3 ドナドナの中で
ガタゴトと車輪が道を蹴る音が響く中、エアリーは荷馬車に上機嫌で座っていた。商人マッカが荷馬車を引き上げた礼として、運賃は無料かつ、交易都市メロウの馴染みの宿を紹介してくれるという。
異世界に転生して初めてと言っていい、自分で作った人脈に、エアリーは密かに興奮していた。
「なあ龍人族」
「……なんだよ」
エアリーはにんまりと上がっていた口角を下げる。気にしないようにしていたが、先に荷馬車に乗っていた、妙に態度の大きい男が不躾に足を向けてきた。
「お前、魔術を使うならタダで使うなんてマネはやめろよ」
「さっきも聞いたよそれ。それに今回はタダじゃない」
エアリーは御者台に座って愛馬を操るマッカに「運賃サービスしてくれてありがとう!」と声をかけた。マッカはお安い御用だと言わんばかりの得意顔で返す。男ははあとため息をついた。
「いいか、魔術ってのは稼げる。腕のいい奴は、金持ちにさっさと召し抱えられちまうか、目をつけられて殺されるかして、傭兵には数が少ないからな」
「それとオレに何の関係があるんだよ」
男は「わかんねえかなあ」と頭をかいた。
「ひょいひょい無料で頼みごとを引き受けたら値崩れするんだよ。俺はそれが面白くない。なんならどの傭兵も面白くない。だからやめろっつってんだ」
「もー……何なんだよこのダル絡み……」
「あ?今なんつったこの野郎」
エアリーは藪蛇だったかと手を口に当てたが、気の短いらしいこの男は身を乗り出してエアリーに迫った。
「良いか龍人族、滅多に人里に下りずにお高く留まってるお前らにはわかんねえかもしれんがよ。俺たち人族は稼がねえと死んじまうんだ。何のつもりで旅してるかは知らねえが、適正価格ってやつを学びやがれ」
それだけ言うと、男はふんぞり返り、一応あたりを警戒し始めた。
一方エアリーは面白くない。人助けをしたと思ったら、異世界のいけ好かない男前に怒られたのだ。先ほどまでの晴れやかな気持から一転、早く馬車を降りたくなっていた。
「お金お金って……じゃあアンタが馬車を引き上げたらよかっただろ」
「俺はお前みたいに馬鹿力を出して物を持ち上げるような魔術で売ってねえんでな」
「ばっ……馬鹿力ってなんだよ!オレの魔術はそんなんじゃ――」
「――あーうるせえ、一旦黙れ」
男はすくっと立ち上がり、マッカに退避しろと叫んで荷馬車から飛び降りる。
速度を上げる馬車から後方を見ると、土煙を上げて、黒い毛皮の生物が猛進してきていた。体の大きさは優に荷馬車の全長を超え、鋭く湾曲した牙を振りかざし、一歩一歩が大地を爆散させるほど力強い、まさに魔物と呼ばれる生き物である。
「ぼっ……猪だ!猪が出やがった!」
マッカは声を裏返して怯え、必死に手綱を振り回した。
余談だが、この世界に地球上に存在するような動物はいない。すべての生き物が魔力という力に影響を受け、めいめいに変性を繰り返している。
「俺の売りは炎だぜ」
男が剣を握ると、刀身が赤熱した。特殊な造りなのか焼け落ちることはなく、しかしその威力を証明するように、遠く離れつつあるエアリーの目にもまぶしく映った。
「力はいたずらに行使するもんじゃなく!」
そのまま剣を振りかざし、巻き上がった空気は熱で揺らめく。それでも猪は、細身の人間に怯まずに速度を上げた。
「然るべき時、求められる形で、正当な交換によって発揮されるべき!」
男が剣を振り下ろすと、轟音と共に猪が焼け切れた。
炭化した断面は男の魔術の威力を物語り、余波で草原は大火事になっている。
「――すご……」
エアリーは男の魔術の威力に驚いた。そんな彼女を尻目に、マッカは「やれやれ、実力だけは確かなんだよな」と汗をぬぐっていた。
「おいマッカさん、馬は無事か」
男は何食わぬ顔で荷馬車に戻った。剣はすっかり元の姿に戻り、革の鞘に収まっているところを見るに、温度も同じく戻っているらしい。エアリーはしげしげと男と剣を観察した。
「あぁ……おかげさんでな。流石は赤剣だな」
「やめろその呼び方。なんか恥ずかしいんだよ、尻が痒くなる」
「いいじゃねえか、実力のある証拠だぜ。おまけに猪だ、出来高は弾む」
「お、いいねえ」
男は大げさに尻を浮かせてニヤリと笑い、マッカも先ほどまでのにらみ合いから一転、がははと豪快に笑った。
「わかったか龍人族?」
「へ?」
男はごろんと寝ころんだ。エアリーは何のことか分からずに聞き返す。
「観光だか物見遊山だかは知らねえが、魔術は立派な商品だ。安く使っていいもんじゃねえよ」
「またその話……ああでも分かったよ、オレも里から出たことないからわかんなかったんだ」
エアリーにしてみれば、今生で初めての旅で、社会の知識も龍人族の里以外にはないという偏りぶりだ。そのことに思い至り、エアリーは目の前の男に人族社会を勉強しようという気になった。
「ごめんよお兄さん、オレはエアリーっていうんだ。良かったら、シャカイ?のこととか教えてくれないかな」
エアリーがおずおずと手を出すと、男も悪い気はせず、エアリーの柔い手を握り返した。
「あぁ、構わない。俺は傭兵をしているヴォルガ――……うん、ヴォルガってんだ、よろしくな」
「うん。よろしくヴォルガ!」
二人は穏やかな顔で握手をする。エアリーは「また知り合いができた!」とご機嫌に戻った。
「そういやエアリー……なんで龍人族のお前が一人で旅を?出稼ぎか?」
ヴォルガが問えば、エアリーは頬をかいた。
「いやあ、ちょっと恥ずかしいんだけど里の掟でさあ……結婚相手探させられてるんだ」
「は?」
穏やかな陽気と焦げ臭い風の中、呑気にそう言うエアリーは、気安く目的を打ち明けたのだった。
戦闘描写ってこんなんでいいんですかねって、延々と気になっています。