隼はからかわれる
午前の授業が終わり、俺、璃音、大誠、詩利華の四人で学食へ向かい、隣のクラスの留未と隼は体育の授業の後片付けと着替えで遅れるそうだ。
昨日は偶然だったが今日は学食にて集合を呼びかけた。その理由は璃音と昨日不在だった隼と一度顔を合わせておきたいのと、初対面の璃音と人に懐きにくい凖だけだと俺が間に入っても妙な空気になりかねないので、二人を緩和するため大誠達を呼んだ。
隼はサボりもあるけど、アルバイトで忙しくなかなか顔を出せないのは知っている。だからこのお昼時間に合わせて面識を持ってもらおうと考えた。
「その、隼さんはどんな人なのかな」
隼について何も知らない璃音はそわそわして人柄を気にし、呟く。
簡単に言うと、”良心を得た不良”、とかかな。見た目チャラ男で喋り方はダルそうではあるが、良いヤツでブツブツ文句を吐きながらも俺達とボランティア活動してきた。
「良心を得た――」
「アホよ」
俺が言いかけたとき、ひそかに笑う詩利華が面白半分で隼のイメージダウンを企み割り込んできた。清楚気取った女の化けの皮が剥げ、漆黒の魔女と変化する瞬間である。
「あほう? は、どの意味の」
「そのままの意味。アホよ」
「あ、れ」
「体力だけが取り柄の脳筋単細胞」
「う、ん?」
「趣味は授業中に消しカスを集めて丸めて、家に持ち帰り部屋に飾ることなのよ」
「ええ…」
詩利華のからかいが始まり、罵倒から嘘の趣味まで言い出してそれからも嘘と偏見を重ねて、それを真に受ける璃音の表情が固まる。
からかい好きの詩利華は隼の事になると特にヒートアップする。
きっかけを生んだのは丁度一年くらい前、校舎の裏で留未と隼が口論していた場面をその時はまだ知り合っていない詩利華が通り掛けに見かけ、不良に脅されてると思い込んで止めに入った。
後に留未がどういう間柄なのか話し誤解を解き、その話の中でボランティア活動の説明をしてこれを機に留未が詩利華をメンバーに勧誘した。この出来事がきっかけで隼をからかうようになったらしい。
放って置いたら璃音が思う隼のイメージが勝手に落ちていく。早く止めないと会った時がマジやばい。
「(全部デタラメだから真に受けるなよ)」
「……」
ばれぬよう小声で一言入れたが璃音の顔はポカーンと口が開いて反応が無い。どうやら完全に刷り込まれて隼の変人イメージが完成されたのだろう。
「お腹ペコペコ~」
学食の入口から、空腹を訴えお腹を擦りながら歩いてくる留未と制服のボタンを豪快に開けて赤いシャツが目立つ隼が俺達の席へ向かってくる。
「お待たせしました。璃音ちゃん、隣いいですか?」
「うん。いいよ」
留未は迷いなく璃音の隣に座り、隼は何も言わず小さい溜め息を吐きながら大誠の隣の椅子に気怠そうにもたれかかる。
「隼。この子が昨日入った新入部員の戸坂璃音だ」
予め昨晩伝えておいたから早速紹介することにする。
「はじ、め、まして」
「よお… よろしくな」
頭から変人イメージが離れない璃音が必死の笑顔で隼と顔を合わせる。が、口元が引きつってるせいで歯切れが悪い。
見た目が怖いからビビる。ならわかるが、口元が引きづるのは明らかに違う様子であることに隼も勘づいて目を細めて疑う。
「なんで俺を見て引きつってんだ」
おかしな反応な疑いに大誠へ率直に問いをかける。
「お前に怖がってるんじゃないか」
「そんなふうに見えねぇ。なんか裏があるんじゃねえの」
「裏はないが、花蓮が先ほど戸坂にお前の話をしてたぞ」
「ああああ!? てめえ、変なこと吹き込みやがったなッ」
大誠が純粋にありのまま教え、即理解した隼は態度が急変し椅子から声と共に荒々しく立ち上がり詩利華の方を睨みつけ、詩利華はちっとも動じず穏やかで涼しげな顔をする。
「落ち着きなさい。戸坂さんが迷惑しますわ」
「そうさせたのは誰のせいだ」
「人付き合いの苦手な貴方のために、前もって貴方の事を話してあげたのよ」
「そのつもりならこの新入りが俺を見て引きつった顔した訳は何なんだよ」
詩利華と隼の壮絶な(ただの言い)争いがこれより開幕。こうなると収集がつくのに少し時間がかかる。
一方、璃音は、『あたしはどうしたらいいの?』 と、言わんばかりにこの状況の中であたふたして落ち着けずにいた。
「(ちょっと)」
落ち着けないご様子の璃音を見兼ねる留未が人差し指でツンツンと璃音の腕を小突く。
「(詩利華ちゃんと隼君は、こう見えて本当は仲良しさんだから)」
「(そうは見えないけど)」
「(二人の間ではいつものことだし)」
「(それは"仲良し"て、言えるのかな?)」
璃音は困惑と笑いが入り混じった複雑な表情をしながら二人のやり取りを凝視した。
