8話 THE WORLDS I HATE
「さて、座って。登録しましょ。」
2人は、デビットさんと向かい合うように席に着く。すると、デビットさんは桑に、資料らしきものを渡す。
資料の一番面の表紙には、"葬人協会執行部監修取締規定役書"と、呪文のようなものが描かれていて、文字の難しさの割には薄く、すかすかの資料だった。そこには、葬人の歴史等が書いてあった。
葬人達の組織、"葬人教会"の歴史は大きく深く、西暦625年に、今のロンドンの時計塔近くにて、ラベラー・アリィ氏ら6人によって設立された、死徒を殺し尽くすための組織なんだとか。
桑はさらに読むと、とある文字に目がついた。
「処刑罰取締執行委員会?」
またもや呪文の類のような漢字、意味がわからぬ。
「いわゆる警察だね。真っ当に葬人として生きていれば関わりは、まず無いだろうね。」
「関わりがある時は….?」
「君が死ぬすこし前の時さ。」
まるで、凶兆のような扱いに桑は驚く。
処刑罰取締役執行委員会、それはそれほどまでに恐ろしい存在なのだろうか。
そして、それほどまでに、不吉をもたらし振り撒く存在なのだろうか。
「与太話はここまでにして、さっさと済ませちゃおうか、登録。」
「はい」
桑はデビットさんの言葉に従い、書類にサインをする。すると、デビットさんは桑にナイフを差し出した。
「さぁ、血印を押してもらおう」
「血印…?」
曰く、葬人になる際の伝統的な"習わし"なんだそう。
血には、魂と断ち切ろうとも断ち切れない繋がりがあり、またその繋がりは先祖代々にまで遡る。
つまり、その血を葬人になるための契約書に使用すると言うことは、血のつながりを通した魂の決断を表すのだとか。
桑は親指の先をナイフで少し切り、滴る血ごと契約書のハンコの所に押す。
若干の痛みに下唇を食むが、姉と共に生きて行く上では、仕方のない事。指を上げると、紙に滲んだ血の形は変化していった。
丸みを作ると、今度は角張る。長くなったかと思えば、垂直に枝分かれをしたり。
そしてそれはやがて、骸骨の手の形に変貌していった。
「さて、契約完了だ。本格的にようこそ、葬人の世界へ…」
「おめでとう」
2人は桑を何故か祝った。
その本心、本意が掴めなかったが、一先ずはなんとかなったようだ。
「んじゃ、あとは私の出番だな。白百合、支給喪服着ようか」
渡されたのは、黒装束。
あの白い装束とは違ったものだった。桑は直ぐにそれを受け取ると、着るようにデビットさんに言われる。
桑は、黒装束を着ながらバーゲンス先生に質問した。
「あぁ、黒は下級葬人の証だ。これがないと死徒を相手にして戦うと、罰金を取られることがある。それで____________ 」
死徒は、死に対する恐怖から形を成し人を襲う、概念的な生き物らしい。故に、姿は特定の者にしか見えないのだとか。葬人たちが装束を着て、姿を隠しているのは、死徒との戦いという、死と隣り合わせの戦を一般人に見られてしまうと、さらに死徒が生まれる可能性があるからだ。
そして、葬人には階級があるそうだ。
その階級は大きく区分ごとで分けて全部で三つ。
下級、黒装束を着る。主に偵察や人命救助等に当たる。基本的に中級か上級と共に行動する。
中級、黒色の刺繍が施された白装束を着る。主に上級葬人の援護と死徒狩りにあたる。基本的に5〜6人で行動する事が多い。
上級、無垢金の刺繍が施された白装束を着る。
単独行動を許可されているが、2〜3人で行動することが多い。死徒の他、"墓荒らし"と呼ばれる集団と戦闘することが多いそうだ。
桑は最底階級の下級、まだ死徒との交戦は難しいようだった。
着終わり、サイズが合っているかどうかを確認すると、またすぐ脱ぐように言われた。
「んじゃ、あとは私が教育しておく。
デビット、ありがとう。」
「いえいえ、お安い御用。桑くん、死なない程度に頑張りたまえよ〜」
「はい!」
倉庫から出た2人。
とうとう、暗く澱んだ雲から雨が蕭々と降り出そうとしている。倉庫のある場所は山、高地にあり、街が見下ろせる。
相変わらず、街のいたる所に死徒がいた。
そして、それを狩らんと葬人たちは毎度の如く躍起になっている。
いつ、どこで、だれが巻き込まれてもおかしくない世界。
桑は思った。
(もし、もし仮に全ての死徒を狩り尽くせば、また姉さんと平和に暮らしていけるのかな)
桑は拳を強く握りしめる。
「白百合、行くぞ」
「はい!」
バーゲンス先生の呼びかけに桑は応じ、駆け寄って行った。
夕方、桑は病院から姉を迎えに行っていた。
雨はとうとう降り始め、淋小卓町を濡らす。
病院から出た姉は桑の元に駆け寄ると、ハグをしてきた。桑はいきなりのハグに吃驚したのか、若干抵抗するが姉の強い抱きしめに顔を萎め大人しく縮こまる。
「ただいま!」
「おかえり、姉さん」
姉は桑を離すと、にっこりと笑って言った。
「じゃ、帰ろう!
それで、きゅうりのきゅうちゃん作ってあげる!」
随分と上機嫌なようだが、なにか良いことでもあったのだろうか。
花常張鳴は影から見つめる。
誰を見つめているかといえば、それは白百合桑だ。不思議な人と、張鳴は思った。
今は倒壊したあの高校に入り、二年。
同じクラスになった時から、そう思っていた。
『白百合桑です、よろしくお願いします』
黒い髪に赤い目。皆んなはカラコンだとか、手術しただとか、ヘンテコな憶測はがり飛ばしていたけれど、とてもカラコンや手術とは思えないほど自然な赤色をしている。わかりやすくいえば、カラコンらしさがないのだ。
それに、噂だと彼は親がおらず、すこし歳の離れた姉と暮らしているのだとか。
噂が全てではないが、もしそんな家庭なら手術を受ける金など無いことになる。
つまり彼は、生まれつき赤い目を持っていたと言うことになるだろう。
不思議な所は、まだまだたくさんある。
なぜか誰よりも先に学校に来ていることや、放課中は常に1人でいること、クラスの誰とも親しくないこと…
…そして、この前の学校倒壊事件の生存者。
張鳴の中ではどことなく確信できるところがあった。
「白百合さんも、あの黒い塊が見えるんじゃないのかしら…」
どこか、確証はないが、そう確信できる。
理屈ではなく直感が、張鳴の確信を形作っている。
「ちょっと君、少しいいかね?」