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いないはずだった幼馴染がある日突然できたら、なぜか義姉に告白されて俺の日常がラブコメになった件




俺には、幼馴染なんていない。



漫画やらライトノベルを読んでいると、当たり前のように美少女の幼馴染が存在するが、あれは主人公補正の賜物だ。


中肉中背オタクなモブである俺には、存在しない。


だが、だからこそ俺は「幼馴染」という存在に憧れを抱いてきた。


もしいたらーー、と妄想に耽ってみた夜もある。

理想の幼馴染を、小説に書いてみようかと考えたことだってある。


が、それらは全て幼馴染がいないがゆえの行動だ。


「あなた、楠田くすだ大斗たいとくんよね。私のこと、覚えてるでしょう? 幼馴染だった、新垣あらかき美彩みさよ」


…………だから、これはおかしい。



俺には幼馴染なんていないはずなのだ、本当に。

実際、記憶にだって残っていない。


わざわざ思い返してみなくても、『幼馴染キャラガチ勢』の俺だ。本当にいたら、空想だけで恋をしているまである。


「いや、俺には幼馴染なんていなかったと思うけど」

「ここにいるじゃない。本当久しぶりね。ずっと会いたかった」


が、しかし。


今目の前にいるこの転校生ときたら、幼馴染だとはっきり言いきる。


よもや手を広げて、抱きついてこようとする。



ラノベの世界から出ていたと言われても頷けるくらい、とんでもない美少女であった。

ボブに切り揃えられた黒髪も、驚くほど白い肌も、そのくりっと大きな茶色の目も。


その見た目は、どこにも非の打ち所がない。


さっきの朝礼で挨拶が行われたときなんかは、男子も女子もざわついていた。


『声もいいよなぁ、耳元で囁いてもらいてぇ』

『ミステリアスな空気もいいわ〜』


なんて、お調子者キャラの陽キャたちが会話をしていたっけ。



そんなとにかく美しい彼女が真っ先に声をかけてきたのが、クラスの陰にいる俺だったから、教室内は現在、騒然としている。


しかし、それを無視できるのも美少女の特権かもしれない。

まったく素知らぬふりで、俺の顔だけを覗き込む。


「……もしかして、覚えてない?」


うっかりその視線に気取られていたら、彼女は小首をかしげた。


俺は見つめていたことを悟られないよう、慌てて何度も首を縦に振る。


「わ、悪いけど、そうだな。……えっと。いつ出会ったんだ? 幼稚園とか?」

「いいえ、もっと前よ。私が引っ越したのは、幼稚園の頃だから。

 幼稚園でも、よく一緒にいたわ。おままごとしたの覚えてないかしら」


……残念ながら、記憶の彼方だ。

誰かとそうして遊んだ記憶はあるが、その中に、こんな可愛い少女がいただろうか。


幼い頃の記憶なんて、そう覚えているものじゃない。



俺が戸惑っていると、彼女は「まぁいいわ」と会話を切り上げる。


かと思えば懐から取り出してきたのは、一枚の紙だ。


「これを見て」


机の上に広げられた便箋は、やたらと年季が入っている。

そこに描かれていたのは、『こんやくのちかい』とクレヨンで書かれた一枚の紙だ。


「あなたが書いて、私にくれたものよ。間違いなく、あなたの字。

 これで分かった? あなたは、私の幼馴染。それから婚約者なの」


…………いやいやいや、話が飛躍しすぎでは?


