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13 ぼくと黒い影の秘密 1

 ついに、二学期がはじまった。

 登校日はあったけど、一日ずっと学校にいるのはひさしぶりで、ちょっとつかれる。

 あーあ、夏休みがずっとつづけばいいのに。

 お休みまえはあんなに話題だった「おイヌさま」は、すっかりブームが去っちゃったみたいで、誰もクーのことを言わなかった。

 夏休みのあいだ、学校を見に行って、いくら呼んでも返事がなかったから、みんな「どこかへ行っちゃった」って思ってるのかもしれないね。ミキモト先生は学校を辞めちゃったみたいで、クーのことを知っている先生もいないし。


 だけど、上坂かみさか神社のちかくを歩いていると、ときどき足もとにふわふわした毛皮の感触があって、黒いしっぽが見えるんだ。「クー?」って呼んだら、いつもみたいに、クウーンって返事をしてくれる。

 クーはいなくなったわけじゃなくて、ちゃんといるんだ。

 学校からいなくなっちゃった理由はわからないけど、リアル「コックリさん」としてお悩み相談をして、みんなの「いやな気持ち」を集めちゃうよりは、学校の外にいてくれたほうがずっといいやって思う。



 九月になってもまだまだ暑くて、ぼくはなるべく影になっているところを歩くようにしている。

 石を蹴って歩くのはお休みで、影以外のところを踏まずに家に帰るミッションにかわっている。光に当たっていいのは、10秒だけ。それ以上だと、死んじゃうんだ。

 これね、けっこうたいへんなんだよ。とくに、田んぼのあぜ道のとこは、草かりをしたあとは、黒いところがいっさいなくなっちゃうんだ。

 しかたないから、べつの道を通ることにしている。

 家がたくさん並んでるあたりは、いっぱい影があるからね、ぼくの命も助かるってわけ。


 そんなふうにして、どこかの家のそばを歩いていたら、塀の上で寝ている猫をよく見かける。

 あ、これはタマさんとはちがって、普通の猫ね。逃げちゃう猫もいるけど、さわらせてくれる猫もいて、そういう子は手を伸ばしたら近寄ってきてくれる。

 白猫さんは、さわらせてくれるタイプ。青い首輪をつけてるから、どこかの飼い猫なんだろうなあ。すっごくキレイな毛並みで、ツヤツヤしてる。気持ちいい。

 もしかして、洗ってもらってたりするのかな? コウキくんところのクマゴロウは、ちゃんと洗ってあげてるらしいし。


 ――そういえば、タマさんって洗ったことないのに、いつもいいにおいするなあ。

 とくに、外でひなたぼっこして帰ってきたときは、いつもよりあったかいし、おひさまのにおいがする。おひさまのにおいっていうのは、天気がいい日に干したお布団のにおいね。

 夏のあつい日でも、そういうタマさんを抱っこするのは、気持ちよくて好きだ。


「タケル」

「あ、タマさん」


 ぼくが歩いてるのと反対側の塀の上をタマさんが歩いてきた。

 ひょっとして、迎えにきてくれたのかな?

 だとしたら、うれしい。

 ぼくは「影踏みルール」をやめて、ひなたの道路を走ってタマさんのところへ行って、いっしょに帰ることにした。



   □



 おとうさんに、新しいノートをもらうことにする。

 夏休み、いっぱいいろんなことがあったから、ノートもさいごのほうまでつかっちゃったんだよね。


 ――こんかいのノートは、ビックリすることいっぱいだったなあ。


 いちばん大きいのは、やっぱりタマさんのことだと思う。

 ぼくはノートをめくって、タマさんが猫又であることがわかったページをひらく。

 あのときは、タマさんが人間の言葉をりかいしているかもしれないって思って、タマさんをかんさつすることにしたんだった。そうしたら、上坂神社の裏からヘンな道に入っちゃって、タマさんが助けてくれたんだよね。

 ふつうのひとには見えないらしいものを見ちゃうことはいっぱいあったけど、あんなふうに怖いやつははじめてだったなあ。

 ノートもあともうちょっとで書くところなくなっちゃうし、つぎのノートは楽しいことがいっぱいだといいんだけど。

 いや、べつに楽しくないわけじゃなかったんだよ。

 いままで見かける小人さんとはお話することもなかったけど、ケロさんとかコンさんとか、おしゃべりできる妖怪さんにも会ったし、つくも神がいることもわかった。


 そう、つくも神ってね、このへんにもいるんだよ。上坂小学校って、けっこうむかしからある建物だから、古いものがいっぱいあるんだ。

 むかしは教室としてつかってたっていう用具室があるんだけど、このあいだ先生に言われて道具を取りに行ってビックリだったよ。

 おじいちゃんのところからいっしょに帰ってきた、筆のつくも神のおじいさん――筆じいは、すごく物知りだから、ほかのつくも神のことも教えてくれる。本体は古い筆だけど、ほかの文房具に「たましいをやどす」こともできるらしくて、学校に行くときは、えんぴつのなかにいるんだ。

