17話 THE CLAW MARKS LEFT BY THE WOLF
スタッフルームのドアを開け、中を見る。
そこは普通小さな部屋の筈だが、そこははるかに広く、距離の認識ができないほどに暗い部屋。何かあるかと言われれば何も無い。
強いて言えば、奥に一つ眩い光を放つドアがあるのみだ。感覚としては、部屋というよりそのドアのための空間に近かった。
「な、なんですかここ!?」
桑は慌てる。
床があるのか無いのか、天井があるのか無いのか、壁があるのか無いのか。
まるでわからなかった。バーゲンス先生達は、慣れた手つきでそこら辺から適当に礫を一つもっと、その空間に投げ入れる。
石は、桑達の立つ地面と同じ高さで暗い空間を跳ねて行った。そして…
「ふーん、飲み込んでくるタイプか」
石は黒石床に飲み込まれ消えて行った。
「被害者の死体が見つかったのは、ここのすぐ下の下水道。
つまり、飲み込まれた者はなんらかの方法で殺された後に下水道にポイ捨てって訳か…」
バーゲンス先生は、続いて銃を取り出した。
残弾を確認するとヴァミリタスに、自身に傷をつけるように言った。なぜそんな事をさせたのか、桑にはわからなかったがヴァミリタスはそれに従い、先生の手の甲に浅く傷をつけた。
「桑、良いか。こう言う、どこに居るのか分からねえタイプはこうするんだ。」
バーゲンス先生は暗闇の中へ足を運ぶ。
入って二歩、三歩とゆっくり歩いて行く。
「せ、先生!飲み込まれちゃいますよ!」
桑はそう心配した。
「桑、何も心配する必要は無いのよ。なんだって、私たちの先生は最強なんだもの!」
黒い床がどよめき揺れる。揺れは波となり、バーゲンス先生にゆっくりと近づいていた。
いよいよ、黒き波が先生を飲み込もうと大きくなった。その瞬間だった。
「華葬、供華焼香送棺」
瞬間的な葬具の発動。
それと同時に足を飲み込まれたバーゲンス先生。桑は慌てて助けようと手を伸ばすが、ヴァミリタスにそれを阻止される。
バーゲンス先生は顔色ひとつ変えずに、そのバーゲンス先生を飲み込もうとする黒い塊を掴み、引き上げる。
「うわぁぁぁあ!」
引き上げられたのは、人。恐らく墓荒らしと思われた。ひきあげて早々にバーゲンス先生はヴァミリタスに攻撃の指示を出した。
ヴァミリタスは素早く装束に隠していた暗器を投擲し命中させ、怯む墓荒らし。
バーゲンス先生はさらに墓荒らしに至近距離で3発ほど発砲し、顔に手の甲の血をかける。
墓荒らしは暴れ、バーゲンス先生の手元から離れ闇の中へ逃げて行く。射撃による追撃を加えるが、黒いモヤによりそれを無効化された。
手の甲の血は、どうやら相手の顔にかけ視界を封じる目的があったようだ。
部屋を支配する闇は解け、元の狭い狭い、玩具倉庫が戻ってきた。
バーゲンス先生の足は解けた暗闇と共に消え、大出血。きっと、バーゲンス先生の足は今頃地下の下水道にあるだろう。
「せ、先生ぇ、足が!」
桑は駆け寄った。
バーゲンス先生は足を再生、立ち上がる。
「私が足掻く限り、私は死なねえよ。安心しろ」
その"足掻く"がどう言う意味かよくわからないが、先生は桑にそういうと、ヴァミリタスを呼びつけた。ヴァミリタスはやっと自分の出番かとウキウキで奥のドアへ近づく。すると、ドアの先…裏口の先を指差して言った。
「この道を右に曲がった先に、奴はいるわよ!」
桑たちは、裏口から出て行き墓荒らしの後を追う。意外にも距離は長く、やや暇であった。
その空気感に桑は耐え切れなくなったのか、口を開く。
「あの、なんでその"墓荒らし"の場所がわかったんです?」
ヴァミリタスはそれを聞いて、ほんの少し驚くと、バーゲンス先生に耳打ちする。
「バーゲンスさん、私の事、何も教えてないの?」
「忘れてた」
ヴァミリタスは少ししょんぼりした顔で言った。
「私の葬具の力よ」
商店街に出る真昼間だと言うのに、人は何処にも居らず、がらんとしていた。ただ寂れた街道を歩く三人。
その後に新たに続くものが居た。