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二周目の元最強国王陛下はモテたい

作者: サイダー

長い台詞は飛ばしても大丈夫です。

 『最強』

 ただそれだけのことで地位も名誉も手に入れた最強の王、ジン。


 それが、うだつの上がらない一般独身男性(彼女なし)だった俺がチート異世界転生の果てに得た称号だった。


 騒乱の只中にあった世で絶対的な力として君臨し、王という地位を勝ち取った俺は、これから平和な国を築いていこうとしていた。その矢先のことだ。

 俺は、あっけなく死んだ。

 死因は覚えていない。俺を殺せるほどの力を持った奴などほんのひと握りしかいないし、俺だってそう簡単にやられはしない。生半可な毒は一切効かなかった。病気だろうか?突然の病に倒れたとか?

 ……何も思い出せない。死の間際の情景さえも。

 とにかく、最強の国王になったと言うのに、この世界でも俺は道半ばでこの世を去ることになった。


 はずだった。




「名前は『ジン』にしましょう!伝説に謳われる最強の王よ。きっと強い子に育つわ」


 眩しい光の中、見知らぬ女性が死んだはずの俺の名前を呼んでいる。


「滅んだ国の王だろ?縁起が悪くないか?」

「そんな国、星の数ほどあるでしょ。いいのよ!わたし彼の伝記が好きなんだもの!」


 伝記?そんなもの俺は知らないぞ。

 というか滅んだ?俺の国が?即位間もなく散ったとは言え生まれ育った国だぞ?

 いや、そもそもこれはなんだ?

 目の前で若い男女が俺に顔を近づけて喋っている。これは俺の手か……?あまりにも小さい。まるで、赤子のように………………


 まさか、そんなことがあるのか?!


 神が俺を哀れみでもしたのか、あるいは俺の力を惜しいと思ったのか。


 俺は『最強の王(おれ)』として生きた記憶を持ったまま、再びこの世に生を受けたのだ!!



 転生二周目の人生は快適だった。以前生きた時代より数百年と経ったあとの世界は平和で、俺は優しい両親のもとでのびのびと最強の力を再び振るう為の特訓にいそしんだ。

 最強の王(ジン)に憧れを持つ母親は、俺が彼を目指して特訓すると言えば積極的に協力してくれたし、楽観的な父親は俺が他の赤子より秀でていても、というか多少普通じゃなくても、元気で良い!と言うだけだった。

 俺には果たせなかった願望がある。その為に俺は、幼い頃から鍛錬を欠かさなかった。


「ジンは頑張るわねえ」

「はい!ははうえ!おれはつよくなってモテてみせます!」

「まあ〜」


 最強の王となっても叶わなかった夢、それが『モテる』ことだった。

 転生以前は色恋沙汰に一切縁が無かったが、まさかチート転生して尚モテないとは思わないだろ。憧れのハーレムなんて夢のまた夢だった。

 前世の俺には何か足りないものがあったのかもしれない。

 だが二週目があるのなら!今度こそ上手くやってみせる!!


 そうして俺は、『モテたい』という一心で鍛錬を続け、子供ながらに最強の王の記憶と実力を持つ比類なき人間となった。


 が、いかんせんここは田舎だった。

 前世でも名を聞いた大国ののどか~~な村で、偶に現れる魔獣を倒し、周囲から感謝されるという、前世に比べるとなんとも地味~~~な少年時代を俺は送っていた。

 当然、人口も少ない。

 憧れの幼馴染など存在せず、隣家のご婦人の所へ遊びに来ていた少女はご婦人の引っ越しにより交流が消失し、密かに慕っていたお姉さんも恋人と一緒に村を出て行ってしまった。

 これではモテることなんて永遠に無理だ。


 だから俺は、この村を出て首都で名をあげようと決めたのだ!


「都会ならかわいい子も多いだろうな……モテまくったらどうしよう……」


 前世の俺もなかなかの見た目をしていたと思うが、今世の俺の容姿はそれ以上だ。平和な世だからこそ外見が洗練されている気がする。前世はすさんでいたからな……

 それに、なんと言っても今の俺はピチピチの十代だ。首都で名を上げれば前世以上に目立つだろう。これでモテないはずがない!!


 そんな期待だけを胸に抱き、首都へ向かった俺だったが、出会いは突然訪れた。

 首都への道中、魔物に襲われていた美少女を助けた事がきっかけで彼女の所属する冒険者ギルドの一員になった。

 これは……もしや、運命の出会いってやつか?!

