Chapter00-00_A.D.0797/11/05
こちらの作品はシナリオライター・漫画原作等で活躍されている笠間裕之先生の小説『ミカヅチ』の二次創作『木造ロボ フドウ【再臨の忿怒尊篇】』の続編となっております。この第1話については1話完結なのでミリしらで読んでも問題ないと思います。唐突に巨大ロボが出てくる不自然さだけ許せるなら挑戦してくださいw
まずはこれを読む
↓木造ロボ ミカヅチ(著:笠間裕之先生)
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次にこれを読む
↓木造ロボ フドウ【再臨の忿怒尊篇】(著:石田初羽)
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国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし
願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ
『遠野物語』柳田国男
桓武天皇御宇一七年。坂上田村麻呂は帝が行幸されるにあたって先導の役に任じられていた。遙か後ろでゆったりと進む輿を気遣いながらひたすら馬を進めて七日余りが経った頃、田村麻呂は目的地へ近づくほどに自信をなくして不安に駆られ始めていた。
征夷大将軍という大役を確かに拝命した。敵の根城に向かう途上で確かにあの男に出くわした。なれど、それから先に起きたことは夢とも現ともつかぬ。帝は田村麻呂の話を信じて今度の行幸を決断されたのだ。それが、気づかぬ間に募った敵への恐れが見せたただの幻であったとしたら……。そう思いなして田村麻呂の足取りは行幸の先導という重責がある上に尚一層重くなっていた。
声が、感触が、記憶が曖昧になるほどにあの時見たものが嘘のように思えてたまらなくなる。
ならば、と田村麻呂は気を取り直した。
忘れかけているのならもう一度はっきり思い出せば良いだけのこと。そう、あれは今より遡っておよそ二〇日前……
今より遡っておよそ二〇日前、東国は荒ぶる蝦夷の反逆に長らく悩まされていた。被害を重く見た帝は朝敵・安倍高丸を討つべく策を案じた。
帝は公卿である坂上田村麻呂を呼び寄せ、これを征夷大将軍に任じた。宮中にまで届く武勲を誇れる者は数えるほどであり、敵を討てるはこの男の他になしとの帝の言に異論を唱える者もなかった。
勅命を帯びた田村麻呂は選りすぐりの武者共を引き連れ、東山道の切り通しをひた走った。
奥州へ向かう途上、信濃国伊那郡に差し掛かると田村麻呂の進む先に一人の武士が現れた。山深く霧の深い道で藍摺の水干に鎧をまとった出で立ちの、葦毛なる馬に跨がったその武者、腰に佩いた太刀よりただならぬ妖気を発しながらも敵とは思えず。
田村麻呂、身じろぎもせずこちらを見据えるその田舎武者をひとつ試してやろうと悪戯心を起こし、従う武者共に構わず続けと命じる。
近づくほどに速度を減じるどころかますます馬を急き立て、あわや男を轢き殺さんとする勢い。両者いささかも退かず、視界の霞む天候の中その男の水干に施された梶の葉の紋さえも瞭然と見える距離にまで差し迫った、その時――
突如として田村麻呂らの馬がくるり向きを変え主を振り落とさん勢いで仰け反った。怪我を負う者こそいなかったものの、急に立ち止まった先頭の者らに次から次へとぶつかって押し問答を繰り返し、猛り立った馬らを宥めるに相応の時間を要した。
その男、鬼か物の怪かと恐れ慄く武者共に刀を納めさせ、田村麻呂は丁重に失礼を詫びた上で名を尋ねた。
男の鎧は萌葱色の糸でおどしてあり、足には菅の行騰、背には鷹羽の箆矢を負っていた。田村麻呂が馬を降りても、刀を鞘に納めただけで自らは馬を降りようともしないその超然的な態度に田村麻呂の家臣らは腹を立てるのも忘れて呆気に取られた。
帝より直々《じきじき》に勅命を賜った将軍を見下ろし、菅笠を目深に被り黒い漆で塗った異形の面に隠された口からただ一言、
「吾は甲賀三郎諏方と申しし者なり」とのみ言いける。その声、男のものながら鈴のごとくなり。
