2話 王都召集
しばらく間が開きましたが、二話目になります。よろしくおねがいします!
大きな円卓を囲み軽騎兵第二小隊副官のフィオーレは、指揮官のフィリッツの呼び出しに応じて喚問の場にあった。
先の戦いから二日後。戦いを事後点検するとの主旨による召集だった。
軍議を行う場において柔らかな雰囲気のもと行われ、フィオーレはほっとしていた。
(まあ、第二小隊は戦勲も著しいことだ。心配は必要なかったか……)
会議の間に、各隊の隊長、副官が顔を揃えている。
といっても重騎兵隊のダレンと副官は任務のため欠席していたが。
獣脂の蝋燭の臭いが食欲を刺激する。
隊務が終わり、厩舎で一息ついたところであったため、不意を突かれた感じだった。
(――早々に晩飯を食っておくべきだった)そうも思う。
ちょうど軽騎兵の聞き取りが行われる。ラパン男爵と戦闘が行われた地図が卓上で広げられている。
フィオーレも初めて目にする。それには村落、河川、荘園が詳細に描かれていた。
第一小隊のアレスと第二小隊のダーナの両隊長が円卓に進み出る形で受け答えをしている。
「朝日を背にしての逆落とし。敵を迂回後、背面強襲という戦術も取れたのではないかの?」
「はい、当初その想定でしたが、ダーナの提案により即座に変更しました」重騎兵隊長のクリスの問いにアレスが重々しく述べる。
「ダーナはなぜそうしたいと思ったのかい?」と、この場を召集した主であるフィリッツ。
「背面強襲に移るには彼我が接近しすぎていました。我らの馬蹄の響きにより背面への移動中に、奇襲の企図は敵に露呈すると考えました。――よって即座に強襲へ移ることをアレスに提案しました」
「了解した」クリスが頷く。
「ラパン男爵を早々に討ち取れたことは男爵軍討伐での大きな要因となっておる。一度目の突撃で良くやれたものじゃと思うが……歩兵の中にあるラパンをよう見つけられたものじゃの」
「敵指揮官の識別にどのくらいかかった?」クリスの感想に続けてフィリッツがそのように問う。
「えっと……」と言いよどむ上官に代わり、フィオーレが進み出る。
「二拍(約二秒)です」
フィオーレの即座の回答に一同から「ほう……」と賞賛のため息が漏れたのを、フィオーレは満足げに聞いた。
「フィオ、ちょっとそれは盛りすぎじゃない?……敵歩兵の密度で一番分厚いところをまず、突入角にしました。これは正しかったと思います。駆けながら男爵と確信するまでには、確かにそのくらいの時間だったかもしれません」
ちょっとジト目な横顔にフィオーレは何も言わず、口の端をちょっとつり上げるだけで応答した。上官の賞賛に繋がるようなことは何でもしたいのだ。
頷いたフィリッツは卓上の地図を丸めると、別の地図を取り出し広げた。
「今度はアトーヤ本隊の戦いだ。続けて軽騎兵隊にいくつか問う」
ワインを口に含みつつ、座に着くフィリッツが両隊の四名をゆっくり見回す。
「ラパンを討った後、本隊と合流して指示を待つよりは、敵を奇襲した方が良いと判断したわけだね?」
「私は正直そこに悩みがありました。ですが、ダーナの要望に多少流されたところはあります」
アレスが淡々とそう述べる。迷いはあったと率直に述べるアレス隊長にフィオーレは驚きの顔を向ける。
かつて第二小隊の隊長を務めていたフィオーレには出来ない報告だった。……こんなに率直に自身の迷いを自分は言えない。
「二隊により背後を見せていた軽騎兵を急襲した。敵の指揮官に一直線に進むダーナ隊とは別に、やや遅れてアレスの隊が川のほうへ膨らんで突撃していたように見えたが。この機動の意図はなんだい?」
思い出すようにゆっくりと言葉を句切りつつ、アレスが述べる。
「そもそも敵軽騎兵が背面を向けていたのは、我が砦から出撃した守備兵に対応するものと見て取りました。敵の軽騎兵への突撃はおおよそ成功すると考えられたため。砦の守備兵と戦闘状態にあった砦の攻囲兵を。多少なり牽制する意図でした」
背後でハッとした気配がした。フィオーレはそれに気づき進み出た者に対して場を譲る。
