18話 THE CLAW MARKS LEFT BY THE WOLF
「君たち…葬人だろう?」
慌てて構えるバーゲンス一同。
なんの気配も無く近づいたその男は、黒いマントと兵隊帽を身につけていた。恐らく制服の類と思われる。
「私たちの命もここまでか?」
男からは何の殺気も感じられなかった。
桑たちは武器を降ろす。
男はゆっくりと桑たちに近づいて行った。
「私の名前は"ハベル"、執行官です。
あなた方が先行している葬人の方々ですか?」
バーゲンス先生はハベルに近づき答えた。
「はい、私たちが先行している葬人です。」
「それはそれは。今回の葬いはよろしくおねがいします。」
執行官は深々と頭を下げた。
桑たちもまた、頭を下げた。三人は、よくできた人だなと思った。
ヴァミリタスの先導により、4人は商店街の一角にやって来る。そこは惣菜屋、しかもこの地区ではかなり有名な店だ。
戸の貼り紙によると、今日は定休日のようだ。
中へ立ち入る。有名店ということもあってか、趣を感じる内装だった。
ヴァミリタスは中へ入ると途端げっ、と声を上げた。彼女によると、この辺りで彼女の葬具の能力に勘づいたらしく、店中、四方八方を飛び回ったらしい。
彼女の葬具の能力は、"送り狼"。
傷をつけた相手の足跡を発動者に可視化させるというもの。
彼女に見える墓荒らしの足跡は、この店内の床を埋め尽くしている。つまり、何処からどう逃げたのかはわからなかい。
「ここからは自力かな…」
バーゲンス先生はそう呟く。
少し面倒だな、と執行官のハベルさんも呟く。
その後話し合いにより、桑は台所を探すことになった。
ハベルさんとバーゲンスさんは食堂へ、ヴァミリタスは2階を調べるようだ。
桑もまた、探すのは得意ではない。
「さて…どこから調べようかな」
食堂と違い台所は大きく荒らされていた。
食器が散乱、冷蔵庫に至っては一つがひっくり返されていた。
あからさまに何かある匂わせ。
逆に考えてみれば、そう思わせる為の罠。
どちらにせよ、一先ずは調べてみる事に。
まずは食器棚。
ほぼ全ての茶碗がひっくり返され、あらゆる場所、物に投げつけられていて、もはや空と言えよう。何もないようだ。
続いて台所本体。
水道の蛇口は壊され、油などが入っていた引き出しは見事に破壊しつくされていた。
もはや見る影もない。何もないようだ。
さらに冷蔵庫。
二つあるうちの一台は横に倒され、もう一台には卵、茶碗、調味料等がふんだんにぶちまけられていた。ひとまず中を確認する。
立っている方の中身は絶妙に荒らしきれておらず、まだ生物等が入っていた。
それは何処か、今日の朝、桑の作った朝食をちゃんと食べきらなかったヴァミリタスを連想した。続いて倒れている方。中に生物は無く、綺麗さっぱり空だ。
桑自身が朝発していた"綺麗さっぱり"と言う言葉に桑は何かデジャブを感じた。
「まさかな…」
そう思い、中を調べてみる。
すると…
「お!」
冷蔵庫の奥の壁が開き、何処かのつながっているようだ。思ったよりも暗く、何処に何があるかまでははっきりとわからなかった。
桑は早速他の三人を呼び見せた。
「お手柄だ、桑」
「感謝」
「やるじゃない!」
さっそく、中に突入する事になった。
バーゲンス先生がライターを灯り代わりに中を照らす。
奥はどうやら隠された地下通路につながっているようだ。バーゲンス先生はそこへ飛び降りる。
ライターの灯りで周囲を照らした。
誰も居ないようだ。
「誰もいなぁい!」
続いてハベルさん、ヴァミリタス、桑の順番で入って行く。そこは、暗くジメジメとした空間で、カビや埃で塗れていた。とても整備された道とは思えないし、きっと逃げ道などないように思える。しかし、ヴァミリタスによると、この先に墓荒らしは逃げたのだとか。
「…ハミ・レヴナント戦争の時に使われていた隠し通路のようですね」
ハベルさんはそう呟く。
桑はその戦争対して、それがなんなのか問うと、ハベルさんは答えてくれた。
「ハミ・レヴナント戦争。
今から10年前に起きた、葬人どうしの戦争で…」
始まりは2人の執行官にあったのだとか。
今から20年前ほど、執行官は墓荒らしの処理だけで無く政治的な駆け引きにも付き合わされてきた。
時には老若男女問わず虐殺をすることを強いられ、時には親しい葬人を殺すことを強いられた。
そんな中、執行官の中で最も強いとされていた"黒狼・ヴォルニムス"と"冷鳥・アニムス"が、葬人協会会長ハミ・レヴナント氏を殺害し、謀反を起こしたのだ。
冷鳥・アニムスはハミ・レヴナント氏を殺害するにあたって負傷し、戦闘不能に。
残る黒狼・ヴォルニムスは、他11名の執行官を相手取り勝利。
日本に逃亡し、その後も負傷した冷鳥・アニムスを庇いながらも、討伐隊全てを全滅させながら逃げ回り、葬人協会が無条件降伏をした。
また、この戦争で執行官は墓荒らし処理専務とすることが約束された。黒狼及び冷鳥は、その後行方をくらませている。
「もしかして、そんな怪物のような人間がまだこの日本に居るって事ですか…?」
桑はそんな妄想を口にしてしまう。
ハベルさんは、わからないとだけ言った。
そうこうしているうちに、とあるドアの前にやってきた。そこはこの逃げ道の行き止まりとなる倉庫部屋。
ここまでの道中、桑を除いたバーゲンス先生達は何処か違和感を覚えていた。なんの足止めも無しに、すんなりと追い詰めてることができてしまったから。
「突入は私が。」
ハベルさんはそう言い、葬器を何処からか取り出す。うねる剣、炎のような剣。
桑は一度、アニメや漫画で見たことがある物。
その剣の名を、フランベルジェと言う。
ドアを蹴破る、しかしその先には一つの死体だけがあった。
「これは…」
あの、取り逃した墓荒らしの死体だった。