第8話『紡いだ先に』
第1章『アルデン編』
【本編】
『ねぇ、お兄ちゃん!雪だよ!雪が降ってる!…綺麗だねぇ。』
季節は冬真っ只中。淡い色の雪が辺り一体にしんしんと降り始めた。こたつに入ってゆったりしていたフレストが、こたつから出て満面の笑みで外を指差して言う。
『あぁ。一面真っ白だな。…だが、冬になればいつも見える景色じゃないか?』
私の言葉に、フレストは頰を膨らませる。
『確かにそうだけど!…この季節じゃなきゃ見れないし、だからこそ、2人で見ることができたことも含めて嬉しく思うんだよ。…お兄ちゃんはそうじゃないの?』
フレストの言葉に対し、私は首を横に振る。そんなわけないじゃないか。だって、
『こんなにも愛おしいお前と迎えられるなら、どんな季節だって嬉しいに決まっている。…悪かった、嫌なこと言ってしまって。ただ、私はお前がいれば、それだけで嬉しいのはわかってほしい。』
その言葉に対し、フレストは頰を染めながらも、その表情は悲しげだ。
『…また、何か嫌なこと言ってしまったか?』
フレストは首を横に振り否定すると、
『ううん。ただ、そんなにも僕のこと思ってくれてるんだなぁって思って。…そうだ、せっかくこんなに降ってるなら、雪遊びしよ?』
フレストはニコリと笑って、私を誘う。
『…確かに楽しそうだが、寒いぞ?』
『もう!雪が降ってるんだから、寒いのは当たり前でしょ!…一生のお願いだから!』
『一生にお願いって、流石に大袈裟だぞ。…わかった。寒さを吹き飛ばすくらい、目一杯遊ぶか!』
私の言葉にフレストは笑顔で頷き、準備をして私と一緒に外に出る。
寒い屋外で、私達は色んな遊びをした。雪合戦、雪だるま作り、かまくら作りなど、雪でできることを遊び尽くすように。
体があったまってきたところで、フレストが話し始める。
『でも、こんな状態のことを“銀世界”って言うんでしょ?』
『あぁ。銀は一般的には“ぎん”と読むが、“しろがね”と読むこともできる。“銀のように光る白色”というところから、この煌びやかな一面を銀世界と呼んでいるんだろう。』
『へぇ…。でも、なんか、寂しい感じもするなぁ。』
フレストは少しだけ表情を曇らせる。
『なんでだ?』
『だって、一面銀に染まるってことは、煌びやかな部分だけで覆い尽くされて、他の色は消えちゃうんでしょ?…なんか、個性が消えてるような感じがして…。』
その言葉に、私は驚く。
『…その発想は、無かったな…。そう考えれば、寂しいかもな。…だけどな…。』
私はフレストの頰に雪を当てる。フレストは小さい悲鳴を上げる。
『雪は“冷たさ”を運んでくれる。“見る喜び”を与えてくれる。“遊ぶ楽しさ”を教えてくれる。“暖かく過ごす方法”を考えさせてくれる。他の色を無くしてしまうかも知れないが、決して、それだけではないんだ。』
そう言うと、フレストは涙を流す。ただ、その表情は、酷く穏やかだ。
『…やっぱり。いつだってお兄ちゃんは、僕を救ってくれる。小さな不安も、あっという間に攫ってしまう。…ありがとう。おかげで、僕は-』
流れ続ける涙を、彼は止めようとしない。だったら、私が止めればいい。…そう思うのに…手が動かない。
『安心して、消えることができる。』
…は?
