第1話 その男
こんにちは、花浅葱です。
これからよろしくお願いします。
「ぐへ...ぐへへへ...残念だな、もうお前の逃げる場所はねぇよ」
「───い、いや...誰か、助けて...」
筋骨隆々としたチンピラのステレオタイプのような男性が、街頭の光が届かない繁華街の路地裏で、女性にそう声をかけていた。
「本当に残念だ。お前を助ける人だっていない───」
「残念なのはお前のその小さな脳みそだ」
「───お前はッ!」
突如として、その筋骨隆々としたチンピラの男性の後ろに現れたのは、スーツを着た一人の男性だった。
「『正愛』所属のコードネーム[純愛]が相手してやる」
「───な...『正愛』のお前が、お、俺に何の用だ!俺は今、この嬢ちゃんとお話を───」
「た、助けてください!」
「こんの、アバズレがッ!」
コードネーム[純愛]と名乗った男性は、首から提げていたロケットペンダントを開いて、その中にある女性の姿を、その双眸に焼き付けた。
「助けを求めている人物を放っておく訳にはいかない」
「クッソ...こうなったらしょうがねぇ!返り討ちにしてや───」
───刹那。
「───有罪」
その直後、筋骨隆々としたチンピラの首が、つい先程まで腰に携えているわけでも、手で持っている訳でもなかったはずの、エネルギーの塊のようなものでできた日本刀でバッサリと斬られる。
「───あ...が...」
「この国の秩序は俺達だ」
───これは、筋骨隆々としたチンピラに制裁を下したコードネーム[純愛]が、悪人が跳梁跋扈する世界で愛を貫く物語である。
***
「おーっす、ただいまー」
筋骨隆々としたチンピラに制裁を下した時の印象と違い、緊張感の無い声で『正愛』のアジトに戻ってくるのは、コードネーム[純愛]───俺だった。
と、自分のことを[純愛]などと呼んでいるのはかなりキモいだろうから、皆には本名を明かしておく。
俺の名前は純浦廉。現在26歳で大学を出た後は、ここ対性癖実働部隊『正愛』に所属している。
───と、性癖というのは、人間が生まれながらにして持っている、言わば異能のようなものだった。
その異能には、その人の性的な趣味嗜好が反映されるので米国が「LOVE IT」と名付け、日本では「ラヴィット」と訳され、「性癖」という漢字表記までできたのだ。
まぁ、今は『正愛』が、悪い異能を使う人物達から善良な国民を守るヒーローが集まった組織だと思ってもらって問題ないだろう。
「───あ、おかえりなさいニャン」
そう言って出迎えてくれるのは、俺と同じく『正愛』に所属してるコードネーム[ケモノ]である本名猫又ほのかであった。
全身が猫の姿をしているが二足歩行の彼女は、ファンタジーの世界で言うと「獣人」と称せるだろう。
しかも、猫耳・猫しっぽで収まらない全身毛むくじゃらであるので、”ガチ”の方だった。彼女自身、好きで獣人の姿をしているので、俺達は特に何も言うことはない。
彼女の性癖が「獣人化する」というもののように、俺にも性癖というものはあった。
まぁ、直球の言葉にしてしまえば「純愛」で、その能力は「愛する者を思えば思うほど強くなる」というものだった。俺には結婚を前提にお付き合いしている恋人がいるし、彼女の写真はロケットペンダントに入っているので、それを見るだけでもかなり強くなれるのだった。
「今日はどの馬が勝ったかにゃあ?」
「別に、俺は競馬には行ってねぇよ」
「じゃあ、どの男がレンとほぼ全裸で体をぶつけあっていたかにゃ?」
「俺はホモじゃね───って、違う!俺は相撲取りって訳でもない!」
危ない、ツッコミを間違える所だった。俺は至って健全だ。そういう、卑猥なツッコミはしないわけで。
「俺がしてたのは仕事だよ」
「ヤマトタケルノ?」
「それはミコトだ!」
「お見事、ナイスツッコミにゃ!」
「───んで、もう遅いし荷物を取りに戻っただけだから、俺はもう帰るからな」
そう、俺はちゃんと実家暮らしではなく独り立ちしているし、家も有る。家と職場の移動が面倒だからという理由で、ここに住み着いているほのかとは違うのだ。
「プリキュアでも見るのかにゃ?」
「今日は日曜日の朝8時30分ではねぇよ」
「じゃあ、怪盗セイント・テール?」
「絶妙に古いな!それは多分、お前世代だろ!俺は、帰りを待ってるカスミの元に戻るんだよ。あんまり遅いと心配すんだろ」
カスミ。それが、俺の恋人の名前だ。
「───それもそうだにゃんね。競馬で負けて黒服に連れて行かれてないか不安になるにゃん」
「どうして世界線がカイジなんだよ。浮気の心配をしろ」
「レンの性癖が純愛ってことくらい、レンの彼女だってわかってるはずにゃん」
「それはそうだけどよ...」
「んま、どっちにしろ早く帰ったほうがいいにゃん。そっちの方が静かだし」
「誰がこんなにツッコませたんだよ」
俺はそうツッコミを残すと、『正愛』のアジトを出て、家に帰ることにした。
ちなみに、ほのかがこうやってボケを振ってくるのは日常茶飯事のことだった。
『正愛』のアジトから家までは、電車を乗って30分程のところにある。俺の家は、小さい一軒家であった。