Chapter01-01 A.D.2012/09/05
こちらの作品はシナリオライター・漫画原作等で活躍されている笠間裕之先生の小説『ミカヅチ』の二次創作『木造ロボ フドウ【再臨の忿怒尊篇】』の続編となっております。この第1話については1話完結なのでミリしらで読んでも問題ないと思います。唐突に巨大ロボが出てくる不自然さだけ許せるなら挑戦してくださいw
まずはこれを読む
↓木造ロボ ミカヅチ(著:笠間裕之先生)
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次にこれを読む
↓木造ロボ フドウ【再臨の忿怒尊篇】(著:石田初羽)
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油の切れたヒンジが短く軋んで、開いた扉の隙間から小さな影が入り込む。すたすたベッドに近づくと、そこに横たわる人物の細い肩をゆさゆさ揺らした。その小さく温かな手は、何やら慌ただしい外の様子にはお構いなしに眠り込む少女に小動物のような感触を与えた。
「いいかげん起きなさいったら!もう……サイレン聞こえなかったの?」
鉄筋造の殺風景な居室を間仕切る薄い扉から、廊下を照らしていた蛍光灯の光が瞼の奥に強く射し込む。
「ああ?……今何時だと思って……」
悪態混じりの寝言を呟く少女にとどめを刺すように部屋の蛍光灯がびかーっと照りつける。
「あーっ、目がー、目が死ぬーっ」
「何をばかなこと言って……まったく、はなかよりお子ちゃまなんだから……。あれ?このお部屋、ほんとにサイレンが鳴ってない……?」
みっともない年上はさておき、一足早く起きて神楽の装束を着込んだ上総の巫・玉前稚雁は注意深く辺りを見渡した。この不審な現象は電気系統が引き起こした単なる故障か、それとも……
「サイレンなら、ブーブーうるせえから切ったけど」
「切った?!切ったって、一体どうやって……?」
「ちょん切ってやった」
珍しく表情を取り繕うのも忘れて慌てる稚雁に、同じく基地に駐屯している巫・栖野みゆ莉は布団に顔を埋めたままピースサインをチョキチョキさせた。
「ありえないんですけどぉおーーーーッッ!!!!!」
二人の支度を促そうと入室しかけた自衛隊員が突然の甲高い絶叫にぎくりと静止する。
「あんなの一日に何回も鳴る方が悪いんだよ」
「も、もういいわ、とりあえずは……すぐ出発よ!おねえさまたちが時間をかせいでくれてる間にわたくしたちも合流するんだから、さっさとしたくを」
大きな溜め息と共にばさっと掛け布団をはだけると、既に装束を着込んでいたみゆ莉は稚雁を追い抜いてとっとと昇降口へ向かってしまった。
「……着てたの?もしかしたら出撃がないかも知れないのに着たまま寝てたの?」
「いちいちうるせーなぁちびっ子ー、これは寝る時用のやつ。起きてる時のとは別だし」
「そういう問題じゃなくてー!」
「クナドはちゃんと動いてくれてんだから問題ないっしょ」
「もうっ……これが神事の一環だって自覚をもたないと、いずれこまったことになるんだからね?」
稚雁の忠告などどこ吹く風といった様子のみゆ莉は、早足で歩きながら長い髪をヘアゴムで縛るのに夢中だ。そうしてできた明るい茶色のポニーテールが跳ねるのを後ろで眺めながら、稚雁は将来髪を染める機会が訪れたとしても絶対にみゆ莉のような軽薄な茶髪にはしないと固く心に誓ったのだった。
稚雁自身にとってみゆ莉とのコンビは災難と言う他ないが、しかし基地内では問題行動の目立つみゆ莉はしっかり者の稚雁に預けておけば安心、という暗黙の了解が成立しており、誰もこれ以上手を焼こうとはしない。明確に軍紀が適用されることのない極めて微妙な立場にある巫を取りまとめるにあたって、稚雁のような存在は重宝するのだった。