 一撃で魔獣を沈めた俺の姿はさぞやかっこよく映ったことだろう。俺を見つめる彼女の瞳にも熱がこもっている気がする!


「平和な街でデートとかしてみたいんだよな〜!」


 しかし、俺の淡く甘酸っぱい期待は儚く散った。

 最初こそ同じ依頼をこなし仲良くやっていたが、彼女はだんだんと俺を避けるようになり、とうとう挨拶もしてくれなくなった。

 嫌われてしまうようなことをしたのだろうか……何か、どうしても俺に無理なところがあったのかもしれない……悲しい……


 モテる気配は微塵もない一方で、ギルド内の評判は鰻登り、その強さは国のトップにまでも届かんばかりだと尊敬されるようになっていた。

 そんな俺の実力を妬み、卑怯な真似をしてくるような奴や、始末をしようとしてくる奴を返り討ちにすることも多々あった。そのせいかなんなのか、やがて『俺の背後は取れない』という噂が広まるようになった。なんでも、俺の後ろに立つと悪寒がするそうだ。……なんだそれ怖い……心霊現象か?

 しかし、この噂は前世でもあった。噂というより、事実として。

 前世で戦場を駆け回る日々だった時も俺の背後は取れないと評判だった。阻まれるのだ。俺が最も信頼し、常に背中を任せてきた者の手によって。

 俺は早逝し、転生したが、俺が亡くなった後あいつはどうしたのだろう……



 噂のおかげもあり、卑劣な輩に狙われることは減っていったのだが、そうは言っても愚かな人間というのはいるもので。


「ジン、お前は調子に乗りすぎたな。大人しく冒険者でいればいいものを」


 今現在。俺は、俺の首を取ろうと数十人の手練であろう暗殺者に囲まれていた。


「数を集めれば勝てるとでも思ったのか?随分と舐めてくれるな」


 うっかり誘い込まれてしまった路地裏は薄暗く、沢山の木箱やら木材が積まれた俺の背後は行き止まりになっていた。正面だけでなく、両側にある建物の屋根からも殺意を秘めた鋭く光る瞳がこちらに向けられている。まさに袋のネズミというわけだ。……暗殺者ってこんなに大勢でつるむものなのか?


 おそらくこうなった原因は、先日この国の王と謁見したことが原因だろう。

 俺の強さを聞きつけた王が王女との婚姻を持ち出したことでどこかの金持ち権力狙いお貴族様の逆鱗に触れたのだ。頬を染めて乗り気なように見えた可憐なお姫様には、何故か次の瞬間、顔を青くして振られたわけだが。思えば前世でもそんなことばかりだったな……なんだか懐かしさを感じる。決して悲しくて泣いているわけではない。


「フンッ。減らず口を叩けるのも今のうちだけだぞ!この狭い路地では大剣は満足に振るえないだろっ!!」


 俺の武器は前世と同じく巨大な両手剣だ。前世も今世も、ついでに言うと転生前のゲームプレイスタイルも大剣ブンブンスタイルだ。普段なら雑魚など薙ぎ払ってしまえばいいのだが、こんな場所で横なぎしようものなら剣が壁に弾かれ隙を晒してしまう。

 だからここにおびき寄せたんだろうが──……


「……ハッ!なら、斜めに斬りゃいいだろうがッ!!」


 一斉に襲い掛かってきた暗殺者に向けて振り下ろした大剣は、衝撃波となって奴らを襲った。バタバタと風圧に押しつぶされた男たちが壁に、地面に、打ちつけられ倒れていく。王という地位も今となってはあまり魅力的ではないし、王権関係のゴタゴタなどどうでもいいのだが、降る火の粉は払うしかない。


 不利な状況がなんだって?最強の力に任せて突き進む!それが俺だ!