甲賀三郎諏方と申しし兵、坂上田村麻呂の頼みを聞き容れて蝦夷征討の任に加わり、三〇〇を数える手勢と寝食を共にす。なれど出立してより数日と言うもの、自らは面を外さず、ものを食わず、水さえも口にする気配がなく、また眠っている様子もないとの家臣の報せに田村麻呂もいよいよ怪しと訝しみ、脇に置いて自ら見張ることにした。
自らの名を述べて以来一度も言葉を発しない諏方を眺めている内、ややもすると本当にこの世のものではないやも知れぬとの疑いが一層強まった。百戦錬磨の将軍の心に長年忘れていた、寒々とした怖気が走った。
更に数日の行軍を重ねた田村麻呂らは遂に蝦夷の首長・安倍高丸の居城に辿り着き、すぐさま布陣しこれを攻める。
勝手知ったる蝦夷らを前に苦戦を強いられながらも、堅い門を破ってからの朝廷軍の働きは目覚ましかった。
敵味方入り乱れる戦場を、田村麻呂は諏方を引き連れて屋敷の奥へと向かう。そこには果たして、髪を振り乱し鬼の如き形相の高丸が大きな盃で酒を呷っていた。敵に攻め入られながらも威勢を崩さぬ高丸は噂に違わぬ大男で丈は一三尺にも及ぼうか。立ち上がると特別に設えられた屋敷の高い天井にさえも肩が届くほどだった。
田村麻呂に追いついた武者共は、高丸の姿を見るやそれまで勢いづいていたのが嘘のように怯え、ほとんどが背を向けて逃げ出し、そうでない者は腰が抜けて敵の軍勢に背中から刺し殺された。
高丸は狭い屋敷の中で縦横無尽に大太刀を振り回し、敵味方の区別なく至るところですぱんすぱんと腕や頭が吹き飛んだ。今や正体を保っているのは田村麻呂と諏方の二人のみである。
目前に差し迫った死を前に田村麻呂が「策はないか」と問おうと隣を見やると、諏方俄に弓を構え、悠然と敵の前に躍り出た。番えたるは丹で塗られた一本の矢。諏方の姿を認めるやどしんどしんと迫り来る高丸。放たれた矢が赤い閃光となって一直線に、鬼の左目を貫いた。これに怯んだ高丸の首へ田村麻呂が果敢に斬り掛かる。しかし飛沫を上げて血は吹き出ても、その丸太の如き太い首は一度では切り倒せず、踊り狂うようにしぶとく跳ね回る高丸へもう一撃を食らわせねばならなかった。
かくして、坂上田村麻呂による蝦夷征討は成った。
鬼の血に塗れた将軍が我に返った時には、甲賀三郎諏方の姿は既になかった。誰に尋ねてもどこへ行ったか知らぬと言う。
変わり果てた屋敷を探し回っていると、田村麻呂は赤児の泣き声を聞き取った。血と煙の臭いが立ちこめる戦場に最も似つかわしくないその声を頼りに、田村麻呂は屋敷の奥で身を寄せ合っていた女たちを探し当てた。出で立ちからして高丸の娘と思しき乙女の腕に掻き抱かれていた赤児を見て田村麻呂はぎょっとして二、三度目をこすった。赤児の眼の輝きの中に、確かに甲賀三郎諏方を見たのだった。
赤児を今にも殺そうといきり立つ武者から取り上げると、無用な略奪を帝はお許しにならぬと再三言いつけた上で家臣に始末を任せ、自らは僅かばかりの護衛を率いて一足早く帰路に就いた。道中、諏方と出会った信濃国伊那郡の女に赤児を預け、その後は片時も休まずに馬を走らせ平安京へと舞い戻った……
かくして、田村麻呂はこの不可思議な出来事を包み隠さず帝に打ち明けた。公卿らが苦笑する中で唯一人帝だけは将軍の話を作り話とはお思いにならなかった。自ら出向いて会いに行こうと言う帝に、田村麻呂は一言命じて頂ければ都へ赤児を連れて参りましょうと提案した。それでも良しとは言わぬ帝に深意を感じ取った田村麻呂はそれ以上何も言えずにいると、帝は言った。
「その神とも物ともつかぬ者を元の方へ戻ししそなたの配慮、其がいずれのものにあれ過たばおらぬならむ」
平安京から遙々《はるばる》信濃へ、行幸の輿では更に五日を要した。京へ戻る前と何ら変わらぬ村の様子を見て田村麻呂は心底安心した。赤児を預けた屋敷の前へ帝の輿を誘導すると、何事かと通りへ出てその状況を察するやひれ伏したまま動こうとしない女に命じて預けた赤児を差し出すよう命じた。
その姿を見て驚いたのは田村麻呂の方であった。
何の間違いか、女が差し出したのは年の頃は八歳ばかりと見える童子だった。帝を前にして困惑しきりの田村麻呂。しかし何度問い質してもこの少年で間違いない、貴殿に命じられて屋敷に匿って半月、あれよあれよという間に成長したのだと言う。
