15.………?
リエゾン街には夕方になる前には到着することができた。ネッドさんには街中では護衛は必要ないので、また明日冒険者ギルドで会うことにして別れた。
この街に来たのは初めてではないため、迷ったりすることはないだろうが、特に何かやりたいこともなかったので冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドへ行けば途中で見た奴隷商人らしき馬車のことについて何かしら情報が聞けると思ったからだ。
冒険者ギルドは門からそんなに離れていないため、あまり時間がかからずに着いた。
ドアを開けて中に入る。すると、以前来た時と違って、ギルド内は慌ただしい様子で職員が走り回り、冒険者達はお互いに情報を共有しているようだった。
何かあったのか?
立っているだけでは何も分からないので、とりあえず受付の人に聞いてみることにした。
「あの、すみません。何かあったのですか?」
「詳しいことはお教えできませんが、奴隷商人らしき馬車が襲われた形跡がリエゾン街とレガメ街の間の道でありまして、死傷者もいたため色々と対応をしているところです」
俺とネッドさんが見たあの馬車のことで冒険者ギルド内はザワついているようだ。あの血痕から無事ではなさそうだと思っていたがやはり死傷者がいたのか。
きっと乗っていた者は全員殺されてしまったのだろう。賊に襲われた場合、命があることはほとんどない。
教えてくれた受付の女性にお礼を言って、ギルドを後にしようと振り返った瞬間。
バァンッッッ!!!!!
上の方から何かが壁に勢いよく叩きつけられたような大きな音が聞こえた。きっと2階から聞こえてきたのだと思うが、あれだけザワついていたギルド内がシーンと静まり返った。
そして、皆音がしたと思われる2階に続く階段に注目していると、階段からある男が1人降りてきた。
その人物には見覚えがある。
「ギルマス⋯」
誰かがそう呟いたのが聞こえた。
誰かが言った言葉通り、2階から降りてきたのはこのリエゾン街の冒険者ギルドのギルドマスターである男、アンドリューさんだった。
アンドリューさんは元々大剣を使って冒険者として活動していたとあって、ガタイがよく、迫力がある。未だに現役といわれても納得してしまう位には強い。でも、正義感がある人なので多くの冒険者から慕われており、リエゾン街を拠点にして活動している冒険者で知らない人はいないほど有名な人だ。
俺も以前、リエゾン街を訪れた際にお世話になったことがある。
アンドリューさんは注目されているのも気にせずに階段を降りてくる。雰囲気からして、何かに怒っているようだが理由は分からない。
階段を降りながらもアンドリューさんは誰かを探しているのか、1階にいる人達に目線を送っている。
どうしたんだろう?と思っていると受付前にいた俺とアンドリューさんの視線が合う。
すると、アンドリューさんは目を見開き、大きな声で「ユヅル!!!!!」と俺を呼んだ。
いきなり大きな声で名前を呼ばれ、驚いてビクッと肩が揺れた。
名前を呼ばれた理由が分からずにいると、アンドリューさんがこっちを見つめているからか、アンドリューさんの視線を辿ってアンドリューさんに注目していた人達の視線が自分に突き刺さるのを感じた。
あまり注目されるのは得意じゃないんだけどな⋯。
内心で苦笑を浮かべていると、ギルド内にいる人達から注目を浴びていることに気づいたのか、アンドリューさんは一つ咳払いをした。
「驚かせてすまない。ユヅル、悪いが少し来てくれないか?」
「はい」
この視線から逃れられるのならば、と思いアンドリューさんの元へ近づき、2階へと続く階段を上った。
2階に着いて少し歩くと、1つの部屋のドアが開いていた。
⋯⋯⋯いや、あれは開いているというか壊れてる⋯?
