4 お上りさん
多忙で気づいたら今日でした、すんまそん。
何かまずいことを言ったろうか?
ゴトゴトと荷馬車が轍を踏む音と、馬の嘶きが妙に響く。
求婚の旅のことを話した途端、黙りこくったヴォルガを見て、エアリーは首を傾げた。
だがすぐさま「自分が結婚相手を探している」と公言したのは不味かったと気づき、「いやっそのー!」と声を上げた。
「おっ、掟!里の掟でさ!別にそのっ誰にでも声かけるとかそんなんじゃないというか!オレより強いやつにしか興味ないというかっ!あああとにかく気にしないで!」
「お、おう……わかった」
必死に手を振って弁解する姿に追求する気も散らされてか、ヴォルガは一応の納得の姿勢を見せた。
果たして自分よりも強いやつを婚姻相手として探している、と言うことがエアリーの心情を正確に言い表せているかは判然としないが、彼女の口をついて出てきたのはそれであった。
エアリーはふうと息をつく。
「まあ、というわけで腕試しの旅に切り替えてるんだよね」
「そ……そうなのか。なら何故メロウに?あそこはまあ大都会だが、腕試しってんなら港町から放浪の旅とかじゃないのか?」
「え?里じゃメロウしか教えてくれなかったし……港があるの?」
里では効率の良い人との出会い方しか教えられておらず、放浪の旅をするような話はされていない。
だがこの場の二人にはあずかり知らぬところだ。
「川沿いの港町があって、下流の方に船が出てる」
「ほええ……そっちもいいなあ」
「そっちもって……あぁ、龍人族の考えてることは分かんねえなあ」
「そうなの?」
相当な資産家か貴族でもない限り、あてどなく旅行をするのは一般的ではない。無論、剣と魔法と魔物が当たり前の世界観では常識的だが、エアリーは了解していなかった。
「そーいうもんだよ。ま、俺みたいな傭兵だと話は別だがな!」
ヴォルガは得意げに笑った。エアリーは「里でもそうだったけど、やっぱり旅行ってしないんだなあこの世界」などとのんびり考えていた。
ーーー
「それじゃあ、またご贔屓に!」
良い笑顔でマッカは荷馬車を操り、街道を下ってゆく。往来の多い交易都市メロウの大通りに、エアリーとヴォルガは降り立った。エアリーはついに、人里と呼べる規模の街に出た。
メロウは巨大な城郭都市だ。その昔は交通の要衝として多くの国が奪い合い、時には要塞と化し、今日においてはその歴史を背にそびえ立っている。
「さて、社会勉強を教えてやるという話だったが……」
人通りの激しい往来の片隅で二人は向き合う。エアリーはこの世界に生まれ変わって17年、久しぶりに緊張していた。
剣の柄に手を落ち着かせると、ヴォルガは手を差し出した。
「授業料」
「は?」
エアリーはぽかんと口を開けた。しかしヴォルガはずいと手を差し向ける。
「これでも俺は二つ名付きで通ってる傭兵だ。俺の時間は安くねえ。だから色々と教えてやる代わりに授業料をいただく」
「ふっふざけんな!約束したのに!」
「対価の話は詰めてないだろ」
「ぐぬぬぬぬ!」
平然と言い張るヴォルガを前にエアリーは歯ぎしりし、プイとそっぽを向いた。
「そんなんならお断りだね!オレだって大人だ、勝手にやらしてもらう!」
エアリーは里の者たちから持たされたお金はあったが、町の物価などは分からない。里では貨幣ではなく物々交換が主だったし、所持するお金も「しばらくはもつはずだ」としか聞いていない。
無駄遣いはできない、その思いで、エアリーは話を断った。
ずんずんと街中に向かって歩いていく後姿を、ヴォルガは半目で見送った。
「――無理だと思うがなあ……まあ、そのほうが都合はいいか」
ーーー
「――なっなななな……なんで……」
数刻後、エアリーは絶望していた。
エアリーの腕には数多くの生鮮食品が抱えられ、容量に余裕のあった肩掛け鞄には大量の瓶が詰め込まれている。懐のお財布はすっかり軽くなっていた。
「おかしい……オレは夕飯を買えたらいいなって……買い食いしようと思っていたはずなのに……」
「おや、さっきの」
「あっ!マッカさん」
市場の真ん中で立ち尽くすエアリーの前に、荷馬車を操るマッカが通りがかった。馬車の荷はすっかり売り捌いたのか、すっからかんになっている。
「おや……その荷物、さてはメロウの商人にしてやられましたな?」
ニヤリと笑うその顔にふてぶてしさを覚えつつ、エアリーはおずおずと目を合わせた。
「……してやられる?」
「はっは!メロウの露店市は捨て銭街と言われてましてな!目当てのものをしっかり決めるか、きちんと値切りを行わないと、たちまち無一文になると評判なのですよ!」
「はあ……」
「ほらご覧あれこの荷を!私も少々景気よく行かせてもらいましたよ!」
マッカは得意満面に荷を指す。だがエアリーにはそれが憎々しく見えて仕方なかった。
恨めしい思いで、エアリーはおずおずと腕を上げる。
「……さっき助けた分で、少しこれを買い取ってもらえませんか……?」
目を潤ませて頼むエアリーだったが、マッカは微笑むだけだった。
「いえいえ!仕入れは郷里で行いますので……それでは!」
パカラパカラと去りゆくマッカを、エアリーは恨めしく見送った。
「よう龍人族。羽振りがいいな?」
「……げ」
そこに現れたのはヴォルガだった。顔をしかめるエアリーを意に介さず、彼は話を続ける。
「取引と行こうじゃないか、ええ?」
「取引?」
ヴォルガは不敵に笑みを浮かべた。