35.黄金の瞳
新しい家に引っ越してきてから、3人で買い物に出掛けたり、庭の草むしりを一緒にしたり、家の中でゆっくりしたりとのんびりとした日々を過ごしていた。
冒険者業はしばらくの間休業なので、3人で毎日のんびりと暮らしている。冒険者として働いていた時は自分の家なんてなかったし、泊まる時はいつも宿屋か野宿だった。だから、ほとんど外にいる時が多かったし、家でのんびりと過ごすことなんてあまりなかったように思う。
ノワールとルーチェも段々とこの家での生活に慣れてきているみたいだ。
今、俺は2人がリビングで遊んでいる傍で、ソファに腰掛けてゆっくりと本を読んでいる。本は魔法に関する本だ。
ページを捲り、本に視線をやったままテーブルの上に置いてあるカップに手を伸ばして、口元へと運ぶ。カップを傾けたところで、空っぽなことに気づいた。
もう飲みきったか…。新しくついでこよう。
読んでいた本に栞を挟んで閉じ、テーブルに置こうとするとふと視線を感じた。
本をテーブルに置きながら視線を感じた方へ目をやると、ルーチェがこちらを見ていた。
「ルーチェ…?」
ルーチェの視線を追うとテーブルに置いた本を見ているようだった。
「ゆづる、それ、おもしろい?」
ルーチェは本に視線をやったまま聞いてきた。
「うーん…俺は面白いと思うかな」
「………ぼくもよめる?」
「ルーチェも読みたいの?」
「うん」
「この本はルーチェにはちょっと難しいかな…」
「…………」
ルーチェは俺の言葉に少し落ち込んだように見えた。長い耳も気のせいか、少ししょぼんとしている気がする。
そんなにこれが読みたいのかな…?でも、流石にこれを読んでも理解はできないと思う。魔法の応用について書いてある本だから基本を知らないと理解できず面白くはない。
そもそもルーチェは文字を読むことができるのか。
考えてみれば聞いたことがなかった。この世界では読めない人もいるし、読めても書けないという人は更に多い。書くことができるとしても自分の名前くらい。
民間人は学校に通うことなどほとんどなく、識字率が低いのが現状だ。
そもそも字を読むことができなければ、本を読むなんてできない。
「ルーチェは文字を読んだり書いたりしたことはある?」
俺が尋ねるとルーチェは顔を横に振った。
となると、まずは字の読み書きか。
「ルーチェは本を読みたい?」
「うん」
「何でなのか理由を教えて貰える?」
「ぼく…ゆづるみたいになりたい」
「俺……?」
まさかの返答に驚いた。
文字を教えるのは全然問題ない。むしろ、2人の将来を考えた時のため、いずれは教えようと思っていた。
だから、ルーチェから本を読みたいと言ってきてくれたのは嬉しい。ただ、俺みたいになりたいからというのはよく分からなかった。
「ゆづるみたいにつよくなりたい」
「強く?」
「ん。まほう、つかえるようになりたい」
そういえば、この街に来るまで魔物を倒した時や掃除をした時、お風呂に入った時など俺が魔法を使っている時はいつも目を輝かせて見ていたな。
ノワールも魔法を見てすごいと言っていたが、どちらかというと剣を使って戦っている時の方が目が輝いていた。
魔法か……。
魔法を使うには想像力が必要。ほとんどの人が詠唱を必要とする。
魔法の詠唱は大体決められており、詠唱を覚えて魔力のコントロールができれば使用できる。
詠唱する上では言葉の意味を正しく理解し、想像することが大切だ。
それに、ほとんどの場合、詠唱の言葉は本に載っている。
基本、魔法を学ぶ者は師匠から学ぶか、本を読んで学ぶか、学校へ通うかの3通りがある。
生活魔法に関しては、魔力のコントロールさえできれば簡単に使うことができるので庶民でも使用している人は多く、子どものうちに親から教えられることがほとんどだ。ただ、更に強力な魔法となると他者に教えを乞う必要がある。
そう考えるとやはり文字を読み書きできることは必須になる。
「わかった。前に約束したしね。魔法について教えてあげる」
「ほんと?」
「うん。でもね、魔法を学ぶ前に文字の勉強をしなくちゃいけない。魔法に必要な知識を得るためには文字の読み書きが必要だから。文字が読み書きができるようになったら魔法を教える。それでもいい?」
「うん。がんばる」
ルーチェはすぐにそう答えた。
そんなルーチェに笑顔を浮かべながら、ノワールにも尋ねる。
「ノワール」
「なぁに?」
名前を呼ぶとブロックを使って遊んでいた手を止めて、トコトコと近づいてルーチェの隣に並んだ。
「ノワール、遊んでたのにごめんね」
「ううん~だいじょぶ!」
