第8話 プリン
───これは、SMクラブのメンバーである枕田胡蝶が引き起こした事件の後日談───というか、後処理だった。
黒いローブを着た浮浪者のような髪型をした男性に触れられて、枕田胡蝶が死亡したことで、事件は終了した。
枕田胡蝶を性癖で殺害したと思われる男性は、どこかに逃亡していってしまった。
俺とカスミ・京子さん、そして車を運転してくれていた国重さんは事故の事もあったために、増援が来る事を待って、その場で過ごしていたのだった。カスミは、『正愛』に所属している訳ではなかったけれど、今回の事件の重要参考人として色々と話を聴くつもりだった。
怖い思いをしただろうし、カスミを一人にさせたくなかった───というのもある。
俺は、カスミと手を繋いで増援を待っていた。
「───若いな、アイツラは」
後から聞いた話だが、俺とカスミのことを遠くで見ている国重さんが交通規制をしながらそう呟いていたようだった。
「いいじゃないですか、実際若いんですから」
その手伝いをしている京子さんもそう話していた。
「そんなことより、タバコ。事件現場なんですしやめてください」
「うっせぇ、吸っとかないと落ち着かない質なんだよ」
国重さんは、結局眠っている時以外ずっとタバコを吸っていたらしい。
───そして、『正愛』から増援がやってきて、事故の処理だったり枕田胡蝶の死体の輸送などを送ってくれた。
事故を起こした国重さんは、枕田胡蝶の仕業ということで、どうにか落ち着いたようだった。
それが、枕田胡蝶との戦いの場で起こった全てのお話である。
───そして、翌日。
俺は、京子さんに言われて月曜日を振替として土曜日も『正愛』のアジトへ仕事に行くことになった。
まぁ、午前中で帰っていいと言われているし、月曜日は丸々休んでいいらしいので、休みが増えたと思えばいい。カスミも、事件のことだということで、休みが急遽変更したことにも納得してくれた。
「さて、お集まり頂きありがとうございます。純浦廉さんに、猫又ほのかさん」
「はい」
「にゃあは別に集まる必要はにゃいと思うんだけどにゃあ」
「いえ、田村一家殺害事件の犯人である長縄丈さんを捕えて後処理まで行ってくれた猫ほのかさんにも、必要な話です」
「にゃはははぁ、そんにゃに褒めても出ないにゃあよ?」
「一先ず、昨日はお疲れ様でした。SMクラブのメンバーを見事減らすことができました。もっとも、悲しいことに情報は聞き出せませんでしたが...」
SMクラブは、基本的に少数精鋭という形を取っているので、人数が少ない代わりに猛者が集まっているのだった。その猛者の一人を減らせただけでも、かなり大きな進歩だろう。
「幸いなことに、政府とSMクラブは癒着していませんので、思う存分逮捕できますし、任務も遂行できます」
京子さんは、しっかりと話をしてくれる。
「そして、昨日の枕田胡蝶が引き起こした事件は、何事もなく終りを迎えました。もし、あそこで止められていなければ───または、誘拐されたのがカスミさんで無ければ、きっと誘拐されてしまっていたでしょう」
誘拐されたのが、カスミだからよかった。
───いや、そもそも誘拐されること時点で良くないし、カスミが誘拐されてしまっては俺の心臓にも良くない。
俺が『正愛』の一員であり、すぐに駆けつけられたことと、カスミが誘拐されたことが重なって助かったのだ。今回の事件が何事もなく止められたのは、奇跡だとも言えよう。
「それと、死体解剖の結果ですが、枕田胡蝶の死因は『変死』だそうです。例えるとするならば、体から魂が抜けていった───といった感じだそうです。外傷内傷共になしで、尚且つ心臓発作や脳震盪等の突発性の病気でも無いようです」
「変死...か。となると、やっぱり性癖の可能性が高そうですね」
「そうですね。触れただけで殺せるとなると...かなり、生活しづらそうですけれど」
「随分とエグい性癖を持ってる人もいるにゃんねぇ」
そう言いながら、冷蔵庫から勝手にプリンを持ってきて口に運んでいるのはほのかだった。
「あ、俺のプリン!」
「食べていいって言ったにゃーん」
「それはそうだけどよ...」
その時。
”ピンポーン”
俺達のアジトのチャイムが鳴る。チャイムが鳴ったということは、裏から来たということ───要するに、何かが届いたようだった。
「京子さん、何か頼みましたか?」
「いえ...私では無いです。もしかしたら、今来てない3人の内の誰かが頼んだかもしれませんね」
「レン、取ってくるにゃん」
「あ、純浦廉さん。お願いできました?」
「わかりました」
ほのかだけにお願いされた時はやる気が出なかったが、京子さんにお願いされてしまっては反論の言葉が出なくなる。
俺は、荷物を取りに行った。すると───、
「───純浦廉さん...ですか?」
「は、はい。そうですけど」
「アナタ宛でプリンが12箱注文されていて、合計1万5000円の現地払いなのですが...」
「あ、もう届いたにゃん?最近の宅急便って早いにゃんねぇ!」
「プリンって...ほのか、お前、頼んだのか?」
「そうだにゃん。{ほのか、プリンでもにゃんでも買ってやるからそっちは任せた!}なんて言われたから、最高級のプリンをたくさん買ったにゃん!」
「お前なぁ...」
配達員さんに悪いので、俺は1万5000円を仕方なく払った。結局、経費で落ちるまでもないから俺のポケットマネーが減ったのだった。
───これが、SMクラブのメンバーである枕田胡蝶が引き起こした事件の後日談の、俺が知る全てである。