 ちなみに、そのえんぴつをつかったからといっても、字が上手く書けるわけじゃない。ざんねん。




 おとうさんにノートのことを話した。ストックがないから、あした買ってくるって言ってた。

 そのついでに、おじいちゃんの家について、ぼくは訊いてみることにする。

 なんていうか、おかあさんがいるところでは、お話しちゃダメなんじゃないかなって思ったからだ。


「おじいちゃんから聞いたよ。タケルに草薙のことを話したって。天狗さまに会ったんだってな」

「うん。山に行ったときにサトリくんに会ってね。景色がいいところを教えてくれるって言うから、いっしょに行ったんだ。そうしたら、トンネルみたいなところに出てね、そのなかに入って、歩いていったら、大きい木が生えてるところに出てね、そこに天狗さまがいたんだ」

「そっかー。おとうさんは結局、会ったことないんだよ」

 すごくざんねんそうに言う。

 おとうさんは、ぜんぜん見えないの? って訊いたら、うなずいてた。

「見たいって思う?」

「……そうだな、見てみたいとは思うけど、それは都合がいい理屈だな」

「つごうがいいって?」

「どんなものか気になるってだけの好奇心――興味本位で首をつっこんでいい世界じゃないだろう? それは、おまえみたいに、えてしまう者に対して、失礼だ」


 うちの学校では、校庭の草引きをする仕事が順番にまわってくる。場所によっては、けっこうたいへんだから、運ゲーだって話になっている掃除なんだけど、あれをやってるときに、もっとああしろこうしろって、うしろから口を出されたら、「かんけーないやつは、ぐちゃぐちゃ言うなよ」って思う。

 おとうさんが言っているのはつまり、そういうようなことだと、はんだんした。


 いつも見えないひとは、そのときだけ見えて知って、満足かもしれないけど、ぼくはたぶん、このさきもずっとずっと、いろんなものがえるんだろう。

 ぼくよりたくさん生きているおとうさんは、おなじように視えるおじいちゃんを知っているから、ぼくが苦労するんじゃないかって、思ってるのかもしれない。


「おとうさんは研究者だからな。突きつめて考えてしまいがちだ。でもタケルはそうじゃないだろう? おまえは、おまえらしい付き合いかたを探していけばいいって、おとうさんは思う」

「天狗さまも、おんなじようなこと言ってたよ」


 正確には、「公文くもんには公文のやり方があるのだから、無理に合わせる必要はない」だったけど。

 時代のヘンセンにともなって、変わっていくものなんだって。

 目で見えるひとは少なくても、空想の世界では生きている。

 そうであるかぎり、自分たちが完全に消えることはないんだって、そう言っていた。


「さすが、三宝の天狗さまだな」

「そうだ。ねえ、さんぽうって宝物のことってほんと?」

「ああ、みっつの宝と書いて、さんぽうと呼んでいた。これは、三種の神器になぞらえたものだと言われている」

「さんしゅのじんぎ?」


 鏡と剣と勾玉のうち、剣の別名が「くさなぎのつるぎ」っていうから、山をまもる一族に、神さまが「クサナギ」って名前をくれたんだって。

 ほえー。なんかすごい話だね。


「といっても、狭い範囲での話だし、おとうさんみたいに視えない者もいる。血は薄れているんだろうし、おまえも草薙に縛られる必要はないんだぞ」

「んー、山をまもるとか、よくわかんないよ」

「さっきも言ったとおり、おまえはおまえらしい付き合いかたをすればいい。おじいちゃんもいるし、タマもいるしな」

「あ、そうだ。タマさんだよ」


 おとうさんに言われて思い出した。

 晩ごはんの時間なのに、タマさんがまだ帰ってきてないのだ。

 タマさんはときどき、ふらっと外に出て、帰ってこなかったりする。おかあさんは「猫社会にもいろいろあるのよ」って言ってるし、二日ぐらいしたら帰ってくるから、いつものことなんだけど、いないとやっぱり、どうしたのかな? ってなるから、おとうさんにもお知らせしておく。


「そうか、タマのお出かけ日か」

「あさってぐらいには、帰ってくるかなあ?」



 そうやって、ぼくたちはあたりまえみたいに思っていたけど、そうじゃなかった。

 三日たっても、五日たっても。

 タマさんは、帰ってこなかったのだ。




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