「馬蹄の音でも十分に驚異であったと思いますが、実際に軽騎兵隊に突き進む我が軽騎兵を目にして攻囲兵の動揺が大きくなったのは間違いないです。背面を気にし始めた敵兵を急に討ち取れるようになりましたから」
砦を死守した隊長のグレッグの補足にフィリッツは頷いた。
「了解した。突撃の効果を広げようとしたわけだね。守備隊長の言もあるし、効果は出たと判断する」
フィオーレは先ほどまで空腹を覚えていたが、ここに来て良かったと思った。他の隊の長がその場その場で、どのように考えていたかなど、滅多に聞けるものじゃない。いや、自身にとっては初めてであった。主君のフォッセ子爵はこのような場を開いたことはなかった。空腹感など吹き飛んでいた。
「そしてダーナ隊は一直線に突撃し、軽騎兵隊指揮官の首を上げたと。さながらイノシシのようじゃな」
面白そうに、そしてからかうようにクリスがそう言い、場に笑いが広がった。
上官がやや恥ずかしそうに俯くのが、フィオーレには見えた。
「ダーナがあのように突撃してなければ、私の隊がやっていました」アレスが庇うように言う。
「ああ、それだ。丘の上からは膨らむ機動を行ったとは言え、第一小隊と第二小隊の騎足に僅かとは言えない差があったが、これはなぜだい?」
フィリッツのまっすぐな視線に、アレスも言いよどむ気配を感じた。精悍な第一小隊隊長の横顔をフィオーレは見つめた。
「装備は同じ。馬も配備されたときは同等であったと思います。……ダーナの隊は馬への接し方が濃いです。過ごす時間もですが寝泊まりまで共に過ごしています。主人を信頼し良く耐えよく走る馬になっていると。……今回の戦で我が隊も同じようにやってみようと決意しています。――ダーナに助言を貰いながらですが」
勢いよく頷く上官からフィオーレはアレスの横顔に視線を戻した。――アレスを敬愛することに決めた。
「わかった、そうしてくれ。騎足が速いほうで揃うことには意味があると思う。最後になるが――」
「私の本隊と意思疎通がないまま、槍を補給するとしたらどこが理想かな?」
軽騎兵を壊滅させ、敵の砦攻囲兵を守備隊と呼応し殲滅した後。伝令があり本隊後方で補給を受けるよう伝えられたことをフィオーレは思い出していた。投擲にも適した軽いジャベリンを軽騎兵隊は装備しているが、ラパンとの戦いで早々に失われ、回収も出来ずに連戦していた。本隊後方での補給後は軽騎兵の出番はなくなっていた。
思索に耽る二人を見やりつつ、フィオーレも地図から実際の戦場をイメージする。
やがて、「ここです」とアレスとダーナが同時に地図を指さした。アレスは長身から余裕を持って、ダーナは身を乗り出し地図の一点を指す。二人の指が地図上でぶつかる。一瞬嫉妬の想いが心をよぎる。
「本隊右翼。だいぶ離れた丘の上だね。理由を聞かせてもらって良いかな?」
「補給時は馬速が全くなくなります。補給の意図に気づいた敵兵が迫ってきた場合、私は高さによる速度をすぐに得やすい場が望ましいと思います」
うんと頷いたダーナが続ける。
「旋回も速くやりたいから、味方の歩兵からも距離が欲しい、かな……」
「そうするとここが良いんだね。了解した、今後の参考にするよ」
軽騎兵隊への喚問は終わったようだ。喚問と聞き身を固くする必要は全くなかった。
引き続き重騎兵のクリスがフィリッツの質問に答えている。
年の功からか巧みに冗談を交えて語るクリスにより、先ほどより和やかな空気が会議の間に満ちていた。
フィオーレは父に代わり代理で指揮を執ったまだ若きフィリッツに対し、敬愛する意識が芽生えたのを強く感じていた。
◇
戦闘後すぐにラパン領に向かった重騎兵第二小隊のダレンから、多い日には二度の報告がフォッセ子爵領、領都テルミアに届けられていた。
家宰の協力の下、一時的であるが領内の掌握に務めているらしい。限界まで税を上げられていた領民たちは変化を期待して、今のところ歓迎ムードらしい。重税の一端になっていたラパン男爵渾身の軍船は手を付けず港に係留したままだとか。
(こんな報告受けて良いのかしら?)
