6話 THE BOY NEEDS A WAY TO SURVIVE
「きゃぁぅッ」
「姉さん!」
姉は、腹部に瓦礫が直撃すると倒れる。
桑はすぐさま服を捲り傷を確認するが、目立った傷は無かった。
気絶したようだ。
姉を無理やり担架に載せるわけにもいかないので、この自体は好都合かもしれない。
桑はすぐさま姉を担架に積み走り出した。
廊下を走る事30秒、奥から騒ぎを聞きつけたであろう警備員が2人ほどやってくる。
「な、なんだこの惨状は!?」
「うぉっ。なんで担架がこっちに走ってきてるんだ、しかも人が乗ってるぞ!」
桑は2台の担架を滑らせるように警備員に投げ渡すと振り返る。触手を何本も失い、大量に生えた目もいくつか潰れた死徒と、多少の傷で済んでいる葬人達。
バーゲンス先生が加わってから葬人達と死徒の戦いは、葬人側に傾きつつあるのが分かる。
他に要救助者はいるのだろうか。
そう思い、歩き出そうとしたその時。
「!?、全員下がれ!」
外からあらたな死徒がやってくる。
新たな死徒は壁を突き破り葬人達を巻き込むように弱った死徒へ体当たりをした。
2人ほど葬人が巻き込まれ、剣と鎌がこちらに飛んでくる。
きっと即死だろう。
「クソ!、葬具を使う!」
「了解。」
バーゲンスの言葉を聞くと、残る1人の葬人は大きく後ろへ下がる。
「ば、バーゲンス先生!逃げましょう、流石に死んじゃいますよ!」
桑はそう叫ぶ。
この絶望的な状況、その"葬具"という奴を使ったとしてもきっと乗り越えられない。
勝てないに決まっている。
「何叫んでんだ、桑。
よく見ておけ、これが"葬具"さ。私達葬人の一部しか持つことのできない、最後の切り札。
1発で状況をひっくり返せる、銀の弾丸をよぉ!」
バーゲンス先生は再びあの棺桶をどこからともなく召喚し、開く。またあの老人が入っている。
嘆きの老人が。
「"華葬、供華焼香送棺"」
教室の時と同じ発音、あの時もきっと使ったのだろう。嘆きの老人はひとしきり泣き終わると、棺の蓋は閉じて地中へ沈み込む。
静かになった廊下、人はほとんどいない。
無造作に飛んできた2体の死徒による触手の攻撃。
バーゲンスはそれを壁や天井を使い立体的に避けると、死徒へ飛びかかった。
自由落下状態の空中、それは飛んできた攻撃を避けることのできない場面。
「くはっ」
一本の触手が、バーゲンス先生を貫いた。
そして、無数の細い触手もまた、バーゲンス先生を、貫く。
血がどくどくと溢れでている、心臓や肺を確実に貫通している。
間違いない、バーゲンス先生の負けだ。
「…へへっ…まだ終わってねぇよ!」
バーゲンス先生は、貫かれていない銃を持った右腕を使徒に突き出す。
貫いたのは、先ほどまで葬人達が戦っていた死徒。弱点は把握済みだった。
死徒の潰れた目に、バーゲンス先生は銃弾を打ち込む。撃たれるたびに死徒は口もないというのに、叫び暴れる。
6発、リボルバーの弾倉内にある弾丸を打ち込むと死徒の体は崩れ落ち、バーゲンスは地面に下ろされる。
「まずは…一体…こふっ…」
「ば、バーゲンス先生!」
桑はバーゲンス先生に駆け寄ろうとするが、それを葬人に止められた。桑はなぜかと聞くな、葬人は答えない。
もう一体の死徒がバーゲンス先生の頭に巨大な馬の蹄のようなものを叩きつける。
舞い上がる土埃、きっとバーゲンス先生は頭を砕かれてしまったのだろう。
そう思われたが…
「やれやれ、死ぬ所だったぜ」
…バーゲンス先生は平然と横に立っていた!
すかさず死徒は馬の蹄らしきもので攻撃。
しかし、バーゲンス先生はこれも躱し死徒に再び銃弾を打ち込む。この死徒もまた、叫び声を上げ崩れ落ちた。
本来なら怪我で躱せないはずの攻撃。
バーゲンス先生はそれを躱すことができた。
桑は、バーゲンス先生の無事に喜ぶ感情と共に、バーゲンス先生が生きていられた、平然と立っていられた理由が知りたくなった。
「さて、これにて終わりだ」
土埃が晴れ、バーゲンス先生の姿がくっきりと、曖昧から脱し鮮明に目に映りあがる。
「傷が、治って…たしかに、確かに喰らわされていたはずなのに!?
動けないほどの傷を、その身に打ち込まれていたはずなのに!?」
「葬具とは、"その葬人が迎える死に様、人生の答え"、それに見合った効果が葬具には詰まってる。私の葬具は"過剰なまでの再生と回復"さ。」
現に、彼女は傷が再生し切っており、ピンピンしていた。桑の傷が治せたのは、曰く葬具の副次的な効果らしく、傷の癒える速度は葬具使用時の半分以下程度なのだとか。
物理的に不可能というか、ファンタジーの世界に三本ぐらい足を突っ込んだような異能に、桑は「あ、そうなんですね…」と気の抜けた返事がでてしまう。
「まぁ、時期にどういうものかわかる。
そして…」
バーゲンス先生は桑に指を突きつけ、言い放つ。崩れゆく死徒の死骸のその上で_________
「白百合、お前は死徒が見えてしまった。そして、葬人に見つかってしまった。お前はもう、この世界から後戻りなんてできないのさ。」
桑には、この無慈悲な世界で生きていく術が必要なのだ。