そこまで言われて、ようやく田村麻呂は童子をじっくり見る気になった。その両の眼には、確かに高丸を前にして共に戦った時、諏方が面の奥から覗かせていたのと同じ輝きに満ちていた。
田村麻呂が得心した様子を見せると、その利発そうな童子は臆する様子もなく帝の面前へ進み、丁重に礼をした。村の者が彼らなりに苦労してどこかから集めてきたと見えるぼろぼろの狩衣をまとったみすぼらしい姿ながらも、いや、みすぼらしいからこそ一層その生まれの高貴さが際立って感じ取れた。
童子は言った。
「吾に体なし、この童子を以て吾が体と為す。吾を拝せむと欲せば、須く祝を見るべし」
その言葉は帝に向けて発せられていたが、しかし田村麻呂はその時になって初めて、その少年が諏訪明神・武御名方命であると知った。
更に二、三のやりとりの後に帝が童子に都入りを勧めると、首を振って答えた。
「今更に上洛に及ばず、此処に留まるべし。又遊行の中に狩猟殊に甘心するなり」
その無邪気な言葉に微笑んだ帝は柊の木の下、丸く平たい石の上で佇む童子の狩衣を手ずから脱がせ、予め支度させた祝が着るべき純白の装束を纏わせた。
その瞬間、一帯の山が唸り声の如き音を上げて激しい地震が襲った。先程まで晴れていたはずの空は一変俄に掻き曇り、山頂は濃い笠雲に包まれて激しい稲妻に見舞われていた。
地面の揺れは徐々に収まりながら大きな足音に変わっていく。見上げれば童子の背後に控えていた守矢山の陰から一台の神騎が姿を現していた。丈は一三尺余り、立派に鎧を纏った白木造りの機巧武者が悠然と立っている。これにはさすがの田村麻呂もすっかり腰を抜かした。神騎なぞ、遠目に眺めたことはあっても真下から見上げたことはなかったからだ。
白木の神騎は足下に散らばる粗末な家々を蹴り飛ばさないように注意しながらゆっくりと腰を下ろすと、少年の後ろで傅くように膝を突いた。
「吾が身は既に大明神の御正体と罷り成り候いぬ。清器申し給りて定かなり。今よりして不浄なることあるべからず」
帝に従う女官らの手によって梶の葉散らしの錦織の袴を着け、山鳩色の束帯に身を包んだ童子は最後の仕上げに振り分け髪を丁寧に結われて、帝より冠を賜った。この後より一二〇〇年七八代に渡って連綿と続く諏訪大社上社大祝の始祖にして神氏の始祖・御衣着祝有員の誕生である。
有員は建御雷槌命に敗走して以来諏訪に鎮座すると伝わる神を名乗り、帝はそれを承認した。そればかりかこの少年に諏訪一帯の領主の身分を与え、社の造営をもお許しになった。勿論、神騎ミナカタの所有も社の一部であると解釈して不問に帰している。当時、早くも神騎不要路線を進んでいた大和朝廷としては無条件での神騎の所有及び使用の許可は異例の対応であった。この後も朝廷は神騎に頼るよりも人による神楽の錬度を高め継承していくことを魑魅魍魎調伏の要とする方針を変えることは平成の世に至るまでついぞなかったが、しかし諏訪に対する寛容な接し方もまた不変であった。荒ぶる国津神が怒りを露わにするのは常に、複雑な構造を持つ祭政体内部に取り入ろうと画策する部外者に対してのみであったのだ。
はい、二次創作の第2弾(完成未定)の第1話を読んでくださった頭のおかしい皆さんこんにちは!ありがとうございます。。
続編を鋭意制作中と言い始めてどのくらい経ったかな…… 半年経つか経たないかくらいですね。進んでるか進んでないか正直微妙なところなんです。物語をより深く掘り下げていくために1作目で感覚で書いてた神道とか密教とかについてもっとよく調べなきゃいけないな、と思ってとりあえず一番興味を惹かれてた古代諏訪信仰に関する書籍を取り寄せて読んでるところです。はい、密教由来のフドウが主人公なのにそっちのけで。しかし諏訪信仰が思いの外奥が深くて、労働の合間に読み下してるだけで半年経っちゃったって感じ。並行して物語の構想も練りつつメモを取って、物語に活かせそうな知識とかアイディアは既に1作目に書き貯めたのと同じくらいのものが既にあるんですよ。なのに全然完成する気配がない(血涙)
今回は物語の軸をいくつも立ててちょいちょい絡み合わせる感じで……と思ってるので単純に3、4作分のプロットが必要になるっていう……単純なお話だね。