その部屋のドアは確かに開いてはいるが、ドアには大きくヒビが入っており、留め具の部分が壊れて斜めになって壁にめり込んでいた。
これは開いていると言って良いのか⋯⋯。というか、ドアが壁にめり込むってどれだけ強い力なんだ。多分、さっき聞こえた音の原因はこれだな。
何でこうなっているのかは敢えて聞くことはせず、黙ってアンドリューさんの後について、その壊れたドアの部屋へと入った。
中に入ると、そこは執務室のようだった。窓際にはギルドマスター用の仕事机があり、壁際には棚に分厚い本がたくさん入っている。部屋の中央には休憩用だろうか?仕事用とは別のテーブルとソファが置いてある。
アンドリューさんに促され、中央の3人がけのソファに腰を下ろすとアンドリューさんもテーブルを挟んだソファに腰掛けた。
因みに、ドアは閉めることができないので開いたままの状態だ。
なぜ自分が呼ばれたのか理由が分からないので、アンドリューさんが座ったのを確認すると率直に尋ねた。
「あの一体どうされたんですか?」
そう尋ねるとアンドリューさんが難しい顔をしながら「実は⋯」と口を開いた時、誰かがバタバタと勢いよく走って部屋へと入ってきた。
「ちょっと、ギルマス!!!あんたが大きい音立てるからあの子達が余計に怖がっちゃったじゃない!!!それに、このドアは何!?いい加減自分が馬鹿力だってこと自覚しなさいよ!何回壊せば気が済むの!?魔法で修復できるとはいえ大変なんだから気をつけなさいよ!!!!!」
「す、すまん⋯⋯だが⋯」
「いい訳無用!!!!!今度やったらただじゃおかないから!!!」
ギルドマスターであるアンドリューさんに腰まである赤い髪を揺らしながら勢いよく詰め寄り、鋭い目付きで睨みあげている人物。真っ赤な髪と少しつり上がった瞳で、モデルのようなスタイル抜群の女性。
女性に詰め寄られタジタジなアンドリューさんがチラリと助けを求めるように視線を寄越して来たので、その女性の名前を呼ぶ。
「ローズさん」
名前を呼ぶとアンドリューさんしか見えてなかったのか、こちらを見て怒りの表情から驚いた表情へと変わった。
「え!?ユヅルくん!!?」
ギルドマスターを怖がらずに怒ることができるこの女性はローズさんと言い、ここの冒険者ギルドの副ギルドマスターだ。
「何でユヅルくんがここに⋯?それにしても前会った時よりもかっこよくなったわね。1年ぶりくらいかしら?会いたかったわ。今度色々とお話を聞かせてちょうだい⋯⋯ってごめんなさい!それどころじゃなかったわ!」
「何かあったんですか?」
「そうなのよ!もうあのクソ商人と賊のせいで⋯⋯」
どうやら、大分お怒りの様子だ。ローズさんからは怒りのオーラが漂っている。
それもそうか。きっとあの馬車関連のことで色々と処理をしなければならないだろうから。ただでさえ冒険者ギルドとしての通常業務で忙しいだろうに、あんな事件があれば更に大変だ。誰だって怒りたくもなる。
「本当にいい加減にして欲しいわ!でも、何でユヅルくんがここにいるの?」
ローズさんにそう尋ねられたが俺自身もなぜここに呼ばれたのか知らないので答えようがない。
すると、これまでローズさんに詰め寄られてからほとんど話さず空気と化していたアンドリューさんが口を開いた。
「ユヅルには知恵を貸して欲しいと思って呼んだんだ」
ん?どういうことだ?俺の知恵???
「俺たちだけではどうにもできなくて困っていたから、ちょうどユヅルがいて良かったよ。ユヅルなら前に経験があるって話してたからアドバイスとか貰えると思って」
「そういうことね。確かに、前に聞いたことあるわ。ギルマスのくせにやるじゃない」
ん?何か2人は納得しているようだけど、全然分からない。一体何の話だ?
「どういうことですか?」
「あら?ユヅルくんにはまだ言ってなかったの?」
「ああ。話そうとしたらちょうどお前が入ってきたからな」
「そうだったの。悪いことしちゃったわね。でも、説明がまだなら直接会ってからの方がいいんじゃないかしら?」
「それもそうだな。それじゃ、ユヅル着いてきてくれ」
「⋯⋯⋯はい⋯?」
何が何だか分からないけど、説明はしてくれなさそうなのでとりあえず2人に着いて行くことにした。
アンドリューさんとローズさんに着いていくと、同じ階にある別の部屋に案内された。
ローズさんがドアをノックして中に声をかけてからドアを開ける。
コンコンコン
「入るわね」
ローズさんがドアを開けた先には驚きの光景が広がっていた。




