表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第一食 邂逅 〜T○E・TANSANと柿○種と〜



「さて、これからどうしようかのぅ……」


 独り言ちてから取り敢えず、芝生の外へと出る事にした。見た事も無い造りの道じゃな? 石とは違うようじゃし、レンガとも違うようじゃ。土を押し固めた? うむ、違うの。謎じゃ。


「カ〜ノジョ、こんな夜遅くに何やってるのかな〜?」


 何者かがガヤガヤと騒がしく近付いてくる気配は気付いておったが敢えて無視を決め込んでおったら、どうやら気配の主が妾に向かって愚かしくも声を掛けて来たようじゃ。鬱陶し気に顔を向けるとそこに数人の男共がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら立っておった。


 一体どんなゴロツキが雁首揃えてやって来たのかと思ったら、どれもこれも17、8くらいの歳かの? やはり異世界なのか見慣れぬ衣服や装飾を身に着けておる。ネックレスやブレスレット? は、それなりの品のように見受けられるの。上に着ておる衣服も見ない精紡の糸で編まれておる。靴も木とも革とも生地とも違う不可思議な材質で、値段の見当も付かん。

 しかしじゃ。此奴等の穿くズボンは何故、物乞いや乞食のように擦り切れ、破れておるのじゃ? そのせいで高い身分の跳ねっ返りのどら息子なのか、金回りの良いゴロツキなのか今一つ判別が付かぬ。


「お? ひょっとして外人さんかな? 言葉ワカリマ〜スカ?」


 妙な節を付けて言葉を発すると他の連中がゲラゲラと笑いよる。どうも此奴等、したたかに酔っ払っておるようじゃ。


「言葉なら通じとるよ」

「おぉ〜〜、通じた〜〜」


 何故通じるのじゃろうな? 全くの異世界じゃと言うのに。たまたま同じ言語じゃった? そんな都合の良い話あるのかの? いや、無いの。さっぱり解らん。兎角この世は謎だらけなのじゃ。


「で? こんな所で外人さんは一体何してるのかな〜?」

「こんな夜更けにフラフラしてっと悪い大人に拉致られちゃうぜぇ〜」

「そうそう。そんな事にならない為にも、これはもう、俺等と一緒にカラオケに行くしかないっしょ!」

「「「おぉ〜〜、いいねぇ〜〜」」」


 なんなんじゃろうな、この阿呆共は……。


「生憎、妾はお主等なんぞとかかずらわっていられる程暇人では無いでの。他を当たるがよかろう」


 そう返答して其奴等から2、3歩距離を取る。


「いやいや、外人さんに拒否権なんて無いから」

「そうそう、素直に付いて来た方がお互い楽しめるぜ〜」


 下心が浮かびはじめた下卑た笑みを浮かべながら、妾が開けた距離を詰めようとしてきおる。

 仕方が無いの……。

 妾は掌を小僧共に向け、


魔素マナより生まれし紅蓮の炎よ。彼の者を軽く焼け。レアフレイム』


 …………。


 何も起こらんのじゃ。いや、確かに魔術は妾の詠唱に呼応して発動した。じゃが、発動と同時に魔術構成から魔力から、何から何まで霧散してしもうたのじゃ!?


『魔素より生まれし深緑の暴風よ。彼の者を彼方へと吹き飛ばせ。ブラストボム』


 …………。


 やはり何も起こらん。何故じゃ! どうしてこうなった!!