というか、後ろのクラスメイトたちの騒ぎようが尋常じゃなくなってるし。

そりゃあ、転校生が実は陰キャの婚約者だったなんて言われたら、驚くに決まっている。



全く訳が分からなかった。


どうせ無駄だろうが、頭の整理をつけるためにも、一刻も早く授業が始まって欲しい。


だというのに、こんな時に限って先生はなかなかやってこない。チャイムも鳴りはしない。


「記憶にない。おままごとの一環で書いたものなんじゃないか……? というか、嫌だろ、こんなんだぞ俺」


俺は自分を指差して言う。

中肉中背だが、全体的にぬぼっとしているのだ。


半分魂が抜けている、なんて陰口も聞いたことがある。

それが悔しくもなく、むしろ言い得て妙だと思えるくらいには、残念な雰囲気を纏っているのは自分でも理解していた。


「いいえ、まったく?」


……だというのに、だ。


「え、なんで」

「あなたがどんな容姿であれ、私の運命の人であることには変わりないわ。なぜなら、結ばれるのは幼い頃に決まっているから」


どうやら、とんでもない思考の持ち主らしい。

俺が理解を諦めかけたところへ、畳み掛けるように彼女は『運命の人』とはなんたるやを語る。


たぶんクラス全員が、


「あ、やばい人だ、この人」


と理解しただろうところでようやく先生が入ってきて、彼女は自席へと戻っていった。


投げキスを一つ、残して。





その日はずっと、そんな調子だった。


自称・幼馴染。


くわえて、かなーり痛い感じの美少女である新垣美彩は、事あるごとに俺のところへやってきて、俺こそが『運命の人』であると伝えてくる。



友達のいない俺は、普段同級生と話し慣れていないこともあった。


疲弊しきって家に戻る。


すぐに寝ようかとも考えたのだけれど、ベッドに転がって目を瞑ったところで、気になってきた。



美彩は、本当に幼馴染なのだろうか。



『運命の人』かどうかはともかく、それだけなら調べられる方法がなくもない。


俺はありそうな箇所をあたり、家の中を探すこととする。



そうして、一階にある和室の襖奥という、いかにもありそうな場所からそれを見つけた。


小さな頃のアルバムだ。

わざわざ現像された写真が何枚も、そこには収められていた。


畳の上にしゃがみ、ページをめくる。

やっと幼稚園時代まで辿り着いたところで、


「なにしてるのー、たいちゃん」


後ろから声がかかった。

振り向けば、腰をかがめてこちらを覗き込むのは、姉の楠田栞しおりだ。


どうやら、大学が終わって帰宅したらしい。


「あれ、これアルバムじゃーん。なに急に見たくなったの? 可愛いとこあるね」


隣にしゃがんだ彼女は白い歯をのぞかせなかわら、俺の方に笑顔を見せる。


その顔が俺の姉とは思えないくらいに綺麗なのは、血の繋がった姉ではないためだ。


俺の母が再婚したことにより、俺たちは後から姉弟になった。つまり義姉である。


「あは、可愛いね。見て、口にべったり生クリームつけてるよ、たいちゃん」

「や、やめて。栞さん、はずかしいって」


「えー、とか言って、一人でアルバム見てたのは自分じゃん?」

「……ちょっと用事があったんですよ」


「なになに、アルバムめくる用事ってそうないよ? あ。もしかして……。学校の課題でしょ。光が丘高校あるある、『今振り返る自分史』!」

「…………言いにくいですけど、ありませんよ、そんな授業。なくなったんじゃないですか」


栞さんは、大学3年生。高校二年である俺の4歳年上だ。


同じ高校だったとはいえ、在籍が被ったこともない。

母の再婚までは、面識がなかった。


つまり、カリキュラムが違ってもなんら不思議はないのだが、その事実がよほど彼女を落ち込ませたらしい。


「う、嘘でしょ……! これが、世代間ギャップ!? ジェネレーション怖い怖い……」


手先をワナワナ震わせるので、俺はそれをよそにアルバムをめくるのであった。





結局、目的のものは全く見つからなかった。



おもちゃの食材で作った料理を、当時お気に入りだったらしいクマのぬいぐるみ(やたら、丸っこい)に食べさせているシーンなど、おままごとをしている写真はあったが、そもそも女の子が映り込んでいない。