ダーナは首をかしげながらそう思う。フィリッツの差し金なんだろうけど、ダレンの報告が都度各隊長に届けられる。
おかげで何が起きてるかわかるけどさ……
厩舎で馬を世話しながら部下達が雑談しつつ、ラパン男爵領の話をしているが。ダーナはそれに「ああ、それはね」って答えられるのだ。もちろん伏せるべきものはフィリッツの判断で止めてるとは思うけど。
あの戦いから二週間あまりが経過していた。
昨夜、王都に呼び出されていた主君であるフォッセ子爵がようやく城に戻ってこれた。
また領都の市民達が、良き一報を酒の肴に酒場へ繰り出していただろう。
城内にも同様の安堵の空気が広がっている。
フィリッツも頑張ったけれど、やっぱり主君が城に居るのと居ないのとでは大いに空気が異なる。
ダーナは城の三階への階段を上りつつ、何事かと思案を巡らせる。
昼食が終わった頃呼び出しを受けたからだ。
――フィリッツではなくフォッセ子爵からであった。
子爵の居室を警備する兵に会釈する。かかとを揃え兵がダーナの入室の是非を伺い立ててくれる。
「軽騎兵第二小隊隊長、ダーナ・シャイアン殿見えられました」
「入ってくれ」との合図と共に部屋に入る。
一礼から目を上げると。部屋には主君であるフリード・ヴァン・フォッセその人と。フィリッツの姿もあった。
「此度は戦勝に貢献すること大であったと、あれから聞いている」
答えず礼に従いかしこまる。
美しく長い髭。領民たちからも誇らしく賞賛される美髭がまず目に入る。師であるクリスと同年配で歳は僅かに主君のほうが上回っていた。フィリッツにはない堂々とした貫禄だった。長身だがすらりと伸びた体躯が、クリスやダレンを従え領民達の前に現れると、歓呼に迎えられるのもわかる気がする。
「戦勝の宴すらまだなのだが、お前にも関係する事案があってな」
何事かと軽く会釈しながら、主君の次の言葉を待つ。
(何かしら。ほんとに分からない)
「国王陛下からフィリッツとお前の呼び出しがあった。拒否は出来ぬ」
あまりの驚きにダーナが素で「え、なんで!?」って言葉が出そうになった。
幼い頃には制することができず、そんな礼を失する言葉がでただろうが、ダーナも経年と共に自制することができた。
「分けが分からんであろうな。ワシとてそうだからな」
苦笑する主君からフィリッツに目を這わせると、フィリッツも首を振っている。
「陛下からは、戦勲夥しい両名に会いたいと」
片目を瞑ってみせる我が主君から、錆びた鉄兜のように緩慢とした動きで視線を落とすと。ダーナは床に向かって目を見開いた。
(この二人、国王陛下にどんな報告してんのよおおおおおお!)
フィリッツからフリードへの報告。フリードから国王への報告。どちらの報告も目を通したくなる。
「私だけでなく、多方面に活躍した方々がおられます。その方々を差し置いて。殿下は分かりますが、私だけが謁見の誉れを賜るなど、承りかねます」
「それは分からんではないが。陛下の私室で出た話ではない。他に重臣、貴族も多数おる場での発言だ。ワシも喜んで受けるしかなかったぞ。書記官も正式な記録としているだろう」
「いかなる報告をなさったのでしょうか……」
「これからの報告は淡々としておったから、多少色を付けて言上したのは確かかもしれん。だが、女性の勇猛果敢な指揮官というだけで陛下の興味を大いに得るには十分であったな」
「……」弁も立つ主君である。どのように戦場を描写し語り尽くしたか。ダーナは恐ろしくなって想像をやめた。
「なるべく早くとの仰いだ。略式で戦勝の宴を執り行うが、その後これと王都へ向かえ」
「……あと陛下には気をつけよ」いきなり恐ろしいことを言う。
「敵の襲来を早馬で受け取った直後、領都へ帰還しようとしたワシを足止めしたのは陛下ご自身でな……」
「まあ、その日に出立しても間に合いませんでしたが――我々親子は嫉まれてますね」
(私が居ないとこで、そういうのやってよね……)
ダーナの願い空しくフィリッツが続ける。
「私にも縁談の一つも来ませんし」
そうだった。フォッセの親子、フリード、嫡男のフィリッツ、次男のフランドル、長女で王都留学中のフィオラ。親子全員、国王から疎まれている。領内でも有名な話だった。適齢期を迎え子爵嫡男のフィリッツ、成人した次男のフランドルにも縁談がない。国王から疎まれている空気がランドレジアの貴族に広まっている。もちろんフィリッツに縁談がないことは、ダーナ個人には歓迎出来るものであったが、あまりにも顕著だった。
フィリッツに縁談が皆無なのは、フィリッツ自身の成人のお披露目が失敗したことも手伝っている。