「ぎゃっはははっ。何、この外人? 中二病がよ!?」

「受ける〜〜っ」

「オタク女かよっ。美人なのにもったいねー」

「いやいや、どうせ犯るだけなんだからカンケーないじゃん」

「そりゃそうか」

「げらげらげらっ」


 小僧共が一斉に色めき立つ。


 むぅ、不味いのぅ……何故、魔術が発動せんのか解らぬが、魔術の使えん妾なんぞ、村娘に毛の生えた程度の腕力しか持っとりゃせん。これは人生最大級の危機かも知れんのじゃ。


「さ〜て、それじゃあそろそろ行きますか」


 小僧の一人が息が届くくらいまで近付き、妾の手を捻り上げる。うわっ、酒臭いのじゃ! 空気の汚さも相まって吐き気を催しそうなのじゃ。

 掴まれた手を振り解こうとするが、ちょっとやそっとじゃ離してくれそうにもなさそうじゃ。


「おっと、この外人結構力強いぞ!?」

「おいおい、何やってんだよ? だらしねぇな」

「くっ、離すのじゃ。このうつけ者共がっ!!」

「うっわ。その言葉に俺等すっげー傷付いたわ〜。こりゃ心の傷を癒やす為にも、外人には身体を張ってご奉仕して貰わねぇとな〜」

「いいねいいねぇ〜〜。手取り股取りご奉仕して貰おうぜぇ〜〜」


 ぬぬぅ〜、ピンチじゃ! 妾の貞操の大ピンチなのじゃ! 何としてでもこの窮地を抜け出さなくては、頭と腰の軽すぎる阿呆共の慰み者になってしまうのじゃぁ!


 妾は必死に逃れようとするが、それに反してニヤニヤ、ニタニタとケダモノ共の包囲は刻一刻と狭まってくる。その間にも無詠唱や完全詠唱の魔術を幾つか試してみたが、やはりどれもこれも発動と同時に霧散してしまう。


 無念なのじゃ。まだ異世界の美味なる食べ物を一口たりとも口にしとらんと言うのに……。


「ん? 何か大人しくなったか?」

「諦めたみたいだな」

「いいじゃんいいじゃん。そっちのが楽なんだからよ」

「違いないや」


 妾が最早どうにもならぬと諦めかけたその時。猛烈な勢いでこちらへと迫る気配があった。なんじゃ? まだ仲間でも居るのか?


「何をやっているか、お前たちはぁぁあーーーっっ!!!」


 怒声と共に、ダムッ! と、地を蹴る音が轟く。直後、妾の目の前のケダモノが側頭部に膝で射抜かれて吹っ飛びおった。


 膝の主は空中で身を捻り器用にハーフターンを決めると、ズザザザッ と、着地しながら地を滑り、止まった次の瞬間には地を這うように数歩走り、二人目のケダモノに向かって鋭角に蹴りを放つ。

 ほぼ真下――死角から襲い掛かる攻撃に……と言うよりも電光石火の早業に付いて行けず、爪先で顎を蹴り抜かれ口から血の放物線を描き真後ろへと倒れよった。


 しかして、膝の主の猛攻は未だ衰えを知らず。直上に足を振り上げたまま、軸足の踵から爪先へと重心を載せ替えて踵で地を蹴り踊り子のような華麗さで半回転。その勢いを活かしたまま、振り上げたままの足を打鞭の如くしならせて三人目のケダモノのこめかみと意識を踵で刈り取る。


