16.小さな獣人
ローズさんがドアを開けた先に広がっていたのは、ボロボロになったカーテンやソファ、テーブルの上に置いてあったであろう花瓶は床に転がり割れており、テーブルはひっくり返り、床には花瓶の破片以外にもあらゆるものが散乱していた。
いかにも何かが暴れ回ったような惨状だ。さっきの壊れたドアなんて比較にならないくらいにボロボロの部屋。
一体何があったんだ?
ローズさんとアンドリューさんはこの惨状を知っていたのか驚いた様子はないが困ったような表情をしている。
全然状況が掴めず部屋の中に視線を送ると、部屋の隅に違和感があった。
ほとんどの物がボロボロになっているのに一部のカーテンだけ破けた様な跡がなく、そのカーテンの部分が不自然にこんもりと膨らんでいる。
不思議に思っていると、ローズさんが徐ろにそこへ近づいていく。そのカーテンから1mほど離れた場所で止まり、しゃがみ込んで優しく声をかけた。
「怖がらせてごめんなさい。怖くないからこっちへ来てくれないかしら⋯」
ローズさんが膨らんだカーテンへ手を差し伸べて触れようとした瞬間、カーテンがビクリと大きく跳ねて、カーテンの下からすごい勢いで2つの影が飛びだした。
飛び出してきた2つの小さい影は、ローズさんを避けて飛び出した勢いのままこっちに向かってきた。
驚いて一瞬気が飛んでいたが何となくこのままこの部屋から出してはいけないと思い、咄嗟に影の前に立ちはだかり影を受け止めようと両腕を広げて、この部屋唯一の出入口であるドアを塞いだ。
2つの小さい影は止まることができず、勢いのまま俺の体にぶつかって倒れた。
ぶつかりはしたが、小さいからかそんなに衝撃を感じなかったので、俺自身は倒れたりすることはなく、目の前にいる2つの影⋯⋯いや、小さな2人を見つめた。
2人は俺にぶつかった後すぐに起き上がり、お互いにくっつきあって俺から少し距離をとった位置に体をブルブルと震わせながら小さく座り込んでいる。
どう見ても俺たちを見て怯えているようにしか見えない。これ以上怖がらせないように2人の視線に合わせてしゃがんだ。
2人とも外見からして、獣人の子どものようだ。
1人は、黒髪に赤い目をしており、耳は髪と同じく黒で長く下に垂れていて黒くて丸い尻尾がある。もう1人の子は、汚れているから茶色っぽく見えるが多分元は白色であろう長い髪と三角の耳、毛並みが悪くなっているが長毛だろう細長い尻尾に前髪で隠れてて見えにくいため瞳の色は分からない。
2人とも全体的に汚れていて毛並みが悪く、服も一応着ているが薄手の灰色のワンピース1枚だけで靴は履いていない。そして、一番目に止まるのが2人の首に着いている鉄製の重厚な首輪だ。
外見からしてあまり良い待遇を受けてなかったこと、首輪をしていることから何となくこの子達がここにいる理由が分かった。
何も説明を聞かずにここに来たから本当なのかは分からないけど、でも、俺が考えたことは間違っていないと思う。
ただ、この子達がここにいる理由は察したけど、なぜ俺が呼ばれたのかは謎のままだ。気になりはするけど、それよりも大事なのはこの子達だ。
大人が3人もいたら更に怖がらせるだけだろう。
一度子供達から目線を外し、ローズさんとアンドリューさんに話しかける。
「あの、このままだとこの子達が怖いだけだと思うので一度俺とこの子達だけにしてくれませんか?」
「⋯⋯分かったわ。私達は外にいるから大丈夫そうだったら声をかけてちょうだい」
ローズさん達も同じように思っていたのか、俺のお願いを了承してくれた。
ローズさんとアンドリューさんは静かにドアを閉めて部屋を出ていった。
改めて、獣人の子2人と向き合う。近づくと怖がられるため、今いる場所から動かずに床に腰を下ろした。
なるべく恐怖心を与えないように柔らかな雰囲気で2人に話しかける。
「いきなりでびっくりしたよね。俺はユヅルっていうんだ。君たちは冒険者って知ってるかな?俺は冒険者をしていて、怖い魔物とか悪い人をやっつけたりしながら旅をしているんだ」
「「⋯⋯⋯」」
きっと、この子達は奴隷だ。獣人の奴隷として売られたか、攫われたかしたんだろう。俺の予想だとこの街に来る途中で見た奴隷商人の馬車に乗っていた子達だ。生き残りはいないと思っていたけど、この子達は助かったんだろう。無事とはいえないかもしれないが、それでも、この子達が生きててよかった。
奴隷かそうでないかを見分ける方法は簡単だ。首輪をしているかどうか。
奴隷は皆逃げ出したり、自死したりしないように魔法が込められた首輪をしている。首輪は今この子達がしているような首輪がほとんどだが、稀に悪どい商人等は奴隷だとバレないように同じような魔法がかけられた見た目はただのネックレスに見えるものを首輪の代わりに付けさせる者もいる。
それでも、魔法に長けた者が鑑定魔法を使用すれば分かるが、そもそも奴隷に鑑定魔法を使おうとするもの自体がほとんどいない。だから、奴隷が禁止された国や街であっても奴隷は未だに存在している。
それに、奴隷となった者の扱いは女性でも高齢者でも子どもでも酷いものだ。余程価値があると判断されない限りは良い待遇なんてされない。
ご飯もお風呂も毎日与えられるとは限らない。そんな酷い環境に耐えきれず死んでしまう奴隷もいる。
この子たちも子どもだからといって良い待遇が受けられたということはないだろう。きっと怖い思いをたくさんしてきたはずだ。
助けて欲しいのに誰も助けてはくれない。誰だってそんな環境にいたら絶望する。
小さいなら尚更⋯⋯。
だからこそ、この子達にすぐに信用されたいとは考えない。ゆっくりで良い。少しでもここは安心できると感じて欲しい。ここには君達を虐げる者はいないと思って欲しい。
そんな願いを込めて、2人が少しでも安心して生きていけるように優しく話しかけた。