眉目秀麗な成人したての貴公子が登壇したときには、参席した貴族たちからも賞賛のため息が漏れた。
が、感情表現に乏しい、というか皆無であるこの若者に対し、多くの貴族が「娘はやれぬ」と感想を抱いたとか。ダーナが聴いた噂話はそう言うものだった。
一説によると国王陛下と我が主君が、今はなき奥方様を巡っての愛憎劇があったとか。あまりにも立ち入った話であるため、この親子と付き合いの長いダーナでも真相は知らない。だが噂好きな領民達の格好の題材になっている。
「まあ、しょうがないさ。王都に行こう」
フィリッツの言葉からその後の二人の言葉まで良く覚えていない。
ダーナは錆びた鉄兜から全身を壊れた鎧に身を変えて、ぎくしゃくと部屋を退出するまで、生きた心地がしなかった。
◇
ダーナは馬上の人となっていた。
昨夜催された簡易の戦勝の宴の酒気はすっかり抜けていた。
宴の中で裏切りのラパン領はフォッセ子爵領に編入されることが決まったと聞いたときは素直に嬉しかった。
ラテルナ帝国との国境はこれですべてフォッセ子爵領が接することとなる。
先のアルゼス王国との会戦――シュペール・ディアタルゴス間の戦いでの戦勲に加え、此度の戦勝。フォッセ子爵が陞爵し、伯爵となる話も期待されていたが、今回は見送りとなったそうだ。その代わりに男爵領編入と、国王令による国家事業として職人団が派遣される。
戦勝が王都に伝わるとフィリッツ個人に男爵位を与えてはという話まであったらしい。
フィリッツは後ろを行く馬車の中にある。
出立一刻前(約二時間)に、ダーナも馬車で共をするという話であったが。これはダーナが拒絶した。
「殿下に万一、賊の襲撃があった場合。私が騎乗しているのと馬車にいるのと。どちらが殿下をお守りするのに役立てるでしょうか?」ダーナのこれにフォッセ家の家宰も納得せざるを得なかった。ダーナには不本意であったが、戦勝に多大なる功績があったことで、領内でダーナの勇名は知らぬものが居ないものになっている。
細長い領地のため、わずかな旅程でフォッセ子爵領を後にし、馬車で一週間かかる王都への旅路を急いだ。
家宰を納得させるために、その場で言いつくろった賊の存在などもなく平和そのものである。
王都にも近い旧ラトーゼの地を通過する際はダーナも感慨深かった。現在の領地に封ぜられる前までの領地であったし、ダーナも幼い頃ここに住んでいたからだ。
道行く人々にあまり幸せそうな顔がない。領主が変わっただけでも、大分違うようだ。
さすがに歳月が経ちすぎて、騎乗するダーナを見かけても今の領民達は気づかないようであったが。
辺境に左遷された形だけど。今のフォッセの人たちは穏やかな感じがする……。
旧ラトーゼの民、現在の領主の子爵がどんな人となりなのかダーナには分からない。
ダーナにはどうすることも出来なかったが、彼や彼女らのささやかな幸福を祈るくらいは許されて良いはずだった。
六日の旅程で夕闇に沈む王都サフィリナに到着した。
フィリッツが大分急がせたため早めに到着することになった。短縮した時間を活用して王都で会いたい人が居るという。
ダーナにはフィリッツが会う予定の二人は既知であった。
フィリッツの妹君であるフィオラ。そして王都の幼年学校時代に共に遊んだこともある、ユーリヒ。ユーリヒは幼年学校卒業後はラテルナ帝国にある魔法学院で学び、現在はランドレジアの宮廷魔術師に出世している。
共に同席を求められ、ダーナは嬉しく思う。
(二人に会うのは久しぶりだなぁ。特にフィオラ様!……ユーリヒは比較的どうでも良い)
王都は何も変わらない。
初代国王が后の名を付けた街。大きな川が東西に貫いており、西で二股に分かれ海へ向かっている。その二股に分かれる手前に築かれた水の都だ。
美しい街だとおもうけど、どこかしら緊張感を感じるのはランドレジアが大きな戦いを経たばかりなのか。それとも自分自身が戦いを経験したばかりだからそう見えるのか。
庭園に向かう道をフィリッツと共に馬車の中でダーナはそう思う。
フィオラ様と会うのにフォッセ家と懇意である男爵私邸の庭園を使わせて貰うことになっていた。
フォッセ子爵はアルゼス王国との戦勲で国王より一時的に下賜された職人団を、どうやら自領の土木工事に使うようだが、他の多くの貴族は王都にある私邸の改修や庭園の整備に使っていた。いまダーナが足を踏み入れた庭園もそんな庭園の一つだった。
(贅が凝らされている)
徐々に寒くなっていく季節だというのに、どこからか放たれた蝶や鳥が庭園に彩りを添えていた。
(この無数の花たちも手が込んでるんだろうなあ……)
手に触れるのも恐れ多いので触れない。自領の民に何の関係も恩恵ももたらさない贅沢な空間。他家のものであるが釈然としないものを感じる。土木工事っていうけど、我が君はどんなことするんだろうか。