 更に地に降り立った蹴り足は地面に弧を描き、大きく身体の後ろへ回す。膝が曲がり身体が落ちたその瞬間――。

 一歩。腕を軽く突き出して、反対の拳を腰溜めに引き絞る。

 二歩。大地を蹴ったエネルギーが足から腰。腰から背、肩、腕へと捻転のエネルギーを上乗せして駆け上がり、


「はぁっ!」


 気声と共に放った掌底が四人目のケダモノの鳩尾に炸裂し、声も出せずに崩折れた。


 残るは妾の腕を捩じ上げたまま硬直した最後のケダモノ、一人のみ。ケダモノは冷水を浴びせかけられたかのように顔色を青くし、震えながらも必死に声を荒らげる。


「な…何なんだよお前はっ!?」

「その手を離しなさい!」


 駄目じゃな。声も震えておる。それに引き換え膝の主は戦闘態勢のまま、凛と張りのある声でケダモノへ命令しよる。

 グレーのズボンと三つボタンの上着、白いシャツ。およそ動き易いとは思えぬ衣服に身を包むその人物はそこそこ背の高い女であった。


「その手を離しなさい」


 女が先程よりも圧を掛けて同じ言葉を繰り返す。ケダモノがゴクリと生唾を飲み込み逡巡する。


「このままではお主。死ぬかもしれんのぅ……」


 ぼそり――と、妾はケダモノにしか聞こえぬ大きさで呟くと、その顔が面白いくらいに引き攣りよった。周りには死屍累々と横たわる仲間達。いや、実際どれもこれも死んではおらぬが完全に意識を失いピクリとも動かない。己もそれらの仲間入りする様でも頭に浮かんだのが妾の身体を、未だ鋭き牙を収めぬ女豹の如き女に押し飛ばす。


「覚えてやがれっ!」

「逃がす訳ないでしょっ!」


 捨て台詞を吐き仲間を見捨てて逃げ出すケダモノに、妾の身体をふわりと受け止めた女が転ばぬよう妾を脇に置き、肉食獣さながらのダッシュで逃げる獲物を追い掛け、然程進まぬ内にその後ろ頭に飛び蹴りを突き立ておった。


 斯くして、妾の貞操の危機は見知らぬ女によって守られたのじゃった。


「は〜〜〜。久し振りに身体動かせてスッキリしたわ〜」


 最後のケダモノも軽く捻った女が、実に晴々とした顔で両手を重ね上へと伸び等しながら此方へと戻って来る。


「どうやら主には助けられたようじゃの……」


 妾が礼を述べようと口を開くが最後まで言い切る前に女の指が妾の額をコツンと小突く。


「ったく、女の子がこんな夜遅くに出歩いてちゃ駄目じゃない。ちゃんとお家に帰りなさいよ……て、あら?」


 説教臭い物言いで叱りつけようとしてきた女の目が、妾の愛くるしい姿を正面に捉え、見る見る丸くなる。

 まぁ自慢ではないが、流れるような金糸の髪に翠の瞳、透き通った白い肌と整った顔立ちは、誰憚る事なく可憐と言えるので、女であろうと見惚れてしまうのは解らん話でもないからな。助けてもろうたし存分に愛でるが良かろう。


 と、思ったのじゃが、どうやらそうではなかったようじゃ。


「貴女人間じゃないわね……まさか……エルフ? え? ひょっとして『久遠の魔導姫』っ!?」


 驚きの表情を貼り付けた女が妾の二つ名を口にしよった。妾もまさか来たこともない異世界の地にて二つ名を呼ばれるとは思わなんだて些か驚かされる。何故此奴は妾の事を知っておるのじゃ?


「お主……妾の事を知っておるのか?」

「知っているも何も私は何年か前に魔王討伐の旅の途中、貴女の元へ助力を乞いに訪れた勇者のユーリ・ブルーフィア・アリステレスよ」


 女の口から108年前に時空の狭間に飲み込まれ行方知れずになった勇者の名が告げられた。






「まさか、100年以上も前に行方知れずとなった其方に、こんな異世界にて出会すとはのぅ……」


 あの後、あんな場所で昔話に花を咲かせて通報でもされると厄介じゃと言う事になり、女――勇者ユーリの暮らすアパート……所謂借家じゃの。そこへと場を移した。


「この世界には不死の法でもあるのかえ?」

「そんなものある訳ないじゃない。私がこっちに飛ばされてからまだ1年とちょっとしか過ぎてないのよ?」


 自宅へと戻った勇者は堅苦しい衣服は早々に脱いでハンガーへ掛けると露出の多い肌着姿となり、ドアの向こうの炊事場から見た事も無い品々を両手に戻って来る。


 勇者の自宅は妾が今居るこの部屋の他は炊事場と思しき場所を備えた短い通路と、先に何があるのか解らぬドアが2つあるだけの然程広くは無い造りをしておった。

 それなのにじゃ。部屋にはランプや燭台等は一切無く、天井に張り付いた照明の魔道具が煌々と室内を照らし出しておる。無駄に金と魔力の掛かる、そんなものを使うのは権勢をひけらかしたい大貴族や王族、豪商くらいのもんじゃ。まぁ、妾は自作出来たし、魔力にも余裕があったので、塔内の全ての部屋や通路には設置してあったがの。


