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異世界純文学

作者: 俺

 目が覚めたら全く知らない場所だったなんて経験は、人生で一度もないだろう。


 適当な高校に入って、目についた会社に入りたいと言って、秋風に揺られる薄い雲みたいな人生を送るんだと、俺は思っていた。


 だが、なぜか俺は今道路もない優しい草が生い茂る野原に赤子のように寝っ転がっていた。何も知らない無垢なまま、寝巻き姿にも満たない黒のヒートテックのブーメランパンツだけを履いて。


 ゆっくり、起き上がる。


 昨日は普通に家に帰って寝たはずだ……少なくとも、こんな。


―空気が透き通る。可愛らしい、くるくると鳥のような声が聞こえる。


 なんて清々しい場所なんだろう。俺は全く見知らぬところにいたのに、なぜかそんな感情を持った。


 暖かい……今はいつ、何時なのだろう。太陽は……ある、登っているところだろうか。


 どこか、美味しそうな匂いがする。食べ物の匂いじゃない、花や植物、土が暖められた匂いなんだろうな。


 喪失感―みたいなものなんだろう。全く訳のわからない状況で、俺は夢を見ている気分だった。どこか冷静で、どこか安心していて。


 まさに、秋の風に流れていく薄い雲のように。


 日差しが隠れる、ちょうど熱いと思っていたところだ、このまま寝てしまおうかな……


―ドシィィンー


 目瞑ろうとしたその時、地面が揺れる。その原因は、寝っ転がろうとした俺の目の前にいた。


 ドラゴンだ。


「は?」


 ゾウのようにでかい体に太陽を反射する赤い鱗、筋肉が動き、命の躍動を感じる。


 二つの足と、大きな、尾。それにギラリとした爪や牙……恐竜がいたら、こんな漢字なのだろう、少なくとも美海水族館のサメの歯型の模型よりは現実感がある。


 なにより、その目が。


 こちらをまっすぐ見つめ、一瞬の瞬きすら許さぬ棘のような眼が。


 目の前の龍を圧倒的だと物語っていた。


「は、はは……」


 なぜだか俺はこれが夢じゃないと分かった。なぜなら、その竜の呼吸や雰囲気が、現実だと訴えていたからだ。


 ぐるり、と龍が体を向けてくる。


 ずしん。ずしん。


 鼓動が早くなる、何だかわからないままに、意味もわからないものに殺されるのか。


 ……達観、なのだろうか。このまま神秘のままに、幻想に包まれて死ぬのも、アリなんじゃないだろうか。


 俺は全く夢というものはなかった、地面に立てば転がるカカシのように、水に浮かべば溺れる釣り針のように。自分の意思でこうしたい、と思ったことはない。いつの間にか社会が、周りの人たちが俺を操作するように育ってきた。自分で決めたことのことに思えるようなことでも、実はそれは環境が、状況が運んできた意思であり、俺一人の心から生まれた道というのはない。


 だから、なんだろう。こんな俺でも、幻想的に死ねるのだ。身もしなかったものに、想像もできなかった場所で殺される。いいじゃないか、やっと俺は新しい道を作れるんじゃないか。


「ぐるるぉぉぉぉおおおお!!!」


 ガリィィイイイン! と、耳を引き裂く音が聞こえたと思ったら、聞こえるはずもないドラゴンの雄叫びが聞こえた。


「大丈夫か、少年」


 風と共に現れた、その騎士は綺麗な声でそう言った。


「安心しろ、もう助かった」


 すらぁと剣を構える騎士。女性の方だろうか、可憐な匂いがする。


「グルオオオオオオオオオオオ!!!」


「ったく、うるさいったらありゃせんなぁ」


 どがぁと荷物を置いた男性、手には何にも持っておらず、ひどく場違いな気がした。


「罪過の波に囚われた魂よ、冥界の神に封じられた刃よ」


 俺は目を疑った。


 ようやく俺はそこで、ここは現実ではなく、しかし夢というわけでもないことに気づいた。


 ここは異世界なんだ。そして、今俺は生きているんだ。俺は……流されるわけでもなく、突っ立ってるだけでもなく、溺れるわけでもない、今を生きているんだ。


 彼は……空中に淡く光る薄緑の魔法陣を作り出していたのだ。


「人世に迷い込んだ傲慢な龍の首を落とせ! カリオストロ・ジャッカー!」


 黒に、染まったと思ったら。


 銀色の刀が空から現れ、鋭く落ちて、どさり。声もなく、竜は首を綺麗に切られて死んだ。


「ふぅ〜、緊急用の呪文は体力を使うなぁ。おーい、大丈夫だったか?」


 男性が俺と騎士を呼ぶ。よく見ると身なりはいい、清潔感もある……おじさんだが。


「うっ」


 俺は、盛大に吐いた。


 そこで俺の意識は終わった……


 きっと、夢だと思った幻想が現実だと知り、目の前のそれが絶望と知り、さらにそれがさって、あの時間に多くの感情が渦のように巡ったからだろう。


 きっと、あんなに強大な獣がいる中で、生きていかなくてはならない覚悟とそれをあっさり打ち倒す人がいたからだろう。


 きっと……俺が、真の意味で生まれ変わった瞬間だったから、だろう……


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