未完成の大作より完結した駄作を量産すべきとは思ってはいるんですけどね、木造ロボという概念への愛がずっと強くなり続けてて、常にその時の自分の全力を尽くさなきゃなと思っててそんな堂々巡りに…… それを打破すべくとりあえず出しちゃえ、という感覚で今回お試しで第1話を投稿してみたと、そんな寸法です。いかがでしたでしょうか。早速この半年間のお勉強が活きてましたねー…… 深過ぎて伝わらねえ、とか出典が特殊過ぎて元ネタに辿り着けねえ、とかせっかく興味を持ってくれた方にそんな目には遭ってほしくないので、今回もふつーに読んで面白い、を目指しました。それでいてふと気が向いてキーワードを検索したらちゃんと元ネタが出てくる、小説の方も史実に準拠してて明確にウソと分かるものしか混ぜてないから混乱しなくて済む、みたいなね。諏訪信仰の変遷ってそれだけで面白いし、ミステリーなんですよ。だから物語を展開させていく中でその片鱗に触れられるようにしたいなあ。登場した御衣着祝有員というのが、なかなか疑惑の人物なのでね……えへへ……
ところでこういうふうに自分の興味の赴くままに展開させていくにあたってひとつ問題がありまして……『ミカヅチ』と『フドウ1』を読了した上でこれを読んでくださっている奇特な方はもうお気づきだと思うのですが……
『ミカヅチ』と『フドウ』それぞれの設定の整合性ってどうなってるの?問題。
お答えします。笠間先生の『ミカヅチ』を読み込んで今後『ミカヅチ』の物語が進展しても先生が来なさそうな場所まで離れて好き勝手やらせてもらってる、です。『フドウ1』に関しては、少なくともそうでした。物語がそもそも千葉県内で完結するからそれで充分だったんですよね。全部読んだ上で避けてるから矛盾してる部分はないんじゃないかと……。あと武御雷命をお祀りしてることで有名な神社として春日大社がありますけど、そこは今後出てきそうだから『フドウ』では登場させないでおこう……みたいな。これは今回も続行です。
元々神話好き好き人間なので大きな歴史とかのバックボーンありきで物語たいっていう、そんな傾向を発揮して『ミカヅチ』で語られなかった偽史的な設定を埋めていったつもり。
それが、今回の第1話で一線を越えてしまったんですよねー……
諏訪大社・ミナカタの知られざる歴史という、先生の縄張りど真ん中に踏み込んでます。これに関しては本当に考えました。二次創作を名乗ってる以上『フドウ』は飽くまでも「従」なんだけれども、しかし何らかのかたちで迷惑をおかけすることだけは避けなきゃなって(だって二次創作してるの私しかいないから……並び立っちゃってる感じするでしょ)。しかし、続編のプロットを練っていくうちにどうしても諏訪に鎮座する武御名方命(と歴史に埋もれた先住神)を避けて語るのは不可能だとの結論に達して、意を決して複数ある物語の軸のひとつを諏訪に据えることにした次第です。小説ヂカラでは箸にも棒にも掛からぬ私だけど、だからこそ半端なことをしたくない…… そういう訳で、今後『ミカヅチ』が進展していけば『フドウ』との整合性が取れなくなる部分が出てくることもあると思います。その時は飽くまでも『ミカヅチ』が「主」で『フドウ』が「従」なので!注意喚起するほどのことでもないとは思うんですけど……どうかご了承頂きたい。
それで、今後どこまで踏み込んでいくつもりなのか。
まず、『ミカヅチ』の主要キャラは物語の本筋には一切登場しません。とりあえず『フドウ2』では鹿島周辺は完全に外して考えてます。諏訪は舞台にはなるけど希ちゃんも登場しません。多分またミナカタを連れて鹿島に出張してると思うので不在とします。なので致命的に整合性が取れなくなることはないんじゃないかと……
実は武見衣乃理ちゃん・諏訪希ちゃんと長月玻那華・伊能彩雲との邂逅エピソードを書くのがこっそり夢なんですけど、とりあえず『フドウ2』ではお預けです。もし更に先が書ければ、その時にまた考えても良いでしょう。『フドウ』はこのままスピンオフから緩やかにスピンアウトして独自に大団円を迎えることになります。まずは目の前に積まれた文献に目を通す……