1 生まれ変わって角と尻尾を獲得していた
久しぶりなので初投稿です。
空を見上げれば竜が飛び、地を見やれば魔物と人が争い、海を見れば快速帆船が大ダコから逃れている。
とある星の、とある大陸で、今日も人々は懸命に生きていた。
見ようによっては過酷で、捉えようによっては残酷な世界において、一つ新たに命が生まれた。
ある大陸の、海から離れた山地の奥の奥、龍人族の住まう里に、玉のような女の子が誕生した。角の生えた母は涙ぐみ、短い角で立派な尻尾を持つ父は嬉しそうに子を抱きかかえる。
そんな腕の中にいる女の子、透き通った黄金の角に、ちょこんと生えた尻尾の愛らしい赤ん坊は、産声を上げながら大変困惑していた。
(あれええええ!?!?ここはどこ!?なぜ俺は泣いている!?!?)
しかし彼女の思いは言葉にならずに掻き消える。懸命に腕を動かすも、彼女の父親の逞しい胸板の感触を確かめるだけであった。
(そうか、夢だな。まさか赤ん坊になる夢を見るだなんて、俺ってば最近疲れてたのかね。あれ、股の間に何もございませんよ、おほほほほ、俺っち男なんですけどね)
一人混乱しつつも、彼女はゆっくり瞼を閉じた。
(寝よう、混乱する夢は、眠って寝過ごしてしまえばいい)
彼女の思惑は大いに外れることになるが、それだけならば、さしたる問題ではない。
ただ一つ、彼女が混迷を極めることになる要素があるとすれば、男としての記憶を保持したまま、女の子として生まれてきたことであろう。
ーーー
そして夢は冷めることもなく……龍人族の娘エアリーは可憐な17歳に成長した。
黄金色の角は琥珀のように滑らかにまっすぐ伸び、母親譲りの銀髪はうなじのあたりで整えられている。角と同じ色の瞳はくりんと大きく、銀鱗の輝く尻尾はしなやかだ。エアリーの前世で言うところの和服のような伝統衣装と合わさって、不思議な魅力を醸し出すボーイッシュな少女がそこにいた。
「はあ……マジで憂鬱だ」
しかしエアリーの表情は曇る。龍人族の里の端、年頃の少年少女が文を修め、武を磨く学び舎の隅っこで、エアリーはちびちび干し肉をかじっていた。
「どうしたの、エア」
同い年の幼馴染、赤毛赤鱗のおっとり少女のベリエが顔を覗かせる。
「……昨日17歳になったの」
「わあ!じゃあ……あれね!」
エアリーがそれだけ言うと、ベリエの赤い頬がさらに赤くなった。17歳という年齢に興奮したようだ。
「求婚の旅だよおお……なんでオレがっ!」
エアリーが青ざめて両手で顔を覆う中、ベリエはエアリーを羨望のまなざしで見つめた。
龍人族の里には「求婚の旅」という掟があった。
狭い里の中で婚姻を繰り返せば、どうしても血は濃くなり、里の者の力は弱っていく。定期的に、違う血を入れねばならない。しかし、やたらめったら外部から血を入れてしまっても、上位種族の龍人族の格が落ちる。それは避けたい。
そんな思惑から生まれたのが「求婚の旅」である。
各世代から一人、里の外へ出る者を決める。その者が17歳になった時、婿嫁探しの旅に出し、里の外から「龍人族のお眼鏡にかなった」幸運な結婚相手を里へ招き入れ、血の循環を図るというものだ。
里にはちらほらと、そんな経緯で連れてこられた獣人族や人族が住んでいたりする。そんな彼ら彼女らの子供は、しかし例外なく龍人だ。種族的に優位であるらしい。
そんな伝統の意図はわかるが、エアリーの腑には落ちない。なぜなら自分が選ばれたから……彼女は大いに憤慨していた。
(だって!元男だぞ!俺は!)
彼女には前世の記憶があった。日本という島国で20そこそこまで生き、事故って死ぬまでの男性としての記憶が。
里でエアリーとして生を受けてなお、女だてらに男共に腕っぷしで対抗し続け「オレが負けと認めるやつ以外……絶対結婚なんてしてやんねー!」と宣言していたくらいなのだ。それが祟って年嵩の者たちが「婚姻相手を探させて、じゃじゃ馬の鳴りを潜めよう」と意見をそろえてしまったのだが。
「明日には出発だよ……はあ、結婚相手を自分で探すとか……憂鬱だ」
「あら、一目で見初められる運命的な恋をしたいってこと?意外と乙女なところあるね」
「ちっ……ちがう!オレは……もう、いい!」
からかわれて上手い返事に窮したエアリーは、朱が差した表情で立ち上がる。
ベリエは「う~ん、思春期だねえ」と達観した物言いで、家に帰っていくエアリーを見送った。
ーーー
そしてそのまま、日が明ける。エアリーは落ち着かない気分のまま、底の厚い編み上げのブーツを履きこむ。和服風の民族衣装は二重になっており、尻尾穴も揺れる尻尾も隠せる優れものだ。
「まるで大正ロマン……」とひとり呟くが、見送りに出ようとしている母も父にもピンとは来なかった。
「じゃあ……行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
「早く戻ってくるんだぞ」
両親のほか、ベリエをはじめ友人たちが見送る中、龍人族のエアリーは、自らの花婿探しのために歩き出したのだった。