白き造花の花言葉
「ひ、日頃のお礼というわけではないけれど、プレゼントをあげてもいいわ」
むすりとした表情が照れ隠しだということは、一目でわかった。
しかし彼女の言動の意味がわからず、アランは「はあ」と気の抜けた声を出して首をかしげた。いや、頭が一瞬だけ理解を拒んだだけで、きっといつものように、彼女の兄や姉の差し金だろうとはわかる。
少女の体には、白く長いリボンがぐるぐると巻き付けてあった。仕上げのように、その両手首はくっついた状態でリボン結びにされており、いったい誰に手伝ってもらったのかと考えると頭が痛い。
「……お嬢様」
呆れ声を出せば、少女は不安げな顔でこちらを窺ってくる。何か間違ったかしら、なんて思っている顔だった。自分の行動のおかしさくらい自覚してほしいが、この少女には無理な話だろう。
彼女の名はクレイシア・フォン・アルシヴェール。アランが仕えるお嬢様である、が。ただのお嬢様ではない。とてもとても純粋な――言ってしまえばとてもとてもアホな、残念なお嬢様である。
「……一応訊きますが何がプレゼントなんですかね?」
「……わたし?」
プレゼントはわたし。そんな俗なシチュエーションを、このお嬢様が考えつくはずがなかった。
はあああああ、と長いため息をつくアランに、クレイシアはおろおろし始めた。
「何かおかしかったかしら……!?」
「全部おかしいですね。今回そそのかしたのは誰です?」
「そっ、そそのかされたりしていないわ!」
視線を泳がしてそっぽを向くクレイシア。純粋ゆえに、彼女は嘘もド下手だった。
アランはにっこりと笑顔を向けてやった。普段とは違う、完璧な満面の笑みをイメージして。途端にクレイシアは顔を引きつらせる。彼女はアランのこの顔に弱かった。
「誰ですか?」
「…………リィお姉様」
「またあの方は……」
リィとは彼女の二番目の姉、リーリアのこと。また、と言ってしまったが、別にリーリアだけがクレイシアによからぬことを吹き込んで遊ぶわけではない。犯人候補は他に四人いた。
クレイシアには兄が三人、姉が二人いる。犯人候補ではない父・アルシヴェール伯爵を含めた六人は、クレイシアのことを溺愛している。見ているこちらが胸焼けしそうになるくらい甘い。そして困ったことに、兄と姉たちはクレイシアをからかうことが大好きなのだった。
まったく、とアランは嘆息する。あの方たちもあの方たちだが、十七歳にもなってこんなに騙されやすいお嬢様にも困ったものだった。
「いいですか、お嬢様。そういう格好は、人に見せるようなものじゃありません」
「……一人でするの?」
「一人でもしません。まあもし見せるとしたら、将来の旦那様くらいじゃないですかね」
「だっ!?」
ぽんっとクレイシアの肌が赤く染まる。ああこれで白いリボンがますます映える――なんて思ってしまって、アランは軽く首を振った。
従者としての贔屓目を差し引いても、クレイシアは美しい少女だ。無表情でいるときつい印象を受ける容貌だが、彼女の表情はころころ大きく変わる。そのため外見はともかくとして、雰囲気としてはきっと『可愛い』と形容するのがふさわしい。
細かい描写は諸事情により割愛する。大きな特徴だけ言うとすれば、それは豊かな金髪と宝石のような青い目だろう。特に目は、笑うときらきら輝いて……いや、割愛する。割愛するといったら割愛する。
この状況で彼女の魅力について思い巡らせるなんて、自殺行為に等しかった。――この感情を、彼女に気づかれるわけにはいかないのだから。恨みますよリーリア様、と内心でぼやく。
裸にリボンじゃなかっただけまだマシだとちらりと思ってしまった自分を殴りたい。記憶を消したい。
赤い顔のまま、クレイシアはせわしなく視線を動かす。
「もしかしてこれって、とても恥ずかしい格好なのかしら……。わ、わたし知らなくて、いえ、それは言い訳になどならないのだけど、あの、あのねアラン」
「大丈夫です、見なかったことにしますから」
この光景は即刻忘れるべきだった。はっきり言って目に毒なので、最初にガン見してしまって以降、できるだけ意識から外していた。
にこにこわざとらしく笑って、アランは早口で喋る。
「お嬢様に白いリボンは確かにお似合いですけど、そんなつけ方より普通につけたほうが可愛いですよ。ほら、やってあげますからそっち向いてください。あ、髪に使うには長いので切っちゃいますけどいいですか?」
「……ええ。可愛くしてね」
しょんぼりとしたクレイシアは、素直に椅子に座った。
クレイシアの髪を結うのは、彼女に仕え始めた頃からアランの仕事だった。幼い彼女がねだったからでもあるし、手品で小銭を稼いでいたほどには手先が器用だったからでもある。