この光景を見て仲良しなんて到底思えないよな。俺としても二人の仲が良いとは何とも言い難い。二人がキャッキャ楽しくして話す姿は俺でさえ一度も見たことが無い。喧嘩するほど仲が良い。この言葉に二人には当てはまらない。
「今でも消しカスを集めては家に持って帰るのでしょ」
「それは小さいガキの頃の話だ! で、なんで知ってんだ!?」
「さあ、どうしてかしら」
「思った以上に陰険女だな貴様」
詩利華と隼の会話は違う方向に向かい、璃音の反応がどうのの話しから大分逸れて、俺達は漫才でも見てるかのように歓楽した。
「まったくよう… 悪いな新人。見苦しいもん見せちまって」
やれやれと呆れた隼が大人しく椅子に座り、璃音の方を向いて苦笑いしながらお詫びの言葉を口に出すと、留未と大誠がはたと吃驚して目を開きどよめきはじめた。
「知らん相手にお前がお詫びをするとは…」
「成長したんだね。わたしはうれしいよ」
「成長祝いに俺のチーチクやるぞ」
「わたしはチョコクッキーを」
「コラ。てめえ達まで俺をからかってんのか」
隼の存在は今となって俺達の中でいじられキャラ化している。当時、不良中学生の隼にこんなことすれば拳が飛んでボコボコの血祭に上げられる。それどころかする度胸もなかったろう。
彼の喧嘩の鬼強さは他校でも有名で、同類の不良達が寄って集って狙いに。だが、相手が何人であろうとも隼は喧嘩を挑み返り討ちにして彼の知名度が自然に上がっていった。
この学園入学の際も教師や顔見知りの生徒が既に目を光らせ厳重にマークされていた。
「少しからかい過ぎましたわね。枝豆あげますので怒りを静めなさい」
「おかずのチョイスと言い方になぜだか悪意を感じるな。それとよ、食いもんくれれば気が済むとか勘違いすんな」
ところが現在だと見ての通り、隼のヤツはかなり丸くなった。まるで野生本能を失った狼だ。
中学時代はそんじょそこらで悪さを好き放題やって暴れまわり、中には盗みやカツアゲをしたりで金を稼ぎ、そんな人から奪う残忍な少年犯罪から足を洗い、それを元いアルバイトを始め日々体を張って金稼いでいるわけだ。
「今日もバイトあるのか?」
俺は弁当の蓋を開けながら何となく隼にバイトがあるのかないのか聞いてみた。
もし、ないのであれば我らの拠点となった部室に招待し部活に参加してもらおう。
「いや。ないが」
「よし。だったら放課後は部活に来れるな」
「部活? そういや申請が通ったどうのこうの言ってたな」
「時間が無いだろうと思って、すでに君用の申請書も提出済みなのさ」
「許可なしに勝手な事してくれてんな。別に良いけどよ」
焼きそばパンをかじりつつ不満を漏らすが怒っているわけでもなく、入部否定はしてこなかった。メンバー意識しっかり持ってるんだな。
「昨日の昼飯の借りを返す意味で今日は参加してやる」
「と、なれば久々に全員集合ってな感じだな」
これまでボランティア活動で集まる際、留未と大誠は基本的に毎度参加して出席率はとびきり高く、詩利華は家の用事で度々来れなかったりするけど割り方参加してくれてる。隼だけが比較的参加率が低い。
「来てくれるの!?」
「今日はえらく素直だ。栄養不足で思考が回ってないのではないか。ミートボール食うか?」
「部室に美味しい煎餅あるからね」
「そのくだりはもういいっての!」
頭が天然同士の気遣う優しさが、からかうカタチになっている。これだから天然素質は侮れない。
似合わないツッコミ役になっているのが見ていて面白可笑しくある。
「お前らと居ると余計疲れ溜まるわ。これ以上は身が保てん」
アルバイトの疲労が蓄積された身体を労るかのように隼は自分で肩をほぐし大きく重たい息を深く吐き出した。
「それは大変ですわね。でしたら、放課後に私が肩をほぐして差しあげましょうか?」
疲れた様子を見受けて懸念したのか詩利華は思いついたように手を合わせて、ご主人を奉仕するメイドみたく口調で肩を揉むジェスチャーをしつつ、母性のようなものを感じさせる優しい笑顔で隼に問いかける。
「なんだ。気持ちわりぃぐらい優しくなったな」
「さっきからかったお詫びです。どうしますか」
「仕方ねぇ。どうしてもと言うのならさせてやる。俺を満足させろよ」
「ええ。喜んで」
俺は最後に見せた詩利華のたおやかな微笑みを見て悟った。その表情は裏の顔を隠すための作り笑顔だと。
上から目線の隼は謝礼を悪用しようと企んでいると思うが詩利華はそれを見据えた上で逆に利用しようとしている。彼女のフェイクを見破れなかった隼はヤンキー時代より恐ろしく勘が鈍っていた。
コードネーム 狂気の白狼よ、そこまで落ちぶれてしまったか。