頼りない年上の扱いには手慣れていたつもりの稚雁ではあったが、しかしみゆ莉の言動のひとつひとつが今までの経験にないサプライズの連続で、みゆ莉がこの片貝基地へ配属になってからの一ヶ月半というもの、それらにいちいち翻弄され続けの日々を送っていた。
〈二人とも遅ーい!待ってらんないから先に出ちゃおうかと思ってたんですからね?〉
「悪い、玉前がいちいち注文つけるせいで立ち止まってばっかで」
みゆ莉の軽口にもはや稚雁は声を荒げなかった。広々としたドックには三台の神騎が並んでおり、階段を上りきった先から神騎の背後に回り込むように設置された通路を渡ってそれぞれの神騎に搭乗できるようになっている。自身の愛騎であるタマヨリに乗り込むにあたっては、周りがどうであれ清新な心持ちで臨まねばならない。
キャノピー裏面のバーを掴んだままするすると滑り込んで、重いキャノピーを体重に任せて締める。瞼を閉じて、手足の先から徐々にタマヨリと一体化していく。密閉された真っ暗なコクピットの中で視界が開けていく。今ならドックの広さまで正確に把握できる。
〈マルヒトヨンマル時、特異干渉波を検出。現在までにCategory-1を二機確認。間もなく上陸の射程圏内に突入する模様。全騎出動せよ。繰り返す、全騎出動せよ〉
天井の四隅に取り付けられたスピーカーから現場の情報が波のように押し流されていく。
最前線に立つ巫と彼女らをバックアップする自衛隊員らが日頃寝泊まりしている基地に併設されたドックは、港湾から数km内陸に入った物流倉庫を強化して建てられた即席の建造物である。最大で六台の神騎を収容できるスペースがあり、現在稼動しているのは五台。うち二台は小角由亜及び里亜が搭乗するフトダマとヒリトメ。まだまだ身体の出来上がっていない後輩たちを気遣って夜間哨戒を引き受けている高校生組だ。最年少の稚雁を除いた残り二人は県外から出張している栖野みゆ莉と耶麻倉旒音。それぞれ息栖神社の神騎・クナドと磐椅神社の神騎・イワキを駆る。
〈特異干渉波の検出から七〇分経過。敵影を目視で確認、時速およそ四〇kmで航行中。経路の変更はない模様。上陸まで直線距離で一七km、各員速やかに配置に就くように〉
精神統一を進めるほんのわずかな間にスピーカーの発する情報が更新された。同じ音声は騎内のトランシーバーからも入っている。感度良好、音量のツマミをわずかに上げる。意味があってやっていると言うよりは気づいた時には儀式の一環になっていた癖だ。
〈陸までだいたい二〇分弱かー。一体はお姉さんたちに任せるとして、もう一体を私とみゆ莉先輩で。ちかっちはいつも通り潜伏してるのがいないか見張っててもらう、でいいのかなー〉
稚雁とみゆ莉がドックに着いたときにはとっくに出撃の支度を整えていたらしかった旒音が作戦を提案する。
〈いいんじゃねえの、でも玉前はウチらの後ろについてろよな〉
〈先輩ラクしようとしてんのバレバレなんですけどー〉
〈いーだろ別に。ラクできるのは耶麻倉も一緒なんだからさ〉
九十九里近海から出現する己型罔象、通称「来訪神」の全身を覆っている装甲を引き剥がした後、どうやってとどめを刺すかが毎回問題になる。弱点とされるポイントがかなり高い場所にあるため神騎でよじ登っていくと、その間の無防備さと仕留めた直後から崩れ落ちる敵に圧殺される恐れとで二重に危険なのだ。そのため、安全に仕事を終えるには唯一弓を扱えるタマヨリの力が不可欠なのだった。もちろん、タマヨリによる長弓の射程範囲に敵を捉えられない場合はその限りではない。
「おしゃべりはそのくらいで。たまさきちかり、じゅんびかんりょう」
〈栖野みゆ莉、問題ない〉
〈耶麻倉旒音、準備OKでーす☆〉
点呼を合図に鋼鉄製のシャッターが重々しく上昇していく。夜明け前の淡く瞬く星空の下、三台の神騎が行動を開始した。
出現した順序の都合上、己型と呼び習わされることになった来訪神は、個体が放出するエネルギー量に応じてランク付けがなされる。エネルギー量が最小レベルの個体をCategory-1として、最大をCategory-5と設定している。尚、Category-4より上と認定された個体はまだ一度も出現していない。