他家の庭園を借りるくらいなので、フォッセ子爵は王都に私邸も庭園も持たなかった。幼い頃過ごした旧ラトーゼ領の領民の浮かない顔を思い出しながら。ダーナはどうか自領の民が喜ぶような施策をして欲しいと願う。
「ダーナ!」
不意に掛けられた声に、一瞬身が固くなった。
叫びの主は小走りでこっちに駆けてくる。
「フィオラ様。お久しぶりです」
笑顔と深い会釈でダーナも応じた。
一目見てダーナは驚いてしまった。以前会ったときは確かに幼かったとは言え、ちょっとふくよかな――とても愛らしいものであったが――小さな姫だったのに。
十三になったのかな。四年間会わない間に可憐なお姫様になっている。
まず、体型が細くスラッとしてる。それに身につけている服も王都の流行なんだろうか、動きやすくも可憐さを損なわない作りになっていて、思わずため息が出そうだった。こんなフリルが一杯付いた服なんて、絶対私には似合わないだろうなあという諦めのため息も混じってる気がする。
「兄上もご機嫌麗しゅう」立派に挨拶してみせる。
「息災でよかった」フィリッツも常套文句での挨拶。
「ダーナ、髪切ったのね」ちょっと残念そうなフィオラ。
そうなのだ、騎兵隊隊長に就任してしばらくしてからばっさりと切った。うなじに掛かるくらいまで切っていたが今は大分伸びている。フィオラの知る頃は腰くらいまであった。フィオーレの制止を聞かず、部下の一人と腕相撲をやってしまい。賭けに負けたためだった。もう馴染んだし、馬上では長い髪は邪魔にしかならないしと自分に言い聞かせている。
「綺麗な髪だったのに。あ、でも今が似合ってないって言ってる訳じゃ無いのよ」
「フィオラ様が美しくなられて驚きました」これは本当に心からそう思う。
「ふふ。痩せたでしょ。色々あったのよ」
フィオラの笑顔に深く頷いて返す。
(それにしてもフィリッツって、もし二人で会ってたらフィオラ様とどんな会話してたんだろう……)
ちょっと。いや、大分不安になってきた。無表情・無感動なフィリッツが、この成人まで二年あまりという多感な頃の姫とまともな会話が成立する気がしない。――今回不本意な王都同行だったけど、兄妹二人のためには同席できて良かったのかも。
フィリッツと同じように少し癖のある金髪を、癖を強調する形で逆に活かしている。ダーナとフィオラの二人が、フィオラが身につけている髪飾りや腕輪などと華やいだ会話をしている間もフィリッツは黙って見守っている。
(兄上さま?なんかそろそろ喋りなさいよ!)というダーナの視線に気づいたのか、フィリッツもようやく。
「学校はどうだ?」
と、それだけ。まあ、こんな兄だからって感じで、ダーナとフィオラが苦笑しあう。
「相変わらずと言いたいところだけど。結構陰湿な嫌がらせは毎日のようだったわ」
ちょっと表情を暗くしてフィオラが放っておけないことを言う。
「まあ、我ら親子は国王から疎まれてるからな」先日聞いたばかりのことをフィリッツが言う。
「……そうね。それに乗っかって苛めてくる子が多いこと!」
ハラハラして見守っていると、フィオラは意外にも平気らしい。
「大分悩んだ時機もあったけど、今は負けてないわ。兄上から頂いた策をたくさん試したわ。今は独自に考えてるくらい!」
えっ!という顔になっただろうか。フィリッツ一体何をフィオラ様に送ってんの!?
頷くフィリッツにフィオラが続ける。
「伯爵家の娘がね苛めてきたときは、兄上から頂いた「伯爵不倫の事実」を突きつけてやったの。ふふ。泣き出しちゃってね。今はすっかり味方に取り込めてるわ」
どぎついことを言う。うへえって顔が出てしまったのか、慌ててフィオラが補足する。
「味方ってきつい言い方かな。すっかり友達になってるわ。心配しないで」
花のように笑うフィオラを見ながら。この兄妹怖いなって、ダーナは心底思う。
自分も昔を知る人はかなり変わったと思うだろうし。フィオラ様も当然昔のままじゃない。お付きのメイドたちは居るけど、単身たくましく王都で暮らすまだ幼い姫に安堵する。
「ちょっと体型が丸かったからね。そこも苛められる原因の一つになってたから。ダイエット頑張ったのよ」
それは本当に大成功してる!ダーナは心からそう思い、このまま成人してお披露目の場で更に美しくなるであろう、フィオラの二年後が楽しみになった。
フィオラの元を辞してからは、フィリッツと二人王都の中でも場末感の漂う路地を歩いていた。
今日もう一人会う予定のユーリヒ、どんな姿になっているやら。
不審に思ってさすがに尋ねると、ユーリヒ指定の酒場へ向かっているからだとフィリッツ。
