37.ノワールとルーチェとジェイドさん
1話にまとめようと思ってた内容が大分長くなりそうだったので、数話に分けて投稿します。
「ノワール、ルーチェ、おはよう」
「おあよ~」
「ん」
2人を起こして挨拶を交しながら、身支度を整える。
2人とも昨日はずっと机に向かっていてあまり動いてないとはいえ、ずっと集中していて疲れたのか夕飯を食べた後すぐに眠ってしまった。もちろん、お風呂には入ったけど、入っている最中はずっと眠気と戦っている様子だった。
お風呂から出てベッドに横になったらすぐに寝息をたてていた。途中目を覚ました様子もなく、朝までぐっすりと眠っていた。
熟睡したからか、今日は疲れている様子はない。
そんな2人に安心しながら朝のルーティンをこなし、ご飯を食べて外出用の服に着替えたら、早速冒険者ギルドへと向かった。
ノワールとルーチェと手を繋いだまま、冒険者ギルドの中へ入る。
ギルド内は朝というのもあって、依頼を受けるための冒険者がたくさんいた。受付にもたくさん人が並んでいる。ただし、1箇所を除いて……。
他の受付は10人近く並んでいるのに対し、そこは2、3人ほどしか並んでいない。
いつものことなのであまり気にせず、俺達も1番空いている受付の列に並んだ。
そんなに待つことなく、前の人達がいなくなったため俺達の番になった。
「おはようございます。ジェイドさん」
「ユヅルさん、おはようございます。子ども達も一緒に来られたのですね」
冒険者ギルドの受付は子どもにとっては高い位置にあるため、受付の中からノワールやルーチェの姿は見えないはずだ。それなのに、2人がいることが分かるってことは、俺達がジェイドさんの所に来る前からギルドに来たのを見たのだろう。
2人の身長は年齢に比べてかなり小さい。2人が背伸びをしてやっと受付から顔が半分出るくらいだ。
「ノワール、ルーチェ。この前会ったけど、覚えてるかな?冒険者ギルド受付のジェイドさんだよ。2人とも挨拶はできる?」
2人と目線を合わせるために一旦しゃがみこむ。2人とも頷いたので、両腕で2人を抱きかかえて立ち上がった。
「おはようございます。確かノワールさんとルーチェさんでしたよね?冒険者ギルドで受付を担当しているジェイドです。ユヅルさんとは仲良くさせていただいています。よろしくお願いしますね」
いつもほとんど表情が変わらないジェイドさんだが、2人が子どもであるからか表情は変わらなくても怖がらせないように優しい声色で2人に声をかけてくれた。
2人は1度お互いに顔を見合せた後、ジェイドさんの方を見て、それぞれ挨拶を返した。
「おはようごじゃいましゅ……。ぼくはノア」
「おはよう……ぼく…ルー」
まだ俺以外の誰かと話すことに慣れていないから、少し素っ気ない感じにはなってしまったけど、前ほどの警戒心はないように感じた。
ただ、俺の服を手でギュッと掴んでいるからまだ怖いと感じてはいるのだろうけど。
「ノアさんとルーさんですね。素敵なお名前ですね」
「すてき……?」
「はい」
「ゆづにい、すてきらって」
素敵な名前だと言われて嬉しかったのか、ノワールが俺の顔を見上げてニコッと笑った。
内心驚いていると、ノワールはジェイドさんの方に向き直り、ジェイドさんと話し続ける。
「じぇろ……じぇーろ?…じぇ……」
「ジェイドです」
「じぇーろ…じぇいろ?」
ノワールは生まれた時から奴隷商人の所で暮らしていた。そのため、ほとんど人と話す機会がなかったことでなかなか上手く発音できないことがある。
出会ったばかりの時よりは、俺やルーチェと話すことが増えて少しずつではあるがきちんと話せるようになってきている。それでも、まだ舌足らずな話し方になってしまうことがある。
ノワール本人はジェイドさんと呼びたいのだろうけど、なかなか上手く言えないみたいだ。
「難しい時はジェイドじゃなくても大丈夫ですよ。お好きなように呼んでください」
「う……ごめんらさい。ジェロでも、いー?」
「はい」
「ありがと。ジェロおにいちゃん」
なかなか上手く呼べないノワールにジェイドさんが助け舟を出してくれた。
ノワールは上手く名前を言えないことに謝りながら、ジェイドさんをジェロさんと呼ぶことにしたみたいだ。
今は呼ぶのが難しくても、毎日俺やルーチェと話すことでいつかは上手に話すことができるようになるだろう。ノワールはよく話してくれるから、きっと大丈夫だ。
ノワールは家にいる時、よく俺やルーチェに話しかけてくるし、話すことが好きみたいだけど、ルーチェはその逆に近い。