どうやら俺は、幼少期から女子とまともに会話できないシャイボーイだったようだ。



まぁでも、これで俺が新垣美彩の『運命の人』でないことは確実になった。


俺はほっとしてもいたのだけれど、


「これを見て、大斗くん」


同じようなことを、美彩の方も考えていたらしい。



翌日。

朝早く彼女が持参してきたのは、美彩の幼少期のアルバムだ。



ページを開いて、俺の机の上全面に広げる。


「ほら、これが証拠よ。分かったでしょう、あなたと私が結ばれる運命の幼馴染であるということが」


飛躍しすぎている美彩の言い分はともかく。


俺はそのアルバムの写真に目を通す。


「……たしかに、俺みたいだけど」


昨日見た写真によく似ている小さな男の子が、幼い美彩とおぼしき少女と写っている。


何枚も、色々な時間、場所で2人の写真が撮られている。


まぁそれだけなら、他人の空似でもおかしくないが……


「あなたなのよ、絶対に、運命的に、間違いなく」


決定打になったのは、あのやたらと丸みを帯びたフォルムのクマのぬいぐるみだ。

汚れている箇所まで同じだったから、間違いない。


俺はしばし押し黙る。

が、こうなったら幼馴染であることは認めざるをえない。


写真の中で楽しそうに映る少年と少女は、漫画などでよく見てきた、『幼馴染』そのものなのだから。


「…………たしかに、俺だ」


呟けば、美彩の顔がぱぁっと一気に晴れ上がる。


「ふふ、やっぱり! ねぇこれって運命よね? じゃなきゃ、幼稚園時代に離れ離れになった幼馴染が高校で再会なんてしないわよね。引き寄せられてるよね? ね?」

「いや、そこまでは認めかねるっての」

「む。……まぁいいわ。これから長い時間かけて、大斗くんには運命をわかって貰えばいいだけの話ね」


美彩はチャイムが鳴ると同時、アルバムを引き上げて、ウインクを残し自席へと戻っていく。


不覚にも、どきりとしたのは生理的な反射だ。


幼馴染には弱いのだ、俺は。





いないと思っていた幼馴染が存在した。


その事実だけで、俺の頭の中は、すっかり埋め尽くされていた。


1日中、美彩に追いかけ回されるからなおさらだ。


「あ、お弁当! 私も一緒に食べるわ」


いつも一人だった昼の時間まで、彼女はついてきた。



正直にいえば少し困るくらいだったのだけれど、邪険にはできない。


そもそも幼馴染キャラガチ勢オタクの俺だ。

その俺が現実で、幼馴染に冷たく当たるなんて無理なのだ。


たとえそれが、突然できた幼馴染だとしても。


ややもすれば、その気持ちに応えたいとすら考えてしまうくらいであった。



そんなわけで、頭の中はずっとぐるぐる回転する。

おかげで、二日連続かなり疲れて家にたどり着いた。



温かいお茶を飲み、やっと少し落ち着いたところで、ふと思う。


「……そういえば、なんでうちの写真には一つも新垣が写ってないんだ?」


よく考えれば、おかしい。

あれだけの何枚も2人の写真があるのだから、俺の家にもあるべきだ。


その疑問をぶつけられるのは、うちには1人しかいない。


「学校に新垣美彩って子が転校してきたんだけど、知ってる?」


俺は母がパートから帰ってくるや玄関まで出て行き、ストレートに尋ねる。


「あぁ美彩ちゃん! え、あんたの高校に!? すごい偶然ねぇ、それ」

「……知ってるんだな、やっぱ。俺はほとんど覚えてなかったけど」


「かなり仲良かったのよ。婚約する、とか言ってたかな。

 ……ま、今のあなた相手じゃあり得なさそうだけど。美彩ちゃん、可愛くなってるでしょ」


うん、まぁ可愛いことは認める。


が、それ以上に痛い感じになっていたし、その彼女に今まさに求愛を受けていることは、ややこしいので伏せておく。


「でもさ、二人の写真とかって撮ってないんだな」

「え、いっぱい撮ってあるけど? アルバムに入れてるわよ。あんたが知らないだけでしょ」


これは、いよいよおかしい話だ。


じゃあ美彩の写真はどこにいったのだろう。


もしかしたら、別のところにしまっているアルバムの中にあるのかもしれない。


