14話 THE BOY STRUGGLES TO HELL
デビットさんは、とある会議に出席させられていた。会議の名前は「日本支部対大死徒議会」。読んで字の如く、大死徒への対策委員会だった。
「デビット君、君の報告文書を読ませてもらった。なんなんだこれは、馬鹿げている。」
そう話すのは対策議会会長。議会長であり、この葬人協会淋小卓町支部の支部長でもあった。
デビットの報告文書について、文句が言いたいようだった。
「大体、なんだこれは!?
8のロマは墓荒らしの葬具によって操られているダァ?お前はこの大事に何を言っている、この地区の戦力をかき集めてなお苦戦を強いられる大死徒をだぞ!」
「…はい、おっしゃる通り馬鹿げていると思います。ですが、私の葬具、"廻葬、廻神黄泉繰"の副効果で過去と未来の映像を繰り返し見ましたが、どうもそうとしか見えないのです。」
デビットはそう返す。
会長は、どうも納得いかないようだった。
ロマを止められなかったのは、どうやら自身の失態と考えているようだった。
桑はとある焼け跡にやって来た。それは、桑の元いた家。桑は黒装束を纏うと、すぐに何かを探し始める。
探しているのは、家族写真。
桑は昔、交通事故で家族と記憶を失った。
顔も覚えていない、血のつながっているはずの家族。彼らとの、唯一の繋がりなのだ。
「だめだ…」
しかし、今日も見つからなかった。
どこかに消えてしまったのだろうか。
桑は立ち上がり、バーゲンス先生との集合場所へ向かった。
「よし、時間通りに来れたな。」
バーゲンス先生が集合場所にやって来た。今日の訓練はやや座学寄りだと聞いていた。どんな物になるのだろうか。
「よし、じゃぁ桑。ついて来い。」
桑はバーゲンス先生に、人気の無い空き地まで連れてこられた。すると、あの拳銃をどこからともなく取り出した。
「まず、これは葬器と言う。死徒に最もダメージを与えることのできる武器だ。
お前には、これをやる。」
バーゲンス先生は、桑にとある剣を渡した。
「こ、これは…?」
それは気持ち程度、鍔や柄に装飾が施された細身の剣だった。これがいわゆる葬器。
「じゅ、銃とかじゃないんですか!?」
「1発8000円だぞ。お前が必中必殺でやれるなら買ってやっても良い。」
「遠慮しときます…」
桑は苦笑いした。
しかし、先ほどバーゲンス先生の発言が気になった。"死徒に最も効率よくダメージを与える"、どうにも葬器でなくともダメージは入るような言い方。
桑は聞いた。曰く、"通るには通るが、ミサイル1発でデコピン1発程度の火力になる"だそうだ。つまり、足止めにもならないと言うこと。
元々、死徒というのは概念的な生き物。悪魔という、概念的な敵を祓うことができる祓魔師の術が存在するように、死徒もまた、死徒を祓うための葬人の武器があるのだ。
経済的にも、葬器で殴るのが一番だろう。
「あ、あと葬器一個あたり8億はするから、扱いには気をつけろよ」
桑は冷や汗を流した。
この細身の剣、身長168センチの桑でも軽く感じるほど軽量な剣だ。だが、今の桑には、とても重く感じられた…
続いて、路地裏の建物の上へ行った2人。下を見下げると、死徒がいた。
発生したのは一体、従来の黒い固まりの姿をしている死徒だ。その死徒のいる
「今日の座学はもう一つ、葬具についてだ。桑、前にした説明、覚えているか?」
「ええと…"葬人のごく一部しか持つことのできない最後の切り札"で、"1発で状況をひっくり返せる、銀の弾丸"でしたよね…?」
「ああ。」
葬具とは、言ってしまえば"人生の答え"だそう。その人にとって、どんなことが葬いであるのか、どんな死に様が人生の答えなのか、ただ自身と向き合い、死に向き合い、失った者に向き合い、その果てにやっとその手にすることのできる能力、それが"葬具"。
きっと、死人と歩む人生に答えがあるのなら、それはきっと幸福なものだろう。
「人生の答え…死に様が答え…?なんだか、すごく難しそうに感じます。」
「初めは皆そう感じるだろうな。」
桑は何も特別な生まれではない。悲しき宿命を背負うような人でもない。
ただ、家族や家を失っただけの、少年なのだ。
「生きていれば、何れ答えは出せる。ま、今は耐え忍ぶんだな。」
すると、バーゲンス先生は桑を下へ突き落とした!突然の出来事に、桑は一瞬脳が考えるのを停止してしまったが、素早く体勢を立て直し地面に着地。三階建ての建物から突き落とされて無事なのは、バーゲンス先生による葬人流の鍛え方のおかげだろう。
「な、何するんですか、先生ぇ!」
「はは、すまんね。
本格的な実戦だよ、お前なら勝てるはずだ。」
そうバーゲンス先生は言った。
左手には銃。きっと、ピンチになれば助けてくれるのだろう、そんな淡い期待が桑の頭の中を埋め尽くす。
しかし、現実はそう甘くは無かった。
「おい、なにこっち見てんだ。避けろ!」
桑は、桑目掛けて飛んできた死徒の触手を上に飛んで躱す。葬人は軽装故、一撃で死に至ることもある。
桑は剣を構えて走り出す。
構え方など知らない、だが見様見真似でやるしかなかった。細身の剣を右手に持ち、腕を上げ顔の横に剣を置き、刀身に左手を添える。
昔、姉と見たファンタジーアニメの剣の構え方だ。うろ覚えだが、たしかこう構えていたはず。途端、触手の突きが来る。
桑は跳び箱の要領でそれすら躱し、触手の上へ。死徒胴体部へ駆け上がる桑。
(ふむ…戦闘センスはピカイチ、一人で死徒相手にここまでやるか…ポテンシャルはかなり高いと言えるな。やっぱ、アレが効いていたか?)
