7話 THE WORLDS I HATE
「姉さん、大丈夫かい?」
桑は病室に入る。窓にはどんよりと、異常なまでに暗い雲がうつってみえた。姉は体を起こし、こちらを向いてにっこりも笑う。
「おはよう桑、まだ朝の4時よ。大丈夫なの?」
桑は「うん」と返す。姉はそう自分を心配してくれたが、心配されるべきは姉の方だ。目立った外傷が無かったとはいえ大きな瓦礫が腹に直撃し、姉は丸一日意識がなかった。
桑は頑張って作ったきゅうりのきゅうちゃんのパックを姉に差し出した。
「あら、くれるの?」
「うん、頑張って作ったんだ。いつか姉さんのも食べたいな。」
「良いわよ♪」
桑に上機嫌で返す姉。
経過観察ということで、今日の午後には退院できるらしい。しかし、きっとその時に桑は立ち会えないだろう。
桑は病室を出ると、外に歩き出す。
学校が死徒によって破壊され、多数の死者を出した。桑のいたクラスの生き残りはあの花常さんと、桑、バーゲンス先生のみ。悲しいことだと、桑は切に思う。
さらに、しばらく学校は休校になる。
一ヶ月ほどだ。
桑はこの一ヶ月、何をして過ごそうかと考える。一先ず、姉は怪我人ですぐに働くのはやめてほしい。バイトを探さなくては。そして学業。参考書や図書館、バーゲンス先生に教えてもらおう。
桑はここで思い出す。
「よぉ、白百合桑。予定より10分早かったな。」
「あ…おはようございます、バーゲンス先生。」
桑に学業やバイトに打ち込んでる時間なんて無い。まず、生きる術を身につける必要があったんだ。
桑はとある場所に連れて行かれた。
そこは廃墟化した倉庫。桑達の居る、淋小卓町のはずれにある森の中だ。
「さて…手続きをしよう。デぇビット!」
「大きい声なんて出さなくても大丈夫ですよ、バーゲンス。手続きの件で来たのでしょう、ついてきてください。あと、葬服へ脱ぐように。」
サングラスをつけ、白杖を持った赤茶髪の葬人が出てくる。
バーゲンス先生は葬人用の白い服を脱ぎ腕にかける。そして桑に手を出す。
「桑、この前貸した奴くれ」
「あ、はい。」
桑は昨日の騒動中に渡された、あの白装束を先生に渡す。先生は受け取ると、デビットと呼ばれた男の後に、先生と共について行く。
この後、何をされるのか、何がおこるのか、桑には見当もつかなかった。
「それで、バーゲンス。そこの彼については?」
「野生の視えるタイプ、保護した。」
そこの彼というのは桑の事。
野生の視えるタイプなどと、野生の動物のような代名詞に桑は若干涙ぐんだ。
それはそれとして、この倉庫奥の通路はやけに暗い。なのにデビットさんはなぜ杖をついているのだろうか。白杖を使っている様子はない。落ちている瓦礫も、白杖を使わずに避けている。よし、聞いてみよう。
「たしか、クワだったかな?クワくん、何故僕が白杖を使っていないのか知りたいようだね。」
「え…あ、は、はい!」
桑は、デビットさんに心を読まれているような気がして、すこし驚く。
「おや、知りたくなかったのかな?
僕の目にはそう視えたのだがねぇ…」
「いえいえ、知りたいです!」
「ふふ…秘密さ」
桑はなんなんだこの人…と思った。
あれだけ前振りしといてこれは無い。そう素直に怒りを露わにしそうになる。バーゲンス先生は自分を庇うように、今のやりとりが面白かったのか、笑うように、デビットさんに「あまりいじめるなよ」と言う。
なんだか、2人がかりでバカにされたような気がして、ちょっぴりムカついている反面自分自身面白く思っていた。
そんなこんなで進んでいくと、一つのドアの前へたどり着いた。
デビットさんは躊躇なくドアをぴしゃりと開き中へ。後の2人もそれに続く。老朽化しきった外観とは対照に、中は綺麗で質素だった。
何も無い鉄筋造りの部屋に、三つの椅子と円卓のみ。
円卓の上には小さな資料とハンコ、ナイフが置かれていた。