「その写真ってどこにーー」


尋ねようとしたところで、


「あ。おかえりなさい、お母さん」

「ただいま、栞ちゃん」


後ろから姉がやってきて、話がすっかり変わってしまった。



二人による、晩ごはんの献立話が始まる。


家事を分担するなど、本当の親子より仲睦まじい二人だ。


その会話は待っていても終わらなさそうだったので、俺は一人、二階の部屋へと下がる。


学校の課題にも手がつかず、理由を考え込んでいると、扉が叩かれた。


「たいちゃん。ちょっと中に入れてもらっていい?」


栞さんだ。


俺はベッドから起き上がって扉を開け、彼女を招き入れる。


ローテーブルを挟んで、向き合うこととなった。


「えっと、どうかしました?」

「それは今から話すよ。だから、落ち着いて聞いて」


なんだか、のっぴきならない空気であった。


いつもは心底人生を楽しんでいるみたいに、にこにこ笑顔の絶えない彼女の印象とは少し異なる。


声も、やや低く抑えられていたし、目角も尖って真剣な表情だった。



彼女は姿勢を正す。


それから、背中の後ろに隠していたらしいものを、机の上に置いた。


そこにあったのは、衝撃的なものだ。


「この写真、小さい俺と新垣美彩! なんで、栞さんが?!」

「ちょっ、たいちゃん! 声が大きいよ、抑えて抑えて。お母さんには、訊かれたくないの。

 きちんと説明するから」


彼女は一つ息を吸ってから、そのくりっと丸い目で俺をまっすぐに見た。

透き通った茶色の中に、俺が映る。


「この写真は、あたしが意図的に隠してたの。たいちゃんに見せないために」


なんでまた……と思うが、水を指すのも良くないから、ここは黙って聞く。


「でも、いつなんで」

「かなり前のことだよ。この家に来て、一年ぐらい経った頃かな。高校2年のあたしが見つけて、隠したの」


「見つけたのって、もしかして例の『今振り返る自分史』の授業の時……?」

「うん、そう。あたしのアルバムを探してたら、偶然見つけて…………。

 簡単にいえば、芽を摘んでおかなきゃと思ったの」


はい?


「芽、ですか」

「そう、危ない芽。たいちゃんは、その、あたしのものだから。

 たいちゃん、幼馴染キャラ好きでしょ? いつも読んでる漫画とかラノベを見て、それはよく分かってた。だから万が一の策だったの。この子が今後君の前に現れて横取りされたら嫌じゃん?

 だから、私の部屋に隠して、君の目に触れないようにした」


……おいおい、待て待て。

なんだ、その話しぶりは。


それじゃあまるで、あの憧れの塊たる栞さんが俺のことをーーーー


「この際だからはっきり言うね。あたし、たいちゃんのことが好きなの」

「えっと、弟として……?」

「ううん、一人の異性として!!」


まじで、まじだった。


まったく思いがけないところで急に、人生初告白を受けたらしい、俺は。


それも同級生などではなく、親が違うとはいえ、義姉から。



冗談とは思えない空気だった。

栞さんの顔も真っ赤だし、その言葉にたぶん偽りはないのだろう。


わけがわからない状態に陥る中、浮かんできた言葉は唯一、「なにこれラノベ?」であった。


たった二日のうちに、急にできた幼馴染に『運命の人』と呼ばれ、姉に告白されるのなんて、ラノベ主人公くらいだろう。



「どう、かな。やっぱり姉としてしか見れないかな………………ってごめん、急に言われても困るよね、えっとお付き合いのことは、その考えてて! 

 あと、一応両親には内緒にして欲しいと言うか……」


彼女はそう言って、写真を回収すると、早足で部屋を出ていく。


取り残された俺は、一度頭を机に打ちつけた。



ここから、どうするのが正解なのだろう。

ゲームみたく、ハッピーエンドにつながる道はあるのだろうか。


あー、まじでどうなってるんだよ、俺の現実……!!

















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