「だが、背中がガラ空きだぞ!!────ギャッ」「グワッ」


 さすがプロというべきか、一瞬の間もなく、大剣を振り下ろした隙を突こうと屋根上の暗殺者が襲い掛かって来た。だが、俺が動くよりも早く、俺の背後をとっていた暗殺者の数十人が悲鳴を上げ倒れた。


「なんだ?!急に!!」「一体何をした?!!」

「お前仲間がいたのか?!」


 黒い影のような男たちの間に戦慄が走る。突然の出来事に理解が追いついていないのだろう。俺は何もしていないし、仲間を潜ませていたりもしていない。だが、俺にはこの現象に心当たりがあった。


 手にした剣の一閃で周りを蹴散らすと、後方へ跳んだ。






「…………消えた?なんてこと、見失ってしまったというの……?!」

「こんなところにいたのか、ライカ!」

「ヒッ!」


 声を掛けた瞬間飛び上がった人物は、素早く身を潜めていた木箱の陰に隠れてしまった。恐る恐る顔を出してはすぐに引っ込んでしまう。その変わらぬ態度に思わず顔が緩んだ。

 遥か後方からこちらを伺い、俺の背後に迫る暗殺者を払い除けたのはコイツだ。

 長い白銀の艶やかな髪に鋭い黄金の双眸。気高く美しく、それでいて野生的で強暴な強さを持つ美女、ライカ。いや、今は美少女、か。俺より少し上……?いや、下……?同じくらいかもしれないが、この美少女は、前世では年齢不詳の妖艶な美女だった。


「懐かしいなぁ!お前も転生してたのか?」

「ひ、人違いではありませんか……?」

「俺がお前を間違えるわけないだろ。相変わらず美人だなぁ」

「はぅ!」

「また会えて嬉しいよ、ライカ」

「う、うぅ……陛下ぁ!!」


 潜んでいた木箱から臆面もなく胸に飛び込んできたライカを抱きとめると、背に回された腕に強く強く力が入る。精一杯の力で抱きつき、これでもかと頬を擦り寄せる姿は前世ぶりだ。抱きしめれば腕にすっぽりと収まる身体も、その柔らかさも、鼻腔をつく香りも、何もかもが懐かしい。最後に見た時よりも幼いとはいえ、その姿も振る舞いも、前世でよく知ったライカそのままだ。


 ライカは、前世で俺の嫁であり妻であり恋人であり伴侶であり王妃だった。


 二度の人生で唯一の、俺の『彼女』だ!!


 戦場でも常に傍にいてくれた最も信頼のおける最愛の相手だ。まさか再び出会うことができるなんて、こんなに嬉しいことがあるか?!


「なぜあんなに早く逝ってしまわれたのですか!これからという時でしたのにぃ~……!」

「悪かったな……俺もなんで死んだのかわからないんだ……」

「毒を盛られたのですわ!一滴で竜を殺すと言われた幻の毒です……!例え最強で最高で唯一無二の陛下と言えどそんな物を盛られては命を落としてしまうのも仕方ありませんわ……執念深くもそんな噂でしかないような毒を手に入れて愚かにも陛下に盛った野郎はもちろんわたくしが片をつけましたから!陛下の雪辱は晴らしましたわ!このわたくしが!!」

「そうだったのか……ありがとう、ライカ」

「うううぅ……!」


 再会の喜びと悔しさで黄金の瞳から流れた涙を拭ってやる。俺が亡くなった時も、こいつはこうやって泣いていたのだろうか。


「お前は大丈夫だったのか?あれから色々あったって聞いたぞ?」

「ええ……。陛下を殺した憎っくき謀叛者を追って国を出ました間に国内で王位を巡る争いが起き滅亡の危機に瀕していましたが、そもそも国の重鎮どもは陛下に否定的な者も多く暗殺への関与も疑わしいものでしたので放っておきましたわ……陛下がお守りになった国民の安全は確保しましたけど、国は滅ぶこととなってしまって……陛下の威光は後世に伝えるべきと筆を走らせ立派で完璧な自叙伝を記しながら陛下を思って慎ましく暮らしておりましたけど、気がつけばわたくしも貴方の後を追っておりました……」

「そう、か……ずいぶん苦労をかけてしまったな。もっと早く逢いに来てくれたら良かったのに……」

「うう……だって陛下……わたくし、わたくし……」


 いくらか落ち着いたのか、背に回された腕の力が緩んで俺に身を預ける形になったライカを抱きしめる。前世よりも小さな身体は今にも折れてしまいそうだ。

 女性にしては上背があり、しなやかで出るところは出て締まるところは締まったかつての彼女は色っぽいし魅力的だったが──それが前世では俺のものだったんだ!──俺と比べるまでもなく非力だ。腕力なんてほとんど無い。

 それでも戦場で俺と肩を並べられた理由は、彼女の持つ特別な力、神通力にあった。

 そこら辺の魔導師など歯牙にもかけない圧倒的な力、彼女はそれを意のままに操り戦場に君臨していた。多種多様な力を持つそれは、遠くのものを見通すこともできた。見たいものを距離に関わらず見る千里眼力で、俺のことももっと早く見つけていたはずだろうに。

 もしや!

