きっかけは些細なこと
初挑戦のジャンルです。
その夜、秋沢詩鶴は、友人の篠原穂乃花からかなり熱心に薦められた官能小説を読んでいた。
穂乃花曰く、この作家は心理描写のみならず、濡れ場の描写も神の領域らしい。
「かゆいところに手が届く、あの感じよ! 『そこ、そこなのよ!』ってやつ!」
身悶えしながら力説されても、まったく理解できず「へぇ」と返すしかなかったが。
ページが進むにつれてふたりの中も親密になっていく。少しじれったく感じるところも、穂乃花には大きなポイントらしい。
そして、ついに肝心の濡れ場にきた。ページに穴が空くほど見つめて、何なら三回くらい読み返すよう言われた箇所だ。穴が空いたら読めないのでは……と、一瞬浮かんだ考えは穂乃花にはお見通しだったらしく、「しっかり読めってことだからね」と念を押された。
詩鶴はため息をつき、ページをめくる。
──なるほど、と思った。
確かに、ふたりの感情の高ぶりにそって展開していく場面は、繊細でありながらも生々しい。
経験どころか見たこともない部分が、リアルに想像できるくらいには。
穂乃花なら「来たああぁぁあっ」とか「これよ! これーっ!」とか「もうホントたぎるうぅう!」などと叫びながら床を転がりまくるだろう。……あいにく、詩鶴の感覚では保健の教科書を読んでいる程度でしかないのだが。
「……ふうん」
こうなってるのか、と呟いた瞬間。
目が眩むほどの光が、本から飛び出した。
今まで自分の中になかったカテゴリーなので、新境地を開拓した気分です。