はさみを出し、リボンをじゃきりと短くする。これくらい簡単に、雑念も始末できればいいのだが。
――俺は、お嬢様にとっては兄のようなもの。
アランは彼女の二番目の兄と同い年だった。八つの年の差は大きい。
それにそもそも、身分が違いすぎる。孤児で平民出身の従者と伯爵家のお姫様では――愛しいと思ってしまうことすらおこがましい。
「……ねぇアラン?」
「なんです?」
「プレゼント、また違うものを考えるわ」
「……そもそもなんでプレゼントなんて、」
尋ねかけて、最初の言葉を思い出す。日頃のお礼というわけではないけれど、とはつまり、日頃のお礼ということだ。素直なクレイシアは、こういうときは素直ではないのだ。
「あー、ありがとうございます。でももう、お姉様やお兄様のご意見は聞かないでくださいね。俺は貴方が考えてくださったプレゼントが一番嬉しいですよ」
「……そう」
彼女の表情も確認することなく、アランは無心で髪を編み込んでいった。
* * *
鏡越しに、クレイシアはそうっとアランの顔を窺った。目が合わないことにちょっとほっとすると同時に、残念にもなる。髪を編んでもらう間、鏡越しに目を合わせて彼と話をするのが、クレイシアは好きなのだ。
けれど今、あまり顔を見られたくないのも確かだった。
――貴方が考えてくださったプレゼントが一番嬉しいですよ、だなんて。
そんなことを言われたら喜んでしまうのも当然だが、その心情は絶対に気づかれたくない。気づいたらきっと、アランは笑うだろう。子どもを見るような顔で。
確かにアランからしたらわたしは子どもかもしれないけれど、とクレイシアはこっそりむくれた。
アランは、クレイシアが七歳だった頃から仕えてくれていて、もう十年にもなる。だから、子ども扱いされるのも仕方がないといえば仕方がなかった。
十年前、クレイシアは街中で迷子になっていた。護衛の目をかいくぐり、探検をしようとした結果だった。あの頃のクレイシアはお転婆で、なおかつ考えなしだったのだ。いかにもお忍びの貴族だとわかる幼女が一人でいて無事だったのは、奇跡にも近いことだろう。
半べそになりながら護衛の人たちを探していたら、一人の少年が近寄ってきた。警戒するクレイシアに彼は優しく微笑み、しゃがんで視線を合わせてきて。
そして――目の前にいきなり、ぽんっと一輪の白い花が咲いた。
目をぱちくりさせたクレイシアに、少年は悪戯が成功したような顔で笑った。
『可愛い子にそんな顔似合わないよ。ほら、こっち見て。俺の真似して?』
そう言って彼が指差したのは、彼自身の笑顔。頬の辺りに指を当て、首を軽く傾げてみせた少年は、『ほらほら』とクレイシアに笑うように促した。
その笑顔から目がそらせなくなって、涙なんてどこかにいってしまった。
今でこそわかる。
あれは、一目惚れ、だった。
彼は一緒に護衛を探してくれた。見つかった時点で別れようとした彼を、しかしクレイシアは半ば無理やり屋敷に連れ帰り、父に『このひとをわたしのじゅうしゃにして!』とのたまったのだった。
はあ!? と慌てふためいたアランを気にもとめず――いや、正確には気にする余裕もなく、幼いクレイシアは言い放った。
『わ、わたしのじゅうしゃにしてあげてもいいわ!』
そういう経緯で、アランはクレイシアの従者になった。クレイシアに甘い父が、クレイシアたっての願いを叶えないはずがなかった。つまり、アランに拒否権などなかったのである。
そのせいか、最初の頃はアランも不満げな顔をよく見せていた。それに気づいてはいたが、解放してあげることはできなかった。気持ちを自覚するまでかなり時間がかかったけれど、あの頃もクレイシアは、アランのことが好きだったからだ。
「はい、できましたよ」
アランの声にはっとして鏡を見る。いつのまにか髪の毛は、リボンとともに複雑に編み上がっていた。
「……可愛い」
「お気に召していただいたようでよかったです」
「ええ、気に入ったわ。……ふふ、最初の頃はひどい髪型ばかりだったのにね。随分と上手になったわ、アラン」
何年前の話をしてるんですか、とアランが苦笑した。「十年前よ」くすりと笑えば、アランは知ってます、とどことなく拗ねた口調で言った。
十年前は七歳の幼女だったクレイシアは、今では十七歳の少女になった。家族も使用人たちもクレイシアに甘いから、彼らの言うことは信用できないけれど、おそらく自分はそれなりの美貌を持っている。
しかしそれでも、彼に女性として見てもらうことは、もうできないのだろう。十年は、長すぎた。
「……このわたしが手ずからお茶を淹れてあげてもいいけれど、アラン、あなたこの後何か用事はある?」
「いいえ。ありがたくいただきますよ」