「久遠の魔導姫殿はお酒は飲めるのかしら?」

「妾の名はクィンネスト・エールスヮール・グリンウェル・エヴァーウッドじゃ。ネストと呼ぶが良かろう。妾もお主をユーリと呼ばせてもらうでの。そしてお主は妾を見た目で判断しておるのか? 妾が幾千の年月を生きてきたと思うておるのじゃ。酒の一樽や二樽、余裕で飲めるのじゃ。が、妾はそれ程酒の味を美味とは思えんのでの。他の物があるのであればそれで頼む」

「だったら家には炭酸水くらいしか無いからそれで我慢してくれるかしら?」


 そう言うと再びドアの向こうへと引っ込み、また何かしらの品を持って戻って来おった。


 ユーリの差し出したそれはグラスと瓶。


 グラスに使われておるガラスは恐ろしく透明度の高く、妾の持っておる実験用のフラスコやビーカー、シリンダーと言った器具よりも上質で造りも良いように思える。そして中に入っておるのは氷じゃろうか? どうやらこちらの世界は冬では無さそうじゃから、わざわざ魔術で生み出したのかの? 口にしても問題無い質の良さの氷を作り出すのは濃度の高い氷属性の魔力と中位以上の魔術知識と応用力を必要とするのじゃが、勇者とはそれを普段使いに出来る程の魔術の使い手であったのか。

 ラベルが巻かれた瓶の方も透明ではあったが此方はどうもガラスとは全く手触りが違うようじゃ。それに瓶の底が平らではなく複雑な形をしておるのは意味があるのかの? 無色透明の中身は水かの? そして触って冷たいと感じる程の冷気を帯びておる。物を凍らさずにこれ程、液体を冷たくさせるには繊細な魔力操作と魔術構成を必要とするのはずじゃが、この女なかなかに侮れん輩のようじゃ。


 カシュッッ


「んっ、んっ、んぐ……ぷふぁーーーーっ。生き返るわぁーー」


 聞き慣れぬ音に視線を上げるとテーブルを挟んだ目の前に、ユーリが白い素地に細かな文字らしき物や緑の模様で彩られた筒を傾け、美味そうに中の物を飲み干し、何やらおやじ臭い台詞を宣っておる姿があった。


「随分と美味そうに飲むものじゃのう?」

「実際美味しいのよ。気になるならネストも飲んでみればいいじゃない」

「うーむ……今は酒を飲みたい気分では無いのじゃ」

「そう? まぁ、無理強いはしないけどね」


 不思議な瓶の白く被さる栓は引っ張ってみたが一向に抜けそうに無いの。他に開け方は無いかと栓を左右に回してみると、パキッと音が鳴り栓が緩む。これは引っ張るのではなく捻って開ける代物じゃったか。

 その間にユーリは精巧な絵や模様の描かれた手のひらサイズの面妖な材質の小袋の端を左右に引っ張り封を開けると、中から赤褐色の種のような物を幾つか摘み出すと口の中に放り込んでポリポリと音を立て、再びグビリと筒の中の酒をあおる。