来訪神は高ランクであるほど巨大であったり、攻撃に特化していたり、移動速度が異様に速かったりと性能に個体差が見られる。通常、二機以上の編隊を組んでおり、単体で上陸を試みることはほとんどない。ランクが異なっていても外見に差はないため、戦端を開くまで敵がどんな意図を持って挑んでいるのか推測不能であるのが、地味ではあるが攻略を厄介にしている要因のひとつに違いなかった。
〈こっちの方は夜でもあったかいですねー〉
〈福島県民は毎日そればっかだな〉
〈ひっどい!いくら先輩でも地方ディスは許しませんよー!それに私は福島県民じゃありません。いや、そうなのかもですけどそれ以上に会津人ですから〉
〈会津の人たちの異様な結束力ってなんか由来とかあんの〉
〈歴史を知らないんですか?!〉
指示された方角へ向かう間も、とりとめのないお喋りは止まらない。
倒れた電柱、崩れた建物、散らかったまま片づけられることのない廃車……。それら路上の障害物を避けながら走るのもいつの間にか慣れてしまっていた。解決の糸口も一切掴めないままずるずると長引く戦いで廃墟と化した町並みに今でも心が痛むかと問われれば、即座に首肯することはできない。少なくとも稚雁にとっては。九十九里町並びに山武市の住民へ向けて例外なしの避難命令が発布されてから既に二ヶ月。もう人がいた頃の情景を思い出せないことを、認めたくない自分がいる。認めてしまったら、その瞬間に何かが崩れる。
街を抜けて砂浜へ辿り着いた三騎の元へ通信が入る。
〈海岸線で網を張っていたフトダマ・ヒリトメ両騎が戦闘に突入。先行していた一台は速度特化型だった模様、予定よりも早く上陸しました。この隙に後続の一体が内陸へ侵攻中、そちらへ向かっています。取り逃さないよう注意してください〉
「りょうかい」
〈言われなくたって〉
感覚を研ぎ澄まして待機していると、間もなく三人の視界に来訪神が姿を現した。高さ一二mにも及ぶ逆三角錐の形状で浮遊しながら進むそれは他の罔象と同様、錆びついたスクラップの鉄塊を装甲としてまとっている。
〈玉前はここにいろ。ウチと耶麻倉でつっついて特性を見定める。うまくいけば足止めできる、取り逃がしたらプランBだ〉
〈プランBは?〉
〈玉前に何とかしてもらう〉
〈先輩、マジでプライドとかないですよねー……〉
「なんとか、ね。りょうかい。二人とも、油断しないでね」
〈ちかっち、後方支援よろしくー!〉
立ち止まったタマヨリから二人が遠ざかっていく。
依然として時速四〇kmでの航行を続けていた来訪神に二台の神騎が接近すると、敵は急激に速度を緩め遂に停止した。遠くで眺めていた時よりも格段に大きく、威圧的に見える。機械とも生物とも似つかない動作音が内部から漏れ出している。
二手に分かれ油断なく構える相手に向けて、来訪神は内部に格納していた機構を展開した。口径の大きさから見て機関砲が二丁、機関銃六丁の重装備。内部組織から精製したと思われる黒い弾丸の雨が二人を襲う。
〈攻撃特化型だ!〉
「見れば分かるから!」
みゆ莉の焦った声に怒鳴り返しながらも、稚雁はすぅっと背筋を伸ばして矢を弓につがえた。
みゆ莉のクナドは槍、旒音のイワキは刀をそれぞれ携えており、防御は両腕に装着した小さなシールドのみ。到底全ては防ぎきれない。
黒い弾丸は神騎に充満した清浄な気によって着弾の瞬間に蒸発するため、致命傷に至ることはない。が、浴び続けていれば弾痕が残ってそこから腐るおそれがある。
〈先輩!槍は届きそうですか?!〉
銃弾を避けながら来訪神の足下に潜り込む。そこだけは機関銃の死角になっているのだ。
〈やってみるしかないだろ!耶麻倉、踏み台になれ!〉
〈えーっ!?私それあんまし……〉
そうこうしているうちに、稚雁の放った矢が六丁ある機関銃のうちの一丁を貫通した。傷口から真っ赤な鮮血が漏れ出る。