「一緒に飲めるのね! ええ、ありがたく飲むといいわ」
声が弾みそうになるのを抑える。
器用なアランは、なぜかお茶を淹れることだけは苦手だった。美味しくなくはないが、しかし美味しいとも言えない味になる。普通、という表現が一番適当だろう。
彼の弱点に気づいてから、クレイシアは他の侍女に淹れ方を教わったり、紅茶についての本を読んだりして、紅茶淹れの腕を磨いた。
その甲斐あって、少なくともこの屋敷の人間の誰よりも美味しいお茶が淹れられる、と自負している。
伯爵令嬢としてふさわしくない行いだが、何度も言うように皆クレイシアに甘い。一度はたしなめられたが、どうしても、とお願いすればあっさり許してくれた。
「それじゃあアラン、準備をお願い」
「かしこまりました、お嬢様」
食器や焼菓子の準備、窓を開けたり、壁炉で湯を沸かしたりするところまではアランにやってもらう。クレイシアの仕事はその先だ。
準備してもらったカップとポットに、お湯を注いで温めておく。もう一度新しいお湯を沸かし始め、そろそろ沸きそうだという頃合いで、最初のお湯を捨てたポットの中に茶葉を入れる。今日使う茶葉は細かいものだから、あまり大盛にせずにティースプーン二杯。
ぽこぽこと沸騰したお湯をそこに勢いよく注ぎ、蓋をする。それと同時に今日の茶葉にちょうどいい大きさの砂時計をひっくり返した。
「相変わらず手際いいですねぇ」
「アランはお湯を沸かしすぎるのと、注ぎ方が丁寧過ぎるのが駄目なのよ」
クレイシアの駄目出しに、アランは「気をつけてるんですが」と答えながらおかしそうに笑う。なぜ今笑われたのだろうか。むくれそうになるのを我慢して、クレイシアは砂時計を見つめた。上から下へ、さらさらと砂が落ちていく。
本来、こうして従者と一緒にお茶を飲むのも許されないことだ。昔はよく渋い顔をされたものだった。今は仕方ないと大目に見てくれているので、クレイシアの粘り勝ち、というところである。
砂が落ち終わったのを確認し、ポットを一度スプーンで混ぜてから、二人分のカップに注いでいく。
「はい、どうぞ」
「いただきます。……やっぱりお嬢様の紅茶は美味しいですね」
「当然だわ、アランのために淹れてるんだもの」
言いながら、クレイシアも紅茶を口に運ぶ。今日も上出来だった。気分良くアランに目をやれば、彼はなぜか固まっていた。
「アラン?」
「……いえ、なんでも」
曖昧に微笑んで、アランはぎこちない動作でカップを傾ける。
「……美味しくなかった?」
「いえいえいえ」
「本当に?」
「本当ですよ、ええ。お嬢様が俺のために、心を込めて淹れてくださった紅茶が美味しくないはずないですからねぇ!」
どことなくやけになったような口調だが、嘘を言っている気配はなかった。納得はいかないが、「そう」と仕方なくうなずいておく。
気を取り直して、甘い焼き菓子に手を伸ばす。バターの風味とふんわりした食感に頰が緩んだ。しかしその表情は、そういえば、という唐突な話題転換によって崩れることになった。
「お嬢様、ご婚約の話とか出ないんですか?」
ごこんやく。
頭の中で数度反芻してから、ようやく何を言われたか理解する。婚約の話は出ていないのかと、彼はそう訊いてきたのだ。
三人の兄も、二人の姉も、今のクレイシアの年には婚約者がいた。だからアランの疑問も、その唐突ささえなければもっともだと言える、のだが。
「……その辺りについては、もうわたしからお父様に話をつけてあるわ」
なんてことのないふうを装って答える。
アランへの恋心を自覚したのは三年前、十四歳のとき。あのときは一ヶ月ほどまともに顔を見ることすらできなくなったが、どうせわたしはいつか誰かのところへ嫁がされるのだし、悩んでいても無駄よね、と開き直った。
そして、あら? と思ったのが去年のこと。自分の立場ならば、ある程度の結婚の自由が許されるのではないか、と。
おそるおそる父に尋ねてみれば、案の定。シアの好きにしなさいとにこにこと言われたのだった。
『それじゃあ、アランでもいいの……?』
『もちろん。彼がシアのことを受け入れるなら、だが』
そんなことを言われたら、期待せずにはいられなかった。もしも万が一、本当に万が一だけれど、アランもクレイシアのことを好きになってくれたら――彼と夫婦になる未来があるかもしれない。
そう期待してしまったからこそ、クレイシアは去年から少しずつアピールをしている、つもりだった。言い切る自信がないのは、姉や兄の助言に従って行動しているものの、あまり効果が出ている様子がないからだ。
「えっ、いつのまに!? ご結婚はいつごろですか!?」
がちゃりと音を立て、アランがソーサーにカップを置く。彼の表情からは、驚き以外の感情は見受けられなかった。
