていたのだった。
「打つべし!」
振り向いたその瞬間には、空手男の拳が彼の顎を打ち抜いていた。
晴木さんはその場に倒れこみ、そのまま空手男に押さえ込まれてしまった。そして、そうして、目出度く事件は解決したのだった。
騒動が治まってから、音子ちゃんは恩名くんに話しかけた。
「あの… かばっていただいて、どうもありがとうございます」
彼女は彼の行動を勘違いしていたのだ。無理もないかもしれない。恩名くんは、その言葉の意味が分からなかったけど、音子ちゃんが可愛かったものだから、何も言わないで、そのまま頷いていた。
……もしも二人が付き合って、結婚する事にでもなったら、音子ちゃんのフルネームは、恩名音子になっちゃうよ、と書き終えた今、作者はそんなどうでも良い事を思うのだった。
アンジャッシュのコントにありそうかな?と書いた本人はそう思っています。