〈うかうかしてっと玉前に手柄を独り占めされる!早く〉
〈対抗意識やば……ちゃんと私のこと守ってくださいよーっ!!〉
来訪神が遠くの稚雁に気を取られた一瞬の隙を突いてイワキが正面に跳び出し、片膝を突く。その背中目がけてクナドが助走をつけながら大きく踏み込む。クナドを背負う形になったイワキが勢い良く立ち上がることでクナドが垂直に、一〇m近い大ジャンプを果たした。
空中に投げ出されながら銃口のひとつに狙いを定めて構えた槍を思いきり突き立てる。六mを超える長さの槍が深々と突き刺さり、巨大な来訪神から悲鳴らしき金属音が鳴り響いた。どうやら機関砲を貫通して更に奥の急所へもダメージを与えたらしい。
〈玉前!心臓はあの辺りだ。狙えるか?〉
〈やってはみるけどまだ装甲があつすぎると思う。引き続きはがしにかかって〉
了解の返事をしながら、来訪神によじ登ったままのクナドは心臓の目印になる槍を放置して腰に吊るしていたナイフで周囲の装甲を引き剥がし始めた。
戦況は神騎の側に優勢であったが、来訪神には焦る気配もなかった。だがそれはいつものことだ。性能には多少の個性があるものの、どの個体も一様に自身に向けられた攻撃に対しては極端なまでに鈍く、平然と既定のルートを進もうとする。事実、全ての機能を停止するまで彼らが歩みを止めることはない。来訪神の鋭利な三角錐の頂点は常に地面に対して突き立てられているため、彼らの進んだ跡が引っ掻き傷のように残っていく。敵は今や砂浜を抜け、アスファルトがずたずたに裂かれていく。この街はそのようにしてつけられた傷を無数に抱えている。
タマヨリが五本目の矢をつがえた。いずれも狙いこそ精確ではあったものの、急所を貫通するには至っていない。
「あとひといき……つぎで決めてみせるわ」
意気込む稚雁の耳に急報が届く。
〈新たな特異干渉波をキャッチ。推定:Category-3、間もなく出現する模様!〉
〈やっぱし隠れてやがった!〉
「みゆりとるねはそっちに向かって!」
〈おいおい、だいじょうぶかよ。まだとどめ刺してねえのに〉
「どっちにしたってあと一撃よ。わたくしもすぐ行けるから」
〈そう、なら信じるけど。オペレーター!小角先輩たちに繋いで。あの二人はまだぐずぐずやってんの?〉
来訪神から槍を引き抜き、離脱して地上へ戻ったクナドがイワキと共に再び海岸線へ向かっていく。
〈誰がぐずぐずやってる、ですって?〉
回線が統合されたようだ。不機嫌そうな由亜の声が稚雁の耳にも届く。
気を取り直して、稚雁は再び弓を引き絞る。
「……ごめんなさい」
稚雁の放った矢は精確に心臓を刺し貫いた。内部の黒い筋組織が急激に収縮してまとっていた装甲が廃墟と化した街へぼろぼろと崩れ落ちていく。
〈特異干渉の消滅を確認、次へ向かってください〉
事務的な指令が確かに鼓膜を震わせてはいたものの、稚雁は来訪神の遺骸の傍に寄って祈りを捧げた。それはほんの数秒の行為ではあったが、しかし罔象の出自に対して無頓着な上層部に対する反抗の意図がそこには確かにあった。
「オペレーター!小角先輩たちに繋いで。あの二人はまだぐずぐずやってんの?」
新たな敵の出現を感知した海岸線へクナドとイワキが向かっていく。
〈誰がぐずぐずやってる、ですって?〉
〈ごめんなさいね、やっぱり稚雁ちゃんがいないと決定力に欠けちゃって。これじゃあ先輩失格かしら。ねえ?里亜〉
〈いいえ、あなたはよくやってる。由亜〉
「……ッ、トランシーバー越しにいちゃいちゃをこっちまで届けんなよ、これ全部録音されてんだぞ」
急激な湿度の上昇にみゆ莉は苛立った。新手の来訪神は既に砂を蹴立てながら内陸へ進んでいる。
〈まあまあそんなに怒らないで、みゆ莉ちゃん。私たちももうじき応援に行けるから〉
〈由亜の言う通り。それまではあなたが頼りよ、みゆ莉ちゃん〉
「下の名前で呼ぶなって前から言ってんだろ!」
