表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生徒 林立 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんは、学生を卒業したら何をしたい?

 いや、もう君を受け持てる時間も、あとひと月で終わりだ。個人的に、少し確認したくなったんでね。

 進路調査では「進学」とは聞いたけど、僕が聞きたいのはその先。モラトリアムから解放されてからよりの、夢なり目標なりさ。


 ふふ、いきなりたずねられても、答えづらかったかな。

 先生もね、若いころは漠然と「なにかすごいことをしたいなあ」と思っていた。それだけだったんだ。結局、今ではしがないいち教師として、毎日を食いつないでいる。

 数十年前の先生がみたら、あきれると思う。「こんなチンケな暮らし、してんじゃねえ! もっとビッグなことやれ!」てさ。

 くくく……さぞ元気だろうな。相手が自分と同じように動けると、信じて疑わない。あの時の自分こそ、ありあまる活力を、その日のドーパミンづくりにあてがっていたくせにな。

 

 ――何をいっているか分からない?

 

 うん、それがいい。願わくは君が、こんな実感を抱かないまま天寿をまっとうしてほしいよ。エネルギーの限り、走り続けてさ。私たちは、存在しているだけでエネルギーを使うし、産み出す存在なんだよ。

 こーらくん、前に物を書きたいと話していただろ? その機会が来た時の「燃料」のひとつにでもなってくれるといいな。



「誰もいないはずの体育館で、幽霊が集会をしている」


 そんなうわさが流れたのは、中学校の学年末試験が終わって間もなくのことだった。

 情報源ソースは塾通いの下級生からだ。彼は自転車で通塾しており、家は学校の近くにあった。

 塾では新学年に向けた勉強が始まっている。テキスト類も配られて、今日はリュックの中がいっぱいだった。膨らみすぎて前かごに入らず、背中にしょっていた。

 気持ち前かがみになりながら、漕いでいく学校隣の細い道。敷地に寄りそう形で作られたここは、車止めのおかげで車にひかれる恐れはない。地元民ならよく使う場所だ。

 以前、田んぼのあぜ道だったのが、数年前に家が建った際に田んぼが潰されて、道も整備されたらしい。

 

 フェンス越しに見える夜の校舎。時刻は午後10時前で、職員室の一部以外に明かりが灯っていない。もちろん、今から通り過ぎようとする体育館も真っ暗だったが、なにげなくそちらを向いて、息を呑んだ。

 体育館のドアが空いている。ひとつふたつじゃなく、すべてがだ。

 外から光が差し込む。本来ならそこに浮かぶのは、様々な競技に合うラインが引かれたフローリング。舞台やバスケットゴールや倉庫の扉。そして向こうのドアからのぞく、校庭たちのはずだ。

 

 それらのことごとくが、黒く塗りつぶされている。思わず自転車を停めて、中をのぞいてみた。

 密集、林立……とにかく、人がいっぱい屋内にたっていた。それらが壁になって、床や向こう側をさえぎっていたんだ。

 わけがわからなかった。体育館を利用する地域のクラブなどがあるのは知っていたけど、ならば明かりを盛大につけるはず。

 それがこうして真っ暗にしているばかりか、ならんで立ったまま動かない。景色をさえぎるくらいだ。10や20じゃきかない人数がいる。

 かといって壇上の幕は下りたまま。前に立つ人とかの姿もない。声を張り上げるでもない。ただじっと集まって、前を向いているだけだ。

 更に、かすかな光と共に見える一番手前側の人は、自分たちの同じ制服を着ているように思える。

 

 ――幽霊?

 

 そう思うと、この場にとどまる気が吹き飛んだ。

 自転車を一気にこいで、命からがら逃げだしたらしいんだよ。

 

 その話を聞いて、先生は興味をそそられたね。

 友達がほとんどいない先生にとって、毎日が手持ち無沙汰だ。

 

 ――今晩にでも、確かめに行くか。

 

 その日は5コマ授業の日で、最後の時間は集会。さっさと帰って、準備をしっかり整えるはずだった。

 それなのに。

 

 

 ――おせえ。

 

 5コマ目の集会が、ひどく長引いていた。厳密には集会のはじめの校長先生の話が、ね。

 私たちは座ったままで、もう20分近くもじっとしている。校長先生の話は堂々巡りというか、長い論文のようだ。言い回しを変えているとはいえ、冷静に聞いていると同じことの繰り返し。

 しかもこれが初めてじゃないんだ。今年に入ってもう4回は、この冗長な話がされる。

 座ったまま、うずうずと身体を震わせる人が増えてきた。立っている教師陣の中にも、足踏みをしかけて落ち着かない。用を足したいけど離れるに離れられない、というところか。

 私自身の尻も、むずむずしてくる。その日は特に暑くもないのに、やたらと汗をかいていた。下着どころかズボンの生地を通り抜けて、尻が湿っていくのを感じる。

 結局、30分近くに及んだ校長先生の話が終わり、あとは簡単な説明があっただけ。何も得るもののない集会は終わった。

 どれだけの人が話を聞いていただろう。かったるげに立つみんなの座った場所から、きれいな尻の形をした、汗の痕が見えたよ。

 

