第7話『ガオル・オドン』
第1章『アルデン編』
【本編】
この世は、理不尽なことが本当に多い。どうしようもないことで、大切な存在の命が簡単に消えてしまう。オレは、“それ”を見てしまったんだ…。
「何を…言ってる?」
ディール先輩はそう呟きながら、空を必死に掻き抱く。オレの言葉を否定するように。…ここに弟が、フレスト・ヘレスがいるのだと証明するように。だが、触れることはできない。当たり前だ。存在しないんだから。…それを悟らせないようにしてきたんだから。
「…う、そだ……いッ、嫌だッ!!」
嘘じゃない、嘘じゃないのだ。…だが、彼のことを憎からず思っているオレからすれば、その表情や行動は、憐憫と後悔を運んでくる。…分かっては…いたが…。ただ、ただ、自己満足でも、彼も潰えてしまうのを、何もせず見ていることはできなかった。
「ごめんなさい。」
オレは錯乱している彼の腹を殴り気絶させると、
「“特位魔法『雷轟一撃』”。」
彼を抱えて、自身のできる最大の逃法を使用し、仮拠点に逃げ仰た。…アイツが追ってこなかったのが引っかかるが、今は彼を休ませるのが先だ。その後、少ししたのち『アルデミオン』が現れて、ディール先輩の応急処置を行ってくれた。また、他3名の捜索や、あの特異型の『バケモノ』の対処にも当たっているとのこと。…あの3人も、無事であると思いたいが…。…とにかく、今のオレができることは、休むことだ。下手に動けば、逆に迷惑になる。それに、彼が起きたら話さなきゃいけないしな。あの日の、ことを。
約5年前から、この世界には謎の異形、通称『バケモノ』と呼ばれる存在が観測され始めた。どこにでも現れ、人間に害を与えるその存在は、人々を不安と恐怖の渦に陥れ、社会情勢は大きく混乱した。事が起こったのはその1年後、つまり4年前。1年経っても具体的な対応策が纏まらず、政府や魔法教会に対する不信感が募り、各地でデモや暴動が活発化するなど、社会が未だ不安定な中で、通称『バケモノ』による被害が後を絶たなかった。…フレスト・ヘレスも被害を受けたその1人だ。その頃から既に『イーフォ学園』に通っていたヘレスは、やはり『優良クラス1』に存在することをよく思っていない学園生から冷たい言葉をもらっていた。級長先輩も、ヘレスには強く当たっていた。ディール先輩が兄であることも大きいんだろう。どんなときでも比べられて、呆れられて、の繰り返しだったが…ヘレスがそれに屈することは決してなかった。また、普段よく一緒にいたオレでも、ヘレスから弱音や兄に対する嫌悪の言葉を聞いたことが一度もなかった。アイツはただただ、人一倍努力し続けた。少しでも、強くなるために。その日の放課後も、オレを誘って戦闘訓練に勤しんでいた。オレと戦いつつ、オレが出した改善点を少しずつクリアしていくその姿は、ただただ健気で純粋だった。そもそも、オレのヘレスに対する印象は『恩人である兄が大切にしている弟』だ。オレは、小さい頃からひとりぼっちだった。父親は不明で、母親も忙しなく働いていて、今では母親に感謝しているが、昔はただただ不満で寂しかった。そんなとき、一緒に遊ぼうと手を差し伸べてくれたのがディール先輩だったんだ。ディール先輩にとってはただ遊びに誘っただけだったかもしれないが、オレは、それに救われたんだ。だからこそ、彼は大事にしている弟を、オレも大事にした。この後はディール先輩も合流するみたいだし、オレも見てもらおう。
…なんて、考えてたとき。惨劇は突如訪れた。
学園内に唐突に、大量の『バケモノ』が出現した。グラウンドに、校内に、押し寄せる“よくわからない謎の生物”に先生だけでは対処しきれず、『バケモノ』や二次被害による負傷者が大量に出て、学園全体が大混乱に陥った。グラウンドにいたオレ達も、とにかく被害を最小限にするために、各クラスの級長レベルの人間達に指示を任せて、固まって『バケモノ』との距離を作った。だが、人間の心は脆い。1人が勝手な行動をして、その均衡は崩れる。その人間と『バケモノ』の距離が縮まる。目を瞑り、戦う意志を放棄したその人間を守ろうとしたのは…ヘレスだった。ヘレスは、あの時のようにその人間の前に立ち、“初位魔法『盾』”を使用して、攻撃を防ごうとした。ただ、さっきまで魔力を使用した魔法を酷使し続けてたんだ。その魔法は酷く脆く…ヘレスは、致命傷レベルの傷を負って、その場に倒れ伏した。
それを、オレも…ディール先輩も見てしまったんだ。
