世間は意外と狭い
夜叉姫の子なら、信用してもいいかもしれない。芯のある女性だったので、子育てもきっちりしていそうだ。ルティも素直そうだし……と考え、呼びかけた。
「あの──」
「すみません……っ」
……だめらしい。このままでは堂々巡りになりそうなので〝言霊〟バージョンでやってみる。
「《顔を上げて。私は怒ってないから》」
こちらの世界の春の女神──佐保姫の柔らかな口調を参考に、なるべくゆったりと話しかける。私は女優……と自分に暗示をかけながら。
「っ?」
ルティがぱっと顔を上げた。驚いたような表情からは〝言霊〟を使ったことや先ほどと違う口調への疑問が読みとれた。
さらに微笑んでみる。もちろん、お手本は佐保姫だ。夜叉姫の笑みも美麗なのだが、和む……とは言いがたいので。
「──っ!」
ルティが真っ赤になった。少しやりすぎただろうか。……まあ、いい。空気が変わればいいのだ。
「怖がらせてしまって、ごめんなさい。君に怒っていたんじゃないから」
詩鶴は眉をさげ、視線を降ろす。肩より10センチほど短く切り揃えられた真っ直ぐな黒髪が、さらりと前に動いた。
「あっ、いえっ、あの……っ」
頬を染めたまま、ルティはわたわたしている。
……やはりやりすぎただろうか。
詩鶴は少し反省した。
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