 その晩、9時近くに私は適当な用事をつけて、家を抜け出した。

 学校から出てくる先生たちに見つからないよう、敷地の裏手に身を潜めていたよ。

 ずっと前からこの地域で暮らしていたけれど、両親の話で聞くような田園風景も今ではだいぶ削られている。

 先に話したような家と舗装された道ばかりじゃない。車止めを通り越したところにある交差点に、今度はコンビニが建つらしい。すでに店と駐車場のスペースが確保され、セメントで固められている。もともと、畑か何かであったスペースが。

 当事者間で、どんなやり取りがあったか分からない。でも、潰してしまったあのスペースで、そこにできる作物で、どれくらいの命をまかなうことができたのだろう。

 私とて、このころにはもう、コンビニにならぶ食べ物が加工食品であることは知っている。田畑から採れる食料を、食べやすい形に変えたもの。

 その元となる土地をつぶして、手をくわえたものを蓄える店を設置する。なんだかなあ、と中坊なりにやりきれない気持ちを抱いていたさ。

 

 その時だった。見張っていた体育館の閉じ切っていた扉が、いっせいに開いた。

 人が開ける時のように、とろとろギイギイじゃない。スパンとだ。そこで私は、中でうずくまっている、無数の人影があるのを見たよ。

 聞いた話では立っているとのことだった。もしやと思い、私は引き続き足の長い草の中に身を隠し、様子をうかがう。

 その動きはゆっくりだった。昼間の私たちと同じように体育座りをしている無数の影。それが1時間をかけて、緩やかに立ち上がり始めたんだ。

 舞台の幕は下りたまま。私たちの校長先生のように、前に立って話す人の姿もない。やがて室内の全員が立ち上がった。

 

 ――ここから、先へ行く……!

 

 私はフェンスに足をかける。多少の音は立つが、身軽さには自信があった。3メートル近い金網を一気に越えて、開いているドアのひとつに肉薄する。

 中の人たちは、なおもこちらを見やらない。だがドアから入る光に照らされる横顔は、私の見知ったもの。

 

 私だ。それだけでなく、クラスメートたちもいる。別のクラスの友人たちの姿も。

 

 ――ドッペルゲンガー?

 

 思わず身を退く私。

 自分と全く同じ容姿で現れる怪異。そいつが現れるのは、当人にとっての死が迫る予兆なのだとか。

 それがおそらくは、全校生徒ぶん、いる。

 

 ――死ぬ? 俺たち全員が、死ぬ?

 

 もう駄目だった。逃げるしかない。

 思考があっという間にネガティブにとらわれる。

 

 ――全員が死ぬとしたら、いつだ? やはりここでなのか? 学校で全員、となれば大地震? 火事もあり得る。いや、更にすごいことが……。


 ぐるぐると、思考が渦巻く。想像する未来に、足が震えてくる。

 ようやく一歩、二歩と後ろへ下がったが、目の前の光景はそれを許してはくれない。


 私が消えた。もちろん、体育館の「ドッペルゲンガー」がだ。

 いや、厳密には刈り取られた。目にも止まらぬ速さで走った銀色の光が、私の足首より上を切り離したんだ。

 他の生徒たちも同じだ。足首を残し、身体がわずかに上へ浮く。

 それらが空中で一瞬止まったかと思うと、体育館の天井へと勢いよく上っていった。もっと近づけば、どうなっているかが見えたと思うが……すまない。腰を抜かして動くことができなかった。

 身体を切り取られた私たちの足は、転がることなく立ったまま。上履きを履いた足を揃えたまま、床にはわずかな血さえもこぼれていない。

 向かいのドアが見える。校庭が見える。幻じゃなかった。彼らは確かにここにいて、たった今、切り離されたんだ。

 どうして、こんなことを?


 私の問いに答えるより早く、残った足首に変化が起きた。

 そのかかと、そのつま先からツタのようなものが生えだしたんだ。初めこそ斜め上に伸びていたが、すぐに足の真上へと身体を傾け、互いに絡まっていく。瞬く間に私の胴体ほどに太くなったそれに、肌の色が付き、そこへ紺色が上書きされ……再び、制服姿の私たちが立っていたんだ。


 それから夢中で家に帰って布団をかぶり、がたがた震えたよ。

 あのツタは「ひこばえ」だ。切り株などに生える若い芽。樹の新しい生命を宿し、新しく立っていく子供たちだ。彼らのおかげで伐採した樹も再生し、緑が回復する。

 あの銀色の光――おそらくは刃物――は、人間を刈り取るためにあったのだろう。そして足の部分は切り株。新しいひこばえを生やす苗床だ。また、あの「ドッペルゲンガー」を作るための。

 ひょっとすると、昼間の校長先生の長話もこれを用意するための布石かもしれない。きっと私たちの染み込んだ汗をエネルギーに、あの「ドッペルゲンガー」が産まれるんだ。

 そしてあの刃物の主に刈らせる。人を作物のように刈り取る何者かに、私たちの身代わりとして。

 だから集会に参加し、腰を下ろさなきゃいけないんだ。もしあのドッペルゲンガーが出なくなる時があれば……それが本当の死の予兆。本物が刈られて、死ぬ。

 学校を無事に卒業するまで、私は気が気じゃなかったんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