25.隠し子じゃありません。
「ユヅル、ついた?」
ルーチェが俺の袖を引っ張りながら聞いてきた。
「うん。ここがこれから俺たちが暮らすレガメ街だよ」
「おっきい!」
ノワールも目を見開いて驚いている。
リエゾンと比べたらレガメの方が王都に近い分、街の規模が大きい。それに、子どもからの目線だと大人が見るよりも街門や街を覆っている外壁が大きく見えるのもあるだろう。
ネッドさんが門番に身分証を提示し、街門を通ってレガメ街内へと入る。ノワールとルーチェは門を見たり門番を見たりとあらゆる所に視線を動かして忙しそうだ。
門を通り過ぎ、馬車がたくさん止まっている少し開けた場所で荷馬車を止めてもらい、俺とノワールとルーチェの3人は荷馬車から降りた。
ネッドさんとはここでお別れだ。
「護衛ありがとな!助かったぜ」
「いえ、こちらこそ色々とお願いをきいていただいてありがとうございました。暫くは冒険者業はお休みするようになると思いますが、何か力になれるようなことがあればまた声をかけてください」
「おう!そん時はまたよろしくな。お前らも早く大きくなるようにユヅルに美味しいものいっぱい食わせてもらえよ!じゃあな」
ネッドさんはノワールとルーチェの頭を軽くポンと撫でた後に去っていた。この3日間ずっと一緒に過ごしていたからか、2人はネッドさんと別れることが寂しいみたいだ。ルーチェはフードを被っているから見えないが、ノワールは耳がしょぼんとしている。
その雰囲気を変えるように2人に声をかけて冒険者ギルドへと向かった。
まだ昼頃ということもあって冒険者ギルドにはそんなに人はいない。そんなに人はいないといっても一定数はいるけど。
まだ昼なのに既にギルド併設の食堂で酒を飲んでいる人もいる。相当酔っているのかギャハハハハという笑い声が聞こえる。昼間からよくそこまで飲めるものだ。まあ、個人の自由だし、俺には関係のないことだ。
ノワールとルーチェを連れて、依頼達成の報告と報酬を受け取るためにギルドの受付へ行く。勿論、受付はジェイドさんの所だ。
「ジェイドさん、お疲れさまです」
「ユヅルさん。帰ってこられたんですね。依頼達成の報告でしょうか?」
「はい。これ、お願いします」
依頼達成の証として、依頼書にネッドさんにサインを書いてもらったのでそれを渡す。
「お預かりします。……問題なさそうですね。こちら、報酬の金貨2枚になります」
「ありがとうございます」
「お怪我はなさそうに見えますが、盗賊に襲われたりはしませんでしたか?」
「あー…そのことなんですが、盗賊に会うことはありませんでした。ただ…」
「ただ?」
ジェイドさんが不思議そうな表情で首を傾げたので、続きを話そうと口を開こうとした時。
「わあ~!おみみながい!」
ノワールが受付台の端に手を伸ばし、つま先立ちになってひょっこりと顔を覗かせた。
きっと受付台が高くて、ジェイドさんが見えなかったからそうしたんだろう。受付台は結構高さがあるからノワールの身長だと受付台の上が全然見えなさそうだ。
ノワールは気になるのかじっとジェイドさんを見つめている。
「………………ユヅルさん…隠し子がいたんですか……?」
ジェイドさんはノワールが受付台の陰に隠れてて見えなかったのだろう。ノワールが顔を覗かせたら無表情のまま固まってしまい、沈黙の後に言ったのがさっきの言葉だ。
「違います」
隠し子ではないのですぐに否定する。
すると、今度はルーチェも気になったのか、ノワールと同じようにしてひょっこりと受付台から顔を覗かせた。
「…しかも2人……?」
「違います」
今の俺の年齢で2人も子どもがいる訳がない。確かにこの世界では10代のうちに結婚と出産をするのはごく普通のことではあるが、だからといってこの年齢で2人も子どもがいるなんてない。いや、まあ、絶対いないとは言えないけど、でも、なかなかいないと思う。
ジェイドさんとは知り合って長いし、お互いのことはそれなりに分かっていると思ってたのに、隠し子って……。俺が隠し子がいるような人に見えてたのかな……そう思うと悲しい…。