そのことに沈む気持ちを隠し、クレイシアは彼にじと目を向けた。
「いいえ、わたしはまだ婚約もしていないわ」
「でもそれじゃあ、話をつけたっていうのは……?」
「ひみつ」
つん、と顔を背ける。
「わたしがもし嫁き遅れたら、」
「嫁き遅れたら?」
「…………あ、あなたのせいなんだから!」
これくらいの八つ当たりは許されるべきだ、と思う。
クレイシアのほうから想いを伝えることはできない。だってアランは、すごく優しいのだ。そのうえこの身分差なのだから、彼に拒否権などないも同然である。
そんな強制のようなことは、もうしたくなかった。ただでさえ、クレイシアの従者になったことでアランの人生は変わってしまったのだから。
「……薄々思ってたんですけど、やっぱり俺とお嬢様って距離近すぎますよね? 婚約者様もそれを気にしてらっしゃるんですか?」
「婚約はしていないと言っているでしょう?」
的外れなことを考えているだろうアランに、クレイシアはため息をついた。
「アランなんて一生結婚できなければいいのよ」
「なんですかそれ……」
「さあ、何かしら」
紅茶を一口飲む。
彼にとって自分は、妹のようなものだ。決して恋愛対象になることはないだろう。それを事実として受け入れてはいるものの、やはり悔しい。
じっとアランを見つめる。戸惑いながらも見つめ返してきた彼は、なんだか気まずそうに、静かに視線を逸らした。
――少しはしたない気もするけれど、わたしから好きだと言ってしまおうかしら。
考えてみれば、アランはクレイシアに言われたことでも嫌なことは嫌だときっぱり断るのだ。それにアランなら、好きでもないのに告白を受け入れるようなことはしないだろう。優しさとはそういうものだ。
「……ねえアラン」
「何ですか、お嬢様」
「す、好き……いえ、好きなものをお兄様に差し上げようと思うのだけど、何がいいかしら!?」
思い立ってすぐ、とはいかなかった。騒ぐ胸を落ち着かせるため、密かに深呼吸をする。
まずは覚悟を決めるために、想いを告げた場合の想定を色々しておくことが必要だ。断られ方にもいくつかパターンがあるかもしれない。なるべくクレイシアが傷つかないようにはしてくれるだろうが、こちらも傷つかない努力をしなくては。
「どちらのお兄様でしょう? まあどのお兄様でも、お嬢様からのプレゼントなら泣いて喜ぶと思いますけど……」
「……そんなのわかってるわ!」
のん気な声に、クレイシアは苛立ちが混じった声を返してしまった。
もう少し乙女心というものを理解してほしいが、容姿も性格もいいアランに恋人がいないのは、クレイシアの従者であるという理由が多分に含まれるだろう。彼が女性と関わる時間を減らしているのは、クレイシアだ。
だからこのことに関して文句を言う資格はない。
クレイシアの機嫌を損ねたことは察しているものの、その理由まではわかっていないらしいアランは、困ったように眉を下げた。途端にクレイシアの中の苛立ちが消える。困らせたいわけではなかった。
「……アラン、せっかくわたしが淹れてあげた紅茶、もう冷めているんじゃない?」
「え、あ、ほんとだ、すみません」
「別にいいわ。……明日も明後日もその先も、いつでもあなたのために淹れてあげるんだから」
つぶやくようにそう言って、クレイシアは自分の紅茶を飲みきった。「それは――」アランは変な顔をする。
「――ありがたい、ことですね」
* * *
このところ、具体的に言えばこの一ヶ月ほど、お嬢様の様子がおかしい。
アランはげっそりしていた。ぽんこつなクレイシアがおかしなことをするのは日常茶飯事ではあったが、最近のそれは、いつもと種類が違うように感じる。
端的に言って、心臓に悪い。
「……アラン」
「はい」
「あ、愛、してる……のこのチョコレート!」
「お嬢様そんなにチョコレートお好きでしたっけ?」
「大好きよ、もう!」
「今俺何か怒らせるようなこと言いました!?」
愛してるだとか、好きだとか。クレイシアは最近、そんな言葉をよく使う。今のところは動揺に気づかれずに済んでいるが、この調子が続くのならいつまで持つかわからない。
こんなんで動揺するとかティーンかよ、と自嘲せずにはいられなかった。
しかしクレイシアがそれほどチョコレートが好きだとは、十年目にして初めて知った。少々落ち込みながらも、これからはチョコレート系のお菓子を頻繁に出すようにしよう、と決める。
「好き……なのはチョコレートよ、勘違いしないでね」
「はいはい、覚えておきます」
それにしてもやはり、異常なほど『好き』『愛してる』という単語を言われている気がする。
――まさか俺の気持ちに気づいて遊んでる?