左右からも、突きを喰らわせようと触手を放つ死徒。しかし桑はそれらも間一髪で躱す。
ここまでに、桑の身体能力が向上しているのは、訓練時摂取している物にあった。
桑は筋トレの際、必ずバーゲンス先生に飲まされているものがあった。それは、白い粉。
その白い粉を、大昔から葬人達は摂り続けて来た。主な成分はタンパク質や脂質。
ここまではプロテインとなんら変わりは無い。
だが、唯一決定的で、尚且つ禁忌的な違いがあった。それは…
(死徒の粉が。)
そう、死徒の粉。
これは葬人協会が直々に行なっているトレーニング方法である。
死徒の体を作る物質には特殊な効果があった。
それは、摂取した動物の身体能力を底上げするというもの。
底上げと言っても、大幅に上昇する訳では無い。ただ身体能力の"底"を上げるのだ。
人や動物の身体能力は、日によってばらつきがある。
体調が悪い日は激しく動くことができなかったり、逆に体調がすぐれている時はいつもよりも激しく動くことができる。
この死徒の粉にはその"体調が悪い日"のパフォーマンスを向上させる効果があるのだ。
死徒とは、人が死を恐れ、その死の恐怖から生まれた存在。人の"負"に生まれ、"負"を吸収し生きる概念的生物、死徒。その粉には、宗教的な意味合いとして魔除けがあるほか、そう言った人に対して有益な効果もあるのだ。
桑は死徒の職種を登り詰め、本体部にバットを振る要領で、剣を叩きつける。
死徒には効いていたようで、死徒は暴れ桑は振り落とされた。
無情にも撃破とはいかなかったが、致命傷なようで、触手の動きはかなり鈍化していた。
しかし…
「ん、流石に不味いか…?」
振り落とされた桑に、数本の触手が襲いかかる。いくら遅くなったと言えど、逃げ道を無くされるほど来てしまっては避けようがない。
(一か八か…!)
被弾を最小限に抑えれるように体を反り、避けられない触手は剣で流す。
桑の肌を薄く、広く裂いて伸びる触手。
幸いにも、腱や血管は切れていなかった。
桑は触手を切り払おうとしたが、触手は想像よりも遥かに硬く、今の力量ではとても切断できるとは思えなかった。
すると、触手は徐々に桑を締め付け始める。
万力で全身を挟まれているような感覚に、桑は圧殺されようとしているような、緊迫感を覚えた。いや、死徒は桑を圧殺しようとしているのだ。
苦しい___
刹那、姉の顔が桑の脳内に浮かべられる。
そのひとは桑が生きて来た中で、唯一心を開いた人物だった。
『苦しむ人には、手を差し伸べれる人が好きだな』
そんなことを言う姉が脳裏に浮かぶ。
貶しているわけではないが、"綺麗事"という言葉がよく似合う姉であった。
綺麗な鼻筋、綺麗な心、綺麗な愛…桑には眩しいと感じるほどの姉であった。
そんな人を、桑は一番助けたかった。
希望に届かぬ手を握り、絶望の中から引き上げる。
___桑は苦しみの奥底、
確かに何かを掴んだ。
途端、2発の銃声が響く。
塵となっていく死徒の触手。
バーゲンス先生のものだった。先生は桑の元へ降りる。
「初めてにしてはかなり上出来だ、動きも良い。ただ、マジの実戦なら、触手で囲まれた時点で死んだも同然、誰も助けれるほど強く無いんだ。」
「はい!」
桑は上がる息を抑えながらなんとかそう返す。
バーゲンス先生は桑の傷を葬具の副効果で癒してくれた。掴みかけた何か、それが一体なんなのか、桑には知る余地もなかった。
「懐かしいねぇ、私もよく新人の頃は怪我をした。」
そう懐かしむバーゲンス先生。
桑の傷が完全に癒えると、立ち上がり、桑に尋ねた。
「さて、桑。宿題だ。」
「宿題…?」
それは桑のこの世で嫌いな物リストの最上位を勝ち取った物だ。桑は死の淵から助けてくれた恩人に、げっと顔を顰めた。
曰く、難しい宿題では無いようだ。
その宿題というのは…
「お前は、なんのために死徒を葬る?」
桑は、顔を顰めた。