 プシュッッ


「ぅにゃっ!?」


 唐突に妾の手の中にあった瓶の蓋の隙間から、勢い良く空気が噴き出してきよった! びっくりしたのじゃ。一瞬爆発するのかと思ったのじゃ。

 視線に気付き顔を上げるとユーリめがニヤニヤと笑みを顔に貼り付けておる。此奴……妾の一挙一動を肴に酒を飲むつもりか? 小憎たらしい顔をしよってからに……。


 妾は憮然としながら瓶の蓋を開ける。中の液体はプツプツと小さな泡を放っておって目を楽しませてくれおる。しかしただ見ておるだけではいかんの。瓶の中身を氷の入ったグラスへと傾ける。


 シュヮヮヮーーー…………


 おおっ。液体が氷に触れた途端、音を立てて大量の泡が弾けよった! そしてこの瓶。少し力を入れるだけでベコベコと凹みおる。ガラスよりも透明で卸したての革製品のような程良い硬さ。なのに形が変わらず元に戻りよる。なんと面妖な瓶なのじゃろうな。


 おっと、瓶の方にばかり興味を惹かれていてはいかんな。一先ずその柔らかな瓶は横に置き、グラスの中を覗き込む。底から浮かび上がる気泡が液体の表面でパチパチと弾けおる。ふわりと香る爽やかな果実の匂い。目と鼻を刺激された妾は好奇心に抗えず、フチに口を付けるとグラスを軽く傾けた。


 ゴクッ――。


「ふゎっっ!?」


 コップの中の液体が口中から喉の奥へと幾度となく小爆発を起こしながら、スルスルと滑り落ちて行きよる。僅かな酸味と仄かな苦味が嗅覚と味覚を刺激し、それら全てが何とも心地良く思わず一息で全て飲み干してしもうたわ。

 もう何時の事じゃったか直ぐには思い出せん程の昔――。

 今は亡きブラウンガスト王国の貴族の一人であった辺境伯の別荘にて、爆ぜる水の泉の水なる物の果汁割りを豪華絢爛な晩餐と共に供された記憶を思い出した。あの時の辺境伯は我が領でしか手に入らぬ貴重なものじゃとえらく自慢しておったが、これと比ぶればひよっこ魔術士のへっぽこ魔術程の刺激と冷たさしかなかったの。

 思わず声が出てしまうのも仕方の無い事じゃろうて。


 懐かしき事を思い出しながら空になったグラスをテーブルに置くと、中の氷がカラン――と涼やかな音色を鳴らす。


「お主……こちらの世界に来てから随分と贅沢を覚えたのかの?」

「贅沢?」


 ユーリめは言われておる意味が解らんとばかりに妾を見返したまま、クキリと首を傾げおる。


「とぼけるでない。部屋は狭いが照明の魔道具で明かりを取り、透き通ったグラスに爆ぜる水。どれもこれも莫大な富を築いた貴族や商人にしか手に入らぬ代物ではないのかの?」


 その言葉に得心いったとばかりの表情になると、ユーリめはとんでもない事を口にしよった。


「照明なんてこの世界じゃ何処の家にだって大抵付いてるし、グラスも炭酸水も百均やスーパーで100……鉄貨5〜6枚程度で手に入る物ばかりよ?」


 馬鹿な事を言いよる。鉄貨5枚や6枚と言えば町の市場で小ぶりの果実や野菜等が一つ二つ買える程の価値しかないのじゃぞ? 平民や冒険者が使う食堂や酒場であれば、一皿の食事も一杯の酒も頼めんのじゃぞ? そんな端金で爆ぜる水……炭酸水と言うんじゃったか。それとこのように透明度の高いグラスが手に入る訳が……ホントに入るんじゃろうか……?