フィリッツの護衛の兵士が随伴したいと申し出てきたが、古い友人を訪ねるからと言って断っていた。
フィリッツも剣の腕は立つし、自分も人並み以上には使えているはずだった。
それでも追尾してきていたので(まあ、言われたからすぐ護衛やめましたじゃ勤まらない)、フィリッツとダーナは足早に複雑な路地を進んで追尾を撒く。土地勘のある二人とフォッセ領しかしらない兵士では相手にならなかった。
今頃かわいそうな兵士は途方に暮れているだろう。
やがて看板も傾いて落ちそうな――ダーナなら敬遠して入らないであろう――酒場に潜り込んだ。
(西市街の大分外れね……)いざというときに備えてダーナは位置を叩き込む。
護衛の兵士を撒いてしまった以上、何かあったらダーナが責を負うつもりであった。
(ここで襲われたら、西門か街を貫く河にかかる王都でも一番西の橋。そこまでは全力で逃げねばならない)
「大丈夫だ。今日は俺たちの貸し切りさ」奥から気取ったような声がする。
酒場のカウンターに目深に下ろしたフードの男。ユーリヒだと思う。
「ここの酒場は俺の古い馴染みでね。人払いしたいときによく使っている……」
立ち上がってフードを下ろした顔は、間違いなくユーリヒその人だった。
「良い警戒だ、ダーナ。フィリッツも久しぶり」
(だいぶ変わっているけど、確かにユーリヒだ)お互い肩を抱き合うフィリッツ達を見守りつつそう思う。
現在は王城で顧問も務めつつ、王城で使用されている生活魔法器具の維持などもやっているはずだ。また、王都に複数在籍する魔術師団を束ねている。――魔術師団は魔術の研鑽を除くと王都の生活を維持するために多忙な日々を送っている。火を使った灯りに頼らずとも、二人が王都で暗がりに沈まなくても良いのも彼らの恩恵だった。
こちらも四年会わないでいたけど、大分男前になったみたいね、とダーナは値踏みする。
三人で大人を出し抜いて遊んでいた頃は、とんでもない悪ガキでしかなかったのだけど。
悪知恵を巡らすフィリッツに、実行犯のユーリヒ、そして大体が怒られる役の被害担当なダーナだった。
楽しかったけど、今考えるととんでもい損な役よね。大体女の子なら許してもらえるって自首を誘導されてたけど、許してもらえたことあったかしら……ダーナがこっぴどく怒られているときに、子どもながらに弁が滅法立つユーリヒが弁護に登場するという大筋だった。
(なんか思い出してたら無性に腹が立ってきたわ)
フィリッツとユーリヒは小さい頃から身長が互角で今もそうみたい。向かい合って立つ二人に、ちょっとした嫉妬を覚える。
(まあ、私もちんちくりんだった頃に比べれば、マシになってるはず)――そう、自分を慰める。
「ダーナ、美しくなった!」そう言って、かつての悪童が握手を求めてくる。仕方なしに握り返す。
割と力を込めて握り返してやったので、ユーリヒは変な顔してたけどね。
三人は近況を語り合いつつ、飲み過ぎないペースで酒と料理を口にしていく。
ここを貸し切りにするべく事前に主人が作っておいた料理の数々なのだろうが、すっかり冷えて微妙な感じになっていた。
話が三人の幼少の頃にさしかかった頃、ダーナから無数に上がる怒りの炎に気づいたのか、ユーリヒは無難に話題を変えた。
(こんな話なら、別にお忍びにする必要ないじゃない……)温いエールを美味しくなさそうに口にするダーナがそう不平に思っていた頃。ようやくお忍びに相応しそうな物騒な話題になった。
「お前、今回の召集どんな意図だと思ってる?」大丈夫と思っていても、ダーナは思わず周囲を警戒してしまう。
フィリッツはいつもと変わらない表情だ。……まあ、変わったらびっくりするけど。
「疎ましく思って国境の僻地に追いやった子爵の小倅が、手柄を上げたから。直接見てやろうって感じだろうな」
「まったくそんなことを陛下が。居合わせた重臣は僅かだったけどな。――仰っていたぜ」
「そうか」
変わらぬペースで美味しくもなさそうなエールを口にする二人。
「ねえ。ちょっと待って。私もその陛下にお呼ばれしてるんだけど!?」
ぱっと顔を輝かせるユーリヒ。「ほら、そこは往年の怒られ担当――っ痛い」マグの底でぶってやった。
「純粋に興味じゃないかな。フォッセ子爵がダーナの活躍を報告してたからな」
「どういう風に!?」これは子爵領出立前から興味のあったこと。
ユーリヒは立ち上がって胸に手を当てる。
「裏切りの男爵めに一直線に駆ける黒髪の美姫。槍の一閃により――」
「……もうやめて、大体分かったわ」
(ちょっと所じゃないんじゃない?我が主君!盛って報告したって言ってたけど、なによ黒髪の美姫って!)
