第9話『それぞれの向かう先』
第1章『アルデン編』
【本編】
「…フレ…スト…?」
ディール先輩が痛むであろう体を何とか動かし、視線だけを上奥に向け、そう呟いた。オレも弾かれるように上を向く。すると、特異型の『バケモノ』の奥に…木の枝に座って足を揺らしている『フレスト・ヘレス』がいた。
(…は?…どうなってやがる…アイツは確かに…でも、あの顔は、『フレスト・ヘレス』の他ない…。)
ソイツは、枝の上から特異型の『バケモノ』に何か指示を出すと、特異型の『バケモノ』は、近くに倒れていた『アルデミオン』や『魔法教会』、『警察』の人間を次々に吹き飛ばし、オレとディール先輩、ソイツの3人だけを覆う半円の結界を張った。外界の音が一切しない無音の世界で、弾む足音だけが妙に響く。ソイツはディール先輩を見つめ、笑顔で話し出す。
「久しぶり。会いたかったよ、お兄ちゃん!」
…コイツ…コイツはッ…!…何を考えてやがるッ…!!
「…フレスト…なのか?…お前、まだ生きて-」
「んな訳ないでしょ!?…そのツラ剥がせや『バケモノ』がッ…!!オレは知ってんだよッ…!!…死者を弄ぶんじゃねぇよ!!」
オレは叫ぶ。ディール先輩が抱いた淡い期待も、ソイツの存在も、オレの暗い思考も、全て否定するために。すると、ソイツはこっちを何の感情もない瞳で見つめると、魔法を使ったのか、瞬時に近づいてきて、オレにしか聞こえない声で呟く。
「…君は、“二度”も彼を殺すの?」
「…はぁ?」
「だって、そうでしょ?君が“フレスト・ヘレスがいないこと”を伝えたせいで、“フレスト・ヘレスが存在していると思い込んでいた幸せな彼”の存在を殺したんだ。…今、彼はまた期待している。“僕がフレスト・ヘレスであれ”ば、彼はまた幸せに戻れるんだ。…彼が幸せであることは、君の望みだろう?」
「…ッ…!…でも…そんなのは…ただの幻想で-」
「現実から目を逸らすことの何が悪いの?」
コイツは心底疑問だと言うような表情をして、そう呟く。
「それは人間の一種の心の防衛本能なんだよね?それに、彼のその行為で誰かに実害をもたらした?」
…実害は、出ていない。ただ、オレが、嫌だったから、
「そう!君のただの独りよがりな感情がそこにあっただけ!それで、彼を壊したんだ。」
…確かに、独りよがりだった。でも、
「彼が君を求めたって?…あはははっ!…本当にそう思ってんの?」
「…え…?」
ディール先輩が何か言っている気がする。だが、聞ける余裕がないほど、頭が混乱している。
「…彼がどれだけフレスト・ヘレスを愛していたか、知ってるでしょ?君よりも長く、ずっとそばにいたんだ。」
…あぁ…。
「だから」
…やめろ…。
「その代わりになんて」
…やめてくれ…。
「なれないよ。」
あ…あぁ…、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ…!!!!!」
「いい加減にしろッ…!!」
私はフレストの皮を被った『バケモノ』を殴る。『バケモノ』は倒れこそしないが、驚いた様子で私を見る。
「痛いよぉ、お兄ちゃ-」
「私は“貴様”の兄ではないッ…!!」
ふざけるな、ふざけるな…!
「その顔で、その声で、フレストを騙るな…。…何となく、結びついた。…級長やポッドをあんな目に合わせたのも、エーメントを連れ去ったのも、全部全部貴様の仕業だろッ…!!そうでなければ、あの強い3人が一緒にいてあんな状態になるはずがない!!」
…あぁ…頭に血が昇って割れそうだ。かつて感じたことがないほどの怒りを今感じているッ…!!
「…貴様のその顔を使えば、アイツらは混乱するだろう。…私を拐かし、フレストを侮辱し、オドンの心を踏み躙り、仲間を傷つけた貴様を…」
「“今ある”大切なものを傷つけた貴様を、私は絶対に許さないッッ…!!」
私は在らん限りを叫ぶ。…伏している彼に届くように。アドレナリンが出ているのか、痛みを感じない体で立ち、『バケモノ』を睨みつける。すると、『バケモノ』突然笑い出す。
「…そうか!最早僕がフレスト・ヘレスの真似事をする意味もないか!…じゃあ、改めて自己紹介をしよう。僕の名は『エドネ』。この世界とは別の時空の世界から来た、『Clash & Khaos』通称『クラオス』の『フォリア』が1人。そして、さっきの…君達が特異型の『バケモノ』と言っているのは、『ゼドン・ネオ』。よろしくね!」
…エドネが得意げにペラペラと喋る。だが、理解しきれていない情報が多い。…正直まだまだ言い足りないが、今は感情を捨て置いて、情報を取れるだけ取ろう。
「…『クラオス』とは何だ。」
「うーん。簡単に言えば時空侵略組織だね。時空間を行き来して、その世界を支配して…壊すの。…僕達の最大の目的のために。」
「…最大の目的とは何だ。」
「それは言わないよ〜。言って変に同情とかされてもつまんないし。取り敢えず、僕達は“君達”の敵、って思ってもらって構わない。」
「……なぜ、“世界”の敵ではないんだ?」
エドネはこちらを至極驚いた表情で見たのち、今まで以上に大きく笑い出す。
「あはははははははははっ!!!…君、ちゃんと気づいてるよね?…今の『魔法教会』や『政府』がどれだけ腐敗しているのかって!!…この世界を統べる機関達は、」
「僕達の支配を、受け入れているんだよ。」
…支配を、受け入れた…?ここで生きる人々には、何も伝えずに…?