ふと頭に上った考えをすぐさま否定する。このお嬢様に限ってそれはない。善良な箱入りのお嬢様なのだ、そんなこと思いつきさえしないだろう。
しかし気にかかるのは、最近あまり目が合わないことと、顔を赤くしていることが多いこと。知らない間に怒らせでもしてしまったか、と何日も考え込んでいるのだが、心当たりはまったくなかった。
となれば、また彼女の姉か兄の入れ知恵、と考えるのが妥当だ。今度はいったい何を吹き込まれたのか。被害を受けるのはアランなのでやめてほしいものだ。
「アラン」
「はい、なんですか」
「……アラン」
「はーい?」
「…………なんでもないわ!」
名前を呼ばれることも増えたなぁ、と思う。そういうときは大抵、何か言いたいことがあるときだ。ということは兄姉からの入れ知恵より、そちらの可能性が高いかもしれない。
何か言いたいことがあるんでしょう? と促したほうがいいか否かは場合による。基本的には促したほうが彼女も嬉しそうにするのだが、こちらに後ろめたいことがあるときには、促してしまったら頑なに口を開かなくなる。
さて、今回はどちらだろうか。
「お嬢様、ちょっとこっち向いていただけます?」
クレイシアは素直にこちらを見た。目を合わせて数秒、そろそろとその視線がさまよい出す。――うん、これは後ろめたい方だな?
つまりは放置だ、と判断して、「ありがとうございます」とにっこり笑っておく。クレイシアは首を傾げたものの、今の行為の意味を尋ねることはなかった。
「明日もチョコレートのお菓子がいいですか?」
「……ええ、それでお願い」
どこか不満げにうなずくクレイシアに、一応他のお菓子も用意しておこうと決めた。
クレイシアは優雅な仕草で紅茶を飲み干す。そしてしばらく黙り込んだ後、緊張した面持ちでアランに向き直った。
「アラン……は、話したいことが、あるのだけど」
「おお、今回は早いですね」
何をやらかしたのか知らないが、これならそれほど重大なことではなさそうだ。
アランの反応に「何よそれ」とクレイシアはほんの少し唇を尖らせ、それから睨むようにして見つめてくる。ここまできつい視線をもらったのは久しぶりで、アランはほんの少したじろいでしまった。
沈黙。
こういうときは何も言わないに限る。軽く微笑んで待つのが正解だ。
じわりじわりと、クレイシアの顔に朱が差していく。どうにも、今回は羞恥に耐えかねるようなことをしたらしい。自分が聞いて大丈夫なことか、少しだけ心配になった。
「あの、ね」
「はい」
うなずきながら、頬を染めるお嬢様が可愛くて困るな、と馬鹿なことを考えた。好きな人のこんな顔、可愛いと思わないはずがないから仕方がないのだが。
アランは十年間、隣でクレイシアの成長を見てきた。ただただ妹のように愛しく思っていた彼女への思いに、他のものが混じるようになってしまったのはいつのことだっただろう。……最近のことだ、と思いたい。そうでなければ自分の趣味を疑ってしまう。クレイシアは幼い頃から美しかったが、八つも年下なんて恋愛対象にならないはずだったのだ。
正直、最初は彼女のことを苦々しくさえ思っていた。アランが従者になったのは、彼女のわがままが原因だったからだ。貴族のお姫様の従者なんて、アランはなりたくなかった。迷子になっていた彼女を助けたことすら後悔した。
しかしクレイシアは、あまりにぽんこつで、あまりに可愛い子どもだった。これは駄目だ、と半ば自覚的に絆され、仕方ないから彼女が結婚するまでは面倒を見てあげようと決め――ある日ふと、あれ? と思ったのだ。待った、俺もしかしてお嬢様に落ちてないか、と。
もちろん、当時はいやいやいやいやと必死に否定しようとした。したが、無理だった。
そりゃあお嬢様めちゃくちゃ可愛いし超可愛いしほんともう可愛いけどだからって……うっわ手遅れなやつじゃん。
そんなふうに、とっくに落ちきっていたことを自覚するに終わったのだった。
「……えっと」
「はい、ゆっくりどうぞ」
彼女の顔がますます赤くなっていく。心なしか熱っぽく見える瞳が、ちらちらとアランの顔を窺ってくる。形のいい唇が何度も開け閉めされる。
もう少し危機感というものを持ってほしいと心底思った。理性を保つことに関しては絶対の自信があるが、だからといって何も思わないわけがないし、けれどできるだけ何も思わないようにしたい。この複雑な気持ちを彼女が察してくれることは一生ないのだろうが。
そろそろ、暇をもらうべきか。
こんな気持ちでクレイシアに仕えるのは、彼女にも彼女の家族にも申し訳なかった。