 神通力を持っていたのは以前の彼女だ。転生したライカが以前と同じ力を持っているとは限らないんじゃないか?!自分がそうだから彼女もきっとそうだろうと思ってしまっていた。なんてことだ!彼女を傷つけるような発言だったりしていないだろうか?!これからは俺がライカを守っていってやるべきなのでは……?!


「……わたくし、生まれ出た瞬間に貴方の気配を感じて嬉しくて嬉しくて、ずっとずっと出来る限り貴方から目を離さないように陛下を見ていましたわ。だって、赤子の貴方の前に急におしかけられないでしょう?だから一刻でも早く貴方のお傍にいたいと逸る気持ちを抑えて貴方の事を見続けながら自分を磨くことに専念していましたの……陛下に相応しい女に再びなるために。貴方の迷惑にならない年齢になるまで見守っていようと思いましたのよ。貴方に変な虫が付かないように気を配りながら、いつか貴方にお会いする日を夢見て……でも……わたくし急に不安になって……陛下はわたくしのこと覚えてないんじゃ?またわたくしと一緒になることを望んでいないんじゃ?そんな風に考えてしまって……陛下が『モテたい』とか『女の子と遊びたい、デートしたい』とか言うものですから、やっぱりわたくしを望んではおられないのだわと悲しくて……貴方が村を出てからも顔を出せずに、ただただ草葉の陰から見守ることしかできず、周りの女性を排除することも貴方は望んでいないのだと思ったからやめて大人しくしていたけれど貴方に関わろうとする女性が憎くて憎くて仕方なくてわたくしのものなのにと思いながらも貴方の前に姿を現す勇気はなくて貴方の背中を見つめながら視界の邪魔をしてくるやつを排除することしかできなくてわたくし、わたくし……!」

「なんだ、そんなことを悩んでいたのか?」

「そんなことではありませんわ!!!貴方の前に姿を現して貴方の口から拒絶の言葉を吐かれてしまったらわたくし」

「俺がお前を拒絶するわけないだろ?俺の妃はお前だけなんだから」

「う!」

「また巡り逢えて嬉しいよ、ライカ。俺はもう王でもなんでもないけど、また俺と一緒になってくれるか?」

「あ、当たり前ですわぁ!ジンさまぁ!!!」


 再び、ひしと抱きついてきたライカは頬を染め、目の端に涙を溜めた顔で見上げてきた。熱のこもる黄金がウルウルと揺れている。かわいい……ほんとかわいい……

 ライカは生まれてすぐ俺の事に気付いていたようだ。俺を見守りながら再び出会う日を夢見ていたくせに、拒絶されることを恐れて今まで顔を出せなかったらしい。妙に心配性なところも変わっていないな。

 神通力も変わらずあるようだし、前世と同じ想いを俺に向けてくれている。


「ジンさま……お慕いしておりますわ。今も昔も変わらず……。今度こそ子供を作りましょうね?きっと素敵な家族になりますわ」


 胸を押し当て、上目遣いで言われて断れる男がいるだろうか?いや、いない。


「ああ……そうだな……」


 顔を寄せてくる彼女の、艶やかな唇に触れようとした時だった。


「いやおかしいだろ、その女。ずっと見てたってなんだよ……怖……お前もそれでいいのかよ……」


 水を差すような声が俺たちの間に割り入ってきた。今いいところなんだから邪魔するなよな?!


「なんだお前ら!まだいたのか!!」


 抱き合う俺たちを数名の暗殺者どもが取り囲んでいた。こちらへの殺意を隠さず仕掛けるタイミングを懲りもせず見計らっている。


「たった一振りで大半の奴をのしたのは見事と言わざるを得ないが……俺たちを他の奴らと一緒に思ってもらっては困る。俺たちは任務を必ず遂行する。悪いが、その命もら」「グワッ」「ギャッ」


 集団のリーダーと思わしき小柄な少年が自信満々に喋る中、周りが吹き飛んだ。地面が突如爆発したように抉れ、破片が飛び散り、その衝撃で数人の暗殺者が壁に打ちつけられた。