グラウンドにオレ達がいる事がわかっていたから、彼は道すがらの『バケモノ』をどうにかしつつ、来てしまったんだ。ディール先輩は、ヘレスの姿を確認すると、素早くこちらへ来て、周りにいる『バケモノ』を圧倒し、ヘレスを連れて保健室へ向かっていった。その後、聞いた話によると、彼はヘレスを保健室のベッドで寝かせたのち、意識を失ったそうだ。ヘレスに関しては、肝心の保健室や保健医も手一杯で十分な治療が施せず、病院に移すことも叶わず、さらに酷い負傷も相まって、助からなかった。その惨劇から1週間経った頃、『バケモノ』の対処も収まりを見せる中で、彼は病室で目を覚ました。それをオレは心から嬉しく思った。彼の大事なものを失ってしまったから、戻らないと思ったんだ。だが…戻らないことと同等なレベルで最悪な事が待っていた。
ディール先輩は、心理的な要因によりあのときの記憶を失ってしまったのだ。
あの惨劇は知っている、だが、自分と共に助かった、と思っている。…なんて非情なんだろう。神様もへったくれもない。医者が言うには、いきなり事実を伝えるのではなく、日常の中で“存在しないこと”を理解していく方が、負担が少ないとのことだが、オレは、それさえも酷だと感じた。だから、“フレスト・ヘレスがその場にいるかのよう”に見せかけた。彼の『視線』『声色』『様子』、全てを観察して、“幻視”がどこに存在するかを探り当て、あたかもいるように振る舞い続けた。幸い、オレは今までも彼等の近くにいたし、周りはオレを“ディール先輩をライバル視している面倒なやつ”と認識してくれてたから、やりやすかった。もちろん、ずっとそばにいるのは無理だが、その分の補填は後からすればいい…そうやって、危ない橋を渡り続けてきたんだ。…彼には、壊れてほしくなかった。そして、事実を知った時に、オレは拠り所になれるまで、オレはやり遂げるつもりだったんだ。
…次、起き上がってきた時…生きていていいと、さらなる高みを目指し続けていこうと、そう思えるかどうかは、オレの立ち回り次第だ。…彼だけは、絶対に死なせはしない。
【エンディング】
ー『sideテレード・ポッド』ー
まだ混乱している頭でも、耳は正常に働いて、エーメントの言葉も聞こえていた。アイツの狙いがエーメント?どう言う意味だ?アイツの姿とか、やってきたこととか考えれば、狙いはヘレス先輩じゃないのか?そんなボクの気も知らないで、アイツは笑いながら喋り出す。
『やっぱり!いいねぇ!そうだよ。僕の狙いは君だ。君のその勘の良さ、これは常人ではあり得ないものだ。人間の枠に留めておくなんて勿体無い。だから、僕と共に来て、その勘の良さを“僕達の目的”のために役立てて欲しい。』
アイツは手を出す。握手で契約紛いのことでもするつもりなのだろう。…得体の知れない、しかも、推定ボク達の敵に手を貸すなんて、あり得るわけがない。グレード先輩が叫ぶ。
「お前達の言うとおりになんかするわけないだろッ…!!お前がどういう存在なのかは全くわからない!ただ、あっちの様子を知っていて、尚且つ目的のために分断させたのなら、『バケモノ』と関連があるのは確かだ!…『バケモノ』の行動がお前の指示かはわからないが、それでも、お前の仲間が仕出かした蛮行の責任はある!!…そんなことをしておいて、力を借りようなんて、虫が良すぎるぞッ…!!」
ボクも続けざまに言ってやろうとしたら、エーメントが止めてきた。
「…ちょっと!?何言ってんの…!?冷静になってよッ…!!」
「…いいねぇ…力の差は歴然なのに、食ってかかろうとするその勇ましさは…いや、無謀さ、かな?…まぁ、僕がどのくらい強いかは、知ってもらって損はないか。」
というと、アイツは手を叩く。そして、
「“測定不能魔法『超重力』”。」
途端に、全身が上から押しつぶされるような圧に晒される。立っていられないとか、そんなレベルじゃない。地面が徐々に抉れていくぐらいのもの。ハッキリし始めた脳で分かるのは、さっきのグレード先輩の発言が最悪だったのと、『測定不能魔法』の時点で抗うようがないこと。ヘンになんかしようとしてこれ以上詰んだら終わりだ。どうしようもないこの状況に諦めの思考がちらつき始めたとき、エーメントが言う。
「アタシまだ答えてないでしょッ…。一緒に行くわッ…。だから早くやめてッ…。」
「りょーかい!」
圧が消える。だけど、全身の骨がやられたのか、全く動けない。エーメントも同様だけど、アイツは動けないエーメントを担いで、去ろうとする。
「ま…ちな…よ。ボクは…言いたい…こと…言えてないだろ…。」
少しでも気を引ければと思ったけど、無駄で、アイツはそのまま去っていった。
その際、エーメントが口パクで何かを言っていた。ボク達は、それを信じるしかない。
『必ず“色々引っ提げて”帰ってくるから。』
その言葉を。