「大体5年前から尖兵である『ゼドン』が存在しているのに、未だに詳細不明なんてことある訳ないでしょ。…情報を統制しているんだよ。自分達が助かるために、民を切り捨てているんだ。だから、世界ではなく、切り捨てられた君達の敵なんだ。」
…どこまで、アイツ等は腐敗しているんだッ…!!どれだけ人々を愚弄すれば気が済む…!!…しかし…そんなやり方をしていればいつか…。…!…そうか、
「…貴様の言う『切り捨てられた者達』が、事実を知ろうと知るまいと、いずれ不満が爆発し、この世界は再度混乱に陥り、『崩壊』する。…これが、狙いか。」
「その通り!最終的に壊せれば何でもいいんだ!でも、一番手っ取り早いのが『内部崩壊』なのは、どこも一緒だからね。…だから、この世界全部が、最早僕達の手の上ってこと!君達が何しようが、この世界の崩壊は避け得ない運命なんだよ。」
ゼドンは屈託なく笑う。悪意などまるで知らぬかのように。楽しんでいる。…馬鹿みたいだ。いや、本当に馬鹿だった。こんな存在をフレストだと…少しでも思ってしまった自分が。私はゼドンを睨みつける。
「…避け得ない運命?…そんなの知るかッ…!…いいか?ひとつ教えておいてやる。“良いことだろうが悪いことだろうが、その報いは必ず自分に返ってくる”。貴様がこの世界を『壊す』というのなら、私は貴様に必ずそれ相応の報いを与えてやる…!それを『世界』が拒み、私達を敵と認識するのならば、世界の敵になったとしても構わないッ…!!私達は、必ず運命を変えてみせるッ…!!」
私の言葉に対し、ゼドンは呆れた表情を浮かべる。
「無謀だね。君1人で、運命を変えることなんて、できるはずがないでしょ?」
…1人、か。何もわかってないんだな。
「…私は1人じゃない。私の心には、フレストがいる。そして、」
私は彼に手を差し伸べる。
「私のことをとても大切に思ってくれる良き仲間…いや、“相棒”がいる。」
「私の為に、立ってくれるだろ、“相棒”。」
ガオルは、伏していた顔を上げ、覚悟を決めた表情をすると、その手を取る。
「…当たり前です。どこまででもついていきますよ、“相棒”!」
「他にも、私達にはたくさんの“仲間”がいる。…だから、絶対に変えられる。」
私の言葉に、ゼドンは少しだけ寂しそうな表情をした後、笑みを浮かべる。
「…本当、馬鹿だね。…まぁ、できるわけないと思うけど、退屈凌ぎにはなりそうだ。…じゃあ、また会えたら。」
エドネは、ゼドン・ネオを呼び寄せると、瞬間、何処かへと消えてしまう。
「はぁ、なんか、色々ありすぎて疲れました…。」
ガオルはそう言いながら、大の字になって倒れ伏す。私も同じように倒れ伏すと、顔を見合わせて笑ってしまう。…これから、大変なことが待っている。『世界の敵』なんて、大層なものになってしまったから。
((でも、何とかなるだろ。))
“相棒”が、いるんだから。
【エンディング】
ーsideエドネー
ボスに報告を終えたのち、僕は自分のアジトへと帰る。
(…ほんと、最悪な気分。)
アジトに着くと、ソファで横になって、“精神世界”に入る。死体実験と魔法研究の果てに生み出された僕は、眠る必要さえないのだ。だから、暇になったら“精神世界”によく行く。
(…アイツ等だって、眠るじゃないか。)
目を開くと、広がっているのは何も無い、ただひたすらに虚無を表す、吐き気を催す空間。唯一あるのは、牢屋のみ。比較的新しいそれには、本物の“フレスト・ヘレス”が入っていた。
「やぁ、“残り滓”。…まだくたばってなかったんだ。残念。」
確かにフレスト・ヘレスの魂は天へと還って行った。だが、長年身体という“枠”に存在していたため、その枠に残り滓が存在するのだ。…とは言っても、齢11年で死んだ身だ。もうすぐ滓も消える。
「…ねぇ、僕って何のために生まれたんだろう。同類もいなきゃ、代わりのいる駒、それでいて、何も為せなきゃただの“無価値な存在”。…教えてよ、あんなに愛されていたくせに、何も為せずに死んだ“残り滓”。」
…分かっている。完全な八つ当たりだ。だが、ズルいじゃないか。…同じ顔なのに。“残り滓”が何かを必死に叫んでいる。だが、聞こえない。…聞きたくない。
「君の綺麗事なんて、聞きたくもない。」
…愛されないなら、せめて、悪として踊り狂ってやろうじゃないか。
(元々道化だ。君と違って、散り際は華々しくあろう。)
心の内でそう吐き捨てて、僕はその場から去る。…まだ叫んでいる“残り滓”の瞳に映る、寂しさに暮れる自分の表情を切り捨てるように。