人間は環境が変わると物事の考えや性格が良くも悪くも変わって人生に大きな影響を与える。例えば、誰かと出会ったことで悪の道から外れ善の道へと歩みを変じた、とある男がいた。名前は言うまでもないが。
「昼寝してくっから、あとはお前らでごゆっくり楽しみな。あばよ」
眠気を誘いそうな欠伸をしながら席を立つ隼の右手には留未から貰った紙包みされたチョコクッキーをちゃっかり持っていた。
「ちゃんと部活来いよ」
「わかってるよ。来なきゃ行けねえ理由もあるしな」
悪用を企み、へらへら悪人面を浮かべる不良が外で横になって女の子から受け取ったチョコクッキーを美味しく食べる姿を想像すると超ウケる。案外、可愛いところあるな。
アイツが一人で行くとすれば学園の屋上か校舎の裏庭。その場所に行けば大抵居たりする。
「あの方って俗に言う不良なの?」
喋ろうにも気まずくて喋れなかった空気をひときわ味わっていた璃音が意に違わずの質問を俺に問いかける。その問いを答える前に俺は些かにひと笑いした。
「見ての通り不良だ。だが、悪いヤツじゃない。愉快な俺達とつるんでるんだから見ててわかったろ」
「それじゃあ、変な趣味持ってる話も本当?」
「ごめんなさい。それは全部、私の嘘ですわ」
このタイミングで申し訳なく詫びを入れる詩利華。
「あれ全部嘘だったの!?」
「彼をからかうために嘘を教えたんです。でもまさか、真に受けるとは思わなくて」
「隼と会った時の璃音の顔は、それはもうドン引きだった」
「うえぇ…」
自責の念に苛まれ頭を抱える璃音だが、悪いのは百パーセント詩利華の方である。
「次に会う時はどんな顔してればいいの~」
弁当を食べ終わった留未がチョコクッキーを幸せそうにモグモグ食べる隣で、まだ頭を抱えてかなりの悩みに悩む璃音らが合わさった風景は、世の中の幸福と不幸を比較した人の有り様かと思えるほどの絵になっている。
「もっと蔑んだ顔をしてゴミでも見てるような目つきでいきましょ。相手は不良よ、遠慮なんていらないわ」
「これ以上、璃音を巻き込むな! それでもクラスの委員長か、清楚気取ったドエス!」
今まで黙って見ていたが、冗談でも流石に璃音を困らせるのは忍びないと思う俺はツッコミを強い入れる。
反省したかと思えばまったく後を引かない詩利華のからかい癖はなぜこうも執着するのか不思議で仕方ない。
いつの日か、彼女の家計は超が付くほどの金持ちだと小耳に挟んだことがある。親がお偉いさんなら厳しい躾けくらいされてあるだろうから、少なくともこんなイジワル悪女にはならないよな。才能と身のこなし方だけは立派な御嬢様だが。
「璃音ちゃん。悩んでる時こそ糖分が必要なのです」
留未と言う名の熾天使はこうしてまた苦しみ迷う者に小さな幸せを分け与え、汝を救わんとす。この熾天使にどうか祝福があらんことを。
差し出したチョコクッキーを手に取り、『いただきます』と一言言いパクリと口にすると、しっとり甘いチョコと香ばしいバターの味が口の中で溶け込んでほっぺがこぼれ落ちそうな顔に変わっていった。
「おいしい… どこで買ったのこれ」
「それはわたしの手作りなんだ」
「ええッ。こんな美味しいお菓子作れるの」
「お菓子は食べるのも好きだけど、作るのだって好きなんですよ」
「あたしてっきりお店で買ったのかと思ってて」
「留未の作ったお菓子はお店に出して良いくらいの一級品だからな」
「お褒めに預かり光栄です、隊長」
留未の手作りは何度も食べてみてもどれもが甘美な菓子で出来上がりも上等、お世辞でなくて本当に称賛する美味しさ。将来目指すのなら有望なパティシエールになろう。
それからお手製のチョコクッキーを留未が俺達にも分けてくれて、みんなで仲良く食後のスイーツを頂いたのだった。
完食後、喉の奥が渇きはじめ、水分を欲する身体の為に外の自販機に足を運ぶと、奥底に生えた大きな木の下で隼が横たわって寝そべる姿が見えた。
缶ジュースが飲み終わるまで自販機から何となく拝見していると、ポケットからなにやら紙包みを取り出した。
あれは留未から貰ったチョコクッキー。今から食べるのか。
包みから中身を出すその刹那、無残に砕けたクッキーのカケラが隼の服に、物の半分以上ボロボロ散らばり落っこちる。
原因はポケットに入れたまま寝返りしたせいで砕けたんだろうな。
「あーあ、やっちまった」
無事だった残りのクッキーを深々味わい、散り散りの残骸を無心に眺める横姿はまるでショックを受けているようで、何気に食べるのを楽しみにしていたのがわかる。
人から貰ったものでもあんな残念な顔するのか。俺ですら見たことない。隼のヤツにも女々しいところあるんだな。
これを見たのがもし詩利華だったらネタにしてからかう材料になってたか。