「私明日、どんな顔して陛下に会えば良いのよ……」
「レースふりふりのドレス着て行けば効果は高い――っ痛い」おかわりして重量満載なマグの底でぶってやった。
「……まあ、ダーナはおまけだよ、きっとね」何の慰めにもならないわよ。
「そういうのはフィオラ様が似合うわ」
「ああ、今日会ったんだってな」どこから耳にしたのかは聞かないでおいてやる。
しばらくはフィリッツの妹君のフィオラ様、弟君のフランドル様の話題で終始した。
「――そういや、お前んとこの魔術師、マチアスだっけ。最近どうだい?」
「何も変わらない、負傷した兵士の治療を継続している」
「先月、六年に一回の『刻』が重なる月だったろ。『刻』からずっと風属性がおかしくてな」
「マチアスはなにも言ってないが?」
「そうか。大規模な風の魔法が使われた名残なのか。それとも召喚された風の精霊が居残り続けてるのか……風の精霊に支払うコストが微量だが軽くなっている。……まあ、これは師匠に聞くか」
この地属性魔法の権威はラテルナ帝国にある学院を卒業後も、学院の魔術師と親交があるみたいだ。
「風の精霊を使う生活器具も水や火ほどじゃないがたくさんある。決まり切った動きをする魔方陣を使った器具は調整が必要なはずだ。マチアスが気づいてないとは思わないが、念のためお前からも言っておいてくれ」
わかったと、エールのおかわりを注ぐフィリッツ。
あとはもう、他愛のない話題ばかりで、日付が変わる鐘が遠くに響き渡ったのを頃合いとばかりに、ユーリヒに別れを告げた。
◇
軽騎兵の正装に身を包んだダーナは、緊張が身体の芯にあるのを自覚していた。
さすがに国王に会うのにいつも通りの革鎧では許されない。
磨き込んで使い込んだ革鎧が丁寧に畳まれ、泊まった部屋のテーブルに置かれているのを思い出す。
こんな防御効果が期待できない礼装なんかより、よっぽど好みな鎧だ。
今朝フォッセ家のメイドたちと格闘をするように、コルセットを縛り上げられたのも思い出す。
今回の謁見に伴い、フィリッツとは別にダーナを装うために子爵が三名もメイドを付けてくれていたのだ。
彼女たちの格闘の成果もあり、ダーナの実情の体型より大分出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込む体型になっている。
髪も綺麗に編み上げて貰い、うなじを強調する形で結い上げてくれていた。化粧も入念に行われた。自分の化粧道具なんて自室どころか実家送りにしてしまったというのに。
鏡に完成形を見せられたとき、「あれ、結構わたしイケテるのね」って思ったほどだ。
しかしそんな余裕は、前方に跪くフィリッツと。赤い絨毯を挟むように囲んでいく重臣達の登場と供に吹っ飛んだ。
貴族達も遅れて登場する。
絨毯より離れた重臣の後方に文官と武官が並び、その中に昨夜会ったばかりのユーリヒを見つけて、ほんの少しの心の支えにする。
僅かに視線を上げて周囲に目を配っていたダーナだったが、国王の入室を告げる言上に、深く目線を落とした。
「此度の騒乱の鎮圧、大儀であった」
国王の言葉に一層深く頭を沈めるフィリッツの気配だけを感じる。
「ラパンの裏切りは予にも寝耳に水であった。同格の子爵との軍勢、それに加えて裏切り者の軍勢。それらを束ねて討伐し、我が王国の危機を未然に防いだそなたには、何をもって報いれば良い?」
国王の問いにようやくフィリッツが身を起こし立ち上がる気配を感じた。
供の者という扱いのダーナはまだ跪いたままだ。何らかの問いかけがあるまでそのままで居るようにと、出立前にフォッセ家家宰から告げられている。
(めんどくさいお作法。昨日飲んだショボくれたエールのほうがマシよ)などと、心の中で毒づいたりする。
フィリッツがゆっくりと答える声が頭上を通過していく。
「陛下には父が過分に報償を頂いております。それに加え私めが頂戴するものはなにもございません」
形通りの返答だった。何を褒美とするなどはもう決まっているし、一旦は礼を尽くして辞するのが慣例とされている。
「……無欲なそなたに牧場の開設を遣わす。予の職人が汝の領に向かうことはすでに決定事項だが。そなたの父からは治水工事に用いると聞いておる。事後に職人を用いることを許す。……先の会戦で汝の領の重騎兵に損害がでておる。馬の充足に役立てると良い」
「ありがたく頂戴いたします」
(牧場!)ダーナは何が貰えるかなんて話は当然下りてきていないので、これは素直に嬉しい話だった。
年月は掛かるだろうが、軍馬を増やせることは軽騎兵隊にも当然恩恵がある。
「馬といえば……」
(来た!)とダーナの身が震える。
「此度の戦闘で汝の騎兵の活躍が大であることを、子爵から聞いておる。ダーナであったな?」
「はい、陛下」今まででこんなに気を遣って立ち上がったことはない。
「黒髪の美姫か……」
陛下だけでなく、周囲から容赦のない視線に晒されているのが分かる。子爵の脳天にマグを十個分お見舞いしてやりたい。