二人への苛立ちを爆発させて眼前の敵へ躍りかかる。かわい過ぎる名前へのコンプレックスを誰一人理解してくれないこの基地でみゆ莉は孤独だ。
〈どうして~?そんなこと言ったらかわいい名前をつけてくれたご両親がかわいそうよ〉
〈もっと大事になさい、あなたがかわいいのは名前だけなんだから〉
「あの先輩たちマジで無理……もうぜってー仕事以外で口利かねえ」
〈ふふーん♪素直じゃないんだから。旒音もそう思うでしょう?〉
〈えっと……。みゆ莉先輩はふつーにかわいいです!名前とギャップがあるって思ったこと、私はないですけど〉
〈あら〉〈あら~♪〉
「ああァッ?!」
新手のCategory-3は防御特化型のようだったが、無類の堅牢さを誇る敵もすっかり怒り心頭のみゆ莉にメッタ刺しにされては形なしだ。
間もなく来訪神は機能を停止して砂浜へ倒れ込んだ。
〈みゆ莉先輩すご!大物だったのに私の出る幕なかったなー〉
「耶麻倉、お前……いや、やっぱしなんでもない。オペレーター、Category-3を調伏した。回収班をこっちへ」
〈Category-3の特異干渉は依然として発信され続けています。速やかにとどめを刺してください〉
「なんだって?」
みゆ莉が耳を疑ったのも無理なかった。目の前の相手がまとっていた装甲はぼろぼろに外れて地面に横たわっている。改めてとどめを刺すまでもない。
〈……オペレーター、なにかのまちがいなんじゃない?私も見てたけど確かにみゆ莉先輩は〉
「そうだ、何かがおかしい……。Category-3がこんなに楽に倒せるはずない」
――心臓を潰した手応え――
ふと閃いた。思い出すと確かにない。力任せに振るったうちのどれかが心臓を直撃したのだろう、と無意識のうちに解釈していた浅はかさに青ざめる。
「耶麻倉、そいつから離れろ」
〈先輩?〉
「何かが、来る」
軽い地響きに怯んでイワキに乗った旒音がさっと待避する。それまで静止していた来訪神の亡骸が悠然と起き上がった。装甲が剥がれ落ちて出現したのは、元の大きさの半分ほどの来訪神が三体。
「ちッ、奇攻型だ」
〈そんなのあり?!〉
「おそらくあの中のどれかに心臓がある。そいつさえ倒せば他のも動けなくなるはずだ」
〈よ、よし、小さいしだいじょうぶ、一人一体仕留めれば……〉
「玉前、状況見えてるか」
〈ええ、進路はふさいだ。あなたたちも仕損じないようにね〉
みゆ莉は気を取り直して再び槍を手にした。派手な機関砲の掃射を回避しつつ有利な間合いに持ち込む。敵は全高三mほどにまで小さくなった分動きが俊敏になっている。こちらの攻撃をことごとくかわされる。その度に焦りが増していく。
〈……こんなやつ、二台で挟み撃ちできればなんてことないのにッ……!〉
苦戦していることでは稚雁も同じだった。狙い澄ました矢がどれも外れて、彼女の受け持った来訪神は内陸へ向かって一直線に疾駆していた。弓を諦め接近戦を覚悟し、腰に提げた短刀の柄に手をかけた、その時。何者かがタマヨリの肩に手を置いた。
「全く、見ちゃいられないな」
苦しい戦況を映し出したモニターをサングラス越しに分析する者がいた。苦々しい気分を洗い流すように、一口分だけ残っていたコーヒーを飲み干すと通信機のスイッチを入れて命令を下した。
「諸君、出撃命令を追加する。向こうへも増援が必要なようだ。だが助けてやる必要はない……君らにとっては初陣となるが、訓練の時と何ら変わりゃしない。コンディションの整ってる者を三人向かわせろ。力の差を見せつけてやれ」
奇攻型の反撃によってほんの僅かな間に、戦況は大きく不利に傾いた。実戦経験の乏しい旒音が操るイワキは、機関銃の掃射をまともに食らって左腕が腐り、その侵食が本体にまで及ぼうとしていた。
〈耶麻倉!腕を切り落とせッ!〉
切迫した状況をこれ以上悪化させまいとして、みゆ莉が冷静に指示を出す。
「でも、そんな……!」
〈手足だけなら後でいくらでも付け替えられっから!けど穢れが本体に回ったら……!〉