「……よ、よくも……」


 ああ、見覚えがあるな。この状況。


「よくも邪魔してくれましたわね!折角いいところだったのに!!何年も何年もこの時を待っていたのに!!!空気読めませんの?!今、どう言う状況か、わかりませんの??!??!!」


 キッとまなじりを吊り上げたライカが襲撃者たちに詰め寄った。とは言えもう残っているのは俺たちに食ってかかった当の暗殺者一人だけなのだが。

 ギラギラと妖しく目を輝かせ不穏な空気を纏うライカの圧にも負けず、小柄な暗殺者は正面から堂々と対峙していた。不意の襲撃を主としているだろうに、その度胸に少し関心する。慣れている俺でさえ気分を害したライカの圧にたじろぐことだって多いのにあいつはなかなか根性があるみたいだな。


「さてはあなた……陛下に気があるのね?強くてかっこよくて優しくて素敵な陛下に懸想しやがったわね?!」

「はぁ?!ふざけんな!誰がそんなやつ……」

「お黙り、泥棒猫!!!」

「どろッ……!」

「おい、ライカ。いくら俺でも男には興味ないんだから、そうつっかかるな」

「こいつは女ですわよ!!」

「「えっ」」


 根も葉もないことを言われ出した暗殺者が不憫で助け船を出してやろうとしただけなのにとんでもない事実を突きつけられた。


「えっ、なんでバレ……?」


 などと言って狼狽える姿は確かに女と言われれば女に見える。全身真っ黒で体格が分かりづらいが、少年だと思えた身体も小柄な少女のそれだった。しかもこの騒動で顔を隠していた覆面が崩れ素顔が露出している。こいつ意外にかわいい顔してるんじゃないか……?


「うっうう~……どうしてこう陛下の周りには欲深い女ばかりが集まってくるのです?村の女もギルドの女もあの姫もみんなみんな陛下に色目を使って……!」


 目に涙を湛えて嘆いていたライカの目に徐々に暗い影が差し出した。それに伴うように空気が重くなり、ピリピリとした緊張感が一帯を覆うと、晴天だったはずの空に黒い雲が渦を巻きだしゴロゴロと不穏な音を立てた。

 まずいぞ……これは……

 サッと周囲に目を走らせる。幸いな事に、薄暗い路地には倒れた襲撃者たち以外に人影は無く、胸を撫で下ろした瞬間だった。


「陛下はわたくしのものなのに!!」


 ビシャンッ!!とした派手な破裂音を伴って、ライカの周囲に稲妻が落ちた。

 次いで降り注ぐ落雷で地面は抉れヒビが入り、倒れていた襲撃者たちが雷を受け泡を吹いて気絶した。どう考えてもオーバーキルすぎる。ご愁傷様だ……

 背後で息を飲む音が聞こえた。咄嗟に背に庇った暗殺者はどうやら無事なようで、衝撃に怖気付いたのか、ぎゅっと俺の服の裾を掴んできた。

 なんだよそれ。かわいいじゃないか……


 なんて呑気に思っている場合じゃなかった。

 落雷は容赦なく狭い路地に降り注ぎ、バキバキと地面を抉り焦がしていた。このままでは民家にも被害が出てしまう。


「陛下が最高に素晴らしすぎるからって有象無象どもが調子に乗って……!この国は女がいすぎるわ!!いっそ全て更地にして真っさらにしてまた一からわたくしたちだけの国を作るべきではありませんの……?!そうよ、きっとそうだわ。ねえ、陛下……!!!」

「あー。俺、今回はいいかなぁ」

「なっ、えっ?なぜですの?!」


 雷鳴が轟く中、爛々(らんらん)と獣に似た目を輝かせて不穏な言葉を吐いたライカは、俺の一言で毒気を抜かれたようだった。先程までの空気はどこへやら、オロオロと狼狽え出している。