『何を…言って…。』
…ダメだッ…!!いや…嫌だッ…!!…いつも一緒にいたじゃないかッ…!!…1人にしないで…置いてかないで…。
『1人じゃないよ、お兄ちゃん!お兄ちゃんには、待ってくれている人がいるんだから!』
空に、見知った人間が浮かぶ。“心配している”ということがありありとわかる表情を浮かべ、私の手を握り、必死に帰還を願っているガオル・オドンの姿が。…それを見て、私はハッとする。…考えようともしなかった。当たり前だったから。でも、今なら分かる。アイツはいつだって私を支え続けてくれた。守ってくれた。なんでかはわからない。だが、壊れないように。…真実をできるだけ思い出さないように。そう、振る舞っていてくれたんだ。
『…確かに…“異質”だなぁ…。弟しか頭に無かった私をずっと守ってくれて、私の心に入り込んでくる人間なんて、お前しかいないよ。』
視界がぼやけていく。…もう直ぐ覚醒する。さっきまではあれだけ嫌だったのに。…もう、怖くない。アイツがいるし、仲間もいるし、それに、
『僕は、ずっとお兄ちゃんを見守ってるからね!』
それは、心強いな…。
眩い朝日が照りつける中、私は目を覚ます。目を開いて直ぐに、空に見えたあの表情のままのオドンが現れる。オドンは私の目覚めを知ると、涙を流す。
「…こんなこと、前にもあったよな。…あのときも、今回も、迷惑をかけたな。」
私の言葉に、オドンは驚きつつも、涙は溢れて止まらない。
「…もう、戻らないかも知れないって、信じてたけど…怖くて…。…よかったッ…!」
振り絞るように声を出す。…嫌われていたと思っていた自分が馬鹿だとはっきり思った。私は手を伸ばして、溢れて止まらない涙を拭おうとする。オドンはされるがままながらも、言葉を紡ぐ。
「…アイツにできなかったぶん、優しくしてくれてるんスか…?」
…アイツ…は、まぁ、フレストのことだろう。だが、
「…優しくしているつもりはないが、私は“お前の”涙を拭っているだけだ。」
その言葉を聞くと、オドンは笑みを浮かべながら、嗚咽をこぼして泣く。
「…オレが…オレがッ、アイツの分までッ…ディール先輩をッ…支えますから…アンタは、アイツの分までッ…生きてくださいねッ…!」
泣きながら心の叫びを吐露する。
「…こんな泣き虫がいたら…ますます死ねねぇな。」
私は、オドンが泣き止むまで頭を撫で続けた。
【エンディング】
その後、私が目覚めたのをオドン経由で知った『アルデミオン』が現れ、現状の情報を得た。…級長とポッドが全身骨折、意識不明の状態で発見され、そのまま病院に運ばれたこと、エーメントの消息が不明であり、魔法教会や警察も介入して捜索していること、そして、特異型の『バケモノ』は、対処にあたっていた途中で姿を消し、現在も行方が掴めていないこと、である。…正直、考えていた以上に最悪の事態が起こっていて、過ぎた罪悪感が私を襲っている。
「…オレ達は、ただ待つことしか、できないのかッ…!」
オドンが机に拳を叩きつける。私も、そんな衝動に駆られそうな程、もどかしくて仕方がない。だが、素人の私達が何かをしてしまえば、今より悪い状況になりかねない。…一時の感情に心を任せてしまうのは良くない。私は、オドンの肩に手を置く。
「…信じて待つことも、大切なことだ。それは、お前が一番良くわかってるんじゃないか?」
オドンは私の方を見ると、
「…そおっすね!…待ちましょう。2人の回復も、エーメントの無事も…アイツを早く見つけられることも。」
と言って、穏やかに微笑む。
…今は少し落ち着くべきだ。それに、待たれる方も顰めっ面だと嫌だろう。
その後、私達の班のみデメリット無しの再試という扱いとなり、私達も詳しい検査のため、警察の特殊警護車に揺られながら病院に向かう。だが、その最中特異型の『バケモノ』の襲撃を受け、魔法により頑丈になった車両も、呆気なく大破した。そして、倒れ伏した中で私は見てしまった。それを使役する謎の存在、だが、その顔は…
「…フレ…スト…?」