第6話 誘拐犯
「カスミを返せ!」
吐き出されるように車から飛び出た俺と京子さん。その車の上にいたのは、ピエロのようなメイクをした紫色のパジャマに身を包んだ、俺の恋人であるカスミを左手で担いだ人物だった。俺は、その人物の名前を聴くこともなく、その人物の足を掴もうと試みる。
車が行き交う道路に、俺達の乗る車が突っ込んでいったから、事故が起こり周りの人物がざわめき立っている。
「カスミを返せ、お前!」
「嫌です。返せと言われて返す馬鹿も、止まれと言われて止まる馬もいませんよ」
「じゃあ...戦闘だ」
俺は、[純愛]の能力で愛エネルギーの刀を作り出した。
「純浦廉さん!刀を使うのは待ってください!藤原香澄さんがいます!」
「───ッ!」
俺は、刀を携えたまま後ろに下がる。カスミを人質にされている今、迂闊にその男に近付くことはできない。
「まぁまぁ、そう興奮しなさんな。睡眠不足になりますよ」
「俺の安眠の心配をするのなら、すぐにカスミを俺に返せ」
「残念ですが、それはできません。若い女ってのは海外で高く売れますので」
「───お前らッ!」
左手で担いでいたカスミのことを、ヒラヒラと見せつけながら辺りを見回している誘拐犯。
「お前...名はなんという?」
「ゆめゆめを教えるつもりはございません」
「純浦廉さん、彼の名前が『正愛』のデータベースから見つかってます!彼の名前は枕田胡蝶!性癖は[睡姦]です!」
「名前がバレているとは...まぁ、目立つ格好ですのでしょうがないでしょう」
その人物は、ニンマリと笑顔を見せて俺の方を見る。
「アナタにとって、この女性は大切な何ですか?」
「教えてやるかよ!お前が名前を言わなかったように俺もお前に教える義理はねぇ!」
「本命ですか。わかりやすいですね」
恋人であることが、バレてしまっている。京子さんが、俺の隣にまでやって来ていた。
「車を運転してくれていた斎藤国重さんは眠らされてしまったようです」
「そうですか。では...」
「はい。枕田胡蝶の性癖である[睡姦]は、相手を眠らせる能力でしょう...」
睡姦・・・任意の相手を眠らせることができる。また、任意のタイミングで起こすことも可能。
「と、するとカスミも今は眠らされているということか?」
「えぇ、そうなるでしょう」
「そうか...」
できれば、カスミは眠ってもらっている間に事件を解決させてしまった方がいいかもしれない。
「夫か彼氏かはわかりませんが、そこのお兄さん。恋人の声が聞きたいですか?起こしてあげることも可能ですが」
「───何故、そんな条件を出す?そっちの目論見はなんだ?」
「武装を解除していただきたいな……などと」
「そんな要望飲み込むわけ無いだろ。お前がカスミを担いでここまでやって来たのが夢のような話なんだ。ここでお前を逃がすなんて行為、痴人の前に夢を説くことよりも馬鹿げている」
「あくまで、武装を解除するつもりはないと...いいでしょう。夢に前で見た全面戦争です」
───そして、指パッチンが響く。
「純浦さん!」
”バンッ”
「うおっ!」
俺は、京子さんに突き飛ばされて、更に後ろに転倒してしまう。と───
「おい...」
目の前に倒れている京子さん。まさか、死んでしまったのかと確認すると、そんなことはなく京子さんは唯眠っていただけだった。
起きているのは、俺だけ。要するに、俺はギリギリ能力の範囲外に逃げれたのだった。
これも、京子さんが性癖である[メガネ]で数瞬先の、変更可能な未来が見えていたから───だろう。
「随分と、しぶといですね。赤子はもうおねんねする時間ですよ?」
「俺は赤子じゃなくて青年だ。そして、おねんねするのはお前だ」
───と、カッコつけて言ってみるものの俺にできるのは威嚇することくらいだった。
「生きの良い青年だこと。イキって楽しいか?恋人は寝ているのだし、惨めでも真面目でも問題ないと思うが」
「───そんな訳にもいかねぇ」
そう、ここで黙ってしまえばなぜだか眠ってしまいそうだった。どうにかして、カスミを取り返さなければ取り返しがつかないことになりそうだった。
京子さんも、国重さんも眠ってしまっているし、周りの一般人を巻き込むことはできない。
恋人のこともあるし立場的なこともあるし、俺がどうにかするしかないのだ。ほんの一瞬、一瞬の隙さえあればどうにかできる。
「───ならば」
”ダッ”
俺は、剣を持った状態で動く。事故が起こったこともあり、喧騒に包まれている今、俺は足を動かして枕田胡蝶の方へ移動する。そして、車の前でジャンプしてボンネットの上に乗り、カスミに触れようとする。
───が、それを見越してか両手でカスミを上に持ち上げる枕田胡蝶。
ここで、完全に回収はできない。だけど、両手を挙げているので枕田胡蝶の足元はがら空きだった。
俺は、腰に携えていた[純愛]の能力でできた刀を振るう。
「───うおっ!」
車の上で、ジャンプをしてどうにか俺の刀を避ける枕田胡蝶。だが、着地は上手く行かなかったようだった。
「クソッ!」
俺は、刀を解除して枕田胡蝶の手から離れるカスミをキャッチした。
そして───
「んん...レン?」
カスミが、目を覚ましたのだった。