「いや、王ってそんな楽しいもんじゃなかったし……やっぱり、田舎で悠々自適にのんびり暮らす方がいいかなあって」

「で、でも、陛下はわざわざ田舎から都会に出てきたじゃありませんの」

「あー……」


 それはモテたかったから女のいない田舎を飛び出しただけで……


「それは、多分お前を探してたんだよ」

「はぅ!」


 ライカが胸を押さえてへなへなと地面にへたりこんでしまった。


「そ、そうとは知らずにわたくしったら安易なことを申しましたわ……」


 焼け焦げ粉々になった石畳の真ん中でしゅんと縮こまるライカの姿に苦笑する。前世で何度と目にした光景だ。

 惨状の中、ライカの手をとって立ち上がらせた。

 細い腕、華奢な腰、折れてしまいそうな身体とは裏腹に底知れぬ力を持った俺の最愛。


「ははっ、今世でもお前は変わらないんだな。尻尾と耳が出てるぞ」

「ひゃんっ!」


 しょげた顔の上で垂れていた耳に触れると、驚きでピンッと立った。そう、ケモ耳だ。

 ライカは感情や力がたかぶると獣の片鱗が現れる。前世の頃からそうだ。

 今のライカも紫がかった白色の薄く発光する尖った三角の耳と狐に似た尾が生えている。獣の手触りとは違う、どこか幻のような手触り。複数本生えた尻尾の根元を撫でるのが俺のお気に入りだ。


「相変わらずふわふわ……」

「やっ、やん……そこさわっちゃ……はぅぅ……」

「おい、おい!そこ、いきなり盛んな!!周り見えてるのか?!」

「うるさいですわぁ~……」


 腕に抱えたままもふもふと撫でさすっていると暗殺者が苦言を呈してきた。落雷を前に竦んでいた調子をどうやら取り戻したようだ。

 ライカと言えば触られると弱いのは相変わらずなようで、俺の腕の中でとろんとしている。

 落雷の跡は思っていたよりも広い範囲に渡っていたが、幸いにも民家に被害はないようだ。あれでも加減していたのだろう。前世では小さな国の一つくらい、あの雷撃だけで破壊し尽くして見せたのだから。

 空を覆っていた黒雲も姿を消し青い空が覗いていた。

 騒ぎを起こした暗殺者たちも全員くたばってるし、一見落着といったところか?


「悪かったな、ライカがいろいろ絡んで。この状態なら当分大人しいから安心していいぞ」

「いや、あー……まあ、別にいいけどよ……なんだよそいつ、耳と尻尾って……」

「かわいいだろ?」

「いや、どう考えても人間じゃねえだろ……」


 最後の台詞は聞かなかった事にして横抱きにしたライカとこの場をさっさと辞した。騒ぎを聞きつけだんだんと人が集まり始めていたし、変に巻き込まれるのはごめんだからな。


「って、俺はあいつを殺しに来たんだった!!くそっ、うっかりいい感じで別れちまったよ……今からまたやりにいくのもなあ……はぁ、任務失敗って、俺帰れるのかなあ…」


 遠くでそんな声が聞こえた気もしたが、無視だ。




「ジンさま……わたくしもう自分で歩けますわ」


 気を取り直したライカが恥ずかしそうに声を掛けてきた。俺にやたらとひっついて無駄に世話を焼きたがるくせに、俺からされるのは遠慮するのだ。俺の手を煩わせたくないなどと馬鹿な事を言って。


「懐かしいな、ライカ。あんな騒ぎも昔は日常茶飯事だったよな」

「面目次第も……」

「あの頃は楽しかったよな。みんなと馬鹿やって、死線を潜り抜けて、勝利に湧いて……戦いの日々だったけど充実してた。そりゃあ今の平和な世も楽しいよ。でも……あの頃は隣にいつもお前がいたからな」


 前世の頃はがむしゃらだった。最強の力を持っていたとはいえ、見知らぬ世界でただ一人、異世界の記憶を抱えて生きるのは辛く、楽観的な俺でもくじけそうになる時はあった。それでも俺が王にまで登りつめ、この世界での居場所を確かなものにできたのは、仲間と一番近くで支えてくれたライカのおかげだった……

 馬鹿みたいな力を持っていても、獣の耳と尾を持っていても、愛情表現が過激だったとしても、そんなのは全て些細な問題だ。俺はライカに傍にいて欲しいと思っているし、ライカも俺の傍を望んでくれている。それだけで充分じゃないか。


 俺が下ろす気はないと悟ったライカはひしっと首元にしがみついた。


「ずっと、ずっと一緒ですわよ。今までも、これからも、ずっとずっと」


 モテたくて田舎を飛び出したのに、結局その夢は叶わなかった。けれど、俺のことを一心に思ってくれる最愛の伴侶がいる。


「ああ、もちろんだ」


 だから、他の女にどれだけそっぽを向かれようと俺は平気だ。モテなくったって構わない。



 ……これ、前世でも思ったような……?


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