全く話さないことはないが、ノワールほど話したりはしない。質問すればきちんと答えてくれるし、分からないことや気になったことがあれば自分から聞いてくる。でも、家で過ごしている様子を見ているとどちらかというと静かな印象を受ける。静かなのは両親から受けていた扱いが影響しているのかもしれない。
ノワールも勿論他人に対しての警戒心は高いが、ルーチェはノワール以上に高い気がする。今もノワールは怖いと思いながらもジェイドさんと話しているが、ルーチェはただじっとジェイドさんを見ている。
もしかしたら、信頼できるかどうか判断しているのかもしれないな。
2人のことを表すと、ノワールは動でルーチェは静といった感じだろうか。
まだ2人とも幼いし、成長したら変わるかもしれないけど。なんとなく、将来ノワールは明るく活発で社交的、ルーチェはクールで知的な人になるような、そんな気がする。
「ジェロおにいちゃんのめ、きれい」
「目…ですか?」
「うん!みどりできらきらしてゆ!」
ノワールはジェイドさんの目を見つめながら言った。
そういえば、初めてここに来た時にもジェイドさんを見つめていた気がする。最初に会った時は耳が長いことを不思議に思っていたっけ…。
「るーもジェロおにいちゃんのめ、きれいだよね?」
「……ん。みどりのいしみたい」
ずっと黙ってジェイドさんを見ていたルーチェだったけど、ノワールに話しかけられそう答えた。
「緑の石?」
緑の石と言ったのが気になり、ルーチェに尋ねる。
ルーチェは俺の方を見ながら答えてくれた。
「ん。きらきらしててきれいだった。それとおなじ」
「もしかして、翡翠石のことかな?」
「………?わかんない…」
俺もジェイドさんの目は緑色でまるで翡翠のようだと思ったので聞いてみたけど、緑の石の名前は分からないみたいだ。
「どこかで見たの?」
「……ん。………むらにいたときにみたことある…」
「そっか」
ルーチェの瞳の色が少し曇ったように見えた。
その様子からこの話はあまり聞かない方がいいだろうと判断し、ルーチェの意識を別の方へ向けるため話を逸らす。
「じゃあ、今度翡翠石がある所に一緒に行ってみようか。他にもいろんな色の石がいっぱい置いてあるんだよ」
「そうなの……?」
「うん。ルーチェやノワールの綺麗な目とか髪の毛と同じような色のものもあるよ」
「………ゆづるのも…?」
「うーん……そうだね。似たような色の石は置いてあるかな?」
じっくり見たことがある訳じゃないから断定はできないけど、多分ミルクティーベージュに近い色のものがあったような気がする。
「そう、なんだ。……それなら、みてみたい…」
「うん。じゃあ、今度一緒に行こう。気に入ったものがあったら皆でお揃いのアクセサリーを作って貰うのも良いかもね」
「…ん」
ルーチェがこくりと頷いた。フード下の瞳を覗き見ても、もう曇っているような様子はない。それどころか少し嬉しそうな表情を浮かべている。
どうやら、意識を逸らすことに成功したみたいだ。よかった。
ルーチェにとって村で暮らしていた記憶は苦しくて辛いものが多かったから、思い出すと暗く沈んでしまうのだろう。
いつかは過去と向き合うべきなのだろうが、それは今でなくていい。今はただ笑っていて欲しい。
ルーチェの様子が落ち着いたので、ノワールとジェイドさんの方へ意識を向ける。2人は俺がルーチェと話している間もずっと話し続けていた。
ノワールの顔を見ると、笑顔を浮かべて何やら嬉しそうだ。
「ノワール、嬉しそうだね?」
「うん!だってね、ぼくとジェロおにいちゃんおしょろいなんだよ!」
お揃い?ノワールとジェイドさんが?
一体どこら辺がお揃いなんだろうかと考えているとジェイドさんが説明してくれた。
「ノアさんは兎の獣人なのですよね?だから、耳が長い。そして、私もエルフなので耳が尖っていて人よりも長い。2人とも耳が長いのでお揃いだと話していたのですよ」
「なるほど」
確かに2人とも耳が長い。だから、ノアはお揃いだと言ったのか。
ジェイドさんが説明してくれたことで理解できた。
ノワールは自分と同じように耳が長いことが嬉しかったんだな。もしかしたら、最初会った時にジェイドさんの耳を気にしていたのはそういう理由があったのかもしれない。
それにしても、ノワールがこんなにジェイドさんと話すとは想像していなかった。最初よりも警戒心が薄れているようにみえる。
自分との共通点を見つけたことで、警戒心が緩んだのかもしれないな。いい傾向だ。
「ノワールはジェイドさんと仲良しになったんだね」
「なかよし…?ん~……うん!ぼくジェロおにいちゃんとなかよし!」
ノワールがニコッと笑った。
よかった。このまま他の人とも怖がることなく話せるようになるといいな。




