13.指名依頼
この街に来て1週間。グレンとマルスと一緒に食事をしたり、ギルドで依頼を受けたりして過ごした。特に目立って何かがある訳でもなく、平和に過ごしていた。
今日も何か依頼を受けようと思い冒険者ギルドに行くと、珍しくジェイドさんから話しかけられた。
「ユヅルさん」
「ジェイドさん。どうしたんですか?」
「ユヅルさんに指名依頼があるのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
指名依頼か。俺になんて誰だろう?貴族とかじゃないといいけど…⋯。
ジェイドさんの後について、冒険者ギルド内にある個室に入った。テーブルとソファが真ん中に置かれているここは、表では話せないようなことを話す時や指名依頼について話す時に使用する部屋だ。
あまり使う機会はないが、入るのは初めてではない。
ジェイドさんに促されてソファに腰掛けると、ジェイドさんもテーブルを挟んだ向かい側に座った。
「突然すみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それにしても俺に指名依頼ですか…誰からのものかお聞きしても?」
「はい。ネッドさんからの護衛依頼になります。ユヅルさんとお知り合いだと話していましたが……お知り合いですか?」
「もしかして、商人のネッドさんですか?」
「はい。知っているということはお知り合いみたいですね」
「この街に来る途中で荷馬車の車輪が溝に落ちているのを見かけて少し手伝ったことがありまして…手伝ったお礼にこの街まで乗せて貰ったんです」
「なるほど。そんなことがあったんですね」
ネッドさんからの護衛依頼ということは、荷馬車に乗せてもらった時に俺が言ったことを実行してくれたってことかな。
「依頼内容詳しく聞かせてください」
「はい。ネッドさんからは明日の早朝から隣街であるリエゾンに向かうので行きと帰りの護衛を頼みたいとのことです。リエゾンには商品を卸しにいくだけなので長くは滞在せずにこの街へ戻ってくる予定でいるそうです。行きと帰りの護衛以外では街で自由にしてくれていいとも話しておりました。報酬は、金貨2枚になります」
「え、金貨2枚ですか?」
「はい」
「護衛依頼で金貨2枚は多くないですか?隣街なのでそこまで日数もかかりませんし⋯」
貴族の護衛や高価なものを運ぶからということであれば金貨2枚であってもおかしくはないが、今回の依頼はそうではない。
商品はこの街の特産品であって高価なものではない。それなのに金貨2枚⋯⋯もしかして、何かあるのか⋯?
「通常であれば商人の護衛依頼で金貨2枚は報酬としては破格です。ですが、今少し問題が起こっておりまして、隣街であっても護衛依頼を出す場合は通常よりも高くなっているのです」
「問題って⋯⋯」
「どうやら、この近辺の街で奴隷商人が出入りしているようなのです。ユヅルさんもご存じだと思いますが、この国では他種族を奴隷として扱うことや奴隷の売買は国の法律によって禁止されています。それにも関わらずある貴族が他国から奴隷商人を通して秘密裏に奴隷を仕入れているとの情報がありまして、また奴隷だということがバレないようにカモフラージュとして高価な物も一緒に運んでいるようで⋯⋯その情報を山賊達が聞きつけて、商人を襲うという事件が増えているのです」
そっか。そんな事件が起こっていたとは⋯⋯。
でも、それならば今回の依頼の報酬も納得がいく。
報酬が高いのは、護衛依頼中に魔物だけでなく山賊にも襲われる危険性が今までと比べて更に高くなっているからだ。魔物だけでも厄介なのに魔物に加えて山賊もとなるとかなり厄介だ。
昼夜問わずに警戒し続けなければならない。
「そして、この護衛依頼なのですが本来であればソロではなくチームで活動している冒険者に頼んだ方が良いのですが、ネッドさんの強い要望とユヅルさんが冒険者ランクSであるということでユヅルさん1人への依頼となっています。ただ、ユヅルさんが1人では難しいという場合は他の方へも護衛として依頼を出す、とネッドさんは話しておりました。どうされますか?」
まあ、通常ならば護衛依頼は数人で受けた方が良い。依頼主と荷物を護りながら戦わなければならないし、夜は敵がいないか見張りをしなければならない。これらを全部1人で対応するとなるととてもじゃないが、体がもたない。
でも、これは普通ならばの話。俺に関してはある方法があるから護りながら戦うのも夜の見張りも問題ない。
「依頼受けます」
「⋯⋯⋯分かりました。ネッドさんにはユヅルさんが依頼を受注したとお伝えしておきます。ただ、ユヅルさんが強いことは理解していますが依頼とはいえ、もし危険なことがあった際には深追いはしないでくださいね。逃げることも一つの手ですから」
ジェイドさんの言葉から本気で俺のことを心配してくれているのが伝わってくる。
心配させてしまうのは申し訳ないと思う。でも、大丈夫。
ネッドさんも俺も無事に戻ってきます。
そんな気持ちを込めて、ジェイドさんに深く頷いた。
この時の俺は知らなかった。この依頼を受けたことがきっかけとなり、自身の運命の歯車が回り始めたことを———。