「子爵の申したとおりであったな」
これが我らの陛下。
近くはもちろん遠くからも目にする機会はなかった。
遠目にも豊かな白い髭が威厳を保つのに一役買っているのがわかる。
治世は安定してはいるものの、時折感情にまかせて政策を断行すると自国民からも評される王だった。
「汝には王室より槍を遣わす。これまで以上に邁進するとよい」
「はっ」とだけ答え視線を目に落とす。
その時、ダーナの後方で騒ぎがあり、誰何の声の後、問答と慌ただしく場を去る気配があった。距離が離れているのと押し殺した声であったためにダーナには聞こえない。後方はややざわめいたままだ。
ふと国王の脇の控える武官が槍を恭しく両手に携える姿が目に入った。
(あれが……もしかして、私への褒美!?――重騎兵用の槍なんですけど……)使えないからといって人にくれてやるわけにはいかないから、自分の小隊詰め所にでも鎮座させておこうと心に刻んだ。
私がどんな騎兵かだなんて、この方々には興味のないことなんだろうなあと、苦笑いする。
再度の騒ぎがあり、国王も無視できず脇に控える重臣の耳打ちに耳を貸す。
「火急であれば発言を許す」
「お許し頂き誠に恐縮にございます」
フィリッツが進み出た人物に対し無言で場を譲り、五歩ほど下がったため、ダーナも見習う。――これで合ってるのかどうかは、事前説明にないことだったため、ダーナにも分からない。
列席した貴族の中に居たはずの男は、家宰風の礼服に身を包んでいる。大分高齢だった。
「今し方領地より、早馬があり危急を告げておりまして……」流れ落ちる汗をせわしく拭っている。
「アルゼスのウーリッヒ伯爵から開戦の布告が参ったとのことで……」
ざわめきが大きくなった。
国王が右手をゆるりとあげ、場を制す。
「汝はなんと言ったかな……」
「ルーメイ伯爵の家宰である、ドゥメイでございます。陛下。この度病床にある伯爵に代わりこの場に出席しております」
宰相めいた人物が王の言葉を補う。
「我がランドレジアには布告は届いておらんな?」宰相めいた人物が「左様にございます」と応じる。
「では、アルゼスとランドレジア全体の再戦というわけじゃなさそうじゃな」頷く宰相。
「であれば、ルーメイ家が裁量すべき事案であるな……」
色をなす家宰を押しとどめる。
「だが各領から税と軍勢を差し出させておる以上、君主としては臣下を守る戦いをせねばならんだろう。――が、ルーメイ家は先のアルゼスとの会戦において領主の病を理由に兵を出さなんだな」
国王の言葉に家宰が見る間に小さくなっていく。ルーメイ家が兵を出さなかったのは事実だった。国境に接する領地で会戦の行われた地より遠くない。北の辺境に位置するフォッセ子爵が兵力の大半を出したというのにだった。「自業自得ではあるまいか」と列席した貴族から声が上がる。声を上げないまでも冷たい視線を家宰に送る貴族も少なくなさそうだ。ダーナにも同意する感情があった。フォッセ子爵領の重騎兵は第二小隊を中心に会戦で損害を受け、現在立て直し中だ。
「汝らの伯爵領は布告してきたウーリッヒ伯と往年の戦をしておる。予が即位する前からの犬猿の仲じゃな――アルゼスから正式な布告が無い以上、兵は出せぬ。ルーメイ家で裁量せよ」
国王の断に家宰が大きく肩を落とした。
「当家の当主は病床の身であります。どなたか、我が領の兵を率い戦って下さる方はおりますまいか!」
居並ぶ貴族に向け悲痛な家宰の声が響く。
「それに我が領が落ち、ウーリッヒ伯のものとなった暁には、この王都よりほど遠くない位置までアルゼスの手が伸びることとなりますぞ、何とぞ再考をお願いいたします」
たしかに、アルゼス王国としてはランドレジアの王都に伸びる槍の先鋒となりそうな位置であった。
「兵を出さぬ決定は覆さぬ。が、汝の領も懇意としておる者がおるであろう。助力を得ることは何も掣肘はせぬ」
そして国王は居並ぶ貴族達に向け声を大きくした。
「汝らの中に、ルーメイの当主に代わり兵の指揮を執る者。ルーメイを助けるべく兵を出す者はおるか」
国王の叫びは、居並ぶ貴族に沈黙で報いられた。ダーナには見えないが家宰は意気消沈とした顔をしているだろうことは想像に難くなかった。
「この通り誰もおらなんだ……」国王の周囲を見渡す視線が、フィリッツに定まり動かなくなった。
「そち。フォッセの嫡男」
宰相がフィリッツにございます、と補足する。
「はっ」と応答し、フィリッツが僅かに進み出る。
「今し方、この者の武勲を表したばかりじゃ。居並ぶ諸侯にも異論はあるまい。フィリッツよ、ルーメイの当主になり代わり汝が軍勢の指揮を執れるな?」
沈黙が広間を支配していた。ダーナもフィリッツを凝視することしか出来ない。
広場の全員の視線がフィリッツに突き刺さる中。
「王命であれば――」そのように答えるフィリッツの表情はダーナからも窺い知れなかった。