「今ね、ルーチェとお勉強しようって話をしてたんだ。それで、ノワールもルーチェと一緒にお勉強しないかなー?と思ったんだけど、ノワールはどうしたい?」
「ん~…るーがすゆならぼくもやる!」
ノワールはルーチェを見た後、ニコニコ笑いながらそう返事した。
「そっか。わかった。じゃあ、明日から一緒にお勉強しよっか」
「ん」
「あーい!」
今はお昼を少し過ぎた時間帯。明日から勉強するとなれば、2人の勉強道具を調達しなければならない。
時間もちょうどいいし、今から調達しに出かけるか。
2人に買い物に行くから出掛ける準備をするように声をかけると、返事をした後に今まで遊んでいた玩具を片付け、部屋に行って頭を覆い隠すようにフード付きのローブを羽織ってきた。
この家に住むようになって暫く経つが、未だに出掛ける時は2人とも頭や顔を隠す。ノワールは途中でフードを脱ぐことが多いが、ルーチェは絶対に外でフードを取ることはない。オッドアイであることを気にしているからだろう。
神様から貰った万能書で、オッドアイに関することを調べてみたら、どうやら獣人にとって目の色が違うことは忌避されることらしい。地域によって色々あるみたいだが、ほとんどが神から見離された子、厄災や不幸を招く、呪われた子という理由から迫害され、奴隷として売られ、生まれた瞬間に殺される者もいる。貧しい村などでは生贄とされることもあるそうだ。
…………酷い話だ。目の色が違うだけということが理由で命を散らされるなんて……。
ただ、万能書にはオッドアイではなく、目の色に関して気になる記述があった。今の時代ではほぼないに等しいが、黄金の瞳を持つ者は天族の血を引いていると書いてあった。
今は姿を見せることはないが、大昔は天族が地に降りて来ることがあったそうだ。その際に地にいた者と契り、地の者と天族の血を引く子どもが生まれることがあった。天族の血を引く者の特徴は、瞳の色が黄金色であること。天族が地に降りたっていた時代は、黄金色の瞳を持つ者が何人かいたらしい。だが、天族が地から消え去ってからはその血も徐々に薄まり、今では黄金の瞳を持つ者はいないとされている。
大昔のことであるため、この世にこの事実を知る者もあまりいないだろう。知っているとしたら、歴史に詳しい専門家や王族くらいではないだろうか…。
万能書から黄金の瞳を持つ者は天族の血を引く者であるという事実を知り、改めてルーチェの瞳の色を見た。ルーチェの瞳は左が青で右が金色をしている。
右目は金色ではなく黄色なのでは?と考えたが、じっくり見ても黄色とは違うという印象を受けた。光の加減でも変わるとも思ったが、明るい場所で見てもやはり黄色ではないと感じた。
ルーチェの金色の目は、黄金の瞳なのか…。
見た目だけでは、どうにも判断ができない。
もっと詳しい情報が知りたい、区別できる別の特徴はないのかと思い、更に万能書を読み進めていくと………あった。
天族の血を引いた黄金の瞳を持つ者の特徴。それは、"癒しの力"を使うことができる。
癒しの力というのは、天族だけが使うことのできる力で、怪我や病気を治すことができる。これだけだと聖魔法と同じじゃないかと思うが、違う。癒しの力は死んだ者を蘇らせることができる。聖魔法では怪我や病気は治せても死んだ者を生き返らせることはできない。でも、癒しの力は魂さえあれば肉体が滅んでいようとも死んだ者にもう一度生を与えることができる。
万能書にはそう記されていた。
生を与えるなんて、そんなのまるで神様のようだ。人にとって過ぎた力だ。
万能書に書いてあることは全て事実。
もし、ルーチェに癒しの力があったとしたら……。
そう考えたらゾッとした。決してルーチェが怖い訳ではない。怖いのは、ルーチェに癒しの力があり、それを知られた時のことだ。
誰だって死ぬのは怖い。でも、癒しの力があったら?
絶対に多くの者がルーチェを……ルーチェの力を欲しがるだろう。
そうなった時にはどんな手段を使ってもルーチェを守らなくてはならない。何があっても守ってみせる。そう、誓った。
まだそうなると決まったわけじゃない。でも、用心しておくことに越したことはないだろう。
ルーチェにはまだ黄金の瞳について話すつもりはない。まだ人に対する不安や恐怖を拭いきれていないから、余計な不安や負担を与えたくない。
もし、ルーチェに伝えなくてはならない時が来たら、その時は最大限に俺はルーチェの味方であり、不安や恐怖を感じることがないよう努めるつもりだ。
心配はあるけど、今はただ、子どもらしく元気に過ごしてくれればそれでいい。
そんな思いを抱えながらも表に出すことはせず、いつものようにノワールとルーチェと手を繋ぎ、明日から勉強するのに必要な物を調達するために出掛けた。