「ノワール、ルーチェ。この人はこの街の冒険者ギルドで受付をしているジェイドさん。いつも俺がお世話になっている人だよ。そして、耳が長いのはエルフ族だから。獣人族のノワールとルーチェにもふもふの耳と尻尾のような動物の特徴があるように、エルフ族は耳が長いんだ」
「じぇーど?おにいちゃんはえるふ?なんだ!おみみ、すごいね!」
「エルフ……きらきらしてる」
2人の視線はずっとジェイドさんに向いたまま。余程エルフ族であるジェイドさんが気になるらしい。
確かに、この国では多種族が暮らしているとはいえエルフを見ることはあまりない。見た目の美しさから狙われることが多いから、エルフの国の外にいるエルフは少ないのだ。いたとしても人間に変装していたりする。
そう考えると変装もせず、人間の国で働いているジェイドさんはなかなか珍しいだろう。
はじめて近くで見たエルフ族のジェイドさんに興味津々だ。
ジェイドさんはそんな2人に困惑している。普段あまりジェイドさんに親しく近づく人は少ないから、いかにも興味があります!という態度で、更に子どもということも合わせて戸惑っているのだろう。大人であれば冷たく対応するだろうけど、2人は子どもなのでどう対応すべきか困っているみたいだ。こんなジェイドさんは珍しい。
「すみません。ジェイドさんのことが気になるみたいで…」
「いえ、大丈夫です……それで、この子ども達は一体……?」
「そのことなんですが、ちょっとこれからの俺の冒険者としての活動についても関わることになるので説明したいと思いまして。端的に言うと、暫くの間は冒険者活動を休みたいと考えています」
「……それは…本気ですか…?」
「はい。先日色々ありまして、この2人と一緒に暮らしていくことになりました。なるべく2人と一緒にいたいので、冒険者活動を休みたいんです」
「………そうですか…。他の方であれば特に問題はないのですが、Sランクであるユヅルさんとなると私だけでは判断致しかねるのでギルド長を呼んで参りま———」
「その必要はないよ」
声が聞こえた方へ顔を向ける。
すると、ジェイドさんの言葉を遮った人がジェイドさんの後ろにあるドアから現れた。
金髪碧眼で少し長めの髪の毛を軽く結んで肩へ垂らし、優しげな目元に整った顔立ちをしており、まるで王子様のような雰囲気の人物。それは———
「ギルド長…」
このレガメ街の冒険者ギルドのギルド長であるアルフィーさんだ。以前、俺は執拗にアルフィーさん本人からアルと呼んでくれと頼まれたのでアルさんと呼んでいる。
見た目がよく、優しげな雰囲気があるので女性から人気がある。恋人がいてもおかしくなさそうだが、今は作る気はないらしい。そう言っていたのに何故かこの人は……
「ユヅル。久しぶりだね。前も可愛かったけど、更に可愛くなったね。今度一緒にお茶をしよう。どうかな?」
「……アルさん、お久しぶりです。アルさんも相変わらずかっこいいですね。お誘いは嬉しいですが、お断りします」
「そうか…残念だ。また今度誘うことにしよう」
こうやって毎回会う度にお茶に誘ってくる。毎回断っているけど…。
なぜ毎回誘ってくるのかよく分からない。アルさんならば一緒にお茶したい人なんてたくさんいるだろうに。
「ギルド長、なぜここにいるのですか?仕事はどうされたのです?」
「それなら一区切りついたから問題ないよ。ただ何となくユヅルがいる気がしたから息抜きに顔を出しに来たんだ」
ジェイドさんはアルさんを呆れたような目で見ながら、素っ気なく言葉を返す。
「そうですか」
「うん。それで、さっき僕を呼んでくるって聞こえたんだけど何かな?」
「………ユヅルさんからこの子達のお話を伺ったのでギルド長に相談に行こうとしていました」
「この子達?」
「はい」
アルさんの視線がノワールとルーチェへと向く。ノワールとルーチェもじっとアルさんを見ている。
アルさんからは2人が見えていなかったのだろう。2人は背伸びの体勢が疲れたからか受付台から顔を覗かせるのをちょうどやめた所だったから。ジェイドさんに言われて気づいたというような表情をし、2人を見てパチパチと瞬きをした。
「ユヅルの隠し子かい…?」
「違います」
何でアルさんまで隠し子だと思うんだ。そんなに隠し子がいるように見えるのか?