なんてことを考えていたから、
「わ、わたし……あなたのことが、好きなの」
――続く言葉にとっさに反応できなかった。
目を見開き、口を中途半端に開いた状態で固まってしまう。幻聴だろうか。夢だろうか。あるいは死ぬ間際の走馬灯のような、いやそれだと実際に体験したことになってしまうし違う。だが少なくとも現実のわけがない。
だって、こんな都合のいい現実があるはずがない。
クレイシアは、何かを恐れるように目をぎゅっとつぶっていた。それが今の幻聴の現実味を高めていて、アランの頭はますます混乱した。
ひとまず自分の手の甲をつねってみる。痛かった。夢ではない。いや、まだリアルすぎる明晰夢の可能性も捨てきれないだろう。そもそもクレイシアに告白されるなんて夢以前一度見ている――ことを今思い出すのはなんとなくまずい気がした。
いっぱいいっぱいになった頭で、なんとか言葉を絞り出す。
「すみません、なんかよく聞こえなかったみたいで、っていうか聞き間違えた、みたいで? もう一度言っていただけると嬉しいなーなんて……」
ぱっと目を開いたクレイシアが、アランを睨みつけてくる。
「……あなたのことが、好きなの!」
「……はい?」
「っなんて言うと思ったら大間違いなんだから! あなたはわたしのただの従者よ! 身の程をわきまえてほしいわ!」
「え、いや、はい、わきまえています」
ただの従者、と言われたことが、予想外に深く胸を傷つけた。クレイシアは基本的に人を傷つける言葉を使わないので、おそらくこれは照れ隠しか何かだとは思う。数時間から数日後にはクレイシアからの謝罪が待っているはずだ。それがわかっていても落ち込んでしまう。
消沈するアランに、クレイシアが「いえ、」と否定の言葉を続けようとする。視線を上げると、彼女が唇を引き結び、体を震わせているのが見えた。
「……そ、うじゃなくて」
力ない声。涙が混じる一歩手前のその声に、アランは耳を澄ませる。
クレイシアはかすかに震えたまま、息を吐き出すように言葉を吐いた。
「な、何年わたしの近くにいたの……!」
つまりそれは、素直じゃないけれど素直なお嬢様のことを、アランにはわかってほしいということ。本当に言いたかったことは何か、アランには察してほしいということ。
――それって?
また固まりそうになるのをこらえ、クレイシアを見つめる。泣きそうな彼女の瞳には、先ほどは気のせいかと思った熱が確かにあった。むしろなぜ気のせいかと思ったのかわからないくらいにあからさまである。
最近気にかかっていたことを、頭の中で列挙していく。
顔が赤いこと。目がなかなか合わないこと。『好き』『愛してる』を異常に使うこと。何か言いたそうにしていること。
そして今のこの表情。
もしかして――これで気づけなかったら男が廃る、という感じの話なのだろうか。夢でも幻聴でもなく、紛れもない現実、だったりするのだろうか。
悩んでいる猶予はなかった。このままだと確実にクレイシアは泣く。彼女の泣き顔は何よりも嫌いだった。もうすでに泣いているも同然だが、涙が零れていないのならまだどうにかなる。
夢でも、幻聴でもなく。
クレイシアは本当に、自分のことを好いてくれているらしい。
そう理解して、アランは口を開いた。
* * *
「……最近やたらと好きとか愛してるって言葉を使ってらっしゃったのは?」
真顔で投げかけられた問いに、クレイシアはじっと強く見つめ返すことで答えた。彼はもうわかっているはずだ。これでわからないようなら従者失格を言い渡してもいいくらいだった。
聞き間違えだと思ってくれたのなら、そういうことにしてしまったほうがいいのかもしれない、とちらりと考えたせいで、一度は自分の気持ちを否定してしまった。ひどい言葉を使ってしまった。
それを後悔したから、クレイシアはすぐに、また気持ちを伝えた。直接的ではないけれど、素直でない自分が伝えるにはこの方法が最適だ。
きっと険しい顔をしているだろうクレイシアに、アランの顔が少し引きつる。
それを見た瞬間、逃げ道を用意するために、クレイシアの口はまた勝手に回り始めていた。
「べ、別に、どうしてもあなたじゃなきゃだめというわけじゃないのよ。これは、そう、あなたが一番身近な男性だったでしょう? あなたと一緒になれたらそれが一番楽だと思っただけで、深い意味はないわ。思い始めたのもつい最近だもの。だからわたしは、あなたがわたしのことを好きじゃなくたって、す、少しも、悲しくなんかないの」
――どうしてわたしの口はこう素直じゃないのかしら!