受け持った来訪神との膠着状態に陥ったみゆ莉は、相手に睨みを利かせて侵攻を妨げるだけで精一杯。トランシーバー越しに泣きじゃくる旒音を介抱してやれない自分に向かっ腹を立てることしかできない。
イワキの前に立ちはだかっていた来訪神は、相手の戦意喪失を検出するととどめを刺すこともなく再び内陸への侵攻ルートを辿り始めた。それは、仮にも覚悟を決めてここへ来た旒音にとってこれ以上ない屈辱だった。
「あいつだけでも……私の手で……ッ!だいじょうぶ、道連れにするくらいなら、きっと……」
腐敗でただれた左手に無理矢理刀を握らせた、その時だった。
自分を無視して遠ざかっていく来訪神が、一瞬のうちに八つ裂きにされた。食い破った亡骸から現れたのは、敵の血にまみれた所属不明の神騎の姿だった。
〈ホノカグツチ影打六号、来訪神Bを調伏。心臓は発見できませんでした〉
「ホノ、カグ……?」
状況を呑み込めない旒音を置き去りにして、無線からは続々と報告が入る。
〈ホノカグツチ影打四号、来訪神Aを調伏。心臓は発見できませんでした〉
〈ホノカグツチ影打一〇号、来訪神Cを調伏。目標、オールクリア。こちらにも心臓はありませんでした〉
〈なるほどな。となると最初から囮を掴まされていた訳だ〉
普段頼っている自衛隊のオペレーターとは違う、聞いたことのない男性の低い声にみゆ莉は注意深く耳を澄ませた。
〈心臓を積んだ個体がまだこの近辺にいるはずだ。手分けして探し出せ〉
「この人たちは一体……?ぜんぶで何人いるの……?」
いくつもこだまする「了解」の応答に、旒音はすっかり気を失いそうだった。へなへなと座り込んだまま動けなくなったイワキの許へみゆ莉の乗ったクナドが近寄る。
〈だいじょうぶだ……だいじょうぶ〉
黒い黴のような穢れによってすっかり腐敗したイワキの左腕を、クナドが引きちぎった。
荒っぽくともひとまず仲間の応急処置を終えたクナドは、謎の神騎の軍団を眺めた。どうやら近くで潜伏していた来訪神の本体を見つけ出したらしい。四台見えるがいずれのパイロットもどういう訳か来訪神との戦闘に習熟しているらしく、一転不利に陥った哀れな敵が鮮やかな手捌きで処理されていく。
〈来訪神の心臓を発見、破壊します〉
許可を待つ間もなく、拍動する黒色の臓器に刀が刺し込まれる。
〈ご苦労だった、特異干渉の消滅を確認した。帰投せよ〉
基地に戻ると、スーツ姿の男性が謎の神騎の隊列に向かって威厳たっぷりに指示を出していた。彼の他にも似た風情の男たちが立っているが、先ほどまで指図をしていたのはあの男なのだろう。
全員が出撃したことで空になっていたドックは、不遜にも新入りによって占拠されてしまっている。六台しか収容できないドックでは入りきらず、外に待機している騎体も含めると総勢一六台にも及ぶ大所帯だ。
小角由亜・里亜と玉前稚雁は仕方なくそれぞれの神騎から降りて徒歩でドック内部へと入っていく。みゆ莉はクナドに乗ったまま、痛手を被ったイワキに肩を貸しながら耳を澄ませて成り行きを見守った。
「説明を」
落ち着かない気分を取り繕って由亜が会話を試みる。強面の男たちを前にしても引けを取らない毅然とした態度。その眼差しには反抗的な輝きが湛えられている。尤も、後ろに控えている里亜と稚雁にしても、それは変わらなかったが。
「挨拶もなしか」
由亜に背を向けたまま、いかにも不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「それはお互い様でしょ」
「それもそうだな。だが生憎、貴様らに説明する義務は俺にはない」
「義務でしか動けないほど不自由なご身分じゃないでしょう。最前線で命がけの作戦を遂行してきたのは私たちなのよ、あなたに義務がなくとも、私たちには今の状況について説明を求める権利がある。あなたはそれに応じるべき。もしあなたにほんのわずかでも親切心というものがあるのならね」