アルさんは右手を顎に添えて少し考える素振りをした後にまた口を開いた。
「それなら僕との———」
「違います。ありえません」
アルさんが何かを言い切る前にジェイドさんがすぐさま否定した。
「ありえないことはないだろう。もしかしたら」
「いいえ、絶対にないです。冗談も程々にしてください」
「全く……君は本当に僕に冷たいね。ユヅルに対する優しさを少しは僕に向けてくれてもいいと思わない?」
「あなたとユヅルさんは違いますから」
アルさんとジェイドさんのやりとりを聞いて思わず苦笑してしまう。この2人の関係は相変わらずのようだ。
2人を見ているとくいっと袖を引っ張られた。
「ユヅにい、あのひとだあれ?」
ノワールがアルさんを指さして聞いてきた。
「アルフィーさんといって、ここの冒険者ギルドのギルド長だよ。分かりやすく言うとここの1番偉い人かな」
「ふ~ん…」
ノワールに向けた視線をアルさん達に戻すとアルさんがちょうどこちらを見ていたらしく、目が合った。アルさんはにこりと笑顔を向けた後、「話があるんだったよね。移動しようか」と言ったので、皆で移動することになった。
相談室に行くのかと思いアルさんの後ろをついて歩いていたが、どうも相談室に行く方向と違う。疑問に思いながらも黙ってついて行くとアルさんの執務室へ着いた。
執務室へ入るとソファに座るように促されたのでアルさんに断りを入れてノワールとルーチェと共にソファへ腰掛ける。同じくアルさんに付いてきたジェイドさんはお茶を準備し、向かい側に座るアルさんと俺の前に置き、ノワールとルーチェの前には赤紫色のジュースが入ったコップを置いてくれた。ジェイドさんにお礼を言い、ありがたく頂戴する。
俺がお茶を飲むと、ノワールとルーチェも真似をするようにしてジュースを飲んだ。2人とも香りを嗅いだ後に一口ジュースを飲むと耳をピクリとさせ、ノワールは一気にルーチェは少しずつではあるがごくごくとジュースを飲んだ。余程美味しかったのだろう。ノワールのコップは空になっていた。
もっと飲みたそうな視線でコップを見つめるノワールにジェイドさんが同じジュースをついでくれた。
そんな光景を見ながらアルさんが話を切り出した。
「可愛らしい子達だね。それで、話というのは何かな?」
「はい。この子達に関係することなんですが…」
アルさんにリエゾン街に行く途中で襲われた奴隷商人と思わしき馬車を見つけたこと、その生き残りである2人のこと、2人を育てていくことにしたこと、冒険者活動を休止したいことなどを伝えた。
「なるほど…そんなことがあったのか。ユヅルはその子達を育てていきたいから暫く冒険者活動を控えたいということだね?」
「はい」
アルさんは少し悩む素振りをみせると「わかった」と言い、またこちらへ視線を向けた。
「冒険者活動を休止することに関しては了承しよう。ただ1つ条件がある」
「何でしょうか?」
「緊急や重要な依頼が入った時だけは協力して欲しい。もし子どもたちだけにしておくのが不安な時は冒険者ギルドで預からせて貰う」
「……わかりました。その時はお願いします」
「うん。いくらユヅルの頼みとはいえ、何かあった時にSランクであるユヅルが何もしなかったとなると少し問題視されてしまうかもしれないからね。何もなくいいよって言えたらよかったんだけど…すまないね」
アルさんは申し訳なさそうに言った。
緊急事態の時は仕方ない。もしかしたら2人の身に関わることかもしれないし。そのくらいならば問題はない。
俺としてもこの街に関わることだったら、何もしないということはしないだろう。この世界に来て一番お世話になった所だ。後悔はしたくない。