告白すると決めて、断られる覚悟までしていたのに、何をうじうじしているのだろう。自分で自分に苛立つが、心臓の音がばくばくとうるさくて、頭が真っ白になった。怖い、怖い。覚悟なんて全然できていなかったのだと思い知る。
考え込むようにして黙ったアランは、数秒後小さく首を傾けた。
「……俺のことがずっと前から好きで、俺じゃなきゃだめで、一緒にいて一番楽しくて、俺がお嬢様のことを好きじゃなかったらすっごく悲しいってことで合ってますか?」
「なんでこれで伝わるのよ!! 今まで一度だってわかってくれたことなかったじゃない!」
思わず叫んだ。これでわかるのなら、最初に告白しようとした時点でわかってくれてもよかったのではないか。
クレイシアの叫びにアランも叫び返してくる。
「いやそんな勘違いしたら下手したら命に関わりますからねこっちは!? ご家族に溺愛されている自覚をちょっとは持ってください!」
「自覚してるわよ! だからもう話はつけてあるって言ったじゃない!」
「え、でもそれってご婚約のはな、し……あー、あー、なるほど。はい、わかりました。全部繋がりました」
乾いた笑いを漏らし、アランはうなずく。
あー、とどこか気まずそうに視線を泳がせてから、彼は口を開いた。
「一応……最後にもう一度訊いておきますが。俺のこと、本当に好きなんですか」
ぐ、と言葉に詰まってしまう。まさかここでまた逃げ道をくれるとは思っていなかった。それともこれは、クレイシアのための逃げ道ではなく、アランのための逃げ道なのだろうか。
もしそうなのだとしても、これ以上自分の気持ちを否定したくはなかった。今度こそきちんと伝えたい。逃がしてあげられない。
逸らしたくなる目をアランに固定し、うるさい鼓動を無視して、クレイシアは息を吸う。
「………………初めて会ったときから、ずっと好きだった」
頬が熱い。たったこれだけのことで、泣いてしまいそうだった。
「あなたがわたしのことを好きじゃないなら、遠慮しなくていいわ。……わたし、可愛いもの。お嫁にもらってくださる方なんていくらでもいるわ」
貴族の中では珍しいことらしいが、クレイシアの家族は本当に仲がいい。だから昔から、結婚してそんな家族を作ることが夢だった。
その相手はアランがよかったけれど、でも、アランでなくてもいいのだ。
甘やかされて育ったわがままなクレイシアを、いつか結婚するその人が愛してくれるかはわからない。愛することができるかもわからない。それでも『家族』としてならきっと愛せるし、幸せな家族を作れるだろう。甘い考えかもしれないが、クレイシアはそう信じている。
だから、本当に。
どうしてもアランでなくてはだめ、なんて、クレイシアには言えないのだ。
「……そんな顔でおっしゃったって説得力がありませんね」
うつむくクレイシアに、アランは苦笑とともに近づいてきた。
そして――ぽんっ、とあの日のように目の前に差し出される白い花。驚きで目を瞬いた拍子に、溜まっていた涙がわずかに零れ落ちる。
手品は種がなくてはできない。魔法だと思い込んでいた幼い頃とは違い、もうクレイシアはそれを理解している。だとすればいったい、いつの間に種を仕込んでいたのだろう。
「『可愛い子にそんな顔は似合わないよ。ほら、こっち見て。俺の真似して?』」
あの日と同じ言葉を、あの日と同じ、クレイシアが好きになった笑顔で。彼は言う。
「なーんて、こんなくっさいセリフ、この年でうら若い女性に言うとか、俺の柄じゃありませんけど」
そう言いつつも、アランは花を差し出したまま笑顔を崩さない。少し我に返れば、あのときとは違ってその笑顔に恥ずかしそうな色が混じっていることに気づくことができた。
クレイシアはそうっと、白い花へ手を伸ばした。受け取ったその手触りは、生花のものではない。枯れることも、壊れることもない造花だ。
そういえば、と懐かしい記憶を思い出す。アランが仕え始めてくれた頃、クレイシアは彼に何度もこの手品をねだっていた。そしてねだらなくたって、ささいなことで泣きそうになるクレイシアにいつも花を差し出してくれていたのだ。
あの頃くれたものはすべて生花だった。どこかに隠していたせいかいつも少し形が崩れていたが、そんなことは気にならなかった。花をもらうたび、彼に近づけている気がして嬉しかったから。
いつからかクレイシアはねだらなくなったし、泣き虫でもなくなったけれど――もしかして。あの頃からずっと、いつでもこの手品ができるようにしてくれていたのだろうか。造花まで準備して。
「俺は流石に、初めて会ったときから好きだ、とは言えませんけどね」
アランが軽く頬をかく。予想していた言葉でなかったことに驚いて、クレイシアは相槌すら打つことができなかった。
心臓は、頭を置いてけぼりにする。恐怖や緊張とは違う音が鳴る。彼の言葉の意味を理解しきれていないのに、心臓だけが先走っていた。
「お嬢様はアホですし、人に甘えるのがめちゃくちゃ苦手でめんどくさいですし、アホですし、たまにカチンとくることおっしゃるし。最初はこんな子の子守なんて嫌だって思ってました」