息巻く由亜に、男はようやく向き直った。年齢は五十代後半と言ったところか。
「教えなさい。あなたは誰、この神騎は何?一体、何をしにここへ来たの」
次第に語気を強める由亜に対し、頭領と思しき男の取り巻きたちはどうなることかと静まりかえりながらも多少の動揺を見せた。が、頭領が冷ややかな笑みを見せるとすぐに嘲笑が広がった。由亜の額に一本ぴくりと血管が浮き上がったが、しかし表情には出さない。情報を得るには感情に流されず、対等に話せる相手であると理解させる必要がある。
「生意気だな。だが気に入った、貴様の度胸に免じて教えてやろう。本日を以て九十九里沿岸防衛ライン片貝基地の指揮権は全面的に、陸自から神社本庁特異干渉対策班一課に移管される。俺は一課長の十和田実篤。ここに揃った一六台の戦術兵騎はいずれも我が課が新設した第一分隊に所属するホノカグツチ型だ」
「何よ、それ……」
聞き捨てならない情報がいくつもあった。
これまで、基地に対して神社本庁の介入はなかった。強いて言えば名目上は本庁所属となっている小角由亜・里亜を派遣しているという程度で、しかも二人にそれを指示したのは対策班二課であって、一課は無関係だ。それゆえ、飽くまで基地の方針や作戦の立案は神騎に搭乗する巫同士の合議に一任されてきた。そこへ、これまで何ら接点のなかった対策班一課が挨拶もなく土足で乗り込んだ。それも、自前の軍隊を引き連れて……
「あなたたちは、なんにもわかってない!神騎を兵器呼ばわりなんて、許されないんだから!」
後ろで黙って聞いていた稚雁が喉を震わせながら叫んだ。前へ跳び出した稚雁を由亜が諫める。
「何とでも言え。思想だとか信仰だとかのつまらんこじつけなど俺の管轄ではない。だがこれだけは分かる、この平和な街が廃墟と化したのは貴様らの手ぬるいやり方のせいだとな!」
稚雁は思わず出かかっていた言葉を呑み込んだ。
「俺が指揮を執っていればあれしきの敵を相手に国土の蹂躙など許さなかった。現に今日の貴様らの体たらく、あれは何だ。指揮系統が不明瞭でリーダーが誰かも分かりゃしない。一匹倒すのに三人がかり、それも一名は手前の命も守れず敵前で戦闘不能に陥ってると来てる。端的に言って未熟だ。俺ならそんな奴をそもそも戦場に送り出さない」
ほんの一瞬で十和田に言い返そうとする者はいなくなった。
「今日の実戦で俺の方針とその有効性は立証したつもりだ。信じられないだろうが、あいつらにとっては今日のが初陣だからな。敵の攻撃パターン・移動ルート・弱点……客観的な検証の下、対応策さえ編み出せばぶっつけ本番でもあれだけのパフォーマンスを発揮できる。まあ、検証する上で貴様らから抽出したデータが役に立った点だけは褒めてやっても良い」 言うだけ言うと、十和田は取り巻きを引き連れてドックの外に待たせていたセダンへ歩き始めた。
「まだ最後の質問に答えてない」
人だかりの中から十和田の返答だけが聞こえた。
「何をしにここへ来たか?今の話を聞いて分からぬほど愚かでもあるまい。戦略単位としての神騎の量産化が可能となった以上、性能において大きくばらつきのあるオリジナルの寄せ集めなど用済みだ。元の神社にでもどこへでも帰って今まで通り大人しく拝まれていろ」
「……このこと、和泉さんは何て」
ぎくりとするほど大きな笑い声がドックにこだまする。
「知る訳がないだろう!それこそ教えてやる義務がない。霞ヶ浦の一件では確かに多少目立つ働きをしたようだが、奴は完全に先を見誤った。奴を信頼して独断専行を許した二課の連中は全員巻き添えを食ってる。奴の妄言に耳を貸す奴など本庁にはもう誰一人いやしない」
後部座席の扉がばたんと閉じる。セダンへ乗り込んだ十和田に、稚雁は震える唇からやっとの思いで一言ぶつけた。
「あなたに、祈りの心はあるの」
窓を開けた後部座席から品のない薄ら笑いを浮かべて、男は言った。
「持ち合わせているように見えるか?」