 ちろりとユーリを見やると二本目の筒をカシュッッと開け、グビグビと美味そうに呷っては小袋から種を摘んでおる。


「ホントにこれらの品が僅か鉄貨5、6枚で手に入るのかの?」

「私が貴方に嘘を言ってどんなメリットがあるって言うのよ? ちなみに私が今飲んでる淡○グリーンラベルだって銅貨1枚以下で買えるし、こっちの柿○種も6袋のセットで銅貨2枚くらいで買えるわよ」

「むぅ……この世界の物の価値と言うものは、妾達の世界よりもずっと低いのかのぅ……?」


 炭酸水を再びグラスに注ぎ、一口飲みながら柿の○とやらを2、3摘んで……む? 何か絡めてあるのか、やや肌にペタッと引っ付くの……その赤褐色で三日月型をした種を口に放り込む。


 ボリ――。


 むむ? ○の種と言うから何かしらの植物の種じゃと思うて噛んだら、全然違うではないか? これは……菓子か? 庶民が口にするビスケットとは違うし、貴族の食すクッキーとも違うようじゃ。ボリボリとした、硬めで少しばかり重い食感は麦の粉の類を固めた菓子とは別物のように感じるのじゃ。

 味の方は辛いと塩っぱいの中間くらいの中に甘さまで隠れておる。三者のパワーバランスがよく考えられておるの。これで銅貨2枚程度……いや、6袋セットと言っておったから実際はもっと安いのか。

 更に数粒摘み上げるとその中にこれまでとは違う楕円形の白っぽい種が一粒紛れ込んでおった。これは何じゃろ? それだけ別にして口に放り込む。


 ポリポリ……


 ほほう、今までの菓子とは違いこれは本物の種のようじゃの。こちらが柿の○と言うやつじゃろうか? 食感が今までと違いポリポリと軽く、味も塩っぱさを前面に押し出しながら種本来の素朴な味わいが土台となって支えておるわ。

 なるほどなるほど、この楕円の白い種は赤褐色の三日月型の菓子を食べ飽きさせないようにする工夫のようじゃの。何とも小憎らしい演出をするのじゃろうの。

 ボリボリポリポリと柿○種を食しながら、乾いた口中に炭酸水をグビリと流し込む。途端にパチパチと弾けながら口の中が潤うのを感じる。くぅ〜、辛さや塩っぱさと言った強い味付けで舌をイジメて口の中の水分を奪い去り、そこへ炭酸水の弾ける刺激で更にイジメ抜きつつも潤いと清涼感をもたらすと言う、何とムチ・ムチ・アメなドSなコンボなのじゃ。


「これは、酒飲みには堪らんツマミのようじゃの。シャンパンやエールに実に合いそうじゃ」

「お酒を飲まないのに知った風な事を言うじゃない」

「じゃから飲もうと思えば幾らでも飲めると言うとるじゃろうが」

「あら? そうだったかしら?」


 此奴、顔が少し紅くなった気がするが酔っておるのか? ひょっとするとユーリは酒は余り強くないのかも知れんの。大昔、何処ぞのダンジョンで水攻めならぬ、酒攻めのトラップと言うのがあったが、そのトラップに引っ掛かったらひとたまりもなかったのじゃなかろうか?

 まぁ、そのトラップはドワーフ共が昼に夜にと大挙して押し寄せてはワザと発動させるもんじゃから、涸れ果てて二度と作られんようになったと聞いておるがの。


 くきゅぅぅ〜〜〜……。


 昔話に思いを馳せておると、不意に何かを捻じり絞るような音が部屋に響く。その音の正体を妾は良っく知っておる。なんせそれは妾の腹から絞り出されてしもうたもんじゃからの。やはり柿の○と炭酸水ぐらいでは満足出来なんだか……。


「ネストは随分とお腹が空いてるようね」


 向かい側でユーリが何が可笑しいのかクツクツと笑いを堪える。


「今日は色々とあってろくすっぽ食べておらなんだからの。腹が減るのは仕方の無い話じゃ。不躾かも知れんが美味なる食べ物があったりはせんかの?」

「う〜ん、『久遠の魔導姫』と謳われ様々な国に大きなパイプを持つような相手の口に合うかどうかは解らないけど……」


 そう言うとやおら立ち上がりユーリは鼻歌交じりにドアを開け、隣の通路へと姿を消しおった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