「……二回もアホって言った」
「はい、今はそのお口閉じててくださいね」
しー、と彼は冗談っぽく唇の前で人差し指を立てる。
「でもですね」
彼の笑顔が甘く溶ける。愛おしいものを見る優しい目に、クレイシアの体はぎしりと硬直した。体中が一気に熱くなって、否が応でもその先の言葉に期待してしまう。彼の気持ちを、期待してしまう。
「俺のお嬢様は世界一可愛いし、世界一……ではないでしょうけど、とても優しい子なんですよねぇ。だからまあ、好きになるのが当然で、愛しちゃうのも当然だったんですよ」
「……あいっ!?」
「なかなか恥ずかしいこと言っている自覚はあるので正気に戻さないでください黙って」
理不尽な要求だった。ここまでクレイシアの心が乱れているのは彼のせいなのに。
けれど大人しく口を閉ざして、結論を待つ。到底信じられない、嬉しくてたまらない結論であることはすでにわかっていた。
「あー……つまり、俺もあなたのことを愛しています、ということです」
照れたように笑って、アランはクレイシアのもとでひざまずく。花を持っていないほうの手を、自然な動作で取られる。彼の手は、いつもよりよっぽど熱かった。その熱にどきりとした次の瞬間には、手の甲に唇が押し当てられていた。
座っているクレイシアよりも下の目線から、アランは上目遣いで微笑む。
「俺の隣で、ずっと笑っていてくれますか?」
告白されるだけでも想定外なのに、プロポーズ(確信は持てないが、おそらくこれはプロポーズだろう)までされてしまったら何が何だかわからなかった。うあ、と令嬢らしからぬ変な声を漏らすクレイシアに、アランは少し吹き出す。
――随分と余裕があるようで羨ましいわ!
心中で皮肉ってみたものの、実際は彼も余裕なんてないのだろう。おそらく今の笑いは、自分の心も落ち着かせるためのものだ。
「あなたも俺のことを愛してくださっているというのなら、俺は絶対に、あなたを幸せにしてみせます。もちろん今も、十分お幸せでしょうけどね?」
そう。今でもクレイシアは十分幸せだ。だから、これ以上の幸せがあっていいのだろうか、と恐ろしくなってしまう。幸せになるのが恐ろしいなんて、それこそ幸せなことだった。
胸がいっぱいになって、じんわりと視界が滲んでいく。
「そ、そこまで、言う、なら。仕方ないわ。あなたの隣で、ずっと笑ってあげる」
「……あーあー、そうおっしゃった傍から泣かないでくださいよ。俺はお嬢様のどんなお顔でも好きですけど、泣き顔だけは苦手なんですから」
「泣いてないわ!」
ぼろぼろ零れる涙を、立ち上がったアランが優しく拭ってくれる。
造花を握る手に、きゅっと力を込める。これが本物の花でなくてよかった。今日の大切な思い出として、ずっと残しておけるから。
なんだかたまらなくなって、クレイシアはアランの胸に飛び込んだ。「わっと」驚きながらも、アランはどこか嬉しそうに受け止めてくれた。背中に手を回せば、彼も抱きしめ返してくれる。
「……どうしよう、アラン。わたし、もうすでに幸せすぎるわ」
「奇遇ですね、俺もですよ」
くすくす笑って、アランはクレイシアの頭に口づけを落としてきた。
「っ……さ、さっきからアラン、なんだか全部が甘くないかしら!?」
「いやー、俺って今までかなり我慢してたんだなぁと自分でもびっくりしてるところです」
「その、嬉しいけれどしばらくはやめてほしい、かも……どきどきしすぎてしまうから……」
「……ちょっとそれは難しいかもしれませんねぇ」
「どうして!?」
「はは、まあ善処はしますよ。やりすぎたらあなたのご家族に消されそうですしね」
いくらなんでもそれは大げさだ。抗議の意味をこめてちょっとむくれれば、心を読んだかのように「大げさなんかじゃないですからね」と言われる。アランはいったい、クレイシアの家族をなんだと思っているのか。
なだめるように、髪の毛をさらりとなでられる。その優しい手つきに、機嫌なんてすぐに直ってしまった。元から別に損ねていたわけではないが、我ながら単純だ、と思う。
それくらい彼のことが好きだということなのだけど。
先ほどの仕返しのように、クレイシアはアランの頬に口づけた。途端に真っ赤になった彼に、胸のすく思いがした。どうも彼は、自分からするのは平気でも、されるのは動揺するらしい。
自分が素直な性格でないことはわかりきっている。けれどこうなった今、そんなことは言っていられなかった。言葉でも行動でも……は少し難しいから、最初は行動で。慣れてきたら、毎日大好きだと伝えるようにしよう。
そう心に決め、クレイシアはアランに向けて微笑んだ。大好きだと、幸せだという気持ちを精一杯込めて。
「話つけてるって言ったじゃないですか!? マジで斬りかかられたんですけど!?」
「ちゃ、ちゃんと話したものわたし! 許してくれたはずだったのよ!」
「だから溺愛されている自覚を持ってくださいって言ったじゃないですかー!!」